ep56 加速する街づくり
フォーレの街作りは着々と進み、遂に十日目を迎えていた。
リームが行った特別の計らいで職人たちの士気もあがり、作業は予定以上の進捗をみせ、まだ仮設ではあるものの一部の街並みは整いつつあった。
その街並みを見てリームはこれまでの経過を振り返り、感慨深く思わずにはいられなかった。
働く者たちの士気の向上や街並みの整備には、裏方として協力していたガモラとゴモラを始め、彼らが連れてきた者たちの功績が非常に大きかった。
その構成は肉屋、料理人、皮職人、加工職人、パン職人などで、フォーレで即戦力となる者たちばかりだったからだ。
彼らは見学が終わるやいなや、自分たちの得意技を披露して全員の暮らしを充実させていった。
ー肉屋から来た男は、解体された肉を次々と保存用や調理用に仕分けて処理を行い、保存用の肉を蓄積していった
ー料理人だった者は、その腕を存分に振るって毎日百三十人近い人々の食を満たしていった
ーパン職人は、まず臨時の竈を作りパンを提供しつつ、職人に指示して正式な竈を作らせていった
ー革職人は、解体された魔物の皮を次々と処理し、毛皮や防具の素材を整えていった
ー加工職人は、魔物の骨や牙や爪などを加工し、道具や素材として売り物になるよう加工していった
彼らのお陰でフォーレの食は充実し、売り物となる商材も整えられていった。
そして見学が終わる十日後には、彼らを手伝っていた者たちに引き継ぎを行いつつ、一部の作業は発注された仕事として持ち帰り、十分な対価を支給されてトゥーレに戻ることになっていた。
もちろん誰もが近いうちに正式に移住することを宣言して……。
因みに一番の功労者だったガモラとゴモラは帰らないらしい。
正確には十日目で一人が帰り店を再開し、一人は残って十日単位で交代するという形にするそうだ。
「ははは、こんな楽しい暮らしが毎日できるのに、帰るのは勿体ないからな。俺たちは好きで残るんだ、旦那は気にしないでくだせぇ」
「兄貴に先に言われちまったが、こんな作業のしやすい場所に店を用意してもらったんだ。
交代ができるんなら、これを休ませておくのは勿体ないって話よ」
「本当に助かるよ、ありがとうございます。
だって二人の店はフォーレの食と商いを支える最重要拠点だからね。それに俺は……」
そう、リームがこれまで彼らから受けた恩も計り知れないほど大きい。
彼にとって、今や二人の存在は欠かせないほど大きなものになっていた。
そのためリームは解体屋を中心とした店舗を、最も岩塩の洞窟に近い町の最重要区画に据えるよう、事前にバイデルに依頼していた。
その意を受けてか、アスラール商会が追加で手配した荷馬車には、新しい解体屋を開くのに必要な備品や、関連店舗の備品が満載されていた。
本来なら血などの廃棄物が多い解体屋は、町の外れや最奥に位置することが多い。だがリームは、敢えて彼らの店舗を最も湧水地に近い、構築された下水網の最上流に配していた。
もともとフォーレは豊富な湧水を単純に上水と下水に分けて水路に流しているだけなので、下水といえど最上流は上水と全く同じだった。なので彼らは店内に流れる水路で、血抜きや洗浄が遠慮なく行えるように配慮されていた。
ちなみに上水は街を巡りながら最後は外壁に巡らせた堀に注がれているが、下水はもともと流れていた地下水脈に戻り、地中深くへと消えている。
次にアルラール商会が連れてきた、孤児院の卒業生たちも、それぞれが活躍の場を見出していた。
これまで彼らの多くは、殆ど俸給のない住み込みの見習いとして、日々下働きに従事していた。
その多くが十代後半から二十代で構成されていたため、リームと面識のある者はほとんど居なかったが、カールやマリー、アリスを見知っている者も多かった。
彼らは見違えるように成長した三人との再会を喜びつつ、自身の身に着けた特技を生かすよう働いた。
ー鍛冶屋で働いていた者は、職人たちに交じり工房の建設を手伝った
ー木工職人として働いていた者は、職人たちに交じり建築物の建具を制作していった
ー陶芸職人として働いていた者は、職人の窯づくりを手伝う傍ら、陶器の制作を始めた
ー武具や防具を作る職人として働いていた者は、裏町から見学に来た男の下で作業に勤しんだ
ー農家で働いていた者は、家畜の世話やリームが用意した土地で新たな作付けや収穫に奔走した
多くの男性孤児が、こういった職人に奉公していたのも理由があった。
元々トゥーレには、各種の特技を持った職人たちが非常に多いからだ。
常に六百名の駐留兵を抱え、それ以外にも一攫千金を志し、魔物を求めて魔の森に入る者たちも後を絶たない街では、鍛冶だけでなく武具の需要は常にある。
さらに流れ者が多い街という点でも、手に職を持った人間が集まりやすい事情もあった。
ちなみに女性の元孤児にも活躍の場は用意されていた。
ー飲食店や宿屋の下働きだった者は、裏町の料理人の下で働きつつ、日々の調理を引き継いでいった
ー被覆職人として働いていた者は、日々綻んだ皆の衣服を直しつつ、新しい服を作り始めた
ー当面の間は活躍の場が無い者も、清掃や洗濯、食事の配膳などで働いた
フォーレに滞在して十日を過ぎるようになると、このように彼らも街作りに欠かせない戦力として、また、将来の住人となるべく日々活き活きとして活躍し始めていた。
十日目の時点で戻るのは、下見で来た裏町の者たちだけではなかった。
新たな調達の手配とトゥーレの動向を探るため、アイヤールは商会の者たちを引き連れて戻ることになっていた。
「リーム殿、この分では元孤児たちの移住希望者も増えるかもしれませんね。連れてきた三十五名のうち、意思表示していたのは十名でしたが、既に二十五名まで増えています……」
「え? そうなんだ。ちなみに最後まで移住を希望しない者はどうする予定かな?」
「ご指示はまず開放することでしたので、本人の意思に任せようと思っています。
もっとも、目端の利くものや信頼できそうな者は、ウチの商会の駐在員として雇い入れようと思っています」
大前提としてリームは、アスラール商会を通じて引き取った者に対し、当面の間は商会の所属として毎月の俸給を支払うよう依頼し、独立時には支度金と補助金を支払うと告げていた。
「ウチみたいな個人商会は販路を大きくしようにも人手を集めるのに苦労しますからね。
軌道に乗り出したころは食うに困った者や、各都市の孤児たちを引き取って育てていったんですよ。
今回連れてきた商会の人間にも、そういった奴らも含まれていますよ」
なるほど……。アスラール商会が困窮した者の味方として一気に勢力を伸ばした背景には、そういった事情もある訳か。だから将来、商会は王国中に拠点を持つようになる。エンゲル草以外にも、そういった事情を満たすためにも『ぼったくり』か……。
リームは、これまでの得た彼の評判に、少し納得がいったような気がして頷いていた。
「ちなみにですが……、あれは本当にやるんですか?」
そう言ってアイヤールは少し怪訝な表情をした。
だがそれに対し、リームはにこやかに笑って答えた。
「もちろん、今回の荷には酒も入っているしね」
「ははは……、職人たちは大喜びするでしょうが、ある意味とんでもない話ですよ?」
リームが半分思い付きで決めた、働く者たちに対する特別な対応の数々に対し、アイヤールは苦笑していた。
そもそもそれらは厚待遇過ぎて、この世界では非常識とも言えるものだったのだから……。
・浴場の手配 高級宿にしかない浴場を、初日から毎晩無料で開放
・無料の食事 三食無料でしかも内容は肉類を中心とした非常に豪華なものを初日から提供
これらは初日から実施されたものだ。
そして十日目の夜に追加発表するのは……。
・酒場の解放 三日に一度行われる、飲み放題酒場(時間制限あり)を翌日から開催すること
・期間満了金 三十日の期間を満たした者には、手当として全員に金貨一枚を支給すること
要はこれまでの働きに感謝し、さらに士気を上げようとする狙いだった。
ただその後も発表は続く。
・継続褒章金 継続して更に三十日間延長できる者には、報酬とは別に金貨五枚を支給する旨を二十日目に発表
・各種お土産 岩塩や魔物の毛皮など、個人の好みに応じて渡すことを二十九日目に発表
『やり過ぎです』と苦笑しながらもアイヤールはそれを止めることなく、リームが移動して繋いだトゥーレへのゲートで自身と七名、その後に移動した拠点の町で十名の商会員が戻っていった。
そしてこの後、二十日目の夜の発表を契機に、リームは新たな盟友とも言える仲間を得ることになる。
いつも応援ありがとうございます。
次回は5/12に『新しい仲間』をお届けします。
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