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ep115 それぞれの特別訓練

魔法兵団の特別訓練も七日目を迎え、その頃になるとやっと基本動作の習得は落ち着き、暴発事故なども無くなってきた。

だが……、ここからが本格的な訓練の本番となる。


ただそれをフォーレの囲いの中でやってしまうと色々と問題もあり、下手をすれば事故にもなりかねないため、ここからは対応を変えた。


因みにアリスとマリー、レノアらは基礎を学び終え、暴漢や下位の魔物程度なら自身の身を守るまでになったので、今は集中訓練を離れて政務に戻ってもらっている。

あとは定期的に魔法兵団の訓練に一時参加してもらい、練度の維持向上を図ってもらうだけだ。


そして魔法兵団に在籍する者たちで地魔法を使える者たちは、特別メニューとして土木工事に勤しんでもらっている。

といってもまだ、本格的に工事を進める上での練習段階だけどね。


その他の者はカール指揮下の部隊と共に、対魔物戦闘の演習や連携を繰り返し訓練してもらっている。

これができるようになれば、ゆくゆくはヴァーリー指揮下の精鋭獣人部隊との連携も視野に入れている。


そうなれば、これまでより格段に安全を確保した状態で、魔の森深部に進出できるようになる。

かつて俺が、トゥーレからフォーレを目指したように……。



そしてシェリエは……、現在俺と二人、いや、フェリスを交えて三者で絶賛特訓中だ。

そのため俺は敢えて彼女をフォーレの外、危険な魔の森深部にまで連れ出し、実戦さながらの訓練を行なっている。


「遅いっ! 風魔法は常に準備した上で、いつでも無詠唱で発動できるようにするんだ!」


「はいっ!」


「逃げるために発動した風魔法で自身がダメージを受けてどうする? 防御の風壁を並行発動して身をかばうことを忘れるな!」


「はいっ!」


「最大火力の魔法を放つのは安全を確保してからだ! 詠唱中に攻撃されたらひとたまりもないぞっ!」


「申し訳ありませんっ!」


この時ばかりは俺も心を押し殺して鬼になった。

シェリエも歯を食いしばり、俺の無茶に付いてきてくれているが……。

初日の訓練はそろそろ限界かな?


「ここで一旦休憩、だけど周囲の警戒は怠らないように! 見えない敵がいることを常に意識しろ!」


「は…、い」


はぁはぁと荒い息を吐きながら、悔しそうな表情を浮かべたシェリエは、既に限界まで頑張っていた。

そして俺は彼女の隣に座ると、彼女の頭を撫でた。


中身の思考は大人並み、とは言えベースはまだ十一歳の少女だからね。

かなり無茶な特訓だとは理解している。


「シェリエは凄く頑張っているし優秀だよ。俺はもっと大変だったし、全然上手くできなかった。

だけどここは、深淵種さえ出くわす可能性のある場所だ。俺の不在中はシェリエに皆を守ってもらいたいからね」


「はい、私も魔法士になって初めて、お兄さまの凄さが分かるようになりました。

そして、改めて自分の理論に自信を持ちました」


そう言って彼女は嬉しそうに笑ったが、おそらくそれは彼女が現在構築中の、魔法の階位レベルと威力に関わる考察だろうな。


正直言って階位なら、風魔法・雷魔法で彼女は俺より上、火魔法は同等だ。

だけど習熟度、身体に染み付いた練度と使いこなした経験がまるで違う。

そのため戦闘でも、本来なら階位が上の彼女でも俺には全く手も足も出ない。


俺の場合ちょっとチートだけどね。

ルセルとしての十四年の経験とリームとしての経験が六年ある。

そんな状態ですら最初は身体が馴染んでおらず、知識を身に行き渡らせるまでには時間が掛かっていたしさ。


「本当のことを言うとね、俺もフォーレに来たばかりのころや、上位種の魔石を集め始めたころは魔物と戦って何度も死にかけたんだよね」


「まぁ、お兄さまでも?」


シェリエは驚いた表情で口を大きく開けて俺を見据えていた。

だが深部は決して甘い世界ではなく、日々強者たちが命を懸けた生存競争が行われている場所だ。


「そうだよ、当初は上位種だって手こずった。まして深淵種は今でもまともに戦うと負けるかもしれない。

勝てたのは相手を見極めて知恵を使った結果だよ」


俺自身もフェリスと出会って以降、共に遠征に出たときに一度だけ深淵種と出くわしていた。

あれもフェリスと連携してうまく戦ったからこそ勝てたけど、俺はまだその程度の存在でしかないからね。


「それにいずれルセルは、魔の森を分け入りここまで進出してくるだろう」


「……」


奴の階位は二属性でシェリエと同格、二属性で優位であり、残る地属性はシェリエにはない。

そして……、全ての練度は今のシェリエより上だ。

階位では劣る俺でも、かろうじて経験と悪知恵で勝ることができる程度だと思う。


「奴の力は深淵種と同じと考えればいいだろう。

その日が来るまでには、シェリエは自身を守れるようになっていてもらいたいんだ」


「はい! 私は……、ルーデルお兄様を欺き死に追いやった、あの男を絶対に許しません。

そのためにはどんな辛いことも耐えるつもりです」


辛い過去を思い出したのか、シェリエは目に涙を浮かべながら歯を食いしばっていた。

そんな様子を見て、俺は再び彼女の頭を撫でた。


「シェリエは俺が守るよ。ただ俺が不在の時は、少しだけ持ちこたえて皆を守ってやってほしい。

魔法兵団の皆が力を発揮してくれれば、奴を遥かに凌ぐ力になるからね。

なので今は、辛い思いをさせて申し訳ないと思っている」


「いいえお兄さま、私は全然辛くないです。だって……。

お兄さまは、私とお母様の命を救ってくれました。

お兄さまは、私に未来と生きる希望を与えてくれました。

お兄さまは、私が望んでも叶わなかった力を与えてくれました。

私はそんなお兄さまをが、たまらないくらい大好きです!」


そう言ってシェリエは真っすぐに俺を見つめて来た。

そして可愛く片目を瞑り舌を出して笑った。


「この訓練の時はお兄さまと二人っきりになれるんですもの。辛い訳がないです。

私はアリスお姉さまやマリーお姉さまに負けないぐらい、お兄さまが大好きです」


いや……、それはマズいだろう。


当初こそ辺境伯家の出自であり根っからの貴族だったシェリエは、仲間の中で遠慮されて少し浮いた存在だった。

だけどアリスやマリーが積極的に話しかけて打ち解け、今や彼女たちは妹のようにシェリエを可愛がり、シェリエもまた姉のように慕っている。

その過程でどうやらアリスとはブラコン仲間、マリーとはリーム大好き仲間になってしまっていたようだ。


「なので私は『大好き』を止めないことにしました。たとえお兄さまにキモイと思われても……」


「いや……、兄として嬉しいし、シェリエをキモイなんて絶対に思わないよ」


なんかさ、ちょっと気まずい展開になってきたぞ。どうしよう……。

そう思った時だった。


これまで『無』になって存在を消していたフェリスが、突然俺たちの前に出ると前方に向かい低い唸り声を上げた。


「シェリエっ!」

「はいっ!」


俺の声と同時にシェリエ、そしてフェリスもその場を飛びのいて左右に散った。

その瞬間、恐ろしいまでの風圧の塊が俺たちの座っていた岩場を抉り、更に後ろの木々を薙ぎ払い、その後方にあった岩まで砕いた。


「!!!」


その威力に、俺の脳裏には過去の戦いが目に浮かんだ。

あのマダラ灰色熊の深淵種にも勝るとも劣らない攻撃……。


「シェリエ! おそらく奴は深淵種だ! 絶対に正面から攻撃を受けちゃダメだっ。反撃は手数重視の牽制を中心にし、基本的に逃げに徹して隙を窺え!」


「は、はいっ!」


三方に散った俺たちが見たものは……、巨大な獅子のような体躯、猛禽類のような嘴、そして背には翼を持った、まさにグリフォンのような魔物だった。


「羽に気を付けろ! 奴は飛べるかもしれない! 羽が動いたら風魔法が飛んでくるぞ!」


実際に大空を自由に飛翔できる魔物は存在しない。いや、少なくともフォーレの近隣には居ない、が正解だとは思うけど。


ただし、空を滑空するものや翼を使って十メートル程度なら飛び上がれる魔物はいる。

三次元的に動かれると不味いな……。

そんなことを考えると、奴の両翼が羽ばたいた。


「避けろっ!」


俺の叫びと同時に、俺とシェリエに向かって無数の風刃が飛来したが、シェリエは先ほど練習していた風魔法を駆使し、自身に風圧をぶつけて驚くべき速さで飛びのいた。


だが、吹き飛ぶ速度が速すぎて制御できないのか、大きく体勢を崩していた。


まずい!


彼女が飛んだ先に奴が第二射を放とうとしているのを見た俺はすぐに動いた。


「ファランクスッ!」


これは俺が勝手に命名した攻撃手段だが、無詠唱で放たれた無数の火・雷・地の三属性をもつ魔法の矢が交互に放たれ、まるで空中を移動する奴を撃墜するバルカン砲のように放たれ続け、奴の身体に叩き付けられた。


だが……、奴の身体に無数の矢が吸い込まれているにも関わらず、大きな変化は無かった。


「ちっ! マジかよ? 硬すぎるだろっ」


奴は攻撃で僅かに体制を崩したが、それだけだった。

今度は両翼から放たれた風刃が一斉に俺を襲った。


「ちっ」


あまりの飽和攻撃に今度は俺の方が避けきれず、かろうじて風壁で全方位を防御していたにも関わらず、壁を突き抜けた刃によって衣服が裂け、身体の各所に裂傷を負ってしまった。


「お兄さまっ!」

「構うなっ! 自身の守りに専念!」


悲鳴を上げたシェリエを制し、その後も風圧により変則的な動きで攻撃を避け続けた。

流血したことで俺が深手を負ったと思った奴は、とどめを刺すべく強烈な風圧の固まりを放ち始めた。


それを俺はひたすら躱し、俺に注意が向いた隙にシェリエは雨のごとく雷の矢を浴びせた。

そして再び奴の注意がシェリエに向いたとき、俺の身体はフェリスの放った光魔法に包まれた。


だが俺も回復を受けている最中に、無数の石弾を奴の羽だけを狙って向けて放っていた。


「大丈夫だ、俺のことは気にするな!」

「はいっ!」


俺自身フォーレ近くの狩場で深淵種と出会うなど想定していなかった。

岩塩洞窟に来たアビスクアール以外は、フォーレからかなり離れたより深部でしか出会ってない。

だから安全を考えてこの辺りで訓練していたのに……。


逃げることは考えていなかった。

深淵種である以上、背を見せれば魔法による攻撃を受け必ず敗退する。


「主に攻撃は俺とフェリスが行う! シェリエは隙を見て対応!」

「はいっ!」


そこからは基本的に攻撃を避けつつ、俺とフェリスでヒット&アウェイを繰り返した。

そして……、体感時間で二十分ほど経った。


翼へのカウンター攻撃が当たりバランスを崩した奴の飛行が乱れたその時……、満を持してシェリエが動いた。


天を衝く轟音と共に巨大な雷の槌(トールハンマー)が高速で空中を飛翔する奴に突き立つと、その衝撃で奴は地面に叩きつけられた。


「畳みかけろっ!」


衝撃だけでなく感電して身悶えする奴を俺が地魔法で大地に縫い付けると、俺の言葉に応じたシェリエは既に次の詠唱に入っていた。


「冥府の雷槍っ!」


詠唱の終わった彼女が、左右に広げた手を振り払った瞬間!

何十発もの青白く輝く凄まじい雷撃が、立て続けに奴の身体に容赦なく突き立った。


うわ……、半端ねぇ……。

そこら辺の上位種なら跡形もなく消えてしまうほどの強烈な攻撃だし。


その轟音が去ったのち、まるで周囲から音が消えたような静寂に包まれた。


「勝ったか?」


改めて見ると、大地に縫い付けられたグリフォンの首から上は完全に消滅していた。

同じ個所にあれだけの集中攻撃を受ければ……、そうなるよね。


「お兄さまっ!」


改めてシェリエが抱き着いてきた。


「ごめんなさい、ごめんなさい、私のせいで……、お兄さまに怪我を……」


そう言って泣きじゃくった。

俺は彼女の背中をポンポンと叩いて、優しく告げた。


「深淵種との戦いってさ、いつもこんなものだよ。何よりシェリエが無事で良かった。

そしてありがとう、助かったよ。ほら、俺も無事だからさ」


「でも、でも……」


最初の攻撃を受けて隙を作ってしまったこと、それを庇って俺が怪我したことを悔やんでいるのだろう。

だが今は安心している場合ではない。


「シェリエ、二つのことを覚えておいてくれるかい?

ひとつめは、深淵種は強いこと、だからこそ深淵なんだ。この先シェリエがどれだけ強くなっても、今日のことは忘れないでほしい。

そしてもうひとつ、戦いが終わった後が一番危険なんだ。勝っても油断しちゃだめだ。弱った勝者を狙い、他の魔物が襲ってくるのがこのタイミングだからね」


「はい……」


「見てごらん」


俺たちの五十メートルほど先では、既にフェリスと上位種が睨み合っていたが、俺もよく知る魔物であったためフェリスだけでも十分対処できると思って敢えて任せていたんだよね。


そして予想通り、一瞬で上位種の首は落とされて勝負はついた。


「そんな……」


「ここはそういう場所だ。戦いの最中も周囲への警戒を忘れないこと。勝ったあとは負傷者のことより先ずは周辺の警戒と次の戦いに備えること。

分かったかい?」


「はい……、分かりました」


小さな声でそう言うと、シェリエは恥いるように俯いた。



まぁ色々あったけど、今日は十分な収穫といえるかな?


シェリエは不意打ちの恐ろしさ、深淵種の恐ろしさ、勝利した後の恐ろしさ、この三つを身を以て知ったのだから。


彼女もフェリスが気付いてくれなければ、最初の一撃でやられていたことは理解したと思う。

まぁ……、俺もシェリエの『大好き』攻撃に動揺していたので周囲への警戒がおなざりになり、不意打ちを受けてしまったんだけどね。


そしてもうひとつの収穫は、シェリエが深淵種の討伐に成功した実績と彼女の自信だ。

苦い思いと共に、成功体験を積み上げていくことも大事だからね。

俺は満足して討伐した二体の魔物を四畳半に収容すると、フォーレへの帰路についた。



この日シェリエは初めて魔物を討伐し、しかもそれが深淵種という箔まで付くとことになった。

それによりシェリエは、魔法兵団の団長として誰もが認める存在となったのは言うまでもない。


この一件が、俺がルセルであった二度目の世界で『爆炎の魔女』と異名を取って敵軍から恐れられた彼女が、三度目の世界では『雷帝』と称されて恐れられることの始まりだったと言われている。



◇◇◇



この一件の後、迂闊にも全身が切り刻まれた服のままフォーレに戻ったリームは、それを見たアリスとマリーからこっぴどく叱責されたという。


いつもなら彼の身を按じて怒る二人だったが、今回は少し事情が異なっていた。

まだ幼く習熟も至ってない妹を、敢えて危険な場所に連れて行き死線をくぐらせたことに対し二人は怒っていた。


やむを得ない事情があるとは知りつつ、リームですら命の危険があった状況に妹を巻き込んだことを責め、反省を促すよう厳しい言葉で叱責した。


そして……、その事を聞きつけたシェリエが駆けつけ、泣きながらリームが二人に叱責される場に割って入るまで、彼は延々と針の筵に座らされた状態であったという。

いつも応援ありがとうございます。

次回は11/12に『第二次開発』をお届けします。


評価やブックマークをいただいた方、いつもリアクションをいただける皆さま、本当にありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いします。

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