ep68 アモール
俺とバイデル、そして商会長の三人が祝杯を挙げたあと、地下室の扉をノックする音が聞こえた。
応じた俺の言葉に反応して入ってきたのは、ガモラとゴモラだった。
あ……、そうだった!
色々あってすっかり忘れていたけど、本来俺がトゥーレに来た理由は他にあったんだ。
「旦那、大事なお話し中に申し訳ありません」
二人は恐縮した様子だったが、本来なら謝るのは俺の方だ。
事情はともあれ、約束をドタキャンしたのは俺なんだし。
「ガモラもゴモラも気にしないでいいよ。用件は終わって今は祝杯を挙げていたところだしね。
それにこちらの事情で待ってもらったんだし、謝らなきゃいけないのは俺の方だよ」
そう、俺は彼らから頼まれて、この裏町を仕切る男に会って『仁義を切る』ためトゥーレに来ていた。
事情は簡単だ。
そもそも裏町は『アモール』という名の組織によって仕切られていた。
あちらの世界での意味を知る俺には、いささか笑ってしまうネーミングではあるが……。
そして二人はこの組織の実力者、顔役のひとりだ。
彼らと裏町の一部の者たちが組織を抜け、町を出ること自体は了承を得るまでもなく、何ら問題ない話しだと聞いていた。
だが……、それを取りまとめる元締めと呼ばれた男が、どうやら俺に興味を持ったらしく、『一度会って話がしたい』と言ってきたらしい。
俺も面倒ごとは嫌だが、色々と世話になった二人が動きやすくなること、これからも裏町で人手や移住者を募るには、筋を通しておいたほうが良いと考えて応じることにした。
それで予定より早くトゥーレに来たことが始まりだった。
「それで……、先方はお待ちかねだよね?」
「事情が事情ですし、できる範囲で話もしてあります。なのでそのことは理解していると思います」
「ゴモラのいう通りでさぁ。ただ挨拶に臨む前に、旦那には事前にお話しておきたい内容があってお邪魔しました」
どういうことだ?
相手に仁義を切った上で、多少のご挨拶料(金貨)を払えば良いと思っていたのだけど……。
考え込んだ俺に対し、二人はニヤリと笑った。
なんだ……、悪い予感がするぞ。
「万が一奴が旦那に失礼なことをした場合は、いつもの通り遠慮なくやっちゃって構いません」
いや、ガモラ……。
いつもの通りってどういうことだよ?
俺はいつも、極めて平和的に話し合いをしているつもりだぞ?
「俺やゴモラも、これまでに移住した者もみな旦那に付いていくと決めていますし、そうなれば容赦しないつもりですから」
「兄貴の言う通りでさぁ、既に裏町の顔役は半数以上がこちら側です。数でも負けませんからね。安心して叩きのめしてください」
「……」
ガモラ君にゴモラ君?
君たちは俺を武闘派の何かと勘違いしていないか?
今回は多少のことには目を瞑り、なるべく穏便に済まそうとしているのだけど……。
まぁいいか、今はそんな議論をしている場合じゃない。
少しだけ不本意ではあるけれど。
「では、そもそも俺が元締めに対し、不必要にへりくだる必要も、必要以上に相手に気を遣う必要はないと?」
「その通りです。組織といっても俺たちは配下ではありませんからね。そもそもアモールは裏町で力を持っている者たちの寄り合い所みたいなモンですから」
「兄貴に補足すると、元締めはゴロツキ共を配下に従え、主に裏町の揉め事を仲裁したり、しきたりに従わない者や余所者を追い出すのが役割で、単にアモールで荒事を担当しているだけですから」
そうか……。荒事担当ね。
それはもうフラグですか?
だってさ、俺って裏町の人間からすれば得体の知れない余所者だし、移住希望者をフォーレにスカウトしていることは『しきたり』を乱していないか?
実際に俺は、ガモラやゴモラが裏町を抜ける元凶でもある訳だし。
「わかった、できる限り荒事にはならないよう気を付けるけど、イザとなれば遠慮は無用、そういうことだよね?」
「「はいっ」」
いや……、その期待するような目はなんだ?
何度も言うようだが俺は武闘派ではないぞ。
獣人街でガルフと対峙したときは、『力こそ正義』が彼らの流儀だったから、それなりの対応をしたまでだ。
そのあと俺は、同行すると言って聞かない商会長とバイデルを連れ、二人の案内に従って付いていった。
◇◇◇
裏町の店舗が並ぶ商業地区、その入り組んだ街並みの最奥にある雑多な建物の中に、元締めと呼ばれる男はいた。
無駄に広く薄暗い部屋は、入り口からゴロツキたちが中央を挟んで並び、その最奥で椅子にふんぞり反って足を組んでいる男が件の元締めだろう。
しかしまぁ、この仰々しい迎え方はガルフと同じだな。
貴族や王国のしきたりを憎んでいる彼らが、憎む相手が好んで行うようなやり口を取り入れているって、矛盾しているよな。
それとも……、対面で相手を威圧するにはこの方法が一番ってことか?
そんな思いを抱きながら、俺は部屋の中に進んだが、照明が少ないので相手の顔がよく見えない。
「俺を待たせるとはいい度胸だな」
開口一番にそれかよ!
思いっきり対決姿勢じゃねぇか。
「此方の都合で日時を変え、待たせてしまったことは先ず謝罪する。だが俺たちも多くの命が懸かっていたからね。決して貴方を軽んじていた訳ではないこと、それを分かってもらえるとありがたい」
「それで……、助けられたのか?」
「ああ、俺自身が出向いて救助し、なんとか全員を助け出した。そして今後は万全の警備体制が敷かれるはずなので、少なくとも街道を往来することに脅威は無くなるだろう」
「なるほど、自ら仲間を救いに……、愛だな」
「???」
(何が愛だよ。唐突すぎて意味が分からないぞ)
「その点については分かった。お前は仲間に愛を見せた。そのための行動なら俺はとやかく言うつもりはない」
「感謝すると共に、その件は改めて詫びたい」
(助けたことを広い意味で愛だと言うのなら、それは否定しないし)
「ところで……、裏町の者たちを引き抜くって話を聞いたが、いつ俺の許可を取ったんだ? 俺にはとんと覚えがないけどな」
やっぱりそう来たか!
此方も『俺のシマで勝手に何やってるんだ』って言われる気はしていたからね。
だがここは、ガモラとゴモラのアドバイスに従うか?
「トゥーレでは人々が新天地を目指して移住するのに誰かの許可がいるのか? しかもそれが領主でもなく裏町の人間に対して」
「ははは、たかが小僧が俺に対して大胆な物言いだな。どんな面構えをしているんだ?」
そう言って男が指示すると、明かりが追加されて部屋の中が明るくなり、先方からは俺の顔が、俺からは元締めと呼ばれた男の顔がはっきり見えるようになった。
「!!!」
(マジかよ、……)
その瞬間に俺は固まった。
固まった理由は明白だ。俺はこの元締めと呼ばれた男を知っている!
いや……、『知っていた』が正しいかもしれない。
年齢は四十代前後でクセのある山賊顔、大柄な体躯に筋骨隆々、そして腕に自信があるのか不敵な笑みを浮かべていた。
この顔は忘れる訳もない!
しかも奴は、俺が直接部隊を率いて戦い討伐した盗賊団(義賊)の首領だったのだから。
「ザガート……」
思わず俺は彼の名を呟いてしまった。
「「「「!!!」」」」
その瞬間、周りのゴロツキたちが一瞬でざわめき、緊張して殺気を漲らせはじめた。
「ほう……、ただのガキだと思っていたが、その名を知っているとは驚きだな。これでタダで帰す訳には行かなくなったな」
あ……、やっちゃったか?
なるほどね、そういうことか。
俺が迂闊に発してしまった名前、これを聞いた瞬間にガモラとゴモラも驚いた顔をして、一気に全身を強張らせていた。
この二人すら知らない元締めの裏の顔を、俺は明るみにしてしまったということか?
俺もここで覚悟を決めた。
もう後には引けない事態に皆を巻き込んでしまったからだ。
俺の迂闊な一言のせいで……。
「そうか、どんな『おもてなし』をしてくれるんだ? 俺はその名を知っている。何故か?
俺のやっていることがお前のそれと似ているからだ。ただ俺は、お前と違い合法的にやっているけどな」
「そこまで知っているのか? 見掛けによらず肝の据わったガキだな。それなら話は早い。
『もてなし』を受けず五体満足で帰りたければ、金貨を五千枚ほどは用意してもらおうか?
その程度の泡銭は持っているんだろう?」
「ああ、泡銭ではなく命を張って集めた大事な資金だけどな、その程度は持っているさ。ただ俺も強欲でな。せっかくだから『もてなし』を受けて帰りたいと思っている。もちろんその『お返し』も十分にさせてもらうけどな」
そう言って俺は敢えて笑った。
相手にとって尊大で不気味に思えるように。
「なるほど……、腕には自信があるということか? ならば試させてもらおうか」
そう言うとザガートは、不敵に笑って片手を挙げた。
同時に俺の近くに居た五〜六人の男が、俺を取り囲むように距離を詰めて来た。
結局……、そうなるんだよね。
だから武闘派と勘違いされるんだよな。
本来なら切迫した場面にも関わらず、俺は大きなため息を吐いた。
ただ、ザガートがこの場に居るのなら、もう一人、俺の知る大事な人物もここに居るはずだ!
うんざりした気持ちと同時にもう一つ、ここに至り俺の心の中には、ある『希望』の光が灯され始めていた。
いつも応援ありがとうございます。
次回は6/17に『三度目の世界での再会①』をお届けします。
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