ep77 未来への布石②
以前に俺が依頼した内容、そのひとつを遂行するためにガーディア辺境伯の領都に出ていた商会長がフォーレに戻ってきた。
その前段を整えるため、第一回定例会議の後にバイデルが動き『繋ぎ』を付けることに成功していた。
商会長はそれを受け、第二段階に進むべく動いてくれていた。
結果をずっと楽しみにしていた俺は、商会長がフォーレに戻って来ると真っ先に報告の場を設け、成果を確認せずにはいられなかった。
「それで、首尾はどうでした?
彼女はなかなか手強かったんじゃないですか?」
俺が開口一番にそう言うと、商会長は含むところがあるような様子で苦笑していた。
やはりな……。
「会うことが許されたのち、開口一番に『妾の子の腰巾着からの紹介か』と大きく溜息を吐かれ、『其方は本当に私が望んでいる物を手配できるのか?』と一発かまされましたよ」
だろうな……。
俺がルセルであった時も、ある事件を契機に心を開いてくれるまでは、嫡出子であった兄や姉、母親たちの影響をモロに受けた妹は、俺のことを思いっきり見下していたからね。
「どうやらトゥーレのが領主には、『特別な感情』を抱いていらっしゃるようでしたし」
うん、それも予想通りだ。
ただ今回は、俺もルセルとは別人だし、俺なりの準備もしてある。
「話してみて私も驚きましたよ。まだ八歳であの聡明さ、同じく八歳だった頃のリーム殿を知っている俺でも、最初は戸惑いましたからね」
そう、世の中には本物の天才がいる。
もちろんそれは俺のことではない。
今の俺が未来への布石としてどうしても確保しておきたい彼女こそ、本物の天才なのだ。
「それで……、お土産の効果はあったかな?」
「そりゃあもう、抜群に」
そう言って商会長は笑いを押し堪えていた。
なんせ俺は……、彼女の嗜好を知っているし、俺だからこそ用意できた『特別なお土産』だったしね。
「上位種の魔物から得た魔石、これをお見せした瞬間に血相を変えられて飛びつかれましたよ。
その後はすんなりと事が運びました」
そう、いくら俺でも今は何の関りもない妹に繋ぎを付けるのは簡単なことではない。
なので第一段階として、バイデルから彼女に使いを出してもらった。
『シェリエさまが探していらっしゃる物を提供できるかもしれない、面白い商人がいます』
この言葉に妹は食いついた。
そもそも彼女は、子供のころからガーディア辺境伯家の神童として名を馳せていた。
俺が最初に生きた世界でも、小学生ながら大学に飛び級で入学した天才の話は聞いたことがあった。
まさに彼女がそれだ。
そんな彼女が絶大な関心を寄せていた研究テーマは魔法学、この世界での魔法に対する理論の構築に他ならない。
まだ十歳に満たないころから文献を読み漁り、研究に没頭して将来は魔法士となることを強く望んでいた。
そこに側妾の子ながら五芒星の魔法に開花したルセルが現れ、彼女は一角ならぬ対抗心を燃やしていた。
どこで知ったのか、属性を持つ魔石が魔法士のレベルに関与することを知った彼女は、それ以降は高位の魔石収集に情熱を傾けていたらしい。
もちろんこれらの話は、二度目の時に俺が本人から聞いたもので、今は知る人間もいない話なんだけどね。
「しかしまぁ、懐柔策として貴重な上位種雷属性の魔石を、簡単に差し上げても良かったのでしょうか?」
「うん、予備はあるし……。それで彼女は『俺の手紙』もちゃんと読んでくれたのかな?」
「はい、まぁ……、土産が土産ですからね。『今度はぜひリュミエールさまに会って直接お礼を申し上げたいわ!』と、頬を赤らめて仰ってましたよ」
ははは、効果は抜群だったということか。
俺は手紙に、さる貴族家の子息リュミエールとして、同じ魔法学に関心を持つ彼女に仲間として誼を結びたいと書いていた。
贈り物の魔石は、その挨拶だとも……。
これは嘘ではない。まさかそれが身内だとは思ってないだろうけどね。
そしてとどめは、彼女が構築しようとして今は壁にぶつかっている魔法学の理論、以前に俺がアリスに説明したことのある『魔法のレベルと威力に関する考察』について、解明のヒントを書き記していた。
これを読んだ彼女は、たちどころに俺を信用して、同じ『仲間』として認めたらしい。
これも元々は彼女自身が苦労の末に構築した理論だから……、本人からの盗作でかなりバツが悪い話だけどね。
ただ俺も、奴に対抗するには形振り構っていられない。
「後は何か言っていたかい?」
「まずはリュミエールさまがどんな方か、その辺りは詳しく質問されましたが……、筋書通りに答えておきましたよ」
・リュミエールは、伯爵以上の家柄に生まれた者
・まだ成人してはいないが、王国から騎士爵に任じられていること
・既に三属性の魔法士であること
・自身の研究の過程で、希少な魔石を幾つも所持していること
・アスラール商会がその意を受け、魔石を収集していること
敢えて事実である、六属性で七種の魔法を操れるとは言わず過小に伝えたのも、より信じてもらいやすくするためだ。
「この辺りの話は、殊更熱心に聞かれておりました」
「じゃあ商会を通じて極秘に文通することも問題なく?」
「はい、最後に書かれていたアドバイスにも、『実は私もそう思っていました。なのでその日を心待ちにしております』と熱心に頷かれていらっしゃいました」
そう、これが俺の提案の最大の肝となる話だ。
ガーディア辺境伯家の領都といえど、教会にある魔石は今の俺と比べ比較にならない。
もちろん、残念な方にだけど。
『天威魔法』を導く魔石は火属性の一種類しかなく、後は全て『地威魔法』クラスのものだ。
なので『火』以外は、天威魔法のレベルを持つ魔法士が誕生しない。
仮に本人にその素養があったとしても……。
これには前回の歴史で彼女が辿った運命が、そのことを裏付けている。
後に『爆炎の魔女』と評され、火属性天威魔法を操り畏怖を集めたシェリエは、他にも魔法を行使できる三属性だった。
だが不幸にも、他の雷魔法と風魔法は地威魔法でしかなかった。これは儀式を受けた教会に、それなりの魔石しかなかったからに他ならない。
環境さえ整っていれば、彼女はもっと強い力に目覚めていた可能性もある。
ただ……、当時の彼女はこの『魔石がレベルを左右する』という『理論』に自信を失っていた。
何故なら事実として、最上級の神威魔法を行使する魔法士が誕生した実例があったからだ。
ただそれは二度目の俺や今回もルセルが、別の理由でチートだったに過ぎない。
転生にあたり神々より加護を受けていたお陰で、呼び覚まされるまでもなく生まれ落ちた時より、そのレベルの魔法が備わっていたのだから……。
なので俺は、彼女が自信を無くしていた理論に同意し、『いずれ俺が上位属性の魔石を用意する日まで、洗礼の儀式を受けるのは待ってほしい』と書き記し、彼女もその言葉に同意してくれた。
第一回の訪問としては上々の首尾だと思う。
あとは慎重に段階を踏んでいけばいい。
「なるほど、じゃあこれからも繋ぎ役として、アスラール商会には手間を掛けてしまうけど、どうかよろしくお願いします」
俺は奴がシェリエに手を伸ばす前に、彼女を味方として取り込んで置かなければならない。
それも前回とは異なったアプローチで。
そういえば……、本来の流れならルセルと彼女が接触し、彼女が拗らせていた思いを百八十度反転させるのって……、今から四年後だったかな?
ただ今の奴が、あの時の俺と同じ動きができるだろうか?
それは甚だ疑問だけどね。
ただ歴史は過去にない早さで歩みを進めている。
それは史実を知る奴が、先回りして動いているからだ。
ではこの件に関し、奴はどう動く?
俺は改めて当時の出来事を改めて振り返り、過去にあった未来に思いを馳せていた。
ここでプロローグに登場した人物の二人目、四傑のひとりであるシェリエが登場です。
7/14にお届けする『過去への追憶①』にて、二度目で彼女がどういった経緯で仲間となったのかが明らかになります。
どうぞよろしくお願いします。




