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ep126 新たな神獣との出会い

俺は月狐であるツクヨの案内に従い、山の中腹にある深い霧に包まれた森の中へと足を踏み入れた。


「どうか私から離れぬようお願いします。この霧は侵入者を防ぐ結界でもあり、一度迷い込むと二度と出れない迷宮のようなものですから」


なるほどね、最初に感じたあの感覚、無理に突入すべきでないと思ったのは正解だったな。

ただ……、まだ罠の可能性を捨てきれない。


ツクヨの言う通りここが迷宮なら、俺たちを奥地まで引き込んで永遠の迷い人とさせることもできるだろう。

実際にフェリスだけはツクヨに対し一切警戒を解いていない。


「こう見えても私は、あまり裏表のない者と自負しているのですが……、無理もないお話ですね。

先ずは行動で誠意を示させていただきます」


俺やフェリスの懸念が分かっているのか、ツクヨはそう言って苦笑しながらも変わらず先導を続けた。


一方でフェリスの気持ちもよく分かる。

何故ならツクヨはおそらく最初から姉と俺たちの戦いを見ていたはずだ。


もし俺たちが弱者だったなら、姉に蹂躙されても何ら気にも留めず放置していたと思う。

深淵に棲まう者にとっては力こそ正義であり、『力無き者は生き残る資格がない』という自然の摂理に従って日々生きているからだ。


だが俺たちは彼女の予想に反して、いや、予想以上に強かった。だからツクヨは姉が窮地に立つと慌ててこれまで絶っていた『気配』を放った。

俺たちにそれを気付かせ、自身が割って入るタイミングを作るために……。


彼女はそういった『非情』さと『したたか』さを併せ持っているのだ。

見た目の愛らしさに騙されてはいけないことを、フェリスは身を以って示しているのかもしれない。


「此方が私たちの里に繋がる入り口となります。この結界を越えた先に里があり、母ともう一人の姉を始めとする一族が暮らしております」


一族? そんなに住人がいるのか?


ツクヨが指し示した場所には朱に塗られた鳥居に似たものが延々と連なる山道があったが……、これじゃあまるで伏見稲荷じゃん!


俺自身も一度目の世界で尋ねた(登った)こともあったし、正に狐の神が住まうにはぴったりだと感じた。

なので思わず俺は笑ってしまった。


そして……、連なる鳥居を抜ける途中で不思議な感覚に包まれたあと、突然目の前の景色が歪んだかと思うと一変した!


「これは……」


「此方が当代の天狐さまが拓かれた私たちの里です」


いや……、それは分かるんだ。

分かるんだけどさ、どう考えてもおかしいんだよ!


第一に、ここは霧が一切消え失せて視界が開けている。

第二に、目の前に広がる景色、里山の様な田畑は何だ?

最後に、田畑では多くの獣人たちが汗を流しているが……。


だって此処は魔の森の深淵、しかも霧深い山の中腹だし平地なんて無かったよね?


なのに里は大きく開けているし、魔の森の深淵部には似つかわしくない長閑のどかな風景のなかで獣人たちが暮らしているってさ……、全てが有り得なくないか?


「驚いたよ、こんな場所に里があることも、獣人たちが住んでいることも含めて、ね。

もしかしてだけど……、俺たちは転移魔法で空間を移動したのかな?」


「!!!」


今度はツクヨが驚く番だったみたいだな。

大きく目を開いて可愛く口を半開きにし、固まっていた。


これは俺自身が(真)四畳半ゲートという超特殊な転移魔法を持っているから想像できたことで、普通なら絶対にそんな発想に至らないだろうからね。


「本当に……、ご使者さまには驚かされることばかりです。規格外のお力に加え、洞察力も抜きん出ていらっしゃるのですね。里のことは霊亀さまもご存じ無いはずなのですが……」


ツクヨはそう言って小さく笑った。


「私から申し上げることができるのはここまでです。後はお母さまから……」


なるほど、肯定も否定もしないが正解の前提で話を受ける、その言葉が彼女のできる最大限の誠意ってことか。


そんなやり取りをしながら里を進み、俺たちは門構えのしっかりした、明らかに他とは違う造りである一軒の家に招き入れられた。


中に入ると個人の家としてはこの世界で珍しい、履き物を脱いでから入る家だった。

そこから更に廊下を進み、大きな広間へと通されると……。


「客人よ、よくお越しいただいた。先ずは我が愚女ホムラが大変失礼なことをした。心よりお詫びしたい」


そう言ったのは正面の一段高い場所に座る、妖艶な出立いでたちと容貌で、年齢不詳に思えるとても美しい、でも近寄り難い雰囲気を纏った女性だった。


なるほど、彼女が天狐か……、対面して恐ろしい圧力を感じないのは、敢えてそう振る舞っているのか、それとも力を完全に偽装することができるのか、そのどちらかだな。


愚女ホムラの方は天狐と俺の間にある敷物もない板間に正座させられており、ずっと項垂れたままだ。

って言うか、もう人化できるまで回復したんだ?


ツクヨは俺より一歩下がった位置に座っており、案内人としての役割を全うしているようだ。

そして、天狐と愚女ホムラの間には、もう一人の女性が座っているが、彼女はツクヨの言っていた長女かな?


瞬時に周囲を確認した俺は、天狐に頭を下げながら答礼した。


「突然の来訪にも関わらず里にお招きいただき、改めて御礼申し上げます。私は霊亀の弟子でリームと申します。

此度は我らも先触れもなく訪れた身です。訝しいと思われて攻撃されても致し方ないことかと」


「ほう、笑って水に流していただけると?」 


「流さずとも何も無かった、それでよろしいかと。

かくゆう私自身も初めて我が師と出会った時、いきなり殺されかけましたので……」


「ははは、わらわも霊亀殿とはもう百年以上は会ってはおらぬが……、変わっておられんようだな。

ご息災かな?」


師匠、昔からそんな危ない感じだったんだ?

にしても百年ご無沙汰って、俺たちとは全く感覚が違うよな。


「はい、未だ腕衰えずといったところでしょうか。もっとも……、私は師の全盛期を知らぬ身ですが……」


「ふふふ、長き時を生きた妾ですら知らんな。

初めて出会った頃でも既に老境に差し掛かっておられたからな。それで……、霊亀殿の御用向きとは?」


「それが……、大変恐縮なのですが皆目かいもく分からないのです。我が師からは彼女フェリスと旅をする途中で『立ち寄ってみるが良い』と言われただけで……」


「ほう……、身の危険を諭されなかったのかな?」


「師事する前は『瞬殺されるゆえ気を付けろ』と。

修行を終えた後は『嬲り殺しにされる程度には成長したかの』と笑っておられました……」


「あははは、酷い言われ様ね。

もっとも、その通りの対応をした愚女ホムラは、逆に嬲り殺しの憂き目にあったということかしら。

因みに其方の旅とは?」


「はい、目的は二つあります。

ひとつ目は、皆さまの同胞である我が友の『格』を上げること。

ふたつ目は、この深淵を抜けて海をこの目に見ること」


「なるほどな、其方の友は原種か……、ツクヨと同じく今は『格』が上がる一歩手前といったところじゃの?」


ってか、見ただけでそれが分かるのか?

ツクヨたちは尻尾の数で進化の度合いが分かるから簡単だけどさ、フェリスは少し大きくなっただけで外見は全く変わっていないぞ?


「恐れ入ります、質問してもよろしいでしょうか?」


「構わぬぞえ」


「ありがとうございます。

一点目、彼女らの『格』が上がるとどうなるのですか?

二点目、そもそも『原種』とは何でしょうか?」


「ふむ……、先ずは原種について説明しようかの。

魔物の中にはまれに神獣たる『器』を持って生まれた変異種が存在する。

それが長い時と幾多の戦いを勝ち抜いた末に進化した結果、我らの同胞、其方らの言う神獣となる。

それが原種じゃな」


「では我が友、フェリスはまだ?」


「そうじゃな、神獣たる器を持ち格がひとつ上がる手前にまで足を掛けていることは事実じゃの。

じゃが、未だ足りんな。神と呼ばれる領域にはまだ程遠い」


なるほどな、師匠も似た様なことを言っていたな。

ただあの時は、逆に『器』がないため進化しても神獣にはなれない魔物を指していたけど……。


「一方で神獣の子として生まれたとしても、それだけでは神獣になれん。親が神獣であっても『器』は子供に引き継がれんからな」


「それでは彼女ツクヨたちは?」


「神獣の子の中で稀に強く親の血を受け継ぐ者が生まれることがある。ツクヨを始めここに控える三人がそれじゃな」


『ん? なら強く影響を受けた三姉妹以外にも、天狐の子供はいるのかな?』


『もちろんです。そう言う意味でお母さまは()()()ですから』


天狐には聞こえない様に小さく呟いた言葉は、意外なところから答えが返って来た。

それは……、俺のすぐ後ろに居たツクヨだった。


ははは、お盛ん……、なんですね。

俺は思わず天狐の顔を見てしまったが、幸いにも気付かれていないようだ。


「神獣の子として、器を持たずとも生まれた時から親である原種の血、かつて魔物であった頃の力を強く受け継いだ子供は『繫累けいるい』と呼ばれ、他の子とは全く違う成長を遂げ試練の人生を送る」


「力を持って生まれる事が幸いとも限らないと?」


これはツクヨとホムラの会話らも想像ができる。

どうやら姉妹の中でも歴然とした差が生まれ、ホムラは焦っていたのだろう。


「器を持たず誕生する繫累は業を背負ったも同然。器がないゆえに力の源泉である魔物の血に引きずられ、長じるに従い知性を持たない完全な魔物に戻ってしまう」


「なるほど、だからこそ繫累は格を上げ続けなければならない、そう言うことですね?」


「その通りじゃ。これは皮肉なことよな。

原種は『格』が上がるたびに新たな力を得て、ある段階まで来れば言葉を操り人化することもできる。

繫累は生まれた時から親の影響により、人に似た姿をして言葉を操り知性を持つが、成長するに従ってそれらを失う。

器がない故に魔物の血に引きずられて、な」


確かにツクヨは傷ついたホムラに対し似た様なことを言っていたな。

もしかすると格の証である尻尾を失っても、彼女たちは退化して魔物に戻るのだろう。


ならばホムラとツクヨの違いは、まだ進化が至っていないホムラの方が魔物に近く、逆に進化の進んだツクヨは理知的で人に近くなっている訳か?


「非常に興味深いお話をいただき、改めて御礼申し上げます。加えてもう二つ、お聞きしたいのですが……」


「構わぬが、妾の疑問にも二つ答えてもらおうかの。それで良いかえ?」


「はい、もちろんです」


即答したものの、何を聞かれるんだ?

何か怖いよな……。


「思考を読める霊亀殿は別格じゃ。妾とて思考までは読めん。推測はできても、な。

其方は何故、里の入り口に転移魔法が仕込まれていると気付いた?」


うわっ、いきなり核心を突く質問だな。

先程までの柔らかい視線とはうって変わり、刺す様な圧をひしひしと感じる。


しかもツクヨはずっと俺の側にいたので報告するタイミングは無かった筈だ。

どうやってそれを知った?


「予想通り怖いお方ですね」


「そうかえ? 悠久の時を生き、好んで誰とも交わらんかった霊亀殿が敢えて取った弟子、本来なら愚女に敵うべきもないヒト種が魔法で圧倒し、そこらの深淵すら越える力を持つツクヨを恐怖させたのじゃ。

怖いのはどっちかの?」


ははは、そう言う考え方もあるか。

確かに今の俺には修行の成果とフェリスや師匠の加護もあるため、既に人外の化け物と言われても否定できないよな。


「先ずは誤解のない様に言っておきます。俺は降り掛かる火の粉は払いますが、必要な理由が無ければ自ら戦いを求める訳ではありません」


「ふむ、それは認めざるを得ないな。

敢えてホムラに止めを刺そうとしたツクヨを止め、わざわざ治療してくれたと聞いておるしな」


「あの仕組みに気付いたのは俺も似た様な魔法を使えるから、ただそれだけです」


「……」


あれ? 何で固まっているんだ?

俺はそんな爆弾発言も、突拍子も無い奇抜なことを言ったつもりはないぞ。


「も、もう一度言ってくれるかえ?」


「俺もその……、似たような転移魔法を使えるから気付いただけです」


「……」


何で沈黙するんだよ! 

天狐だけでなく姉二人もポカーンと口を開けているし、ツクヨは驚きのあまり口に手を当てているしさ。

俺が困るじゃないか!


そう思った時、天狐は大きく息を吐くと自身を納得させるかの様に首を振った。


「どうやらまことらしいな。妾以外で転移魔法が使える者がおったとは、千年近く生きて初めて出会ったぞ」


「!!!」


そこまでレアなものなのか?

それは俺も聞いていない。ってか、これまで誰にも尋ねてもいなかったけどさ。


天狐は怪しく笑うと、今度は食い入る様に俺を見つめてくると同時に、得体の知れない『何か』が俺を包み込もうとしている気がした。

しかも天狐の視線は何か意味あり気で……、違う意味で怖い。


「もっとも……、俺の時空魔法は色々と制限があり、あの様に使い勝手の良いものではありませんが……」


なのでどうかお構いなく……。

言外にそう伝えたつもりだったけどさ。


「制限とは何じゃ?」


「俺は何処からでも転移のゲートを開けますが、出口は定まった一箇所のみで基本的に一方通行の転移しかできません。加えて、俺が特定の空間でゲートを開いている間しか転移は維持できないですし……」


ね、使い勝手は悪いでしょ?

あの鳥居に比べたらずっと汎用性はないしさ。


「恐ろしい能力じゃな……。入り口となる場所に制限がなく、使用者が移動さえすれば何処からでも開けるのか!」


え? そんな捉え方って……。

確かに俺は何処からでも物資を調達できる強みを活かしているけどさ。


天狐と呼ばれた神獣は益々怪しく瞳を輝かせると、舌なめずりしながら俺をねっとりとした視線で見つめ始めていた。


まさか俺……、喰われないよね?

色んな意味で……。


俺は背中から止まらぬ汗が滝のように流れ落ちるのを感じていた。

いつも応援ありがとうございます。

次回は12/15に『神獣と獣人のえにし』をお届けします。


評価やブックマークをいただいた方、いつもリアクションをいただける皆さま、本当にありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いします。

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