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ep125 深い霧の中に棲まうもの

グランピングの翌日、俺は欠伸を押し殺しながら魔の森深淵部を北東に向かって移動を再開した。

師匠はどれだけ先にあるとは言っていなかったので、ただ闇雲に北東へと進むしかなかった。


そして……、師匠と出会った場所から体感で百キロ以上は進んだと思われる頃、とある大きな山にぶつかった。

標高は優に二千メートルを超えるであろう山の中腹一帯には深い霧が掛かっており、その先を見通すことはできなかった。


「これが……、師匠の言っていたアレか?」


移動速度を落として霧の掛かった一帯の外縁に差し掛かろうとしたとき、少し先から木々を薙ぎ払う轟音と共に爆炎が上がった!


どうやら今この時も魔物同士の戦闘が行われているようだった。


「フェリス……」


見たところフェリスは落ち着いており、魔物の危険度は『それなり』だと言うことが、フェリスが発する雰囲気からも良くわかった。


まぁ……、『それなり』なら心配の必要はないのだけどね。

ただこの先、魔物同士の戦いを無視して勝手に霧の中に進むことは、なんとなくだがマズい気がした。


「師匠、また力を借りるかもしれません。取り敢えず今は……、水神の護り!」


俺は念のため水魔法で発動可能な最大の防壁を展開しつつ、ゆっくりと音がする先へと進んだ。

もちろん、万が一に備えて四畳半はいつでも開く準備をしている。



◇◇◇



先程から戦闘音がしていた現場に差し掛かると、そこは業火が周囲を焼き払ったかのように一帯が焼けこげ、さらにその外周は竜巻が通過したあとのように木々が薙ぎ倒されていた。


「!!!」


その先に見えたものに、俺は言葉を失って立ちすくんだ。


「あら……、珍しいこと、この地に来客なんて初めてだわ」


全身が焼け焦げて横たわる魔物の傍らに立っていたのは、どう見てもヒト種に近い獣人だったからだ!


こんな魔の森の奥地、深淵に住まうには似つかわしくない女性が俺を見て微笑む女性は、妖艶な雰囲気のなかに底知れない禍々しさをまとっていた。


「ふふふ」


彼女が声を出して笑うと、いきなり俺の周囲に多数の炎の塊が出現し、俺たちを中心に円を描くように勢いよく回転を始めた。


「!!!」


そして突然、全方位から中心部にいた俺たちに向かって襲い掛かってきた!


だが……。


「あら? なかなか固いわね」


そう言って女は少し意外そうな顔をした。

俺は既に水魔法なら最大強度の防御膜を張っていたため、彼女が放った火球は俺たちのニメートルほど手前で全て、嫌な音をさせながら消えていたからね。


「話し掛けておいていきなり攻撃とは失礼な奴だな。先ほどは俺たちを客と言わなかったか?」


「ふふふ、貴方には何も感じないわ。つがいにするとしても役不足もはなはだしいし。

私が欲しいのはそこの魔物。喰らって新たな血肉とするために‥…、ね」


そう言って女は、フェリスに向かって舌なめずりをしていたが……、これまでの経験で俺はあることを感じていた。


「そうか、それは残念だな。俺は師匠に言われてこの地に住まう神獣に挨拶に来たんだが……、それがどうだ? 尻尾が三本しかない小物では役不足も甚だしいな。完璧に人に化けるのにはまだ『格』が足らないのだろう?」


俺の売り言葉に買い言葉を受け、一瞬だけ女の顔が引き攣ったような気がした。

そう、彼女は一見すると人にも見えるがよく見ると獣人に近い。

そして尻の部分からは三本の尾が生えており、まさに妖狐と呼ぶのがぴったりの感じだった。


「ふふふ、口だけは一人前のようね。でも……、これでさようなら」


そう言うと女の周りからは、ピリピリとした突き刺さるような何かが湧き起ころうとしていたが……。


『ははは、発動が遅いな』


事前に分かってしまえばそんな攻撃なんてどうでもできる。師匠の雷撃なら一瞬、訳も分からない内に食らっていたからね。


「フェリス! トールハンマー!」


俺とフェリスは、妖狐(女)が放った雷撃に合わせるように雷魔法、雷神の鎚を放ってやった。


加護による共鳴によって増幅されたそれは、妖狐の放った雷撃すら飲み込み、それを引き連れながら彼女の足元に激しく突き立った。


「そっ、そんなぁぁぁぁぁっ!」


自身の放った雷撃も飲み込まれ、それも併せて反撃を受けると言う盛大なブーメランを食らった妖狐は、悲鳴を上げて無様に吹き飛んだ。

もちろん俺は奴と違い見境なしに殺すつもりはないので、あくまでも威嚇とおちょくりの牽制攻撃だけどね。


「くっ、くそがぁっ!」


吹き飛んだ先で妖狐は、これまでの澄ました顔が一気に醜悪に歪むと、本来の姿?に戻った。

それは正に、妖狐という名が相応しい体長二メートル前後で三本の尾を持つ巨大な狐だった。


『ぜ、ぜっかく手加減じでやっだどいうのに……、ご、殺じでやる』


「ははは、本来の姿では流暢に言葉も操れないのか? そもそも殺す気満々だったくせによく言うな。

では俺も本気を見せてやるよ。言っておくがお前が最初に使った火魔法も、俺自身が最も得意とするものだからな」


そう言いつつ、似た様な炎の塊を幾つか顕現させながら俺は別のことを考えていた。

言葉が通じる相手だと挑発も駆け引きのうちだからね。


「風刃乱舞っ!」


火魔法を使うと見せ掛けて、俺とフェリスは風刃による全方位飽和攻撃、いや……、敢えて上だけ逃げ場を残した攻撃を仕掛けた。


『う、嘘つきっ!』


いや……、戦いに嘘つきはないだろう。

慌てて非難の言葉を上げながら奴は上へと逃げたが、それこそが俺の思うつぼだった。


「「!!!」」


「フェリスはそっちの警戒を頼む! ファランクス!」


俺の言葉の真意を理解したフェリスは全く別の方角に向き直り、俺自身は火属性・地属性・水属性を詰め込んだオリジナル魔法、バルカン砲のような魔法の矢の嵐を空中に逃れた妖狐目掛けて放った。


空中に跳び風刃を逃れた妖狐に逃げ場はない。

三種の矢は放物線を描きながら妖狐を追尾し、バルカン砲で航空機を撃ち落とかのすように妖狐に吸い込まれていった。


『あばばばばばばば……』


多少の防御魔法は展開しているようだが、妖狐は空中で三種の矢の嵐を叩きつけられ、妙な悲鳴を発して撃墜されると大地に叩きつけられた。


「フェリス!」


妖狐がもう戦えないと判断した俺は、別の方角を睨んでいたフェリスの側に駆け寄ると、新たにこの場に乱入した敵に向き直った。

そう、俺がフェリスに『そっちの警戒』と言ったのは、正にこの相手に対してだった。


「申し訳ありません、どうか非礼をお許しください!」


そう言うとこの場に乱入して来た彼女は、敢えて姿を晒して俺たちに深く頭を下げた。

そして今度は抵抗する意思がないと見せるかのように、俺たちに向かって両手を広げた。


「先ずは未熟な姉の無礼を深く陳謝いたします。私どもは貴方様に敵対する意思はございません。

これ以上の非礼は一切行わなないこと、誓ってお約束しますので、どうかお許しください」


もう一度深く頭を下げた彼女は、ゆっくりと顔を上げて微笑んだ。


「!!!」


乱入した彼女は、姉と呼んだ妖狐に似て人型をしていたが、姉と比べるとかなりヒトに近い容貌をしていた。

腰から下に伸びている五本の尾を除いて……。


何よりも怪しげな美貌だった姉より若く、ヒトで言えば十五歳前後の非常に整った顔付きで、禍々しさなど一切なく逆に清楚さすら感じる。

どことなくお姫様っぽい感じで、洗練された雰囲気と美しさがあった。


「承知した。先ずは話を聞かせてもらえるかな?」


俺の言葉に安堵の表情を浮かべた彼女は、頷いたあと軽く一礼して倒れた姉の傍らに移動した。

そして膝を付いた。


「馬鹿な姉さん、相手の力量すら見極められないの? 

せっかく言葉が話せるというのに、何故力ばかりに頼るの? だから未だに中途半端な尾しかないのよ」


『ぐ……、少じ、ば、か、り……、運に……、恵まれだ、がらと……』


意外と防御は苦手だったのか、それとも地属性や水属性に対し相性が悪かったのか、姉の妖狐は思ったよりも深手を負って虫の息となっており、三本の尾も千切れかけていた。


いや、ちょっとだけ……、俺もやり過ぎたかな?


「はいはい、私は運がよかっただけです。でもこの深手では助からなし、仮に助かっても尻尾を失えば……、理性のない魔物に逆戻りよ。

ましてお母さまを訪ねて来たお客様を害したこと、許されるものではないわ。ここで、楽にしてあげるね……」


そう言って憐憫の表情で姉を見下ろす彼女の声は、先ほどとは打って変わってぞっとするような冷たさを帯びていいた。

そして彼女は手を振り上げると……。


「ちょ、ちょっと待って! 今すぐ治療するからさ、なので『止め』はなしで!」


「え?」


「フェリス、頼む!」


俺の言葉と同時に、姉の妖狐はフェリスの放った光魔法に包まれた。


「え? えええええええっ?」


彼女がその様子を見たとき、さっきのゾッとする声とは打って変わった、可愛い声と表情になって驚きの声を上げていた。


うん、俺もそっちの方が好きだな。


『あれ? 私は助かって……?』


「フェリスはまだ幼いけどれっきととした神獣、君たちの同胞だよ。

それと俺たちは、師匠である霊亀よりこの地に住まう神獣を訪ねるように言われて来た。

そう言うことなので俺たちは敵ではないからね」


「霊亀さまの!」


そう言って少女の方は改めて跪くと、姉のほうは……、大地に横たわって腹を見せて両手足を広げていた。


それってさ……、犬の服従ポーズだけどさ、キツネも同じことするのか?

俺にはそんな記憶も知識もなかったけど、思わず苦笑するしかなかった。


「霊亀さまのご使者とも知らず大変失礼いたしました。私どもは霊亀さまの盟友、天狐てんこの娘で私は末娘で月狐のツクヨ、救っていただいたのは次女で火狐のホムラにございます。

この先は我らの里にご案内いたしますが、どうか、どうかご無礼の段は重ねてお詫び申し上げます」


「……」


いや師匠……、盟友なんて聞いてないぞ?

それならそうと事前に言っておいてくれよ!

何も知らずに訪れるのと、知っているとでは大違いなんだからさ……。


それにしても不思議な感じだな。


天狐って九尾の狐が更に進化した最上位の存在、別名では神狐と呼ばれるもの、彼方の世界(にほん)ではそう言われていたけどさ……。

この世界でも神獣として存在するってことは、あながちその伝承も間違っていないよな。


それに月狐や火狐もそうだ。

何となく俺の知っている狐の階位にはないが、尻尾の数や能力でランク付けでもあるこなか?

月狐でツクヨとは思わず『ツクヨミ』を連想してしまうけどさ、確かあっちは確か男神だと描かれている場合も多かったような……。


そう言ったことも含めて、彼方の世界と変な関わりとか有るのかな?


俺はこの先に訪れる神獣の里、それを統べる天狐と言う存在に大きな興味を抱いていた。

いつも応援ありがとうございます。

次回は12/12に『新たな神獣との出会い』をお届けします。


評価やブックマークをいただいた方、いつもリアクションをいただける皆さま、本当にありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いします。

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