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ep119 魔の森最深部での出会い

早朝にフォーレを出た俺は、そこから当てもなくひたすら北西の方角を目指し、魔の森深部の樹海を風魔法全開で駆け抜けていた。


だがもちろん、全開だが全速ではない。移動に使う風魔法と常に防御を巡らす風魔法を併用している。無警戒に魔の森深部を全速で駆け抜けることなどあり得ないからだ。


フォーレはあくまでも魔の森深部の入り口であり、トゥーレ方面への行き来ならまだいいが、より深部となるフォーレより奥地は、どんな危険が潜んでいるか、どんな深遠種が棲んでいるか全く分からないからだ。


まぁ、深入りしてもいざとなればゲートを使ってスタート地点に戻れる、この安心感が俺の無謀ともいえる旅を後押ししていたのも事実だ。



時折陽の差す方向を確認して方向を調整しながら、俺たちは奥へ奥へと濃密な森林を進み続けた。


ちなみに俺が北西に進むのには確固たる理由がある。

ルセルだったころの俺は、王都で厳重に保管されていた地図を見たことがあり、それには曖昧ながら魔の森の先、北西の方角に海が描かれていたからだ。


もちろん懸念や曖昧な前提条件はある。


一つ目として、この世界では地図自体がまともな測量すらされていないもので、大雑把で不正確なものだったからだ。なのでその海が百キロ先なのか千キロ先なのか、それすら定かではない。


二つ目として、フォーレで一番高い岩山の頂上からも、延々と続く樹海しか見えなかった。

岩山の山頂はおよそ百メートル前後、ある前提を無視すれば、少なくとも四十キロ程度先には海はない。


ちなみにある前提、それは計算の元となる条件が分からないからだ。


ひとつ、この世界が地球のような球体であること

ひとつ、球体の半径が地球とほぼ同等であること


これが違っていると、俺の算定も大きく狂ってくるけどね。


もし地球と同等なら、山頂から見通せる距離は約四十キロと計算できるが、それも目安にしか過ぎない。

なので俺は移動の感覚値(移動スピードと掛かった時間)で大まかな距離を推測するしかなかった。



駆け出してから体感時間(+陽の高さ)で約四時間ぐらいが経過したころ、俺は一度ゆっくり休むべく移動速度を落とし、ちょうど目の前に見えた小さな岩山の上に降り立った。


「フェリス、一旦休憩だ。ちょっと休もう」


荒い息を整えながらそう言って座り込んだ。

警戒しつつ速度を抑えて進んだから……、ざっと六十キロぐらいか?

そんなことを考えていた時だった。


フェリスが低い唸り声をあげた。


「!!!」


俺たちは同時に飛び上がった、いや、突風を起こして風圧で身体を跳ね上げて空へと移動したが、先ほど俺が座っていた岩山は全体から巨大な岩石の棘が一瞬で飛び出し、まるで巨大なハリネズミのような状態になっていた!


「マジかよ!」


フェリスが居なかったら俺は、あのまま串刺しになっていただろう。

俺は直ぐに横に飛び、近くにあった大木に縋りついた。


「フェリスも中へ!」


その場で四畳半を開くと、俺たちは直ちに中へと転がり込んだ。

万が一にでもあの棘が発射されれば、飽和攻撃を受けて防ぐ手立てが無いからだ。


そして、中からゆっくりと先ほどの岩山を見ると、それは体長数十メートルにもなる巨大な陸亀のような魔物だった。


周囲から俺の気配が消えたと思ったのか、甲羅から首や足を出してゆっくりと移動を始めたそれを見て、俺は改めて身震いした。


「完全に気配を消せるのかよ! そもそも大きな一枚岩にしか見えなかったし、しかもめっちゃ硬そうだな……」


隠形を得意とするキラーマンティスの上位種以外で、あれだけ接近しても気配を消したまま攻撃できる魔物なんて初めて見た。


その時だった。

どこからともなく声が聞こえた気がした。


『矮小なる者よ、上手く隠れて気配を消したようだな。見事に我の攻撃を躱したことは褒めてやろう』


喋れるのかよ! 

あれはどう見ても魔物、しかもあの棘は地属性の魔法に見えたし……。


『まさか其方に同行する魔物が、か弱き人を助けるとは思ってもいなかったぞ。どうやら我らの同胞はらからは、其方に心腹しているようだな。

次は試そうとせん故、安心して姿を現すがよい』


そんなことを言われたって……、ノコノコ出て行って瞬殺されたら目も当てられないぞ。


どうする? 


このままゲートを利用して一度フォーレに戻ることもできるが、俺はこの魔物、おそらく神獣クラスの巨大な亀に興味を持った


一瞬の躊躇いのあと、俺はフェリスを抱いて外に出た。

もちろん万が一に備えて四畳半の入り口は開いたままで……。


『ほう? なかなか面白い魔法を使うものだな。

その様に自在に出入りできる空間は初めて見たぞ』


「何故いきなり攻撃した?」


『ははは、いきなり質問か? か弱き者にしては中々に無礼な奴だな。では聞くが、この森でいきなり背に乗られたとき、其方は無抵抗でいるか?』


「……」


確かにそうだな。

ここは魔の森の深部。いやそんな言葉では表現できない魔の森の深淵だ。

不用意に近づく者は全て敵、そう思わないと生きてはいけない場所であることも事実だ。


「それについての非礼は謝罪します。岩山と思って降り立ったが、まさか貴方の背とは思わなかったからね。

それにしても彼女フェリスが貴方の同胞だって?」


『ふふふ、素直に詫びるところは荒れ狂うだけの無法な魔物とは異なるか。しかも其方、ただのか弱き者ではないな?』


「貴方はもしかして彼女と同じ、神獣と呼ばれる魔の森で最上位の存在か?」


『質問の多い奴じゃな。神獣が何かは知らぬが、其方が抱える幼生体とは同位にある特別な存在と言えような。

もっとも、その幼生体はまだ幼く未熟ゆえ、真の意味で我と同等の力を持つようになるには、あと数百年は必要だろうな』


「数百年だって?」


『そうだ、我とて頂点に至る『器』を持って生まれた魔物に過ぎん。死戦を超えて撃ち倒した者たちを喰らうことで力を取り込み成長せねば、そこいらの知性を持たぬ魔物と変わらぬわ」


倒した者を喰らう?

その力を取り込む?


「それって心臓を食べたり魔石を食べたり……、そういうことなのか?」


『ほう、それを知っておるか? 不思議なことよな。

本来であれば我らは他と交わらん。だがその者(フェリス)には少々事情があるようだな。ふむ……』


「「……」」


どうやらこの玄武(俺が勝手に命名)はフェリスと何かを話している様だが、俺には何を話しているか全く理解できなかった。


『なるほどな……、中々のごうを背負っておるようだな』


どういう意味だ?

一体何を話していたんだ?


フェリスが俺たちの言葉を理解できることは分かっている。

ただ……、フェリス自身は言葉を話せないが。


『いずれ成長すれば我と同様に話せる様になるわ。

ただ長い時をかけ幾つかの段階を踏む必要はあるがな。

まぁ……、其方らが深淵種と呼ぶものの心臓と核を、最低でもあと五体分ほど取り込めば最初の段階として『格』がひとつは上がるじゃろう』


なるほど、フェリスが魔石や心臓を食べるのはそう言うことか?


ただ……、深淵種五体の心臓と魔石かぁ。

中々に厳しい話だよな。


『ふふふ、我が影響下を離れれば、そんな程度のものならこの森には幾らでもおるぞ。難しいことではあるまい?』


あれ? まさか俺の思考を読まれたのか?

そう言えば俺との会話も玄武は直接頭に語りかけている感じだしな。


でもさ、たったいま俺が勝手に命名したけど、確か玄武って水神だよな?

ならば地魔法ではなく水魔法の方がしっくりくるよな気がするが……。


『ほう、其方の世界でも我を神と崇めているのか?

因みに我は其方らの言う最上位の地魔法に加え水魔法、火魔法、風魔法、雷魔法が使えるぞ』


なんと! 俺と同じ五芒星ペンタグラムかよ!

やっぱり神獣は別格だな。最上位と言うからには俺より上の神威魔法なんだろうけど。


事実さっきの地魔法もノーリアクションで長さ五メートル以上の最強硬度の土槍を、まるでハリネズミの如く無数に出していたし、俺ではあんな真似は絶対に無理だ。


だから玄武は簡単に深淵種を狩れると言っているのだろうけどさ……。


『ほう、五芒星ペンタグラムと申すのか。我と同じ使い手とはな、これも面白き奇縁よな』


その言葉と同時に俺の全身は不思議な圧力に蝕まれた。何か……、抵抗を突き破って全てを覗かれているような不思議な感覚……。


『ふふふ、全てを写しとる鏡(転写魔法)か?

どうやら他にも面白きものを持っておるな。

ならば我からも其方に加護を与えてやるとするか。この先で過酷な運命を迎える前に、な』


「ありがとうございます。とても嬉しい話ですが、その対価として俺は何をすれば?」


そう、会ったばかりの俺に加護をくれるなんて都合の良すぎる話だし、にわかには信じられない。


更に気になるのは『この先の過酷な運命』って部分だが、何だ? 

まだこれ以上に悪辣な運命が待ち受けているのか?


『ふふふ、これは長き時を生きる儂の、ちょっとした気まぐれよ。対価としては……、その幼生体フェリスを守り手助けしてやってくれ。この者の『格』が上がり、自らの意思を示せるその日まで、な』


「それは……、もちろんです!」


俺は既に幾度もフェリスに命を救われているだけでなく、いろんな面で助けてもらっている。

今やかけがえのない仲間という意識はある。


俺はフェリスを仲間として、必ずフェリスを守っていく!

この覚悟は変わらない。


『よろしい、確かに覚悟は受け取った。

我が名は霊亀レイキ、最大威力の地や水の魔法を行使する言霊を唱える際、詠唱に我が名を乗せて『力を借りる』と加えよ。結ばれたえにしにより効果に恩恵が施されるだろう』


その瞬間、俺の中で何かが共鳴するような感覚に襲われ、一瞬だけ視界が奪われたのち体温が上がるような不思議な感覚に見舞われた。


マジか……、今のが? それが本当であれば凄く嬉しい話だけどさ。

俺の地魔法や水魔法は天威魔法レベル、新たな加護によっては今後、ルセルの神威魔法にも対抗できるかもしれない。


『今のはマジだ』


「……」


なんか、最初と違い大分砕けてきたな。

最初は殺されかけたけどさ……。


『それは仕方ないないことだ。この森では当然のことよ。

この先、大地より灼熱の火焔が沸き立つ地、激流が激しく大地を穿つ地、絶えず白き霧が大地を覆う地、其々には我が同胞がおるでな。

此度こたびのように対処を誤って瞬殺されぬよう、せいぜい心して進むことだ』


なんと! 他にも神獣がいるのか?

ただ……、瞬殺は勘弁してほしいな。

ここで事前に話を聞けて良かったけどさ。


『そうじゃ、良かったの。遭遇した折りには、我が名を伝えれば命ぐらいは長らえる事ができよう。

では……、過酷な未来を切り拓くため、己が信じる道を行くがよい!』


それってさ、あの神と似た……。

いや……、敢えて口にしないでおこう。なんか変なフラグが立ちそうだしな。


それにしても魔の森の深淵は、俺が想像した以上に厳しいと言うわけか……。

少し安易に考えすぎていたか?


「霊亀様との出会いに感謝し、フェリスと共にこの先も歩んでいきます。ありがとうございました」


そう言って深く頭を下げたあと、俺たちは改めて駆け出したが、再開はすぐに訪れることになる。

いつも応援ありがとうございます。

次回は11/24に『死戦、また死戦』をお届けします。


評価やブックマークをいただいた方、いつもリアクションをいただける皆さま、本当にありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いします。

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