ep124 修行の成果
俺は出発の前日、赤虎を倒した後に心臓と核をフェリスに与えた。
今回の魔石は火属性・風属性・地属性・無属性の四つで……、おい! 四属性やないかい!
よくよく考えれば、あのカムイやアビスクアールの変異種と同じじゃん。
実のところ飛んでもない相手が卒業試験だったと改めて実感させられた。
魔石は二個以上与える必要はないということで、取り合えずフェリスには赤虎の心臓と火属性と地属性の魔石を与え、既に二つ取り込んでいる風属性と無属性の魔石は予備として俺が保管することになった。
「今やフェリスも成長しておる。一個の心臓と二個の核、この程度では急激な成長で身体を蝕むこともなかろう」
それってヒトでいう思春期の成長痛って奴かな?
急激なレベルアップにフェリスの身体が追い付かないとか?
なんとなく人に置き換えて理解した俺は、師匠の言葉に従ってフェリスに与え、翌日、改めて旅を再開した。
もちろん出発して早々に、我慢できずに自身の加護を確認してみた。
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◆神獣の加護(更新)
魔法名:神獣フェリスの加護
属性①:風属性
レベル:神威魔法 ★★★☆☆
属性②:雷属性
レベル:神威魔法 ★★☆☆☆
属性③:無属性
レベル:神威魔法 ★☆☆☆☆
属性④:火属性(UP)
レベル:神威魔法 ★★☆☆☆
属性⑤:水属性
レベル:神威魔法 ☆☆☆☆☆
属性⑥:地属性(NEW)
レベル:神威魔法 ☆☆☆☆☆
説明 :心を通わせ魂の繋がりを持った神獣より与えられし加護
同じ属性の魔法を同時に使用することで共鳴し、互いにバフ効果によって威力が大幅に増加する
魔法名:神獣霊亀の加護
属性 :地属性・水属性(UP)
レベル:神威魔法 ★★★★☆
説明 :心を通わせた神獣との契約により力の一端を写し取ることが許された加護
契約を結んだ神獣の名を唱えることで一時的に力を借り、バフ効果によって威力が大幅に増加する
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ははは、フェリスは五属性全制覇(プラス無属性)じゃん!
それに師匠の加護も格段に強化されているし。
いつの間にか師匠とも信頼関係が結ばれた証とでも言うべき、『心を通わせた関係』となっているし。
これなら能力が成長した奴にも十分対抗……、いや、圧倒的に凌駕できる気がする。
それだけでも旅の成果として得たものは非常に大きい。
「それじゃあフェリス、ちょっと寄り道だけど師匠に言われた通り、このまま北東を目指すとしようか?
フェリスの『格』を上げる何かが見つかるといいね」
そう言うと嬉しそうに尾を振るフェリスと共に、更に北東へと歩みを進めた。
◇◇◇
実際に移動を始めて改めて気付いたこと二つがあった。
その一つは、風魔法による移動が格段に強化されていたことだ。
そもそも魔法自体が強化されているうえ、以前とは格段に強化された風の防壁を常時発動できるため、殆ど大地に足を付けることなく連続して空を駆けることができるようになっていたからだ。
二つ目は、フェリスと連携して戦えば以前とは比べ物にならない力を発揮できたことだ。
実際に移動の途中で数体の上位種、そして二体の深淵種と出くわし戦闘となったが……。
まず上位種は瞬殺だった。
師匠の言った『圧倒的な力の差があれば瞬殺されるじゃろう』と言った言葉がの意味が良く分かった。
そして深淵種、こちらも四畳半の奥の手を使わずとも、俺とフェリスで力押しで勝つことができた。
以前ならたとえ勝てても無傷では済まない、相当苦戦するような相手だったにもかかわらず……。
深淵種の魔石は一体目で地・水・闇、二体目で雷・火・風の魔石を手にすることができたが、取り急ぎフェリスには深淵種二体の心臓を与え、魔石は無理のないよう時間を置いて食べさせることにした。
フェリス自身もせがむことがなかったしね。
「これでフェリス用には闇と水と地、手持ちの予備は風と無に加えて雷と火か……、凄いな。
!!! いや……、ちょと待て!」
今回の旅で倒した深淵種だけでフェリスは五体の心臓を食べ、水と地の魔石を与えれば五属性×二種をコンプするどころか、六属性×二種をコンプすることにはならないか?
本来なら数十年掛かるとも言われたけどさ、あれからまだ十七日しか経ってないぞ?
確かにフェリス単独ならそれぐらいの時間が掛かったのかもしれないな。
今回は俺との共同作業だし、まして師匠の助力があって、本来なら勝てない相手の魔石や心臓を得ることができた結果だし……。
「フェリス……、師匠は急激な成長は体を蝕むと言っていたし、当面の間は俺が預かって様子を見よう。
師匠の下で食べるほうが安心だし、ね」
俺の言葉を理解したフェリスは、心なしか大きく頷いたようにも見えた。
師匠が人に変化したということは……、もしかしてフェリスも?
そう考えると嬉しい反面、少し怖い気もした。
この日はまだ明るかったが、俺たちは十数日振りに四畳半の中で眠ることにした。
◇◇◇
俺とフェリスは四畳半の中に入ると、連絡用の鐘だけ外に出して『通常連絡』を告げる鐘を鳴らした。
そうするとしばらくして……。
「リーム! 良かった、無事だったのね? もう、あれっきり心配かけて……」
そう言ってアリスが息を切らせて駆け込んできた。
安堵した後、少し頬を膨らませて……。
実は本格的に修行が始まって以降、『暫くは向こうで寝泊まりするから夜もゲートは開かない』と言って、夜もアリスたちとも会えず仕舞だったからね。
「心配かけてごめん」
一応は心配かけて悪いと思っているし、俺は正座して素直に詫びた。
するとアリスは優しく俺の頭を抱きかかえ、子供の時のように背中をさすってくれた。
「無理なことばっかりして、それでも私たちに心配させないように帰って来なかったんでしょ?
そんなこと考えなくても良いのよ」
うん、それはアリスの言う通りだ。
なんせ修行の前半は全身ボロボロの服で帰ったし、その先の展開も目に見えていたからね。
余計な心配を掛けて泣かれるのも嫌だったし、師匠の傍なら魔の森の深淵でも安心して眠れたし……。
ただ……、何度も言っているがこの体制はやばいぞ。
俺も既に『お年頃』だからね。以前は恋焦がれていた相手に抱かれて、何とも思わないほうが不健康だ。
「取り合えず山は越えたよ。次はいつ戻るとは言えないけど心配しないでほしい。俺もフェリスもそれなりに……、強くなったからね」
そう言ってアリスにフェリスが見えるよう立ち上がり、自然な形で彼女の体から離れた。
そこでアリスは初めて傍らのフェリスを見て固まった。
「フェリス……、ちゃん?」
アリスに会えて嬉しそうに尾を振るフェリスは、依然と比べると格段に大きくなっていたからだ。
少し前までは秋田犬の子犬程度の大きさだったが、今や成犬と比べても遜色ない程度の大きさになっていた。
初めて出会ってからほぼ三年、その間でフェリスの体躯はほぼ変わらなかった。
だが今は、たった十数日で大きく成長していたからだ。
「俺もフェリスも修行してたからね。その成果さ」
もちろん『誰と』、『どこで』、『どんな』は言えないけどさ。
そもそもだが神獣は孤高の存在で、ヒトや獣人、魔物とも交わらず生きるものらしい。
フェリスが特異なだけで、師匠すら俺と長く交わるつもりは無かったようだしね。
余計な話をして『師匠に会いたい』と言われても困るし。
「ところでマリーやシェリエはどうしてる? あと報告すべき事態は何かあったかな?」
その場を取り繕うように尋ねると、アリスの表情は一気に仕事モードに切り替わった。
これは以前にない変化だな。
「はい、マリーはサクヤとコノハナの整備で陣頭指揮を執るため現場に出ています。シェリエさんは魔法兵団を率いて護衛を兼ねた訓練に出ています。輸入物資は備蓄が十分にあるので、あと一週間程度は大丈夫かと思いますが……」
「うん、そろそろ厳しくなってくるんだよね?」
「街の人たちは交易の再開を心待ちにしているのは事実です。作り置きもそれなりの量になっていますし。
フォーレの街は平穏ですが、彼方(ガーディア辺境伯領)の様子は定期便がないため不明です」
だよね……。
俺が定期便を開かないと陸の孤島であるフォーレには何の情報も入ってこないよな。
「ありがとう。物資が切れる前に定期便が再開できるよう俺も一度は戻るよ。アリスたちを守れる力を身に着けて、ね。だからもう数日だけ俺の我儘を許してほしい」
おそらくだけど師匠は意味もなく北東に行けとは言わないはずだ。
行けばきっと何かがある。
「分かったわ、でも今日は私とマリー、そしてシェリエさんはここで寝るからね。それが条件よ」
「うん、わかった。そのためにも……、ガモラとゴモラ、そして十数台の荷馬車と力自慢を集めてくれないかな」
そう言って俺は、四畳半の奥まって部分に視線をやった。
「え……? ひぃっ!」
俺に釣られて視線を移したアリスは、思わず悲鳴を上げて仰け反った。
彼女の視線の先には、数十体にも及ぶ禍々しい魔物たちが積み上げられていたからだ。
ゴメン……、刺激が強すぎるよね。
もともと俺の四畳半は立方体(正六面体)とも言える構造で、ある程度広さが拡張されてもそれは変わらなかった。
だけど今はゲート機能は過去の名残で左端に出入口があるものの、全体は横に大きく伸びて長方形の直方体(六面体)に変化していた。
なのでぱっと見れば奥に収納されている物には気付かない。
「リーム……、貴方は一体何をして……」
そこまで言ってアリスは口元を抑えた。
それは聞かないようにすると自制しているのだろう。
「わ、分かったわ、直ぐに手配するけど今晩の約束は忘れないでね」
そう言ってアリスは逃げるように戻っていった。
まぁ……、カムイなんか見ただけで俺やフェリスも相当ビビったからね。
その後、アリスに呼ばれてやって来たガモラにゴモラは絶句し、人手として集められた獣人たちも腰を抜かさんばかりに驚いたのは言うまでもない。
「腹を裂いている深淵種五体は既に魔石と心臓を抜き取っているからね。他の上位種はそのままなので魔石は行政府を通じて教会に預けてほしい。肉は……、食用にはならないと思うから、基本的に武具の素材とかに回してほしい」
「ははは、ここまで強い旦那が神々しく見えてしまいますよ。こんな楽しみ……、絶対に他では味わえねぇ!」
「兄貴の言う通りだ。見たこともない魔物ばかりで……、腕が鳴りますぜ!」
なんだ、この二人はそっちで言葉を失っていたのか?
相変わらず通常運転だな。
「深淵種は固く並みの刃物では太刀打ちできないかも知れない。大変だけど最高の素材になると思うので頼むね」
「「任せてください!」」
歓喜の表情をした二人の指示で、魔物たちは次々に運び出されると四畳半の中は一気にガランとした殺風景な空間に戻った。
「それでは皆さん、お願いします!」
今度はアリスたちが一斉に何かを運び込み始めたけど……。
何だこれは?
寝具に敷物や装飾品ってさ……、いつの間に準備してたんだよ!
中には簡易の入浴セットと湯の入った大きな桶まで用意されていた。
「向こうではお風呂にも入れなかったでしょ? 用意しておいたからね」
確かにアリスのいう通りだな。水浴びはしたけど入浴なんて贅沢はできなかったし。
もしかして……、俺って臭いのか?
彼女たちが一旦去ったのち、俺は用意されていた湯や石鹸を使って全身を念入りに洗い、入浴を済ませると同時に少し嫌がるフェリスも洗い、今は心地よさげに身を預けるフェリスをブラッシングした。
そして日が暮れると……、後になって合流したマリーやシェリエを交え、彼女らが持参した食事をいただきながら四畳半の中でグランピングを楽しむことになったのは言うまでもない。
ところでさ、俺……、もうそろそろ『お年頃』なんだよ?
十分な広さが有るとはいえ、皆が同じベットの上で眠るのだけは勘弁してほしいんだけどさ。
違う意味で俺は、緊張と自制心を必死に保ちながら、眠れぬ夜を過ごすはめになった。
いつも応援ありがとうございます。
次回は12/09に『深い霧の中に棲まうもの』をお届けします。
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