ep128 新たなる加護と進化
俺の心は天狐の提示した魅力的な条件に傾きかけていたが、その前に一度もうひとりの仲間に確認を取った。
フェリスの背を改めて撫でながら、彼女が嫌がらないか確認した。
「フェリス、いいかい?」
この問いかけにフェリスは黙って背を預けたままだった。
そこで改めて天狐に向き直った。
「仲間の了解も得られたので、天狐さまのお申し出をありがたく受けさせていただきます」
俺がそう言うと、ツクヨは直ちに反応した。
「不束者ではございますが、どうぞよろしくお願いいたします。願わくば末永く友としてお側に……」
そう言ってツクヨは深く頭を下げ、しおらしく言ったけどさ、末永く……、友として、だよね?
「ふふふ、どうやら話はまとまったようじゃの。では二人の門出を祝い、約束通りあの門の秘密を明かしてやろうぞ」
なんか……、いちいち気になる物言いだけどさ。
『二人の門出を祝う』って、それは披露宴で新郎新婦に贈る言葉じゃないか?
訝しがる俺の様子を無視して、天狐は淡々と説明を始めた。
その内容は……、簡潔にまとめると以下の通りだけどさ、改めて話を聞いて落ち込まずにはいられなかった。
・転移門はそれぞれ、相応の触媒を埋め込んだ門を転移元、転移先にそれぞれ用意する必要がある
・触媒はひとつの門に対し深淵種の無属性魔石が二つ
・時空魔法によって空間転移座標を二つの門に刻み込み、ゲートを生成する
・発動する時空魔法は最上位の神威魔法となる
これでは仕組みが分かってもさ……、俺には絶対に無理じゃんか!
前半二つはなんとかなるかもしれない。
だけど俺の時空魔法は天威魔法だし、そもそも空間転移の座標を刻み込むって、どうやったら良いのだよ!
・転移門は魔石の魔力を消費し経年劣化するため、継続して使用するには新たに魔石を埋め込んだ門を追加する必要がある
・劣化は転移による魔力の消費量に比例し、酷使すれば十年、放置しても百年程度で転移効力を失う
・劣化した門に追加して新たな門を重ねれば、以前の術式がそのまま作用するので新たに座標を指定する必要はない
それで! かつて日本でも見た光景、転移門はあのように鳥居が連なった形をしていた訳か。
あの連なった鳥居自体が、転移門が長きに渡って継続して使われてきた歴史を示していると……。
「どうした? 何やら落ち込んでいるように見えるが?」
「仰る通りです。今の俺には『無理ゲー』だってことがよく分かりましたので……。深淵種の魔石を集めることは可能ですが、そもそも俺の時空魔法は最上級ではなく、術式すら分からないので……」
「ほほほほほ、だからこそ妾が加護を与えると申したであろう? 加護を受けた上で魔法を行使する際に妾の真名を唱えれは、妾の力を使えるではないか?」
「ですが……、俺はそれ(魔法)を行使する際、どうやって良いのかも皆目見当も付きませんが?」
「ホホホ、そこはツクヨが傍に居れば問題なかろう。具体的な方法や制御は妾からツクヨに教えることも可能じゃ。ツクヨの格が上がり、それに相応しい者になれば、な」
なるほど! それがツクヨを支援する代わりの交換条件ってことか。
その時まで彼女が俺の仲間であり続け、相応の格が上がっていれば……。
そのためにも俺は彼女の格を上げるサポートを……、あれ?
結局はどう転んでも俺は良いように利用されているんじゃ?
なんか首に鈴を付けられた気もしないでもないが……、ここは深く考えないことにしよう。
「ちなみに彼女の格を上げるのはどうやって?」
その質問をした時、天狐は少し怪しげに笑った。
ちょっとだけ嫌な予感がするけど……、話の流れでここは引き下がれない。
「ツクヨ、覚悟はできておるの? 其方の尾を全て、詳らかにリーム殿にお見せしなさい」
「あ、はい……」
天狐の言った『覚悟』って何だ?
ツクヨは素直に天狐の言葉に従って俺の横に触り、少し躊躇いながらゆっくりと背を向けて五本の尾を全て見せた。
「こ、これで……、よろしいでしょうか?」
何故かツクヨの顔は真っ赤だな。
ちょっとだけ震えているような気もするし……。
俺は何か見ちゃいけないものを見ている、不思議な罪悪感に苛まれた。
「この五本の尾のうち、一本は繫累たる証、魔物であった頃の血を引くものよ。
それを持って生まれた子はツクヨの他に姉たち二名のみじゃからな」
そう言われてよく見ると、尻尾のうち一本だけが一際明るく金色に輝いていた。
そして残りの四本にも明らかに違いがあった。
「証の尾以外は後天的に手に入れたものじゃ。それが無ければ証の尾によって引きずられ、繫累はみな知性なき魔物へと逆戻りする」
そういう意味では証の尾は力の源泉でもあり、呪いでもあるのか。証を持って生まれたとしても手放しで喜べない訳だ。
「そして四本のうち二本と他の二本では違っておろう?」
確かに……。四本のうち二本は、証の尾ほどではないが毛艶も良く、それぞれが違った色で明るく輝いている。
だが、それ以外の二本はくすんでいるように色も薄く毛並み自体もよくなかった。
そう思いつつ俺は無意識に手を伸ばし、思わず毛並みも良くふさふさとしている三本の尾を撫でた。
だってさ、近くでみると思わずモフりたいほどのフワフワな毛並みだったし……。
その時だった。
「あっ、あああっ!」
ツクヨは短い悲鳴を上げてへなへなと倒れこみ、更に顔を赤くして荒い息を吐きながら俺を見つめていた。
「ホホホ、リーム殿はなかなか手が早いお方じゃな?
我らにとって尾を見せるとは全てを委ねること、言ってみれば心を許した証、尾を撫でられることは求愛の証ぞえ?」
「!!!」
やられた!
俺はまんまと天狐にはめられたと言うことか?
こんな形で既成事実を作ってくるとは狡猾な……。
「ご、ごめん」
「リームさま、は……、悪く、ありません。そもそも何も……、ご存じ、無かったのですから。
お母さまもお人が悪いです。あの……、どうか……、ご遠慮なく」
いや、息も絶え絶えにそう言われてもさ。
話を聞いてしまった以上『ご遠慮なく』と言われても遠慮するに決まっているやん!
「あら、もう終わりかえ? つまらぬの」
「いや、お願いですから話の続きを……」
明らかに残念そうな顔になった天狐は、俺の言葉に大きなため息を吐くと続きを話し始めた。
「新たな尾は、最上位の魔物の心臓と核を身に取り込むことで生まれる。
だがそれも不安定なもの。最低でも同じ属性の核を二つ取り込まねば安定はせず、いずれまた消え去る」
やはりフェリスと同様、心臓と同種の魔石を二つ取り込まねば力にならないということか?
ならば毛並みの悪い二本は、まだ取り込むべき魔石が足りていないと……。
「因みにですが、今のところツクヨに必要とされている最上位の魔石とは何でしょうか?」
「氷のように澄んだ薄紫と明るく輝く黄色、このふたつじゃな。
特に薄紫は、妾の結界より外に出て遠くに足を延ばさねば中々手に入らぬ代物じゃからな」
薄紫(無属性)と黄色(雷属性)の魔石か。
深淵部を一人で遠くにまで足を延ばすということは、それなりに危険も大きい。
そこで狙った魔石を得る困難は計り知れないだろうな。
だからツクヨも行き詰っていたのか?
「妾なら入手はできる。じゃが……、それでは摂理に反する。自身又は仲間と共に勝ち得たものでなくては示しがつかん」
そう言って天狐は少し寂しげな表情をした。
それって……、なかなか厳しい話だよな。
親としては与えたい、でもそれは生存競争を勝ち抜くと言う点でズルになると言うことか?
人間社会でもそうだが、何の努力や苦労もせずに親からただ財産や権威を与えられた特権階級の子供は、どこか歪んで成長する。
それが日々戦いの世界に住まう彼女らなら尚更大きな問題なのだろう。
ところでさ……、無に雷だよね?
仲間と共に得るのは良いんだよね?
ならさ……。
「既にツクヨは俺の仲間。そう考えて構わないですよね?」
「尾をじっくりと見せ、更に愛撫まで許したのじゃ。仲間以上と言っても構わないぞえ」
ふふふ、言質は取ったからね。
『愛撫』や『仲間以上』はスルーさせてもらうけどさ。
「ならば仲間として、これをツクヨに分け与えようと思う。これは仲間となる契約金、いや、この先の旅で得る報酬の先渡しかな?
なのでツクヨは遠慮なく受け取ってほしい」
そう言って俺は四畳半から予備にとっておいた二つの魔石を取り出した。
「「「「!!!」」」」
一瞬だけ驚きの表情を浮かべた四人……、途中からずっと『空気』になっていた二人の姉を含めた全員が、血相を変えて俺の前に駆け寄ると一斉に手元の魔石を食い入る様に見つめていた。
「確かに……、本来なら自力で得ることが定めじゃが、主となる者から与えられた物であれば問題なかろう」
いや……、夫じゃないからそこは問題あるよ?
それに二人の姉は羨望の眼差しでツクヨを睨んだ後、どこか俺に媚びるような目で見てくるし……。
「ありがたく頂戴し、今後は『お仲間』として見合う働きでご恩をお返しします」
姉たちに機先を制するためか、ツクヨは深く一礼すると素早く魔石を手に取って自身の尾に当てた。
すると魔石は輝きを放ちながら尾と同一化し、それぞれの尾は魔石の色と同色の光を放ちながら大きく輝き始めた。
そして……。
残った三本の尾も共鳴するかのような音を発したと思うと、釣られて各々の色を大きく放ち、部屋は五色の光に満ちていった。
「ほほほ」
「そんなぁ……」
「私も……」
天狐は笑い、二人の姉は残念そうな声を上げるなか、ツクヨは光に包まれてその中に溶け込んだ。
しばらくすると光が収まり、ツクヨは再び姿を現した。
「主さま、これからもどうぞ末長くよろしくお願いいたします」
格がひとつ上がった彼女は、これまでと違った神々しささえ感じる雰囲気をまとい、外見上は完璧にヒトと違いのない姿になっていた。
もちろん五本の尾も完全に隠蔽され、耳や瞳、体つきの全てが人化し、誰が見ても人としか思えない姿になっている。
「ず、ずるいっ! わ、私もお願いします」
「お母さま、どうか私もこの方と共に旅を!」
今度は姉二人が怖いぐらいの勢いで俺に迫り始めたけどさ……。
勘弁してくれよ。
「お姉さま方、お見苦しい真似はお止めください!」
「ヒィッ!」
「くっ……」
ツクヨが放った圧力に二人の姉たちはたじろんだ。
なんか……、威厳というか威圧感が段違いに上がったような気がするけどさ、もしかして俺……、また何かやらかしたかな?
「お姉さまたちはまだ格が足らなすぎます! 中途半端な今の状態では却ってリームさまにご迷惑をお掛けするだけです!」
「ふむ、ツクヨの言葉は正しいな。せめて其方らが不完全でも五本、完全なら四本の尾を持つに至れば、妾が婿殿に相談してみるゆえ……」
ってかさ、いつの間に『婿殿』になっているんだよ!
加えて勝手に後で相談するって言われても困るぞ。
俺はそんな話を聞く予定もないからな。
後にツクヨから聞いたところによると……。
・長女の風狐は四本の尾を持ち風属性と火属性と雷属性を操るが、火と風の尾は魔石が足らず不安定
・次女の火狐は三本の尾を持ち火属性と雷属性を操るが、雷の尾は魔石が足らずまだ不安定
だそうだった。
「お母さま、そんな些事は後程にでも……、何より今はお約束の褒美を主さまに……」
些事ってツクヨさん……、最初からそうだったけど姉には手厳しいよね?
それとも彼女らは、そう対応されても仕方ないぐらいの問題児だったのか?
なんか後者の感じがするな。
「おお、そうじゃったな。妾も約束を果たさねばならんじゃろう。加護を与える故、必要に応じて妾の名を唱えるがよい。必ず婿殿の役にたつであろう」
いや……、いつまで婿殿を引っ張るんだよ!
あくまでも友達だからな、それは念押ししないと……。
ともあれ、いつの間にか俺は神獣から加護を三つも受ける身になっていた。
それと同時に、フェリスにも後回しにしていた三種の魔石のうち、水属性と地属性を与えた。
だって……、ツクヨにあげてフェリスがお預けとなれば可哀そうだし、天狐からも『今なら与えても問題ないぞえ』とアドバイスをもらったからね。
そして……、俺のステータスも一新された!
もう、以前と比べてぶっ飛んでいるぐらいに……。
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◆固有魔法スキル
固有名:(最終系)四畳半ゲート(NEW)
属性 :無属性時空魔法&転移魔法
レベル:神威魔法 ☆☆☆☆☆(NEW)
説明 :過酷な運命を経た転生で魂に刻まれた空間収納スキル
時空魔法の進化により空間収容能力が拡大し、最大で三十畳程度の物質収納が可能
神獣であるフェリスの加護を共鳴させれば収容可能な容量が増す
神獣である天狐の加護を受けたことにより、新たな進化を遂げたもの
◆加護による魔法
魔法名:鑑定魔法(進化版)(NEW)
属性 :無属性
レベル:天威魔法 ☆☆☆☆☆(NEW)
説明 :異なる二体の神獣による加護で進化した鑑定魔法。
神獣の影響下にあるとき限定で、万物を鑑定できる力を持つ
魔法名:五芒星魔法-(転写魔法)
属性 :五属性
レベル:天威魔法+ ★★★★★
説明 :転写魔法によって得られた最上位五芒星魔法の劣化版。火・水・地・風・雷の魔法を行使可能
最大行使を繰り返し経験値の上昇により、天威魔法レベル最大値まで解放済
神獣の加護と共鳴時には同じ習熟度(最大値)の神威魔法のレベルへと変化する
◆神獣の加護(更新)
魔法名:神獣 フェリスの加護
属性①:風属性 神威魔法 ★★★☆☆
属性②:雷属性 神威魔法 ★★☆☆☆
属性③:無属性 神威魔法 ★☆☆☆☆
属性④:火属性 神威魔法 ★★☆☆
属性⑤:水属性 神威魔法 ★☆☆☆☆(UP)
属性⑥:地属性 神威魔法 ★☆☆☆☆(UP)
説明 :心を通わせ魂の繋がりを持った神獣より与えられし加護
同じ属性の魔法を同時に使用することで共鳴し、互いにバフ効果によって威力が大幅に増加する
魔法名:神獣 霊亀の加護
属性 :地属性・水属性
レベル:神威魔法 ★★★★☆
説明 :心を通わせた神獣との契約により力の一端を写し取ることが許された加護
契約を結んだ神獣の名を唱えることで一時的に力を借り、バフ効果によって威力が大幅に増加する
魔法名:神獣 天狐の加護(NEW)
属性 :無属性
レベル:神威魔法 ☆☆☆☆☆(NEW)
説明 :愛娘の未来を託す者へ、母の願いを込めて授けられた加護
時空魔法を行使するにあたり神獣の名を唱えることで一時的に力を借り、本来は使用できなかった
神獣が行使する魔法を展開できるようになる
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次回は12/21『新たな仲間と共に』をお届けします。
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