ep123 卒業試験
そもそもの話だが、俺に与えられた『卒業試験』は予定されていたものでもなく、唐突に始まったものだ。
たまたま修行中に師匠(霊亀)の領域に侵入した魔物がいたことが発端だった。
もちろん同様のことはこれまでにも何度もあったが、これまでは全て上位種かそれ以下の魔物だったので、試験に値しないと言われれば身も蓋もないけどね。
『ほれ、さっさと行って掃除してくるが良い』
いつも最初に反応に気付く師匠は、決まってそう言うと俺に排除(討伐)を指示してきた。
だが……、この時ばかりは師匠もフェリスも違う反応を見せていた。
『ほう、どうやら『それなり』の奴が来たようじゃな?
そろそろ丁度良い『頃合い』かもしれんわ』
師匠が何か含みのある言葉を吐くのと同時に、フェリスもピリピリとした様子で本気の警戒体制を取り始めていた。
『不肖の弟子よ、修行の成果を試す時が来たようじゃ。
これまでのことを思い出し、我らの助力なしに奴を倒してみせよ。それができれば、この森でも十分に生きながらえることが出来よう』
「はい、承知しました。ところで今度は『それなり』の奴が相手なんですか? フェリスも相当警戒しているようですけど……」
『ははは、多少は手を抜いていたとはいえ儂が本気で攻撃しても耐え抜けるようになった其方じゃ、無様に死ぬようなことはなかろう……、多分な」
いや、多分ってどういうことだよ!
しかもあの地獄の修行でも攻撃の手を抜いていたってこと?
師匠はどんだけチートなんだよ……。
『ふふふ、儂らは既に存在自体が『別格』じゃからの。
今や其方も『か弱き』ヒトにしては既に化け物の領域に足を踏み入れておるわ。退治できれば修練を終えたとみて良いじゃろう』
「……」
そんな行き当たりばったりな経緯で、俺は奴と対峙することになった。
◇◇◇
猛りながら咆哮を上げる、これまで見たこともない深淵種が俺の前に現れた。
見た目は通常の虎よりも格段に大きく、全身は虎毛だが地は黄色ではなく燃えるような赤に染まり、正にそれは赤虎と呼ぶに相応しい存在だった。
確か……、赤虎は中国では朱雀に代わり四神と称されることもあるらしいし、四神に準ずるものなら強さは相当なものだよな?
そんな奴を一人で、か?
結構な無茶振りしゃないか……。
俺自身、修業期間中は深淵種と対峙していないので、自身の成長の度合いが分からない。
それに今回はフェリスの援護もないため、加護による共鳴のバフ効果も受けられず、師匠の加護のみで戦わなければならない。
「さて、火属性は分かっているが(赤虎だからね)他に何を持っているんだ? 見せてみろよ」
俺は睨みあいながら赤虎に笑いかけた。
これまでも深淵種のほとんどが複数属性持ちだった。まして魔の森の深淵に生息する赤虎が一属性だけであろう筈がない。
フォーレ近くの『深部』に棲息する深淵種の魔法は単に力押しの攻撃ばかりだったが、『深淵』に棲息する魔物は、上位種ですら攻撃を補助する魔法を戦いに取り入れながら使ってくる。
奴らには明らかに『勝つための知恵』があると思われるほどに……。
俺の挑発を理解したのか、奴は突然咆哮を上げると複数の火球を放ちつつ空中を飛んで俺との距離を詰め始めた。
「火と風、もしくは火と無か?」
俺は反射的に水魔法による防壁を展開させつつ火と対極にある水刃を無数に放ったが、奴はまるで空中に足場があるかの如く身を躱して更に距離を詰めて来た。
「ちっ、器用な真似を!」
奴は俊敏性に抜きん出ていることに自信を持っているのか、どうやら魔法による戦闘よりも近接戦で俺を仕留めるべきと判断したのだろう。
一定距離を保とうとする俺を嘲笑うかのように距離を詰めてくる。
何度目かに俺が後ろに飛んだ瞬間、今度は背後の大地が突然隆起したかと思うと壁面から無数の棘、いや、巨大な氷柱のような槍が突き出し、俺に襲い掛かって来た!
「ちっ!」
俺は自身をジェットストームに似た風魔法で吹き飛ばし、位置を変えた。
これも本来なら俺自身で受けてしまえば自爆して手足が引きちぎられるほどの気流だが、今はそれなりの防御手段を併用しているので、ただ吹き飛ぶだけで済んでいる。
そして……、息を整えながら大地に手を付いた。
「母なる大地の女神よ、我が師である霊亀の力を借りて請願する。大いなる大地の守り手、至高なる戦女神の盾を顕現させ我が身を護らせたまえ……、イージス!」
そう唱えた瞬間、シェルターのように大地が盛り上がり最強の盾が俺の周囲に顕現し完全に俺を覆うように取り囲んだ。
まぁ実のところ、この詠唱は俺の創作だ。
師匠からは『そもそも本来なら詠唱など不要、魔法とは最強のイメージと絶対の自信、それを形として顕現させることが大切じゃ』と教えられていた。
そこで俺は自身の知る最強の盾をイメージしやすいよう、知っている神話などを使って言葉を組み上げただけだ。
「グガァッ!」
奴は俺が同じ地属性の魔法を行使したことに腹を立てたのか、その盾にあらん限りの飽和攻撃を放ち始めた。
無数の風刃が外壁を抉るように襲い、一方では激しい気流が防壁を突き破るべく激突し、石の柱が全方位から壁を穿つべく突き刺さり……。
だが『絶対の障壁』はびくともしなかった。
なんせ俺には『絶対の自信』があったからね。
業を煮やした奴は、今度は灼熱の火球を壁に叩き付けると同時に防壁を囲むように業火で覆った。
流石にそれでも防壁は崩れないが、シールドの表面は灼熱の業火によって赤くただれ始めていた。
「いや……、危なかったな。もしシールドの中に居れば蒸し焼きにされてしまうところだったよ」
そう言って俺は外の熱気に煽られながら、まるで他人事のように苦笑して大きな溜息を吐いた。
何故なら俺は、最初からシールドの中に居なかったからね。
展開されたシールドの一部が奴の視界を妨げた隙に、俺自身は四畳半の中に逃げ込んでいた。
何があっても奴はシールドの中に居る(はずの)俺を倒せない。これが『絶対の自信』となり、シールドそのものを強化していた。
「母なる大地の女神よ、我が師である霊亀の名を借りて請願する。大地の怒りを以て、全て穿つ無数の棘を顕現させ我を護り給え、いけっ! ゲイ・ボルグ!」
顕現した全てを穿つ石の槍は高速で飛翔するなかで三十の槍に別れ、勝ち誇った赤虎の頭上から一気に襲い掛かった!
咄嗟に身を躱したようだが数が数だ。全てを避けきることは不可能で、数本の鏃が赤虎に突き刺さると身体を大地に縫い付けた。
咆哮を挙げて縛めから抜けようと暴れる赤虎に対し、俺は畳み掛けるように詠唱を続けた。
「大地と水を支配する我が師霊亀、その偉大なる力の一端を我に貸し与えたまえ。水神の怒り、ボルテックス!」
かつて師匠が放ち、あのカムイすら葬った激流の渦が奴を襲い、四肢をねじ切るかのように高速で回転を始めると、赤虎は声にならない断末魔の絶叫を上げた。
そして……、渦によって百メートル近く巻き上げられた奴の身体は、そのまま落下して大地に叩きつけられた。
最後に俺は四畳半から飛び出すと同時に奴の首に『断罪の刃』を放ちとどめを刺した。
「やったか?」
『うむ、やりおったな。見事な勝利、確かに儂も見届けさせてもらったぞ』
「よかっ……、た。あ、あれ?」
俺は喜びを嚙み締める間もなく、立っていられずに大地にへたり込んだ。
それもそのはず、俺の中からごっそり『何か』を持っていかれたかのように酷く消耗していた。
『当然じゃ、間を開けず三度も儂の力を借り、分不相応の大技を放ったのじゃ。まだ身体がついてゆかんわ。
討伐自体は達成したゆえギリギリ合格じゃが、本来の戦いであれば其方は傍観していた他の魔物によって喰われていただろうな』
「はい……、身に染みてそう思います」
そう答えたとき、フェリスが傍に駆け寄ると俺の身体はまばゆい光に包まれ、少しだけ楽になった。
それでもまだよろよろと立ち上がるのが精一杯だったけど。
「致し方あるまい。其方は傷ついたのでもなく、ただ内部で消耗しきっただけじゃからな」
あれ? いや……、そんな。
頭の中に響く声ではなく、はっきりと耳で聞き取れた声に俺は動揺した。
いや、何より俺の目の前に立っているのは……。
「ふふふ、だから言っておったであろう?
儂ほど『格』が上がれば姿を変えるのも容易なこと。本来の姿では移動にも難があるでな」
そう、師匠と同じ圧倒的な雰囲気をまとい同じ口調で話す老人は、師匠本人だった!
しかも驚く俺を見ながらニヤニヤと笑っているし……。
「人の姿にもなれるんですね?」
「もちろんじゃ。それも含め先ほど其方が考えておったように、力を振るう魔法だけでは我らの領域に至らんでな」
あれ……、戦闘中も俺の言葉を読み取られていたのか?
いや、それならば辻褄が合わない話もあるぞ。
「いつ儂が五つの属性しか使えぬと言った? 其方の考えた通り、ただ暴威を振るうだけでは『格』は上がらんわ。力を増幅し支える手段、隠蔽し必要な時に発現させる手段などがなければ、知恵を持たぬものと同じよ」
ですよねー。
カムイやアビスクアールの変異種ですら、補助魔法とも言うべき無属性魔法を行使していたんだから。
「それに……、あの姿では其方の土産も一瞬で平らげてしまうではないか。
楽しみはより長く味わってこそ楽しみというもの」
「ははは、やはり師匠は別格ですね。今更ですが改めて驚きましたよ」
「それにしても……、今回は其方との繋がりをより強く感じたぞ。しかも不思議な詠唱であったな」
そりゃそうだろうな。
以前は『試しにちょっと貸りるよ』といった感じの軽いものだったが、今は違う。
詠唱も『尊敬する師の力をお貸しください』といった敬意と親しみが込められていたからね。
まして戦いの女神アテナが持つ最強の盾や、神槍と言われたゲイ・ボルクの話はこの世界にはないものだ。
だが俺の中では絶対の強さを誇るという確固たる強いイメージがある。
「なるほど……、そう言うことか。其方の背負った業も、中々興味深いものであるな」
あ……、油断するとすぐに思考を読まれてしまうな。
参ったな。
「されば師として、これより旅立つ弟子に『贈り物』をせねばなるまい。
先ずはこの地より北東に進むがいい。その先には深き霧に包まれた大地がある。先ずはそこを訪れてみるがよかろう」
「それって……、下手すれば俺が『瞬殺』される場所って仰ってませんでした?」
「ふふふ、今なら其方も『嬲り殺し』される程度までは強くなっておるわ」
いや……、それって『強くなった』に入らない気がしますが?
本当に大丈夫かよ。
そうは思ったが、今の俺にとって師匠の言葉は絶対だ。
名残惜しいが体力と消耗が回復した翌日、俺たちは師匠に丁重なお礼を言って旅立った。
いつも応援ありがとうございます。
次回は12/06に『修行の成果』をお届けします。
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