ep122 対価の支払い
俺は四畳半の中で眠っている間に不思議な夢を見ていたのかもしれない。
視界もままらなぬ靄にかかった世界のなかで、誰かが話す声を聴いた気がした。
『其方はそれで本当にそれで良いのか?』
『はい……、これは私の罪、背負ってゆくべき業です』
ん? 誰が何を話しているんだ。
どこかで聞き覚えのあるような声だけど。
老人と若い女性の声のようにも聞こえるし……、なんか昔にあった嫌なトラウマが蘇ってきたな。
『目の前に望んだものがあると言うのにな……』
『それが私の使命です。果たすべき役割を果たしてこそ私は救われますから』
女性の声が言っている望んだものとは何だ?
果たすべき役割とは何だ?
『ならば自身の定めた道、ただ真っすぐに進むがよいわ。その悲しき定めに従う覚悟、儂もしかと受け取ったゆえ陰ながら力になってやろうぞ」
『何から何まで、心より感謝いたします』
夢の中で聞こえた声はそこで終わっていた。
朝になって俺は目を覚ますと夢の記憶は徐々に薄れてゆき、俺の関心はこの先の作戦へと移っていた。
◇◇◇ 魔の森の深淵部
朝になって俺は身支度を整え、四畳半の入り口から外に出た。
そうすると元気になったフェリスが俺にまとわり付いてきたが、その姿は以前のフェリスより二回りほど大きくなっており、小型犬の大きさから中型犬サイズまで成長していた。
「師匠、おはようございます。これより贈り物を披露させていただきます。
できれば思考を読まないでいただいた方が面白味も増すかと……」
『ふふふ、どうやら自信があるようじゃが、まだ師匠と呼ぶには早いぞ。
じゃが良かろう、其方の言葉のみ聞いてやろう』
その言葉を受けて、俺は四畳半から馬車二台分の収穫した葉物や根菜、馬車一台分の果実類を取り出した。
「先ずは贈り物の一点目、魔に森では珍しき食材でございます。
先ずはご試食いただけますでしょうか?」
そう言って俺は、葉物を満載した籠のひとつを口元に差し出すと、最初はゆっくり、そして途中からは貪るように籠の中に頭を突っ込み、一瞬で全てを平らげてくれた。
どうやら俺の勘は当たっていたようだ。
まさか神獣様を陸亀の好みに当てはめて考えたとは、口が裂けても言えないけどね。
「こちらもまた趣向の変わったものになります。どうかお召し上がりください」
葉がついたままの根菜もひと籠分を一瞬で平らげてしまったので、今度はさらに趣向の異なる果実の入った籠を差し出すと、これもまた嬉しそうに平らげてくれた。
『ふむ……、珍しきものであるな。なかなか我の好むものにも近しい。これらが其方の贈り物であると?』
いや……、なんか取り繕っているけどさ、途中からは思いっきり夢中で食べてたよね?
『これは美味いの』
『こ、これはたまらんぞ!』
『いやはや、これもなかなか……』
そんな声がダダ漏れでしたけど?
「これらはご覧の通り馬車三台分用意してございますので存分にお楽しみください。
ですが……、これは第一弾でございます」
そう、霊亀の体の大きさでは馬車三台分といっても本気で食べればすぐに無くなってしまう。
食べ物は食べたらそれで終わり、それでは芸がないからね。
「第二弾の贈り物は只今ご賞味いただいた物の苗や種子にございます。
食べ切ってしまえば終わりではなく、この先も楽しみが待っております。更に……」
ここで俺は敢えて言葉を区切った。
一気に言うよりも多少は焦らした方が効果もあがるからね。
『ほう……、だがどうやって育てる? 育てたとして食して終わりではないか?』
ははは、予定通りの言葉をありがとうございます。
思考を読まれていればこうはいかないからね。
「第三の贈り物は、悠久の時を生きる師匠に『楽しみ』を送ることです」
『楽しみ……、だと?』
「はい、時を掛けて育む楽しみ、増やす楽しみ、収穫する楽しみ、それを食する楽しみにございます。
もちろん最初の段階は私もお手伝いさせていただきます」
『……』
黙っているものの、霊亀の様子はまんざらでもない感じだった。
「師匠の生活に四つの楽しみを贈ること、これらが私から師匠への贈り物となります。いかがでしょうか?」
そう、俺が贈り物として畑を作り種子や苗を植え、更に育て方や収穫、そして継続した栽培や収穫ができるようにレクチャーする。
そうなれば贈り物は一過性のものではなく、継続する贈り物となるからだ。
言ってみれば家庭菜園の趣味をプレゼントする形になる。
『ハハハハハハ、このように面白きことを考えるとはな。良かろう、其方の策に乗ってやろうぞ!』
良かった!
俺は安堵から大きく息を吐いた。
「ありがとうございます。師匠の寛大さには心より感謝申し上げます」
(いやさ、実のところ賭けの要素は多分にあったのだけどね。これもリクガメの蘊蓄を語ってくれた友人に感謝だよな)
この日から俺は、神の領域とも言われた神威魔法についての師を得ることができた。
◇◇◇
師匠から教えを受けることが決まった直後から、俺は自身の甘い考えを後悔する羽目になった。
何故なら師匠の教えは余りにもスパルタ過ぎるからだ。
『我らにはか弱き人種と違い、そもそも詠唱という概念はない。よって詠唱は教えられん。
威力と効果を自身の目で見て、自身の身で浴びてそれらを血肉とせよ』
それはそうだけどさ……、あのえげつない攻撃を日々浴び続けるとは思わなかったよ。
もちろん最初のうちは師匠の繰り出す強力な魔法を見て無我夢中で真似るだけだった。
最初のうちだけね……。
『戦いに勝つとは、同等の攻撃を受けても逃れること、耐え忍ぶこと、反撃することじゃ。
先ずは見本を見せてやるゆえ、強固な守りを習得することだな。でないと死ぬぞ』
そう言われて次に教えられたのは、俺が加護を受けた地魔法と水魔法、それらを使用した防御手段だった。
それが数日後になんとか形になると、今度は防戦一方の俺に容赦ない攻撃の嵐が降り注いだ。
「いや……、マジで死ぬよ、これ……」
『不詳の弟子よ、早々に音を上げるでないぞ。この程度ではまだ瞬殺されるぞ』
あのカムイを倒した水の竜巻を浴びた時なんか……。
なんとか水の防御壁を張って手足がもぎ取られるのは回避したけどさ……。激しく回転させられた結果、胃の中のものを全部ぶちまけてしまい、更にそれを全身で浴びるという惨事になったし……。
似たようなこと、いや、思いっきりレベルの落としたことなら、俺もかつて『あろあろ君』とかにお見舞いしていたけどさ、自分自身で浴びるとは思ってもみなかった。
時には容赦のない風刃の飽和攻撃で地魔法で作った防壁が削られまくって、破片の跳弾で全身が傷らだけになるし……、以前にも見たことのあるジェットストリームで防壁ごと吹き飛ばされるし……。
いつも攻撃を受けてはボロボロになって、フェリスの回復魔法に世話になることを繰り返していた。
訓練は基本的に午後からで、午前中は『贈り物』の一環である畑づくりだが、実はそれも訓練の一環だった。
先ずは予め決められた領域の木々を風魔法で粉砕し大きな木は雷撃で打ち倒す。
次に最大火力の地魔法で堀や防壁を作って区画を作り、区切った区画内に最大火力の火魔法を放ち続ける。
最後は水魔法で消火しつつ、大地深くに浸透するまで高圧の水流を放ち続け……、そして最後は地魔法で大地を抉りつつ天地返しを行う……。
まさか……、死ぬ気で農業をさせられるとは思ってもみなかったからね。
その作業の合間にも、猛り狂った上位種レベルの雑魚(この領域からすると)は頻繁に襲ってくるしさ。
そんな作業を十日も繰り返すと……、区画整理された畑が幾つも完成し、当然のことながら馬車二台分の作付けは全て終わっていた。
もちろんその後は今後の作付け予定地まで開墾し、増やす準備も終えていた。
これってさ、なんか対価を身体(肉体労働)で払っているのと同じだよな?
そんな気がするが深く考えるのは止めよう。
そして遂に修行の開始から十五日が経ったある日、俺は卒業試験とも言うべき試練を課された。
この十五日間というもの、これまで遭った死にそうな目の数十倍は死にそうになった気がする。
ちょっとは成長している……、と思いたいが。
俺はできる限り心を静め、目の前に対峙した深淵種に向き合った。
◇修行開始後の加護
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◆神獣の加護(更新)
魔法名:神獣フェリスの加護
属性①:風属性(UP)
レベル:神威魔法 ★★★☆☆
属性②:雷属性(NEW)
レベル:神威魔法 ★★☆☆☆
属性③:無属性(NEW)
レベル:神威魔法 ★☆☆☆☆
属性④:火属性(NEW)
レベル:神威魔法 ★☆☆☆☆
属性⑤:水属性(NEW)
レベル:神威魔法 ☆☆☆☆☆
説明 :心を通わせ魂の繋がりを持った神獣より与えられし加護
同じ属性の魔法を同時に使用することで共鳴し、互いにバフ効果によって威力が大幅に増加する
魔法名:神獣霊亀の加護
属性 :地属性・水属性(UP)
レベル:神威魔法 ★★☆☆☆
説明 :神獣との契約により力の一端を写し取ることが許された加護
契約を結んだ神獣の名を唱えることで一時的に力を借り、バフ効果によって威力が大幅に増加する
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いつも応援ありがとうございます。
次回は12/03に『卒業試験』をお届けします。
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