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ep117 変わりゆく世界

全軍を挙げての出丸の構築に動き出してから八日が過ぎようとしていた。

予定ではこの日を経て作業は第二フェーズに移るよう計画していたが、進捗は極めて順調だった。


四日目で左の出丸を囲う堀は完成し、残り四日で囲われた中の整地や基本的な土壁で囲うことが出来た。

ここからは七つの部隊で作業を分担して整備を進めていた。


◇ 第二フェーズ作業一日目


先ずは八日間で左の出丸を最低限、安全が確保された状態にする作業から着手していた。


外周警備 ▷ ヴァーリー指揮下の部隊が周辺を巡回し、作業全体の安全を確保

内部掃討 ▷ アーガス指揮下の部隊が土壁で囲った中の掃討を進め、土壁の内側を安全確保

警備部隊 ▷ カール指揮下の部隊がそれぞれ作業に当たる魔法士を個別に護衛

岩山掘削 ▷ 地属性天威魔法を使える地魔法士たちが内部の岩山を削り、外壁の礎石を作る

人足部隊 ▷ 獣人を基軸とする自警団が、削りだされた礎石を外壁とすべく輸送

外周掘削 ▷ 地属性地威魔法を使える魔法士たちが、暫定の堀をより深くより幅広に拡張

支援部隊 ▷ 主にヒト種の自警団と応援要員が壁の内側で各種支援作業を行う


この段階になって、ガモラとゴモラ率いる自警団も後詰ではなく、左に構築された砦の内部に移動し、輸送や土木工事、各隊の食事や給水所の運営などに従事している。

街からの応援も含め、この段階で稼働人員は総勢で千五百名にまでなっていた。


もちろんその中には、アリスやマリーなどの文官も参加し、主に作業指揮を担当していた。

それ以外にも平素は食堂等で働いている女性たちが、食事面の支援作業で二人の指揮下に入っている。


強固な外壁は、あらかじめ囲いの中に取り込んでいた岩山を削り、現地で岩石を調達する。

掘削された岩石は力自慢の獣人たちの人足部隊が輸送し、外壁の一番外側を囲うように積み上げ、その内側に堀を掘削した際の土砂を流し込んで固めていく作業が進んでいた。


更に堀は、暫定で堀った深さ5m、幅15mののものから、深さ10m、幅15mに掘り広げ、そこから出た土砂は岩石で囲った城壁に流し込む作業が進められていた。

これで囲いとして用意した岩石と合わせ、計算上は幅8m×高さ20mの外壁が構築できると考えている。


マリーは支援部隊の食糧班を率いており、千五百名にも及ぶ参加人員の食事を用意するため、臨時の食事会場で指揮を執っている。


アリスは囲いの中に設けられた設営本部に常駐し、必要な物資の差配、掘削と埋め立てなどの進捗を把握しつつ、輸送部隊への指示を行っていた。


俺は全体統括……、と言っても不測の事態に対応するだけで、正直言って作業が始まってしまえば手持無沙汰だったため、設営本部の様子を見に行った。



「アリス、どんな感じ?」


本部の中はあちらこちらに紙が張り出され、中央の机には左側の出丸を描いた大きな地図と、その上に小さな積み木のような木片が幾つも並べられ、作業の進捗を示しているようだった。


「もう目が回りそうに忙しかったわ。言っている側から情報が更新されていくし、堀の様子と岩場の掘削の様子を見て人の配置を動かさなきゃならないし……」


だがそう言ったあと、大きく息を吐いた。


「今は人足部隊が食事休憩に入ったから、多分マリーの方が戦場になっていると思うわ。

私はちょっと落ち着いたところ」


「大変な仕事を任せてゴメン、ならアリスも食事を……」


「マリーが落ち着いたら持って来てくれるって。

師匠バイデルからはこれも良い経験だから自分たちでやり切りなさいって言われてるもの。だから大丈夫」


「そっか、参加している人数が人数だもんな」


「でも凄いよね……、街に住む半分近くの人たちがここに居る感じよね?」


「まぁ……、一応軍や自警団以外は志願制にして動員したんだけどさ、必要だった人員はほぼ全員が志願してくれたからね」


「ふふふ、当り前よ。この街は特別だもの。誰もがリームに感謝しているから、恩返しだって張り切っているわ。それにマリーが事前に周知してくれていたからね」


「ん? 何を周知したんだい?」


「今回の出丸工事は、自分たちの食糧を確保し、フォーレを更に安全な街にするための大事な作業だって。

そしたらみんな、仕事を休みにして参加してくれたわ」


どおりで集まりが凄いと思った。

そんな裏があったのか……。


「どうせリームは『金貨の力で解決しようとする』だろうって、ね。

でも自分たちのためなら、金貨なんていらないんだよ」


ハハハ、マリーに見透かされていたか。


「なので補佐官として、今回は大盤振る舞いを認められません。十分な食事とお酒だけで大丈夫よ。

街のみんなも、アスラと交易できるようになって生活も十分に成り立っているからね」


確かにそうだな。


今やアスラール商会の拠点であるアスラでは、直営店を通じてフォーレの産品を大量に卸して販売している。

そもそも街の規模でもアスラはトゥーレを遥かに凌いでいるしね。

トゥーレやモズの拠点を失ったのは痛いが、アスラを得たことで十分にお釣りが来ている。


「ところでさ、この二つの砦には名前があるの?」


「えっと……、木花咲耶コノハナサクヤ? 

俺が知っている美しい女神の名前だけど……。

ヒト種と獣人が共に安心して暮らせる美しい街、そんな思いを込めたんだけどどうかな?」


思わず俺が言ったのは、日本神話のなかでも最も美しいとされている女神の名前だった。

俺はこの開発の初日の夕方、かつてはいがみ合っていたヒト種と獣人が肩を組んで酒を飲んでいる姿を見て、それがとても美しい光景だと思ったんだよね。


「じゃあ……、ここが木花コノハナで向こうが咲耶サクヤかな? いいと思うよ」


そう笑ったアリスは、早速広げられている図面にコノハナと書き記していた。

そして……、その日のうちに彼女の差配で新しい出丸の名前がいつの間にか周知のものとなっていた。



◇ 作業八日目



この大動員による建設作業は、第二フェーズとして八日間を限定して行っている。

正直言って完成まで半年やそこらで終わる作業ではない。


よくよく考えてみれば、外壁の一番外側を構成する石材ですら幅1m高さ50cmのもので換算すると最低16万個、外側と内側に並べるから倍の32万個必要になってくるし……、そんなの短期間で絶対に無理だ。


この八日間で取り合えず一番下の部分だけ、ぐるっと一周させる四千個の石材を並べ、あとはできる範囲で積み増し、未完成部分は地魔法で土壁を固めるだけで第二フェーズの作業は完了することとしていた。


そこから先は長い目で対応していくしかない。

取り合えず魔物が侵入できない安全な百ヘクタールの農地兼牧草地を確保し、それが完成すれば次に右側の咲耶サクヤの造成に入る。


先は長いな……。

領地開拓って言葉では簡単だけど、実は全然簡単じゃないし。

地魔法のチートがあってもこれだからね。


それに増え続ける人口を自給自足で賄うには、まだまだ農地は足らない。

はっきり言って全然追いついていない。

まだすべきことは山積している。


俺は第二フェースの作業最終日に、これからの未来のことを考え始めていた。



今後すべき課題は大きく五点


ひとつ、食料事情改善のため、木花コノハナ咲耶サクヤを完成させること。

ひとつ、フォーレ近郊を探索し、鉱山資源や木材資源を現地調達できるようにすること。

ひとつ、前段を可能にするため、魔法士と戦闘部隊を融合させて練度を挙げていくこと。

ひとつ、新理論に基づいた魔法士発掘を加速させ、少なくとも百名規模とすること。

ひとつ、安定収益を上げるため、更なる産業育成を強化すること。


今やルセルは勢力を伸ばし、歴史通りなら八年後にはガーディア辺境伯となる。

だがそれは『遅くとも』であって前倒ししてくる可能性もあるし、フォーレに触手を伸ばしてくるのはそれよりもっと前だ。


ここで俺は改めてこの先の歴史、一部は既に変わってしまった流れを整理してみた。

奴はかつて俺が『十二の偉業』と呼ばれたものは、似て非なる『十二の英断』と人々から称賛される改革となって押し進められ、奴はその多くを既に達成している。


~ルセルの英断と評されているもの~


①疫病対策(エンゲル草の確保)

②救民施策(獣人を除く)

③活版印刷(紙の製造を含む)

④食料事情改善(情報の解禁)

⑤産業振興(金山や新規開拓地)

⑥教会及び孤児院改革(孤児院の解体)

⑦強兵施策(進行中)

⑧獣人制圧(※融和とは異なる)

⑨教育改革

⑩反乱鎮圧と三男の擁立(新規領地加増)

⑪弊害だった貧民街と裏町の一掃

⑫魔の森制圧(進行中)


奴が行っていないもの、『十二の偉業』と大きく異なるのは、獣人の融和及び戦力化と施療院の設置、税制の改革ぐらいだ。

また教会とは協調するというより支配下に置き、着々と魔法士を獲得すべく動いている。



そしてこの先の歴史を、思いつく限りを書き並べてみた。取り敢えず二十歳の時点まで。

今はそこまででいいだろう。

もちろんその中で、既に対処住みや変わってしまった歴史は※として。


~この先の歴史(本来の流れ)~


十五歳時点

・領都ガデルで疫病が発生

・ルセルの介入により疫病は収束

・疫病収束の手腕によりトゥーレへの移住者が爆増

※次兄の死亡

※シェリエの仲間加入


十六歳時点

※疫病収束の功績により男爵へ叙任される

※男爵叙任と疫病対応で長兄との不和


十七歳時点

・アリスとの出会い(死別)

※巡検使の到来と三男の追放

※ヴァーリーの加入

※里の獣人との同盟

※獣人戦士団の設立

※ザガード討伐

※アーガスの仲間加入(軽騎兵部隊の設立)

・魔の森への本格的進出開始


十八歳時点

※クルトと共に教会と孤児院を改革

※無償で学べる学校の設立

※餓狼の里との対立


十九歳時点

※教会の儀式を無償化と魔法士の急増

※ブルグより命を受けて餓狼の里討伐

・フェルナを救い仲間に加入


二十歳時点

・魔法兵団設立

・魔の森への開拓が加速



改めて書き記したメモを見て……、俺は大きなため息を吐いた。


「ってか、ここから先はほぼ全てが変わっているじゃん」


そう言ったあと、改めて俺の目はある部分で止まった。

いや、そんな……、まさか?


「くそっ! また俺は迂闊だった……」


ここに来て改めて、奴の恐ろしさが身に染みた。


来年発生する予定の疫病で、もし奴が動かなかったら……。

領都ガデルに疫病が蔓延し、万が一にでも三男レイキー、今は辺境伯ブルグとなった奴が命を落とせば……。


内乱では功を立て、その功績を誇らず身を引いたルセルは、今度は誰に後ろ指刺されることなく辺境伯に推されるではないか!

おそらく家中は全会一致で……。


奴はそれを見越して前回は身を引いていた?

だとしたら……。


俺は変わりゆく世界、奴の悪意が描いた通りに進む未来に戦慄した。

辺境伯となった奴は、これまでと比較にならない武力で以て魔の森を蹂躙してくる!

それも俺が想定したより数年早く!


魔法士たちを仲間に加え、一歩先んじたと考えていた俺の慢心は一気に打ち砕かれた。

いつも応援ありがとうございます。

次回は11/18に『未来に繋がる出口』をお届けします。


評価やブックマークをいただいた方、いつもリアクションをいただける皆さま、本当にありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いします。

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