ep127 神獣と獣人の縁(えにし)
時空魔法である(真)四畳半ゲートの話をしてからと言うもの、急に興味を持って怪しく目を光らせる天狐の視線に射すくめられ、俺はまるで蛇に睨まれた蛙の様に固まっていた。
いや……、この雰囲気をどうかしてくれないかな?
そう思った時だった。
「コホン、お母さまもいい加減にされてはいかがですか? 年甲斐もなく若いお方に興味を持たれたようですが、まさか番にされる気ですか?」
沈黙を破ってそう言い放ったのは末娘のツクヨだった。
ってか『番』って……、あのオスとメスがセットになる『つがい』だよね?
何故いきなり話がそこに飛ぶんだよ!
「……」
あれ? 何で天狐は沈黙してるんだ?
ツクヨをまるで恋敵を見るかの様に睨んでいるしさ。
「リームさまも混乱されていますし、少しはお年を考えてください。そもそもリームさまはお母さまの好みとは大きくかけ離れているではありませんか?」
いや、それってさ……、素直に喜んでいいのか?
ある意味ではディスられている気もするが……。
娘に言われて天狐は大きなため息を吐くと、その場の空気が一気に変わった。
そして、少し不貞腐れる様に横を向いた。
部屋に立ち込めていた緊張感は無くなり、俺も大きく息を吐いて一気に力を抜いた。
「リームさまには重ねてご無礼をお詫びします。
私たちは自身の成長以外に、次代を担う天狐を生み出すため常に強い力を欲しています。
そのため子を産むならば力に秀でた強いお方の子を……、これは私たちの宿願でもあります。
さもなくば器を持つ者のいない私たちの里は、いずれ獣人か人獣ばかりになってしまいますので……」
いや……、前半は分かる。
俺の知る動物の世界でも子孫を残せるのは強い雄のみ。これは自然の摂理だ。
だが後半は何だ?
里が獣人や人獣ばかりになってしまうとは、どう言うことだ?
「ツクヨ、結論ばかりを述べても客人は混乱するだけぞえ。情けに縋るとしても、我らと獣人や人獣の関係を先に伝えねばなるまい」
そう言えば俺の聞きたいことの二番目もそれだな。
こんな奥地の里に獣人が居ること自体が不思議だったからね。
俺も天狐の言葉に大きく頷いた。
それに応じるかの様に天狐は、獣人や人獣の始まりを話してくれた。
「そもそもじゃが、この世界に人と獣の混じった種である獣人や人獣はおらんかった。
全ては遠き昔、本来なら孤高の存在であるはずの我らの同胞、神獣と呼ばれた者たちの酔狂によって始まったのじゃ」
「ふふふ、お母さまも立派に『酔狂』を引き継いでおられますけどね」
天狐は敢えてツクヨの茶々を無視して続けた。
もしかしてツクヨって……、怖いもの知らずの天然だったりするのかな?
「神獣には様々あるが、我ら妖狐の他にはそこにおる餓狼や白虎などもそうじゃな。
それらの中で酔狂な者が古の時代に人と交わり子を成した。
生まれた子はヒトの知性と獣の力、その両方を受け継ぎ、ここに獣人という新たな種が生まれた」
ははは、と言うことは……、獣人たちの先祖はみな神獣に繋がるのか!
彼らが神獣を神として崇めるのも、あながち間違ってはいないことになるな。
「時は流れ、それぞれの祖の血を引いた獣人たちも増えていった。そうすると今度はその獣人たちと交わる同胞もいた様でな、そこでより獣の特性が前に出た人獣が生まれたと言うことじゃな」
それって……、こういうことか?
神獣 + ヒト = 獣人
神獣 + 獣人 = 人獣
互いの特徴を受け継ぐから、相手がヒト種の場合はヒトに近い容貌の獣人が、相手が獣人の場合はより獣に近い人獣が生まれると……。
そもそも人獣は知性もあり言葉を話すが容貌は獣と同じであり、悪意のある者は『言葉を話す二足歩行の獣』と呼ぶくらいだからな。
フォーレにも少数だけ人獣は居るが、その多くはまだ魔の森にある彼らの里に逼塞して暮らしている。
「そのためこの里に住んでおる獣人や人獣は全て、我が子やその子孫となるな。最後に生まれたツクヨの妹たちにも、既に孫がおるでな」
「なっ!」
ここで初めてツクヨは動揺した様子を見せたが……、妹に孫が居るんだ?
俺はてっきり同年代だと……。
「お母さまっ! 酷いです!」
「ふふふ、妾を散々『お盛ん』とか『年甲斐もなく』とか『酔狂』とか言っておったが、其方自身もこの者からすれば祖母、いや、曽祖母にあたる年じゃからな」
「い、いゃぁっ!」
「聡い其方は霊亀殿が何故この者を送って来たか、それを考えて妾に取られないよう必死じゃったな?
健気と言えば健気じゃが、利口ぶっても未だ母に敵う訳もなかろうて」
「くぅっ」
「其方は先ず格を上げること、それを優先しておれば良いことじゃ」
そう言われると、ここまで防戦一方で下を向いていたツクヨが顔を上げた。
「そうです! その格を上げるためにも、私はリームさまと共に旅に出たいと思います。
ダメと言われても行きますからね!」
うん……、だんだん俺の抱くツクヨのイメージが変わって来ている気がする。もちろん良い方にだけど。
ただ……、一緒に旅に出るなんていつ決まったんだ?
それはいただけない話だぞ?
「ほれ、其方の我儘にはこの者も困ってあるじゃろう。
それに先ずは相手の意思も確認せねばならんぞ。大年増にもかかわらず、其方の様な未成熟で色気もない子供が好みとは限らんぞ」
「ですが……、リームさまはお母さまやお姉さまたちの好みとも違うじゃないですか!」
うん、好みじゃないと言われて嬉しいんだけどさ……。
それなのに何故か心にグサっと来るんだよね。
以前にホムラも同じような事を言っていたけど、因みに彼女らはどんな男が好みなんだろう?
「ホホホ、好みとは時として変わるものぞえ?」
「嘘です! お母さまたちは何より筋肉隆々お方が好みで、優しげなお顔よりも強面お顔がお好みじゃないですか! でも私は違います!」
色々と話が飛躍しているけどさ、先ずは俺の事情を聞くべきじゃないか?
まぁ……、ヒト種でも筋肉と顔の怖さに突出した人物なら、実は二人ほど心当たりはあるけどな。
「あの……、お取込み中に申し訳ないですが、先ずは俺に聞くべきことがありませんか?」
そう、彼女たちは俺の意思に関係なくある前提の下で話している。
俺はそんな思惑に乗るつもりはないからね。
「おお、そうじゃった! 其方は三人の娘の中で誰が好みかの? これが二番目の質問じゃ。
無理に番とならずとも構わんゆえ、せめて種だけ残してくれれば良いぞえ。何なら妾にも……」
「……」
だから話が突飛すぎるんだって!
どこをどう間違えばそうなるんだよ?
「では二つ目の質問に答える前にお聞きしますが、何故俺ですか? 一時は殺しても構わない程度の対象だったと思いますが?」
「ハハハ、其方は自身の価値を正しく理解しておらんようじゃな。
ひとつ、あの霊亀殿が弟子を取っただけでも並みの者ではなく、霊亀殿が遣わしたことに意味があるのじゃ。
ふたつ、既にこの辺りの魔物なら簡単に蹂躙できる力を持っておるだろう? 既に其方はヒトには非ざる化け物よ。
みっつ、ある面では妾を凌駕する時空魔法を持っておる。その血を取り込みたいと思うのは当然のことよ」
いや、自業自得の部分もあるけどさ……、まさか師匠はそんな思惑で俺を里に送ったのか?
それは少し違うような気もするけど……。
「俺に想い人がいるとは思われなかったのですか?」
「それが何か関係でもあるのかえ? 其方はここで種だけを残してくれれば済む話ではないか?
それなりに礼もしようぞ」
ちっ、人を種馬みたいに言いやがって……。
言っておくが俺は節操なしでもハーレム男でもないからな。
グランピングの夜に散々悶々とさせられた気持ち、お前たちには絶対に分からないだろう。
まぁ……、神の領域に至った者やその過程にある者とはいえ、元は魔物であり価値観や倫理観は俺たちと全く異なるだろうし、言っても無駄だろうけどさ。
「えっと……、質問の答えですがきっぱりとお断りします。価値観が違う前提で申し上げますが、俺はそんな器用じゃないし、一度好きになればちゃんと添い遂げたいと思っています。
子供だけ残して『ハイさよなら』と言える人間ではありませんので」
「!!!」
きっぱりと言い切った俺を天狐は少し拍子抜けした様子で見つめていたが、やがて大きなため息を吐くと何かを納得したようにも見えた。
「ふふふ、さすが霊亀殿が送り込んだ者、そういうことじゃな。まして妾の誘惑にも『転ばぬ』ヒトがいたとは……、初めてじゃぞ」
「当然ですわ、お母さまの魅惑(闇魔法)を後ろでこの子が光魔法で打ち消していましたもの。私もずっと応援……、いえ、見てましたからね」
ん? 何だ?
対面の途中からずっと感じていたあの『嫌な感じ』は闇魔法で、横で大人しくしていたと思っていたフェリスは、それを必死に打ち消してくれていたのか?
ありがたいな。俺は思わずフェリスの毛並みを撫でて感謝した。
「では私は、これよりリームさまの旅に同行して自身の格を上げることを目指したいと思います。
それが私にとって一番の近道という気がしますし」
ちょっと待て!
どうも会話が違う方向にズレている気がするぞ。
「姉妹の中では抜き出ているとはいえ尾はたったの五本、しかも二本はまだ進化の途上にある未熟者ぞえ?」
「ですが、そう言う意味ではあと二体、高みに上った魔物を倒しその力を取り込めば格は上がります。
そうなれば私は、お母さまが定めた修行の旅に出る資格を得ることができます!」
「この里の摂理で生きるならまだしも、其方は魔の森より先の世界を知らぬ。その者に付いて行けば、其方はヒトの摂理で生きて行かねばならぬぞ?
果たしてそれができるかの?」
「私も知らない世界を、かつてはお母さまが旅した世界を見とうございます!」
ツクヨの言葉を受け、天狐は優しく彼女を見据えると苦笑した。
それはまるで、子の成長に驚く親であるかのように……。
「妾のことを散々『酔狂』と言っておきながら、最もその血を受け継いでおるのは其方ではないか?
仕方のない我儘娘よな……」
そう言うと天狐は俺に向きなおった。
そして対面して以降、初めて俺に頭を下げた。
「!!!」
「霊亀殿の使者、リーム殿にお願いする。
未熟者ではあるが我が娘を共に連れて行ってはいただけないだろうか? 今はまだ未熟なれど九尾となるに最も近しい者ゆえ、きっと役に立つと思う。
ただ娘も今、新たな力を得ることに行き詰っているのも事実。これが契機となれば……」
「それは番ではなく旅の仲間として、その前提で考えて良いのですか?」
そう言うことなら俺は仲間が欲しい。
旅の仲間として、フォーレを守る仲間として、何よりフェリスと同じ道を歩む仲間になってくれれば幸いだ。
「もちろんじゃ! それで本人も納得しておることじゃしな。
まぁ……、最初は仲間でもいずれ『そうなる』関係に発展することもよくあるでな」
最後の言葉、聞こえないように小さく呟いたつもりでしょうけど、俺にも聞こえてましたからね!
そんな思惑には乗りませんよ。
「もちろんタダでとは言わんし、それなりの礼はする。
承諾してくれれば妾の転移魔法の仕組みと秘事を教えてやるし、娘が晴れて格を上げることができれば更に褒美として妾の加護を与えてやろうぞ」
それは……、俺が聞きたかったことの本命だ!
もしフォーレにも固定式のゲートができれば……、街に住むみんなの安全性や利便性は格段に向上するし、それは願ってもないことだ。
俺にはここで断る選択肢はないようだった。
ちゃんと『番にはならない』と念押しもしているし、大丈夫だよね?
何よりも俺は、未知の転移魔法に興味が尽きなかった。
いつも応援ありがとうございます。
次回は12/18に『新たなる加護と進化』をお届けします。
評価やブックマークをいただいた方、いつもリアクションをいただける皆さま、本当にありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いします。




