ep120 死戦、また死戦
神獣である霊亀との邂逅のあと、俺とフェリスは再び北西を目指し駆け始めていた。
あと何キロ進めば海に出られるのか、それすら全く見当もつかないまま……。
移動に当たっては、風を身に纏ってジグザグに空中を駆けながら、同時に大地に降り立つ時間を極力短くするよう心掛けていた。
こんな形で周囲のへの警戒を最大限まで引き上げているため、直線距離に換算すると移動速度は非常に遅い。
おそらく自転車の移動速度に近く、時速にして15キロから18キロ程度だろう。
「フェリス、ちょっと待って!」
走り始めて暫くしたのち、直線距離にすれば凡そ5キロほど進んだと思われるころ、たまたま目の前に大木とそれの大きな梢を見つけた。
その部分に降り立つと、俺は出発前からずっと気になっていたことを確認することにした。
加護をくれた霊亀の前で確認するのは失礼だと思っていたからね。
俺は心の中で定められた文言を念じた。
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◆固有魔法スキル
固有名:(真)四畳半ゲート++(NEW)
属性 :無属性時空魔法&転移魔法
レベル:天威魔法 ★★★★☆
説明 :過酷な運命を経た転生で魂に刻まれた空間収納スキル
時空魔法の進化により空間収容能力が拡大し、最大で三十畳程度の物質収納が可能
ゲート機能の一段階目が新たに解放され一方向一地点のみの空間転移が可能
◆加護による魔法
魔法名:鑑定魔法(劣化版)
属性 :無属性
レベル:地威魔法 ★★
説明 :劣化版のため、ヒト種、亜人種、魔物などの鑑定は不可 常時発動不可で使用限界あり
劣化版のため、鑑定は視界のなかでひとつの物体しか鑑定することはできない
魔法名:五芒星魔法-(転写魔法)
属性 :五属性
レベル:天威魔法+ ★★★★★
説明 :転写魔法によって得られた最上位五芒星魔法の劣化版。火・水・地・風・雷の魔法を行使可能
最大行使を繰り返し経験値の上昇により、天威魔法レベル最大値まで解放済
魔法名:神獣フェリスの加護(NEW)
属性 :風属性
レベル:天威魔法 ☆☆☆☆☆
説明 :心を通わせ魂の繋がりを持った神獣より与えられし加護
同じ属性の魔法を同時に使用することで共鳴し、互いにバフ効果によって威力が増加する
魔法名:神獣霊亀の加護(NEW)
属性 :地属性・水属性
レベル:神威魔法 ☆☆☆☆☆
説明 :神獣との契約により力の一端を写し取ることが許された加護
契約を結んだ神獣の名を唱えることで一時的に力を借り、バフ効果によって威力が大幅に増加する
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おおっ! 改めてステータスを見てみると、霊亀の加護は本当に反映されているみたいだった。
しかも神威魔法って……、めっちゃ強力な加護じゃん!
それだけではない、風魔法はフェリスと共に使用することでバフ効果か……、道理で移動速度が速まったり、漆黒の悪魔戦でフェリスの風魔法がめちゃくちゃ強化されていた訳だ。
ってかさ、ここ最近はステータスなど気にせず全く見ていなかったけど、いつの間にか空間も『四畳半』って言いながら以前の二十畳程度から更に『三十畳』の広さになってるし……。
空間が広がったことで★★★☆☆から★★★★☆になったってことは、更にもう一段何かあるのか?
「「!!!」」
何かの気配を感じた俺とフェリスは、一瞬で自身に風圧を叩きつけて飛び退いた。
その瞬間、元居た梢は大木ごと吹き飛んだ!
周囲に電光の余波を放ちつつ……。
「雷属性最上位魔法の雷神の鎚だと? しかもあんな半端ない威力のものは見たことがないぞ……」
大木は薙ぎ倒されたのではない、まるで巨大な徹甲弾により貫通された如く一瞬で粉々に砕け散っていたし、更に貫通した先にあった木々や岩も完全に破壊されていた。
「しかも一撃離脱を徹底しているのか、それとも完全に気配を消すことができるのか……、敵がどこに居るかも見当も付かないしぞ?
やばいな……、フェリス、きっと次もあるぞ」
俺が言うまでもなくフェリスも毛並みを逆立て周囲を見回していたが、少し戸惑っているようだった。
魔物探知機であるフェリスが、襲って来る敵を見つけられないなんて初めてだ。
先程は攻撃の前に一瞬だけ突き刺すような殺気を感じたが、どうやら今は気配を完全に消しているようだ。
俺は無意識に四畳半の入り口を開き、フェリスを抱えて飛び込める体勢を取った。
一瞬の静寂、その後にピリピリと刺さるような殺気を感じた瞬間、俺はフェリスを抱えて四畳半に飛び込んだ!
「くっ!」
それと同時に妹のシェリエが放つ最強技、冥府の雷槍に似た雷撃が全方位から襲って来た!
いや、似ているとはいえ威力と数、飽和攻撃の程度は遥かに上のものが……。
空気を震わす轟音と目も眩む閃光に視界が包まれたあと、改めて四畳半の中から外を見ると景色が一変していた。
「ははは、半径20メートルの範囲での飽和攻撃かよ!
四畳半に逃げ込んでいなければ、俺もフェリスも跡形もなく消し飛んでいただろうな……」
そう言って俺は苦笑するしかなかった。
いや……、なんとか自分を落ち着かせるために独りで声を上擦らせながら話している、が正解だろう。
ただ今回は俺も雷槍が飛んできた方角を確認している。
攻撃の瞬間もそこには何も居なかった! 何も居なかった場所から恐ろしい攻撃が飛んで来たのだ。
「フェリス、今度は俺たちが敵を脅す番だ。四畳半の中から二人で風刃の飽和攻撃を放ってやろう。
慌てた奴がボロを出したら、俺は最大呪文の詠唱に入るからその間は奴を牽制してくれるか?」
以前からフェリスに言葉が通じていることは分かっていたが、霊亀との会話で確信を持ったからね。
俺はフェリスに作戦を告げたあと、敢えて詠唱を唱えつつ風魔法で出せる限りの風刃をゲートの外に顕現させた。
同時にフェリスも無数の風刃を顕現させると、何かが共鳴したように風刃が振動し気流を巻き込みつつ一斉に狙った一帯に襲い掛かった。
「!!!」
俺の目に映ったのは明らかに異様な光景だった。
無数の風刃の飽和攻撃を受けて木々や大地が切り裂かれる中、ある一角だけが竜巻のような気流によって風刃を跳ね返していたからだ。
「あそこだ! フェリス、頼む!」
俺の言葉を受けるまでもなくフェリスは第二弾として、『断罪の刃』にも似た最大火力の風魔法攻撃を放ち始めていた。
「母なる大地の女神よ、我は霊亀の名を借りて請願する。大地を穿つ至高の槍を顕現させ、全てを穿つ……」
ぶっつけ本番だったが、霊亀に言われた通り名前を借りて詠唱を始めると、俺の右肩から指先へと輝く『何か』が移動したのち、指先からほとばしると強く輝き始めた。
「全てを穿て、全方位アースランス!」
一瞬で顕現した、本来の俺では発現不可能な百もの石槍が、凄まじい勢いで竜巻目掛けて飛翔していった。
それらの多くは竜巻によって弾かれるが、襲った槍の数も半端ないものだ。
凄まじい衝撃音と突風が周囲を薙ぎ払ったあと、そこに朧げながら姿を現した奴が四本足で立っていた。
「マジかよ! 完全ではないもののあの攻撃さえ防ぐのかよ……」
俺は絶望に似た気持ちに苛まれていた。
身を守る竜巻(風壁)を剥ぎ取られて姿を完全に隠す余裕を失い、ある程度は傷つきよろめいてはいるものの、奴にはまだ戦う余力があるのだろう。
今度は姿を見せたまま攻撃が飛んできた方角、俺たちが潜んでいるであろう方角に向けて目盲打ちとも思える雷撃と風刃が襲ってきた。
「くっ」
再び俺は安全地帯である四畳半に引き込んで身を伏せ、暴風にも似た攻撃をただ耐えるしかなかった。
そして再び変化が訪れる。
「まさかっ!」
不思議なことに何故か突然攻撃が止んだため外の様子を確認すると、奴は首を失い大地に横たわっていた。
その近くには……。
「あれは……、まさかカムイ……」
思わず俺が山の神に例えて呼んだぐらいの圧倒的な存在感……。
以前に倒した六本腕のマダラハイイログマの深淵種、外見こそそれに似ているものの二回り近く大きく、それが放つ目に見えない圧は、これまで出会った深淵種を遥かに超える、別格の存在に思えた。
シェリエも低く唸り声を上げているものの、どことなく萎縮しているようかに見えるが俺だってそうだ。
『アレは絶対に無理だ!』
そう思える絶対的な存在感があった。
次の瞬間、奴は辺りを辺り一帯に響き渡る咆哮を上げると、六本ある腕を大きく振りかざした。
「ぐっ……」
奴が放つ攻撃は、本来なら隔絶された空間であるはずの四畳半まで影響を及ぼし、衝撃波によって空間内は激しく揺り動かされると共に、突き刺さる雷撃と炎の熱波が四畳半の中を焦がし始めた。
「なっ……、なんで?」
通常ならあり得ない二つのことに、俺は悲鳴のような疑問の言葉を漏らしていた。
一つめは、どうして奴は四畳半の中に潜む俺たちの位置が正確に分かるのか?
二つめは、四畳半の中は全く別の空間のはず、にも関わらず攻撃が及ぶこと自体が異常としか言いようがない。
俺はこの不可思議なことと、圧倒的な攻撃に為す術がないことを悟り、このままゲートを抜けてフォーレに一時撤退することを決めた。
その時だった。
『やれやれ……、世話の焼ける奴じゃな。そのような醜態では我が同胞を守ることもできんじゃろう』
頭の中に『あの声』が響き渡ると、攻撃の嵐が止んだ。
まさか霊亀が?
そう思って外を見ると、巨大な水球の中にカムイが包まれて宙に浮かび、呼吸ができないのか苦しそうにもがいていた。
『こ奴らは目障りにも最近、我が領域を荒らしておったからな。いつか始末しようと思っておったが……、まだ其方らはでは『格』が及ばんようだな』
「ど……、どうして?」
(霊亀が俺たちを助けてくれるんだ?)
『戦いで我が力を借りたであろう? ならば我が知って当然のことよ。しかしな……、力を借りた上で『あの程度』とは情けないぞ」
「も、申し訳ありません」
(だってさ、そもそも神威魔法なんて人の世に存在しなかったレベルだしさ……。俺だってルセルの時に使いこなせていたとは言い難いし……)
『我が力の一端、しかと目に焼き付けるが良かろう』
その言葉と同時にカムイを包み込んだ水球が激しく回転し始め、まるで荒れ狂う竜巻のように変化した。
それは超高速回転する洗濯機の中に放り込まれたかの如く、カムイは声にならない絶叫を上げ、四肢……、いや八肢はあらぬ方向にねじ曲がり、渦巻く激流によって無理やり全身の骨が砕かれているように見えた。
そして……、最後は強かに大地に叩きつけられていた。
そこに追い討ちを掛けるように空から高速で飛翔した石槍と、大地から突き出した幾本もの石槍が上下から突き刺さり……、カムイの手足と首が分断された。
「……」
圧倒的な力、神々の力と等しき力の権能、それを初めて目の当たりにした俺は言葉を失っていた。
フェリスでさえ怯える圧倒的強者、カムイさえ赤子の手を捻るように屠った魔法は、正に神の領域と言っても差し支えなかった。
「す、凄い、凄すぎる……」
俺は一種の憧憬に似た感情を抱きながら、その様子を呆然と見ていた。
『何を呆けておるか、さっさと二体を回収して幼生体に与えよ。さすれば今少し力を発揮できるようになるでの。油断しているとまた傍観していた魔物が押し寄せ、獲物が奪い取られるぞ』
「は、はいっ!」
俺は慌てて四畳半から飛び出すと二体の亡骸を回収した。
自分自身の不甲斐なさに打ちひしがれながら……。
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次回は11/27に『相応しき対価とは』をお届けします。
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