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ep84 三度目の世界での再会②(隻眼の猛将)

虎狼の里を苦しめ続けていた漆黒の悪魔、遂にその討伐が成った!

フォーレに一時避難し、俺の帰りを待っていた獣人たちは歓呼して俺を迎えてくれた。


だが……。


「あっ、リーム! 良かった、おか、え……、えっ? どうしたのっ、その傷!」


「リーム! どうして、どうしてそんな酷いことに……」


もっとも、ゲートを開いて戻った瞬間、ずっとフォーレ側の出口で俺を待ち続けていたアリスとマリーには、帰還早々に泣かれてしまったけど……。


安堵あんどした顔で俺を迎えた二人は、俺の変わり果てた姿を見て絶句してしまった。


確かに……、今の俺の姿は泥まみれ、服は各所で切り裂かれていた。

実は奴らの水刃を完全には避けきれなかったため、直撃は受けなかったものの、服だけではなく身体の至る所に裂傷もそれなりにあった。


それらの傷は、戦いの後になってフェリスが光魔法で治してくれていたけど……、流石に切り刻まれて血が滲んだ服までは治せず、身体は完治していても服には生々しい戦いの跡が残っていたからだ。


「リーム……、また無茶したでしょ? 

ほんとに、ほんとにいつも心配ばかりかけて……」


そう言ってアリスは涙を流しながら俺に抱き着いてきた。

続いてマリーも……。


「ばかっ! リームのばかっ、自分を一番大切にしないとダメでしょっ。里の人たちから上位種の魔物と戦うって聞いて、アリスも私もどれだけ心配ことか!」


あ……、そこからバレたのか。

だから心配して、フォーレ側の出口でずっと待っていたと……。


安堵、不安、喜び、悲しみ、そんな感情がごちゃ混ぜになった彼女らを宥めることから始まった。

そして……、ひとしきりなだめて彼女らが落ち着いたあと、虎狼の里の長が俺の前に出て平伏した。


「神獣様の守護者たるリュミエールさま、そして神獣さま、我ら一同、心より感謝し御礼申し上げます」


その一言で、他にも俺の帰りを待っていた獣人たちが一斉に平伏した。


いや……、そもそも彼らが何故ここに?

中には担架で運びこんだはずの獣人たちも、十人近くがこの場に残っているし……。


「ごめんなさい、彼ら(負傷者)はリームが戻るまでここを動かないって言って聞かなかったの……」


申し訳なさそうにアリスはそう言った。


そう言うことか……。


彼らからしてみれば自分たちの里の出来事、まして並々ならぬ敵手と知っていたから、待っているだけじゃ気が気でなかったのだろうな。


「どうか、どうかお願いにございます。

我らの里を苦しめ、多くの者を死に追いやった悪魔の亡骸を、皆にも見せてたっていただけませんか?

それによって私共はやっと……、やっと始まりを迎えることができる気がします」


そうだな、俺も彼らに『討伐が終わった』とは言ったが、証は見せていなかったな。

それを見せれば彼らの不安も落ち着き、やっと新しい未来を見据える気持ちになれるかもしれない。


「分かった。ここに出すので、皆は場所を開けてくれないか? 此方に運び込む都合上、頭部と尻尾は切っているけど、問題ないよね?」



実は戦いが終わったあとも一苦労したんだよね。

そもそもだけど奴らの身体は並みの魔物より大きく、到底四畳半には収まりきらないからだ。

ただ……、俺の『四畳半』もいつの間にか四畳半ではなくなっていた。


フォーレの開発で限界まで収納と排出、ゲートとして出入りを繰り返しているうちに、気付かないうちにいつの間にか『四畳半』の空間は拡大していた。


孤児院から全員を脱出させた時点で十二畳程度、深淵種二体を討伐して収納した後は、縦横4メートル×8メートル、高さ4メートル程度の長方形立方体、言ってみれば二十畳程度にまで広がっていた。


それでも全長で二十メートルもある魔物は収納しきれなかった。

なので何か所か切断して無理やりねじ込んだのだから……。



獣人たちが固唾かたずを呑んで見守る中、俺は通称『四畳半』(実際には二十畳)から二体の魔物を排出させた。


その瞬間……。


「「ヒッ!」」


その姿は、これまで魔物の亡骸を数多く見てきた経験のあるアリスやマリーでも、思わず悲鳴を上げて後ずさりしてしまうほど禍々しいものだった。


素人目でも一目見ただけで、それが強大な力を誇る上位種と理解できる代物だったからだ。


俺自身、戦っている時はよく見る余裕もなかったし、戦いの後も四畳半(二十畳)に奴らを収めるのに必死で、実はよく見ていなかった。


だが……、改めてゆっくり見ると二体のうち一体はことさら大きく、頭部と胴体、そして尻尾を合わせれば体長は二十メートル近くもあるか……。


びっしりと牙の生えた口だけでも二メートル以上あるし、無理やり曲げて収納した長い尻尾は、太い根本は大人が両腕で抱えきれないほどの太さで、末端でも俺の胴回り程度の太さがあり、尾に付いたヒレは刃のように鋭く尖り、末端は棍棒のような硬い球体から鋭い棘が何本も生えていた。


こんな尾を振り回されれば、大木でも一撃で粉微塵になっていただろう。

奴らの身体は全身が武器で有り、皮は鎧のように固く通常の刃は通さない。

そして天威魔法クラスの水魔法を行使し、常に有利な状況で戦う知恵もある。


改めて考えると、よく勝てたよな?

たまたま四畳半に逃げ込んだことで奴らに隙ができたことが勝因であり、まともに戦えば絶対に勝てなかっただろう。


因みにもう一体は併せても十五メートルほどの体長で、先のものと比べてみると威圧感が全く違った。

まあ……、俺がとどめを刺したのはこっちの方だけどさ。


「おおっ! まさしくっ」

「漆黒の悪魔だっ!」

「くっ……、こいつらに多くの仲間が……」


獣人たちは歓喜の声を上げつつも、失われた仲間たちを思い苦悶の表情を浮かべていた。


そして……、ひとしきり落ち着くと今度は何故か俺に向かって祈り始めた。


「まさに神獣様の守護者たるお方っ!」

「守護者さまに感謝を!」

「我らの英雄に、心より御礼申し上げます!」


いや……、話がなんか変な方向に行きそうだぞ。

俺は戸惑い、彼らの感謝の矛先を変えようとしてみた。


「いや……、俺が討伐したのは一体で、もう一体に止めを刺したのは神獣様だからね。

実際に俺も死にそうになって、神獣様に命を助けられたしさ、本当に危なかっ……」


しまった!


黙っていようと思っていた話を、流れでつい……。

アリスとマリーが悲しげな顔で俺を見ていることに気付き、途中で言葉を止めた。


「先ずは虎狼の里を代表し、リュミエールさまと神獣さまには改めて感謝を!

そして我ら一同、今後は一族を救ってくれた貴方様のしもべとして、お仕えしとうございます。

どうか我らに、ご恩に報いる機会をお与えください」


「……」


里長がそう言って再び平伏すると、集まっていた獣人たちも全てそれに倣って地に額を擦り付けていた。

そこに居合わせた、虎狼の里の獣人ではないレパルやウルスなど、他の獣人たちも含めて……。


「いや……、しもべになってもらう必要はないよ。そんなこと望んでいた訳じゃないから。

フォーレと虎狼の里は協力して……、いや、新たなフォーレの民として、力を貸してくれればいいからさ……」


「どうかっ、どうか我らの願いを!」


何故か里長は頑なだったので、俺はため息を吐きながら同様に平伏する負傷者たちの前に進み出た。


「よかったら皆も頭を上げてくれないか? 俺も戦って初めて、奴らがどれほど強かったかを思い知らされたよ。だが同時に、君たちの凄さを改めて思い知ったよ」


最上位レベルの天威魔法を駆使し、その他にもフェリスや四畳半というチートのお陰で、俺はやっと勝つことができた。

だけど彼らは、あの難敵を前に物理攻撃だけで一体を討伐したのだ!


正直言ってそっちの方がよっぽど称賛に値する功績だと思う。


「君たち自身もアレを一体を討伐したんだ。英雄たちよ、俺は君たちの勇気と奮闘を讃え、戦いで命を落とした戦士たちの冥福を心から祈りたい。

だから今は顔を上げ、傷を癒すことに専念してほしい」


そう言って語り掛けると、やっと一人の獣人が顔を上げた。


「!!!」


やはり居た! 後に(過去に)俺が最も信頼し頼りにしていた四傑のひとり、『隻眼の猛将』と称された獣人重装騎兵部隊を率いていた男、ヴァーリーだ!


里に居た時はそもそも顔が血だらけの包帯のようなもので包まれており、一人一人顔を確認することはできなかった。

フェリスが治療したあと俺たちは、すぐに別室へと誘われたので彼の存在を確認することもできなかった。


だけど今はフェリスの力によって傷も癒えて……、あれ?


「……」


俺の知っていた彼の顔と比べると、ある部分だけに大きな違和感があった。


「ヴァーリー、左目の傷は大丈夫なのかい?」


思わずそう声を掛けていた。

何故なら俺の知る彼には左目を切り裂く、眉の上から鼻下ぐらいまで伸びた大きな傷があったはずだ。

その傷で左目は開くこともなく、ヴァーリーは隻眼であった故に『隻眼の猛将』の二つ名を得ていた。


なのに今は、顔に大きな傷跡は残っているものの、しっかりと両眼で俺を見据えているのだから……。



暫くの沈黙のあと、獣人たちの雰囲気が変わった。


「「「「「おおおおっ」」」」」


あれ? 声を掛けたヴァーリーは感極まったような様子で下を向いているし、周囲の獣人たちは驚きと羨望の声を上げているけどさ……、どういうこと?


「この者は、里の戦士団のなかで最も勇敢かつ最強の男にございます。

里を救った神獣の守護者さまより、早速に名を賜った栄誉で歓喜に震えているのでしょう。

先ずは当人に代わり御礼申し上げます」


名を賜る? どういうことだ?

あれ? もしかして……。

また俺はやっちまったか?


確かに俺は、ヴァーリーを知っている(いた)。

だが、とある事情によって俺は、彼の本当の名前を知らなかったんだよね。


俺がルセルだった二度目も……。


迂闊にも俺は、彼をルセルの仲間であった時に慣れ親しんだ『ヴァーリー』の名で呼んでしまったということか?


彼との再会を喜ぶあまり……。


「これより我が名はヴァーリー、『我が主君』よりいただいたこの名を誇りとし、未来のなかった虎狼の里を救っていただいたことに感謝し、終生忠誠を尽くすと誓います」


そう言ってヴァーリーは晴れやかな表情で顔を上げてくれた。


『我が主君』か……、懐かしいな。

かつてのヴァーリー(・・・・・・・・・)も、ずっと俺をそう呼んで仕えてくれたんだっけ。


そう、彼は俺との数奇なる出会いの結果から俺の仲間に加わり、以降はその時の経緯いきさつによりずっと俺を『我が主君』と呼んでくれていた。


そしてその後も、あの時の誓いを違えることなく……。


真っ直ぐ見つめてくるヴァーリーを前にして、俺の心はルセルだった二度目の人生、後に『隻眼の孟将』として畏怖された四傑ヴァーリーとの出会いと、それに至る経緯を思い出していた。

プロローグで登場した四傑も三人目、ヴァーリーが登場しました。


次回からは二度目の世界で彼との出会いを描いた三部構成のうち、8/4は『過去への追憶①』をお届けします。

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