ep121 相応しき対価とは
二体を回収しながら俺は改めて思った。このまま魔の森の深淵に進んで良いのもなのかどうかを……。
覚悟を決めた俺は、再びフェリスを伴って先ほど霊亀と出会った場所まで走り出したが……。
たった五百メートルも進んだ先で霊亀を発見した。
「先ほどは命を救っていただき、本当にありがとうございました。改めて未熟な我が身を自覚いたしました」
そう言ってまるでスライディング土下座のように、大地に滑り込むと深く頭を下げた。
実際に助けて貰えなければ完全に詰んでいた。
『ほっほっほ、儂も奴らの暴れようには手を焼いておったでの。あの二対は儂が討伐しようとすると巧妙に隠れ、いつも逃げ回っておったからな。今回は丁度よい獲物を相手にして油断しておったわ』
はい……、俺たちは丁度良い獲物だった訳ですね。
「返す言葉もありません」
『奴らは共に深淵から神の領域へと昇り詰める途上にあった。あのような無知でただ暴れ狂う者が同胞になるなど、我慢がならなかったのも事実。それは良いとして、先ずは食事とするかの。二体を出してくれるか?』
げっ! 深淵を超える種、それはすなわち神獣になりかけていたということか?
そんな相手に俺たちが敵うはずがない。
どおりで圧倒的に強い訳だよ。
そう思いながら俺は、霊亀の言葉に従って四畳半から二体を取り出した。
その瞬間、俺の断罪の刃よりも遥かに強力かつ繊細な刃が出現し二体の腹を切り裂いた。
『早速じゃが二体の核と心臓を其方の友に食べさせてやるがよい。それで少しはまともな戦いができるようになるわ』
「フェリス……」
少し戸惑っていたようなフェリスは、俺に言葉に後押しされて切り裂かれた腹から二体に貪りついた。
先ずは一体目、俺がカムイと呼んだアレだ。
横で俺が見ていると先ずは心臓、そして風属性の魔石、火属性の魔石、雷属性の魔石、無属性の……。
四属性かよ! どおりで……。
もしかして奴が突然現れたこと、隔絶空間に干渉できたのは俺の四畳半に似た無属性の神威魔法によってなのだろうか?
次にフェリスは最初に対峙したアビスクアールの変異種、奴は俺の知る深淵種より更に数倍大きく、口元からは本来より倍である四本の長い触手が伸び、四倍である四本の尾を持つそれの腹に顔をうずめた。
心臓の次に貪っていたのは雷属性の魔石、風属性の魔石、水属性の魔石、無属性の魔石だった。
こちらも四属性だった訳か……。
双方ともあと一属性を取り込めば俺たちとは中身が違うが同じ五属性持ちとなる訳だ。
もしかすると……、それを指して『格』が上がるということなのか?
『まぁ……、正解とは言えんが近しいものはあるな。だが『器』でない輩では神にはなれんがな。
奴らに知性はなく、ただ殺戮を楽しむだけの残虐で狡猾な存在にしかならんよ』
あれ? もしフェリスが深淵種の心臓と核を取り込んで『格』を上げるのだとしたら……。
今回は四属性の深淵種だし都合五属性分の魔石を取り込んでいないか?
『ふふふ、最低でも五体と言ったであろう?
それには五体分の心臓、核は最低でも同じものを二個、五種の異なるものを取り込まんとな』
「そんな……。まだこれに加えて三体も、かつ魔石は五種×二個ってさ……、めっちゃ遠い気がしますけど?」
『だからこそ通常ならば数十年から数百年、そう申したであろう? こう言った奴らを少なくとも数十体、それらを倒してやっと揃うかの』
俺……、そんなに長生きできませんよ?
まして魔の森を自由に走り回るなんて、頑張ってもあと二十年程度が精いっぱいっだろうし……。
しかも深淵種を数十体だって? その間に俺は何回死ぬ計算になるのだろうか。
だが……、ルセルの神威魔法を圧倒するには気長に待っていられない。
俺は意を決して口を開いた。
「師匠! お願いがあります! どうか私に師匠と同じ魔法を使えるように教えてください。
さして対価は支払えませんが、私にできることであれば……」
まさか身体で支払えとか言わないよね?
食われてしまったら元も子もないぞ。
『はっはっは、その心配は無用じゃ。それにしてもいと小さき者が儂を師と呼ぶか? なかなか面白いこともあるものじゃな。対価として儂を満足させる何か、それを用意することができれば考えてやっても良いぞ』
ハハハ、これも難題だな。
満足させる何か……、か。何で満足してくれるかも分からないからな。
もしかして……、いやダメだ。考えれば思考を読まれてしまう。
「と、取り合えず一晩時間をください! 明日また参りますので!」
『ならば再び明日に来るが良かろう。ちなみに彼女は一気に多くの力を取り込みすぎた。
暫くは動くこともできないだろうから、儂が面倒を見てやるゆえ置いて行くがよい』
改めて食事を終えたフェリスを見ると……、気だるそうにうずくまっていた。
その身体は少しだけ大きくなった気がするし、微妙に身体全体が光を放っているようにも見えた。
ちょっと心配ではあるものの、大前提は霊亀を信じることだ。
俺は大きく頭を下げると四畳半を開き、その中に飛び込んだ。
◇◇◇ フォーレ
俺はフォーレ側の出口を開くと、外には出ないまま決まり事である鐘を鳴らした。
もちろん緊急用ではなく通常連絡の符丁で……。
「お兄さまっ! 良かった、ご無事でしたね」
何故か鐘を鳴らしてすぐにシェリエが四畳半に飛び込んで来るといきなり抱き着いてきた。
あ、いや……、戦いの後で俺も汗と泥と土埃にまみれて汚れているし。
「シェリエ、ただいま。いや……、今は俺も汚れていて臭いからさ……」
「以前にお兄さまは臭い私も気にせず抱きしめてくれましたよ。なので私も平気です」
やっぱ臭いんだ……。
なんとなく以前のシェリエの気持ちが少しだけ分かった気がする。
「もう……、本当に仲の良い兄弟なんだから……、シェリエさんはずっと『お兄さまが心配』といって、一日中この出口あたりを動かなかったのよ」
あれ? そう言うマリーさん、貴方も行政府から来たにしては早すぎる気もしますが?
今はまだお仕事の時間ですよね?
「わ……、私はアリスと交代で様子を見に……、ね」
そういうことですか。でも俺の我儘から始まった話なのに、ありがたいことだよな。
でもマリーがこの場にいてくれれば話は早い。
「マリー、取り合えずお願いなんだけどさ、今から言う三つの物って今晩までに揃えてもらえるかな?
ひとつ、あくまでも余剰として出せる範囲で構わないので、葉のついた根菜や菜っ葉。
ひとつ、こちらも種まき時期に商会からの補充が間に合う範囲で構わないので、根菜や菜っ葉の種。
ひとつ、これも余剰で構わないから可能なら荷馬車一台分程度の果実とその苗。
できるかな?」
「うん……、戻って確認してみないと分からないけど、その量なら多分大丈夫かな?
アリスにも声を掛けて集めてみるけど、シェリエさんも手伝ってくれるかしら?」
「はい! お兄さまのために頑張って集めてきますね」
そう言って二人は出て行った。
いつもそうだが彼女たちは、『何故』『何のために』などと一切聞かない。
俺が無茶なお願いをするときは、それがどうしても必要なこと、そう理解してくれているからだ。
俺が霊亀に対して贈るものは食料だ!
神獣とは言え霊亀の外見は巨大な陸亀に似ていた。そこから思い至ったことは……。
本来なら陸亀は草食、時には肉類なども食し雑食となることもあるが基本的には草食だ。
特に好んで食べるのと聞いているのは、カルシウムと繊維が豊富な根菜の葉や小松菜やチンゲン菜のような菜っ葉類、そして少量なら果実もそうだ。
まぁこれは日本で子供のころに仲の良かった友人がリクガメを飼っていたので、彼から聞いた話だけどね。
もし霊亀が魔の森で主に雑草を食べているとしたら……、これは喜ばれるかもしれない!
この日俺は、三人と彼女たちの声掛けによって協力してくれた人々のお陰で、夜までに荷馬車五台分の贈り物を集めることができた!
夜になったときアリスにマリー、そしてシェリエたちは……。
『日中に会えたのだからお泊りは禁止です。リュミエールさまのお仕事を邪魔してはいけません』
バイデルからそう諭されて戻っていったし。
そして俺は、魔の森の深淵に入り口を繋いだまま、翌朝に霊亀と再会するため四畳半の中で一人眠りについた。
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次回は11/30に『対価の支払い』をお届けします。
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