ep64 救われるべき者たち
俺は商会長とバイデルから話を聞いた後、直ちに酒場を飛び出すと全力で駆け出していた。
この際は多少目立っても致し方ない。
暗闇を照らすため、着地のタイミングのみ火魔法を照明弾代わりに連発し、それ以外は風を纏って半分空を駆ける形で夜道を急いだ。
もちろん全速で走るのは到底無理な話だったが、形振り構わず魔法を使えばそれなりに速度は出せた。
これなら森の家までなら三十分程度で到着できるはずだ。
『間に合ってくれ』
祈りにも似たことばを呟きながら、俺は必死に走った。
そして……。
飛び上がった上空から、闇に包まれている森の一角に篝火が焚かれて照らし出されていた場所が目に入った。
良かった! 無事かっ……。いや待て!
何か妙に騒がしい。
大地に降り立って外壁に駆け寄ろうとした俺の視界に、暗闇の中で何かが動く気配と同時に、何とも言えない獣臭が鼻孔を刺激した。
「ちっ!」
俺は気配のする一角を始め、自身の周囲30メートルに火球を放った。
「やはり魔物かっ!」
向こうも俺の姿を見て反射的に飛び掛かって来たが、俺はなりふり構わず無数の火球を放った。
その幾つかが闇の中に浮かび上がった巨大な狼のような影に吸い込まれると、炎に包まれた魔物の断末魔を告げる咆哮が響き渡った。
「風刃乱舞! ファイヤーストーム! フレアバースト!」
その後も一斉に襲い掛かってくる魔物たちに対して、俺は天威魔法の力押しによって蹂躙し続けた!
正直言ってフォーレの辺りに生息する魔物と、この辺りに出てくる小物では格が違う。
最初こそ形振り構わず反撃していたが、徐々に冷静に対処できるようになっていった。
「……」
やべっ、少しやりすぎたか?
周囲から魔物の気配が消えた時、俺は冷静に戻って改めて周りを見回していた。
夢中になって発動したせいか、それとも一対多数の戦いに慣れていなかったせいか、気が付くと周囲一帯を火の海にしてしまっていたからだ
慌てて水魔法で散水したり、地魔法で土を覆い被せて消火すると、岩の壁を乗り越えて一気に中に入った。
「あっ!」
「うわっ!」
「ひぃっ!」
「いやだぁ!」
「う、後ろへっ!」
「待って!」
慌てて発せられた恐怖の叫びに交じり、一人の少女が仲間を押し留めた。
「リ、リーム……、さん?」
改めてゆっくり見ると、満身創痍で剣を振るって皆を庇おうとするアルトの傍らで、汗と泥にまみれて奮闘していたてレノアが確認の声を上げた。
「無事かっ!」
「はい! 私たち以外は全員がトンネルに通じる地下室に隠れています。
それよりアルトが! ずっと皆を庇って……」
真っ先に返事をしてくれたのは再びレノアだった。
彼女はアリスやマリーから、次代のまとめ役として太鼓判を押されていた存在だ。
俺の一言で、全ての状況を端的に説明してくれた。
「アルトっ! 怪我は?」
「だ、大丈夫……、です。全部掠り傷みたいなもんで……。良かった、本当に良かった……。
ホント、本当に……、死ぬかと思いました」
「外は全て焼き尽くした。もう大丈夫だ。本当にすまない……、これは俺のミスだ。ここまで気が回らなかったこと、本当に申し訳ない。そして、皆を守ってくれてありがとう」
「いやぁ、ホント……、怖かった。もう動けないです」
そう言ってアルトは大の字になって寝転がった。
もちろん彼の目は涙目になっていた。
「アルト……、今度は本当に恰好良かったよ。ホントに……」
安心したのか、レノアも泣き出していた。
「みんな、成り行きだが皆にはこれからフォーレに行って、今後はそちらで暮らしてもらう。
公式には、皆は採集で森に入って魔物に襲われ、消息を絶ったことにする。
孤児院の方は旧採集班の仲間が既に動き出しているから、そちらはそちらでうまく取り繕っておくよ」
「「本当ですか(本当に)!」」
「なので直ぐに全員をここに呼んでくれるかな」
そう言って俺は、一旦外に出ると再度周囲の岩を偽装し、森の家を完全に外から入れないようにすると共に、焼け焦げた大地に土を被せて取り繕った。
そして戻ったころには全員が勢揃いしていた。
そこで俺は直ちに(真)四畳半ゲート+を発動した。
「レノア、俺に続いて中に入り、向こう側に出たらこの鐘を鳴らしてくれ。すぐにアリスたちが迎えに来てくれるはずだ」
「分かりました」
旧採集班の者たちは俺の転移魔法を既に体験している。
なので迷うことなくゲートを超えてフォーレへと移動していった。
そして新しく加わった者たちも、彼らに手を引かれて次々と扉の向こう側へと消えていった。
全員が出たのを確認すると、俺はゲートを閉じて森の家に保管してあった物資の大半を収納した。
残しておいたのは念のための非常用食料と一部の武器だけだ。
そして今度はゆっくりと、星明りの中を歩きトゥーレへと戻った。
おそらくバイデルや商会長は吉報を待っているはずだ。
彼らにもその報告をしなくては……。
◇◇◇ 翌日 トゥーレ
この日の早朝、トゥーレの城門は慣例を破り日の出前、まだ薄暗い中にも関わらず開かれ、百騎編成の討伐部隊と開発中の町に異変を告げるための伝令が走り出た。
それと時を同じくして孤児院からは、一人の子供が密かに抜け出して塀をよじ登って越え、伝言を残す城門脇の大木に向かって走り出した。
この時リームもまた、同じ場所に向かい移動していた。
アイヤールの配下は昨夜、バイデルの指示を受けて派遣された行政府の官吏に成りすまし、孤児院を行方不明者の詳細を確認するという名目で訪れていた。
再び腕に黒い布を巻きつけて。
それによりリームに依頼された通り、孤児たちに繋ぎを付けていた。
そして今に至る。
「やっぱりキロルか、合図を出してくれたからきっとよく知る仲間だとは思っていたけど」
リームが到着するよりも早く、大樹の下で待っていたのは、リームもよく知る旧採集班の班長だった一人、キロルという名の少年だった。
「リームさん、ご無沙汰してます。今回は助けに来てくれてありがとうございます」
「いや……、俺も迂闊だった。もっと対策を考えていれば……。ともあれアルトを始めレノアも皆無事だ。
全員が彼方に移動し、今日はゆっくり休んでいると思う。皆にはそれを伝えたくてね」
「本当ですかっ! 良かった、本当に良かったぁ……」
「ただその二十名は、公式には魔物に襲われて行方不明ということになる。この話は信頼できる者だけに伝えてほしい」
「ではアルトたちはもう戻って来ないと……」
「孤児院にはその責任を負ってもらう。申し訳ないが残った者たちには、彼らの死を悲しむ振りをしてもらいたくてね。そもそも今後は採集も中止され、当面は町の外に出れなくなるが、いずれ近いうちに再会できるようにするよ」
「じゃあ僕らも?」
「今から準備を進めておいてほしい。決行は十日以内、全員が寝静まった深夜に行う。
決行の日は昼までに孤児院から見える木に合図の布を出すからね。準備が出来ていれば応答の合図を出してくれ」
「はいっ!」
「今はそれだけを伝えに来た。じゃあひとまず日が昇る前に戻って、皆を安心させてやってほしい」
そう言ってリームが踵を返そうとした時だった。
キロルはためらいがちに口を開いた。
「あ、あの……」
「ん、どうした? 何か他にあるかい?」
「さっきリームさんは孤児院に責任を取らせるって……、言ってましたよね?」
「ああ、そうだよ。とどめは全員が居なくなる時だけど、当面の間は大人しくさせるように釘を刺すつもりだ」
「そしたら……、アンジェ先生だけは助けてあげてください!
先生はずっと僕たちのことを心配してくれていて、院長にも何度も逆らって虐められて……。
盗み聞きした仲間の話だと、責任を全部押し付けられて捜索代金を支払うために売られるって。
アンジェ先生だけは、いつも僕たちの味方なのに……」
ちっ! あの院長め、碌なことをしないな。
そう言えば確か……。
商会長も子供たちを捜索しに出ていたのが、アンジェという名の修道女と言っていたな。
アンジェ……、どこで聞いたんだっけか?
「!!!」
そうか……、彼女だ!
確かアンジェという名前だった気がする。
「分かった……。午後になれば院長は行政府に呼び出される予定だ。院長が孤児院を出たら彼女を門の外、孤児院の裏に連れ出してくれることってできるかな?」
「はいっ!」
二度目の俺はルセルとして、彼女と会っていた!
あの時は挨拶程度でまともに会話したことがなかったから、すっかり忘れていた。
俺が変えた歴史の流れは、彼女を前回にはなかった苦境に陥れていたのかもしれない。
彼女もまた救われるべき者、いや、俺が救うべき人物のひとりだ!
いつも応援ありがとうございます。
次回は6/5に『もうひとりの知己』をお届けします。
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