ep118 未来に繋がる出口
フォーレでの開拓作業が第三フェーズに入り、木花の工事が魔法士と自衛軍で粛々と継続されている中、俺はアスラから商会長をフォーレに迎えた際、一部の者たちだけを集めて会議を行った。
招集したのは商会長とバイデル、補佐官のアリスとマリー、そしてシェリエだ。
今は取り敢えずこのメンバーでいい。
「まず大前提だけど、これは俺の不吉な想定に過ぎないが、できればこの想定を真剣に検討してほしい。
俺は……、くそっ、どう言ったらいいかな……」
まさか未来を知っている、そんなことを言えないしね。
どう切り出すかな?
「お兄さま、どうか遠慮なく仰ってください。これまでもお兄さまは最悪の事態に備えて動かれていました。それを共有して対策を考えるのは当然のことです」
「ありがとうシェリエ、ちょっと突拍子のない話だけど、もしこの先で……、ガデルに疫病が発生したら……、どうなる?」
俺の言葉に商会長ははっとした。
この中では疫病に最も敏感なのは彼に他ならない。
「先代ブルグの不自然な突然死、敢えて今は真相が闇に葬られていますが、憂慮すべき事態だと思います。
ガデルで疫病が蔓延すれば、誰が得をするか考えれば……」
「まさかっ、そこまで……」
「バイデル、十分にあり得る話よ。お兄様を贄にしたあの男は、次にブルグも贄とするでしょうね」
「俺も商会長やシェリエと同じ思いで考えている。例えばの話だけど、疫病に感染した者をガデルに送り込めば簡単に誘発させることができると思う。
表向きには、奴だけがエンゲル草を握っているしね」
「酷いっ! 何の罪もない人を巻き込んで……」
「そうだアリス、奴は既に何の罪もない獣人たちを皆殺しにしようとした。
だからこの想定も奴にとっては、さして変わりのない話なのだと思う。そして俺が最も恐れるのはその先だ」
「ふむ……、男爵の兵も増強されていますし、数年後ならブルグとなれば率いる兵は一万を越えますな。その半数にトゥーレの兵が加われば少なくとも六千を超えます。一気に魔の森を抜けることも可能となるかもしれません」
「そんな……」
落ち着きを取り戻したバイデルの指摘に、マリーは思わず声を出して震えた。
奴の軍勢がフォーレを蹂躙する姿が目に浮かんだんだろう。
「では我らは、一部の備蓄を開放して特効薬(エンゲル草)をガデルの支部に集約させます。
領民たちを救うついでに、ブルグにもおこぼれが行くよう差配します」
ははは、言いえて妙な表現だな。
俺たちは今のブルグに何の所縁もない。逆に領内に悪政を敷き始めており、退場を願っているぐらいだ。
だが……、奴が後任となれば状況はもっと悪くなる。
救うのはあくまでも領民、その過程でブルグも一応救ってあげる。
そんなニュアンスだからだ。
「取り敢えず今は、奴の悪辣な試みを阻止できるよう体制を整えておくことだ。
先ずはシェリエ、建設工事も大事なことなので作業は継続しつつ、一部の魔法士を自衛軍と共に壁外の森へ派遣し、そこからもエンゲル草の確保を進めておいてほしい」
「承知しましたわ」
「商会長には追加でエンゲル草をお渡しします。万が一の際は、領民たちの手に渡るよう手配をお願いします」
「了解しました。以前にバイデル殿の提案を受けてからというもの、常日頃から撒いている餌もあります。
自然な形で行き渡るよう手配します」
「アリスにマリー、木花と咲耶については、一年を目途になんとか防衛施設として形を整えたい。バイデルやシェリエと相談して計画を練ってほしい」
「「承知しました」」
「あと商会長、可能な範囲で構わないから、なるべく広範囲を記した地図を入手してくれないか?」
「地図……、ですか? 広範囲と言うと周辺国も含んだ、ということでしょうか?」
そう、この世界では地図は最大限秘匿すべき戦略情報だ。
どの国でも他国への流出は最大限警戒し、敢えて自国内の地図でさえ作らせていない国もある。
「王都になら閲覧者を限定した地図があると聞いたことがあるんだ。
もちろんそれは無理だけど、国を跨いで商いを行う交易商人なら、そういった物を持っていないかと思ってね」
まぁこれも、『聞いたことがある』ではなく、ガリア帝国軍撃退の命を受けたルセルが実際に『見た』ものなんだけどね。
あの地図には周辺国の配置とそれを取り巻く海が記載されていた。
正しいかどうかは不明だが、魔の森深部を突き抜けた先には、どの国も領有していない土地と海が描かれていた気がする。
そこが俺の最後の希望になるかもしれない。
「基本的に交易商人は、自分の家族を売っても地図の情報は売らない。そこまで言われていますからね。
相当難しいと思いますが……」
そう言って商会長は難し気な顔をしていたけど、それはもっともな話だとは思う。
ルセルだった当時にも似たような話を聞いたことがあるしね。
だからこそ此方も『相応の』対価を用意しなくてはならない。
「必要であれば極秘に預けてある砂白金を対価に使って構わないよ」
「なんと!」
その価値を知るバイデルは驚いていたが、他の皆はポカーンとしていた。
もちろん、シェリエですら。
ここ数年で砂白金の五分の一は現金化できていたが、それ以外はまだ現物のままだった。
まぁ、実のところ収支面でずっと収益が支出を上回っていたので、現金化を急いでいなかった点も否めない。
もちろん現金化できたものも秘匿資金として、フォーレの財政とは別枠にして保管している。
「それであれば我らも最善を務めてみます」
「ありがとう。これより俺たちは新たに三つのことでそれぞれ動く。
皆には二つ、フォーレの防衛網の構築とエンゲル草の備蓄強化に向けて動いてもらいたい。そして俺は……」
いつしか考えるようになった最後の策、それは……、新たなる『土地』を用意することだ。
想定される最悪の事態は、奴が辺境伯となり全土を掌握したうえでフォーレに大軍を進めること。
そうなれば俺たちは袋のネズミだ。
一時的にゲートを使って辺境伯領の何処かに逃げたとしても、三千人近い人数が動けばすぐに露見する。
たとえそれが辺境伯領以外の場所であっても、だ。
しかも目立つ獣人を連れていれば尚更だ。
もちろん逃げた後の暮らしは立ち行かなくなってしまう。
だからこそ『最後の保険』は絶対に必要だった。
俺が十五歳となり疫病が流行するまでの僅かな期間、そこが動けるチャンスだ。
「俺はしばらくの間、旅に出る」
「「「えええっ」」」
アリスとマリー、そしてシェリエは大きな声を上げた。
「ははは、といっても夜はゲートを繋ぐから皆には会えるし補給も受けられるからね。
一応目処は二十日間程度だけど……、俺は当分の間は四畳半暮らしさ」
「「「ヨジョウハン?」」」
そうか、皆には言っていなかったな。
ただ言っても四畳半って単位が分からないから無駄だし、そもそも今の広さは四畳半でもないしね。
「あの空間の中のことだよ。夜はその中で寝泊まりするし、万が一何かあれば連絡も受けられるし」
「なるほど、では夜に岩塩洞窟の出口で待っていれば、お兄さまと『お泊り』ができるんですね?」
「「あっ!」」
シェリエの言葉にアリスとマリーも反応していた。
いや……、まだ『お子様』のシェリエはともかくアリスやマリーは不味いぞ。
バイデルも頭を抱えているし……。
まぁ身内の中ではアリスはブラコン姉枠、シェリエはブラコン妹枠、マリーは恋人候補枠で認知されちゃってるけど……。
俺はまだこの世界では未成年だからね。
その言い訳もあと一年しか使えないけどさ。
「えっと……、フェリスは連れていく予定だからさ」
「「「ズルいっ!」」」
「いや……、フェリスは神獣だしさ」
「女の子じゃん!」
「女の子だよねー」
「女の子ですわ!」
いや……、そんなところで対抗しなくても。
その後は緊張感の欠けた、ちょっとグダグダになった会議を強引に終えた。
そして翌日から三日間、俺はアスラに移動して当面の輸送品を全て搬入出することに付き合った。
もちろんその傍ら、商会長をアスラに移動させて。
そして全てをやり遂げたあとフォーレに戻った。
戻った翌日、俺とフェリスは魔の森深部の更に奥、まだ見ぬ最深部に向けて旅立った。
未来に繋がる出口、まだ見ぬ新しい土地を求めて……。
いつも応援ありがとうございます。
次回は11/21に『魔の森最深部での出会い』をお届けします。
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