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ep85 過去への追憶①(長兄からの刺客)

前回ヴァーリーと出会ったのは、俺がルセルとして二度目の人生を送っていた17歳の時だった。

それは確か……、アリスから『孤児院の闇』を聞いた二週間後に始まった一連の騒動、あれが始まりだったな。


あの後も俺は、アリスに会うため何度か『社交場』に通おうとしていたが、とある騒動に巻き込まれてしまい全く身動きが取れず会いにいけなかった。

そのため俺はアリスが病に罹ったことも知らず、彼女を救うこともできなかったのだが……。



その事情というのは、辺境伯ブルグたる長兄の命によって派遣された三番目の兄、子爵家の令嬢との間に生まれた奴が『巡検使』となり、トゥーレ一帯のエンゲル草の確保状況を調査に来たせいだ!


内政には関与しないという前提だったが、勝手にあちこちを見て回り難癖を付ける兄に、俺はほとほと困り果てていた。

だがそれは、思いもよらぬ出会いを俺にもたらしてくれることにもなった。



◇◇◇ 二度目の人生 トゥーレ ルセル・フォン・ガーディア 十七歳



俺は一日の政務と本日舞い込んだ面倒ごとの処理をやっと片付け、深夜になってしまった執務室で一息付いていた。


「ふぅ、奴(三番目の兄)のせいで仕事が倍以上になったな……、まだ三十日以上滞在すると言っているし、この先が思いやられるな……」


そう愚痴をこぼしながら、隣に座る同じ被害者に声を掛けた。


「バイデルにも迷惑を掛けてしまい申し訳ないが、俺もそろそろ我慢の限界かもしれないな」


「ルセルさま、ここは我慢のしどころです。ですが……、私もブルグが一年以上も前の話に難癖を付け、今更蒸し返されるとは思ってもいませんでした」


「確かに難癖だよね……」


そう、思い起こせば暦の上では二年前、正確には一年とちょっと前だが、領都では疫病が発生し数百人もの犠牲者を出していた。


ただ数百人で済んだのは、俺たちがトゥーレ一帯の疫病に備え、備蓄を進めていたエンゲル草を放出し駆けつけたからで、それが無ければ犠牲者の数は少なくとも一桁は増えていたと言われている。


そもそも俺たちは、エンゲル草を独占することもなく、備蓄を確保しながらガーディア辺境伯領にも、それなりに流通させるよう気を遣っていた。

そのため保険としてトゥーレで確保していた備蓄量も、アスラール商会の会長に指摘された通り、まだ十分とは言えないものだった。


「ルセルさまの迅速なご判断で残る備蓄も全て開放し、自ら陣頭に立って動かれたことで災厄の被害は最小限に抑えられました。

ですが……、器の小さな者にとって、領都で高まりつつあるルセル様の名声は我慢ならないのでしょうな」


ははは、バイデルも辛口だな。

当代の辺境伯(長兄)を指して、『器の小さな者』と言い切っているのだから。

まぁ……、彼は父である先代辺境伯も知っていることもあり、無意識に比べてしまうこともあるのだろう。


「俺は人として当たり前のことをしたまでだけど、それが気に入らんと言われてもね……」


そう言って俺は苦笑するしかなかった。



あの時に俺の取った行動、それは長兄たるブルグが……、


・持っていなかったエンゲル草を大量に所持していた

・採用していた誤った感染拡大防止策を強引に正した

・敢えて見殺しにしていたシェリエたちの命を救った

・なす術がなかった疫病を、迅速に収束して見せた

・妬むほどに、家臣からの信望が集まり始めだした


これらの結果として、領都に住まう領民や家臣たちの間で俺の名声が一気に高まり、ここ最近ではトゥーレに移住を希望する者の数はうなぎ上りになっていた。



「それに決め手となったのは、あの件ですな? 私も配慮が至らず申し訳ありません」


そう言ってバイデルが苦笑したのは、今年になって俺が『正式に』男爵として叙されたことだ。


もともと、砂金発見時にバイデルの献策で王室にも利益を分配していた。

これにより俺は、長兄のガーディア辺境伯ではなく王国から直接、騎士爵に任じられていた。

これはバイデルの講じた『保険』であり、これによって長兄は辺境伯ブルグといえど、勝手に俺から騎士の爵位と領地を取り上げることはできなくなっていた。


そして次に、疫病鎮圧の顛末と俺の果たした役割、それらをバイデルは『王国の騎士』が果たした功績として王都に報告し、『念のため』と称してエンゲル草により作成された特効薬を王室に献じていた。


これらのことがたまたま(・・・・・)国王陛下の目に留まり、いたく感心されてこの結果になった。


バイデルは家宰時代から王都には様々なコネを持っていた。

おそらくだが、たまたま(・・・・・)そうなるよう手配していたのだろう。


もちろん俺は、ガーディア辺境伯家の家中としての立場は変わらず、国王陛下から直接領地を拝領した訳でもないが、王国より任じられた男爵として、少ないながら毎年の俸給も与えられている。


そして益々、長兄ブルグの一存だけで勝手に処断できる存在ではなくなった。

だからこそ今回の『巡検使あげあしとり』なのだろう。



何の前触れもなく突然、巡検使の立場を背負ってトゥーレを訪れた三番目の兄は、俺たちに向かい開口一番に宣言した。


「トゥーレ一帯の領主を任じられたルセルに対し、新たなブルグの命を伝える!」


ひとつ、トゥーレでのエンゲル草の備蓄状況を確認し、来る災害に備えて『公平に再配分』させる

ひとつ、エンゲル草を隠し持ち、領内の危機を招いた者の存在を調査し、該当者には『相応の罰』を与える

ひとつ、現時点でのエンゲル草の確保状況を確認し、不備があれば助言を行い確保手段を『適宜改める』


「これらを遺漏いろうなく行い、ガーディア辺境伯領が将来迎える危機を未然に防ぐことは、ブルグたるお方の使命であり、領主ルセルもガーディア辺境伯家の一員として協力するように」


そこまで言って奴は醜悪に口元を綻ばせた。


「なお私が、ブルグの命により巡検使として全権を賜り、これらの任に当たるものである!」


うわっ……。

これって全部……、俺をターゲットにしているよね?


領内の危機に備えて備蓄があれば没収し、あの時に出し惜しみしていれば罪に問い、今後は入手経路にも口を挟む(横取りする)という……。


そして三男は、『俺が全権を握っているのだから逆らうことはできんぞ』と脅しているようにすら聞こえた。


まぁさ、俺には何の後ろめたいこともないし、疫病の時は危険を冒して領内の備蓄も全て開放していたからね。

奴がどれだけ必死に探しても、ここ一年で貯めた量しかエンゲル草はなく、決して彼らが『望んだもの』は出てくることはないのだけどさ……。


「ほんと、やってられないよな、あの阿呆にはきっちり立場を分からせるべきかな?」


「ルセルさまっ!」


「分かっているよバイデル。巡検使の任務には思うところも多々あるけど、一応は協力するつもりだ。

だけどさ、俺が愚兄のお守りまでする必要って……、あると思う?」


「ですが万が一事故でもあれば……」


兄とその一行はトゥーレの町で傍若無人に振る舞い、町の住民には多大の迷惑を掛け……。

勝手に視察と称して砂金採掘現場や森に入り、無許可であちこちを掘り返し……。

時には魔の森に展開している哨戒線を越え、押しとどめる兵を無視して森の奥まで入ろうとしたり……。


なので俺は、兄の向かう先や滞在場所へ常に先回りし、手配が滞りなく進んでいるか確認しつつ、これ以上領民に迷惑を掛けないよう奔走していた。


更に町の外に出るときに備え、常に兵を城門脇に待機させ、勝手に外に出ようとしても護衛として無理やり随伴するように手配していた。


本来なら好きにさせても良かったが、長兄にとっては巡検使の役目を与えた三男自体も、言ってみれば使い捨ての駒に過ぎない。


奴に万が一のことがあれば俺を糾弾し、問題を起こせば俺を道連れにして処断すればいいだけだ。

ブルグにとっては目障りな存在を処分できる、一石二鳥の機会と考えているのだろう。


そんな思惑すら想像できない阿呆は……。


『あれが気に入らない! 俺を誰だと思っている』

『あれが必要だから直ちに用意させろ!』

『無理でも何とか対応させろ!』


といった要求を、一日に何度も寄こしてくる始末だ。

そのため俺は兄のお守りで走り回り、日中は政務どころではなくなっていた。



そんな駄々っ子だった阿保(三男)の思惑も目に見えていた。


・本来なら早々に政務に行き詰まり追放する予定だった俺が、統治に成功し今もなお領主でいること

・一番の貧乏くじであったトゥーレ一帯が、今や大きく発展して格段に豊かになっていること

・拡大を続けるトゥーレの経済圏は、今や領内でも有数のものに発展しつつあること

・結果として経済力や動員兵力においても、今の俺はブルグを除けば全ての兄弟を上回っていること


三番目の兄はこれらが我慢ならないのだ。

本来ならば豊かな土地は、嫡出子である自分たちが受け継いで当然と思っているのだろう。


『あ奴の落ち度を発見すれば放逐し、代わりにお前をトゥーレ一帯の領主として任じてやる』


そのように長兄から言われ、喜び勇んでやって来たことぐらいは簡単に想像できた。

だから猶更、俺を困らせているのだ。


「ただこのままでは……、俺が倒れてしまうよね?

それも奴にとっては、『統治能力に欠ける』と騒ぎ立てる口実を与えるだけだし……。

何か揉め事でも起きないかな? 奴にお帰りを願う程度の……」


それはただの愚痴だったが、しばらくして現実のものとなった。



◇◇◇



次の日に奴は、また勝手にトゥーレの町を出てオーロ川上流の森へと入っていった。

しかもご丁寧に、俺が護衛とすべく配した兵たちに交代時間に生まれた隙を衝き、数台の馬車と供回りに連れてきた三十名の兵だけで……。


そして……、起こるべくして事件は起こった。


「急報っ! ルセルさまは何処に? 急報でございますっ!」


慌てた様子の兵士が行政府に駆け込んできた。

只ならぬ様子の伝令だったが、俺の口からは皮肉の言葉しか出なかった。


「どうした? 巡検使が魔物にでも襲われたか?」


俺自身、奴の対応に病んでいたこともあり、既に精神が危ない領域に差し掛かっていたことは否めない。

だが……、事実は似たようなものだった。


「巡検使の一行が盗賊に襲われましたっ!」


「ふん、ならば自業自得じゃ……」

「ルセルさまっ!」


あ、いかん。これまでのことと、連日連夜の睡眠不足で半分心が腐っていたことを自覚した。

バイデルの叫びで俺はやっと正気に戻った。


「巡検使と随員は無事か? 盗賊への対処はどうなっている?」


「はっ! 巡検使ご一行は無事です。襲撃地点に残っていた者たちは縄を掛けられておりましたが、不思議なことに逃げ散った者も含め、命を奪われた者はおりません」


「そうか、それは幸いだったな」


「ただし……、馬車の荷物は全て奪われて……」


「ちっ!」


だから俺は何度も忠告したんだ!

町を出るときは必ず俺が用意した護衛を伴って出るようにと。

持参した財貨は商業組合や行政府など然るべき場所に預け、現金(金貨)は全て商業組合を介してボンドにしておくように、と。


だが奴は俺と俺の領内を一切信用していなかった。

そのためどこに行くにも持参した財貨は全て輸送用の馬車に積み込み、一緒に行動させていた。


しかも奴は任務を成功させて俺を追放し、そのままトゥーレに居座るつもりでいたのか、ご丁寧に自身の財貨を全て持参してこの町を訪れていた。


「おそらく手口からして、ここ最近になって交易商人たちを狙う、例の一味かと……」


そう、この頃になると発展目覚ましいトゥーレには王国各地から交易商人が訪れ、近年の発展により莫大な財を築き上げた地場商人も出てきていた。

そのため最近になって、そういった裕福な者を狙う『義賊』を名乗る盗賊が出没するようになっていた。


彼らのやり口はいつも同じだった。


襲うのは金持ちや裕福な者たちだけで、襲撃により制圧され無抵抗となった者の命は取らなかった。

死者が出る場合も、あくまでも武器を持って無謀な抵抗を続けた者が、運悪く深手を負ってしまった場合だけだ。


そして得た財貨の半分近くが、貧民街や裏町の貧しい者たちに施されているという。


「で、その後はどうなった?」


「駐留兵が駆け付け、襲撃現場近辺の森に居た怪しげな獣人たちを十名ほど捕らえております。

巡検使はその者たちが犯人だと罵り、ルセル様には財貨の返還と彼らの即刻処刑を求めて……」


「手が付けられない状態だということだな? 『急報』はむしろそっちの話だな?」


俺は思わず沸き上がった笑いを噛みしめていた。

確かに兵たちには抑えきれないだろう。


「決して早まったことはさせるなよ。こちら側で取り調べるから、捕縛した獣人たちはあくまでも参考人として扱い、犯人だと決めつけるな」


おそらく彼らは犯人ではない。

俺の直感がそう告げていたからだ。そう思うに足る不自然な点は幾つもあった。


「バイデル、俺はこれから公的な手続きに則って審理を進める。彼らへの対応と然るべき証人(・・・・・・)の手配を頼んでいいかな?」


こうなった以上、俺は第三者の立場に徹し敢えて多くを語らないように心掛けた。


おそらくバイデルもそれを理解し、同じ気持ちだったのだろう。

何の質問もなく彼はただ無言で頷き、行動に移ってくれた。


俺がこの対処を一歩でも間違えば、機に乗じたあにの策に嵌められてしまう。

いや、むしろ奴はこの機会を有効に利用してくることは間違いない。

だが、上手くいけば……、俺にとっても奴にお帰り願う機会にもなる。


俺と兄はお互いに好機と考え、それぞれの思惑に従い動き始めた。

いつも応援ありがとうございます。

次回は8/7に『過去への追憶②』をお届けします。


評価やブックマークをいただいた方、いつもリアクションをいただける皆さま、本当にありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いします。

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