「進め! ホープ=ブックヤード!」 第7話
「はるき! ねこ! ねこ!」
ウインドドラゴンの上でロージーがはしゃいでいる。地上にはレオパルドの群れがいた。どう見たら猫になるのかは分からないほどでかいけど、まあ系統としては猫科である。ビューリングと同じだな。
「うしっ! 行ってきます!」
「ハルキ様! 約束だからねっ!」
嬉々としてヨーレンとカーラが降りていく。魔物オタクのヨーレンはともかく、カーラはヒョウ柄のマントが欲しいらしい。個人的にはあまり趣味ではないなぁ。でも冒険者の中ではレオパルドを狩ったというのは一つのステータスなんだとか。強い上に希少な魔物らしい。普段は群れを形成したりしないそうだ。
「いってきまー」
対照的なのがダスティン=ノーランドで、完全にやる気がない。後ろのソレイユも無言なためになんとも言えない空気が漂っている。ダスティンはもともと貴族の放蕩息子だったようで、めんどくさい事は嫌らしい。なんでそんな人物がレイクサイド騎士学校で講師をしているのかは不明である。
「いや、助かる」
ビューリングたち獣人騎士団の面々も戦いに参加するようだ。ビューリングとガウを含めて4人ほどウインドドラゴンに乗ってきている。
「さあ、ロージー。これから先は子供はあまり見ちゃいけないからあっちいくぞ」
「ねこぉー!」
俺はロージーを連れて上空待機かな。ついでにアークエンジェルを5体ほど召喚しておいた。ダスティンもいるし、良い具合に連携してくれるだろう。
10頭ほど退治したところで帰ろうという事になったようだ。獣人騎士団からけが人が出たのも理由の一つであるが、アークエンジェルとダスティンが回復魔法でなんとか治していた。死ななくて本当に良かった。ロージーが見えない所まで離れていたから迅速な対応ができなかったのだ。
「緊張感というのも必要なのだ。それに戦士が怪我を恐れてはいけない」
と、ビューリングは言うが、領主の立場からすると死んでもらっても困る。後遺症も駄目だ。
「ハルキはたまに現実的ではない事を言う。それはそんな力を持っているからこそ言える事で、お前の良い所なんだが」
違う、それは前世の記憶があって日本を知っているからだ。
「そんな事より、毛皮を剥ごう」
カーラが物騒な事を言い出したが、それが目的だったんだから仕方ないか。怪我した獣人も率先してやっているからもう何も言えなくなっているのだが、色々と不満はある。
「ハルキ様、怪我は、怪我したそいつの責任なんだぜ?」
カーラよ。それは違うんんだよ。分かってくれ。
「カーラ、ハルキ様がそんな低次元の話をしてるわけではないというのを理解しろ。いまだにそこが分からなければハルキ様の護衛は務まらないぞ」
ソレイユが物分かりがいいような事を言っているが、ソレイユ自身は俺が理解できない人という前提で話をしているというのが不満である。
「違うんだよ」
「ちがうんだよー」
分かってくれるのはロージーだけか。まあ、こいつも分かってるわけではないだろうが。
「当面の脅威は排除できた。それにお前たちがいてくれたからこそ、あいつも死ななくて済んだんだ。感謝している」
帰ってからもビューリングにそう言われて釈然としないものを感じている。まあ、たしかに俺の考え方が甘いというのは自覚しているんだけども。戦争でもないのだから死んでも怪我しても仕方がないというのはどうしても受け入れられない。
カーラはさっそくヒョウ柄のマントをつくってもらいに行ったようだった。獣人の中にそういった物を作るのがうまいやつがいるらしい。ソレイユは俺の護衛についたままである。
「はるきー おしっこー」
ロージーは気楽なものである、父がこれほど悩んでいるというのに。
「あ、カーラいねえや。誰かロージーのおしめ替える役が……」
「ハルキ様、多分カーラには無理だ。それ……」
ソレイユがぼそっと言う。たしかにカーラには無理かもしれん。
「うーむ、獣人には純人の子の世話はちょっとな」
ビューリングとしても獣人の誰かに相談するのはあまりお勧めできないようである。
「うぬぅ」
仕方なく自分でおしめを替える事にした。なんといっても前世を含めると何人も子供を持っているからできないわけではないのだ。あんまりやらないけど。
「意外だな」
手際よくおしめを替えてしまった俺を見て周囲の人間が驚いている。おしめ替えただけだぞ?
「さすがはハルキ様です」
ソレイユよ、こんな事で褒められてもな……。
「しかし、ずっとハルキ様にロージー様の世話を押し付けるわけにもいかないだろうよ。誰か領主館から暇そうなメイドを呼んでこようぜ?」
ダスティンがそう言うと、獣人の一人が領主館へと連絡をつけてくれた。すぐに向かわせるという事だった。メイド長自ら来るという。
「マーサが来るんか」
マーサは昔から領主館で務めているメイドである。つまりは俺のおしめを替えた事もある強者だ。
***
その日のうちにマーサは到着した。この距離をウインドドラゴンではなくワイバーンで間に合うというのは数人しかいない。つまりは暇だったんだろう。飲んだくれてたからな。
「ハルキ様、マーサさんをお連れしました!」
「ユーナか……」
つい先日絡まれたばかりである。
「ハルキ坊っちゃま、だめでしょうが。奥方様抜きでこんな所へ来て! それに何です? むさくるしい男どもばかりでロージー坊っちゃまのお世話をする者がいないではないですか!」
そしてマーサから怒涛の説教をくらう。俺、領主。
「マーサ、坊っちゃまはよせ」
「いいえ、ハルキ様はまだ坊っちゃまですわ。いくら世界を救ったとしても中身が子供のままですから!」
いかん、勝てそうにもない。
「まーさー」
「はいはい、ロージー様。ちゃんとご飯食べましたか? ほら、服が脱げかかってますよー」
手早くロージーが一瞬ズボンを降ろされぱぱぱっと服を着せられていく。もはや神業に近い。
「はい、これでお腹を冷やすこともありませんね」
「まーさー。お腹すいたー」
「はいはい、分かりましたけど晩御飯がきちんと食べられるように少しだけですよ」
さりげなくメイド服のポケットからはちみつ玉を取り出してロージーに与えている。買収も完璧だ。
「じゃ、俺は夜しかとれないマジックマッシュルームの採取に行ってくるから。後は任せた。イツモノヨウニ」
「待ちなさいっ! あぁ、ヨーレン! ユーナ! 追うのです!」
立場は第5部隊の副隊長よりも上という事か。
「はっ! しまった!」
「え? 何がしまったんですか? ヨーレン副隊長」
「マーサさんに怒られる!」
「ぎゃー! 本当だ! マズイですよ!」
二人が騒いでいるがすでに時は遅い。追いかけて来た二人を焼きマジックマッシュルームの醤油もどきかけで買収したり、マジックマッシュルームによってくるドリーマーという魔物を見に行ったりで当初の目的を忘れさせてやったのだ。ドリーマーはバクのような長い鼻を持つ魔物でキノコを主食としているらしい。脅威度はほとんどないが、出会う事の少ない魔物でありヨーレンはそういうのが大好きである。ユーナは美味い物には目がないからな。セーラさんの影響だろう。
「しかし、ここは悪くない」
夜の大森林の中で湖のほとりでキノコを焼きながら酒を飲んでいるという贅沢をしているのだ。なんで酒を常に携帯しているかという事は聞かないでもらいたい。気温もちょうどいい。
「いたー! ハルキさまー!」
夜間であるにもかかわらず、たき火の炎が見えたのであろうか。ダスティンのワイバーンが近づいて来た。
「マーサさんが怒ってますよ。ロージー様を放っておいて夜まで帰らないとはどういう事だって」
やべえ、怒り心頭らしい。
「よし、ダスティン。明日、ロージーとマーサをつれて領主館に戻ってくれ。俺はこれから極秘任務に行く」
「マジですか、完全にいつもの逃避行じゃないっすか」
「ふへへ、そこまで分かってんなら話は速いじゃねえか。それにお前もそろそろ学校の講義が始まるだろ?」
「いや、まあ、そうなんですけど……フラン様が」
「どうせ爺はすぐに居場所突き止めて合流してくるさ」
いつもそうだしな。
翌日、俺たちはマーサに会うのが怖かったので、そのまま南下する事にした。南には、小領地が数箇所ある。いまだに行ったことのない土地だった。
時系列的には最凶執事に残念執事が斬りかかってる頃と同じくらい




