ep112 驚くべき結果
俺とクルト、商会長を交えた秘密の会談のあと、直ちに商会長は動き出した。
その動きはもう電光石火の所業、そう言っても差し支えないほどに。
それは……。
その日のうちに商会長は、かつてリームという名の少年を引き取った高位貴族の名代として、喜捨を持って教会を訪れた。
もちろん窮乏している教会は商会長の来訪を歓迎し、手厚くもてなした。
その席で昨今、トゥーレでは聖なる女性(修道女)が娼館に引き取られている噂を聞いたことを話し、依頼人が強い関心を抱いていることを告げた。
もちろん、商会が引き取ることができれば十分な対価を以て迎え入れることを匂わせて……。
教会としては飛びつきたい話だが、既に候補者は受け入れ先が決まっている話を聞くと、自ら交渉の代理人を名乗り出て、たちどころに娼館側とも話をまとめてしまった。
もちろん双方には十分な対価を支払って、だけど。
まるで近江商人の『三方よし』のごとく、教会・娼館・依頼主(アスラール商会)が満足する形で話をまとめ上げると、三日目の刻限にはイシスを迎える馬車を教会前に横付けしていた。
そして彼女を教会から迎え、王都に向かう馬車の車中……。
「イシスさん、不安な気持ちや道半ばでこういう形になったことで無念な気持ちは分かる。
だが安心してほしい」
そう言うと、悲嘆な顔をして俯いていた彼女に笑顔で語りかけた。
「今までは言えなかったが、俺はクルスの符丁を知る者で、今回のことは君を救うためにリーム殿やクルト殿から依頼を受けて動いているからね」
「えっ?」
イシスは驚いた様子で、ずっと俯いていた顔を上げた。
瞳には涙を滲ませながら……。
「この馬車は体裁を装うため、一旦アスラまで向かいしばらく滞在するが、その後はフォーレに案内する。
そこではリーム殿を始めマリー嬢ちゃんやアリス嬢ちゃんも貴方を待っている。
これからは人として真っ当に生きていける暮らしを送れるようになるさ」
「それは……、本当なんですか? そんな、そんなことが……」
イシスは信じられないかのような表情で言葉を繰り返していた。
自身の境遇に絶望していた彼女は、ここに至ってもなお自分にも明るい未来があることを理解した。
「ああ、クルト殿からの知らせを受け、俺たちが動いてきた。もう遠慮することはない」
「私……、私は……、本当に、ありがとうございます!」
そう言ってイシスは、まるで張りつめていたものが切れたように泣き続けた。
これまでと違い、嬉しさのあまり流す涙とともに……。
◇◇◇ フォーレ
商会長がイシスを迎えて一週間後、俺はアスラに飛んでゲートを開きイシスをフォーレに迎えた。
「「イシスお姉ちゃん!」」
フォーレ側の出口では、待ち受けていたマリーやアリスが涙を流しあいながらイシスと抱き合い、三人とも喜びをかみしめているようだった。
「ふふふ、マリーもアリスも、すっかり大きくなったのね。本当にびっくりしたわ。
私の知らない間にこんなにも……」
いつもは大人として振舞っている彼女たちも、まるであの頃に戻ったかのようにイシスに抱き着いたまま泣き続けていた。
なんか、懐かしいな……。
クルトが卒業したあと、俺たちがカールを班長として六人の特別採集班で行動していたのは今から六年前、八歳の時だ。
その後にマリーも仲間に加わり、イシスを始めとする何人かは卒業してメンバーは入れ替わっていったけど……。
ちょっとした思い出に浸りながら、その日は元特別採集班の皆とマリーに集まってもらい、イシスを歓迎するためのささやかな宴会を開いた。
イシス自身は、彼女が卒業してからずっと教会の中にいたため、時が止まっていたように感じたのだろう。
成長した皆の変化には驚き放しだった。
そして歓迎会が落ちついたころ……。
「私はクルトから常々言われていました。リームさんがフォーレで儀式が行える日をずっと待ち望まれていたと。なので明日から早速準備に入り、三日後には準備を完了するようにいたしますが……」
「ああ、そうだったね。俺も早いほうが嬉しいけど、準備に必要なものは何でも言ってほしい。
一応クルトから聞いていた、必要な物は全て揃っているよ」
「魔石に……、特別な羊皮紙も、ですか?」
「そうだよ、あの羊皮紙はクルトが取り敢えず二十枚ほど預けてくれているし、魔石なら今は上位種が全属性、深淵種なら水以外は全部揃っているからさ」
「……」
そう、積極的に集め始めてから三年、当時は深淵種で足らなかった火と水のうち、火は手に入れていた。
上位種については、虎狼の里で難題だった水を得て、その後は闇と光も手に入れている。
なので俺たちの準備は整っているが……。
あれ?
何故かイシスが固まっているけど、どうかしたか?
「あの……、今、上位種は全属性って聞こえたんですけど。それに深淵種って……、聞き間違いですよね?」
「あれ? クルトから聞いていなかった? 聞き間違いじゃないよ」
「聞いてませんっ!」
そういえば……、『強力な力を持つ魔石は順調に揃っている』としか言ってなかったっけ?
『強力』の基準も人によって受け取り方が違うか?
「取り急ぎ『儀式』を行ってほしい候補者は全部で十二人かなぁ。あとはおいおい『羊皮紙』の集まり具合をみてからにしようかな?」
もちろんその筆頭はシェリエだ!
そして商会長に依頼していた十二名の囲い込みも順調に進み、今や彼女の副官だった五名は全員、俺の指定した七名のうち六名まで確定できている。
「はい……、承知しました。あの頃からリームさんは凄い方だと思ってましたけど、今は桁違いであることが改めて実感させられました」
いや……、イシスさん?
俺を何か特別な恐ろしい『イキモノ』でも見るかのような目で見ないでくれますか?
ちょと傷付くぞ。こう見えて意外と繊細なんだし……。
そうしているうちにイシスは大きなため息を吐いた。
「クルトから聞いていたフォーレの街もそうですが、どうやら私は狭い世界(教会)で生きてきた常識を捨てなければならないと分かりました。
トゥーレでは中位種の魔石すら希少品でしたからね」
「……」
そうだよね、いきなり言われたら……、そうなるよね。
「うふふふ、リームは、小っちゃい時からずっと……、とっても凄かったんだよぉー。
わたしー、知ってるもんねー」
「だよねー、女の子にしたら凄く可愛いのにさー、最近は時々凄く男らしくて恰好いいんだよぅ。だからぁ、好き……」
おいっ! アリスにマリー、祝いの席だからって飲み過ぎだろっ!
しかもマリー、あの時以外は女装していないぞ! あれから何度かせがまれたけど断固拒否したし。
ってか、最後にぼそっと小声で不穏な言葉も……。
まぁ……、好意は素直に嬉しいんだけどさ。ここは皆が居るし……。
この場で未成年なのは俺だけ、そのため俺は一応だけど乾杯以外は酒を飲んでいない。
成人した皆は商会長の影響か、俺の周囲の人間も適度に酒は嗜むようになっているけどさ、二人はよほど嬉しかったのか、どうやら平素のペースを遥かに超える飲みっぷりだったようだ。
「あははは、確かに貴方たちのこんな姿、あの頃からは想像すらできなかったわ」
酔っ払ってまとわりついてくる二人を、俺が必死になって窘めている様子を見て、イシスは心から大笑いしていた。
◇◇◇ 三日後 フォーレにて
この日、やっと念願だった『儀式』がイシスの参加によって初めてフォーレで行われた。
見守っていたのは俺とアリスにマリー、イシスの前に並んでいたのはシェリエを先頭に十二人。
仮設ではあるものの、この日のために用意された神殿の空気はピンと張りつめ、誰もが緊張しながら成り行きを見守っていた。
俺たちの目の前には、イシスが整えた祭壇と何やら八芒星の形をした魔法陣っぽい模様が描かれた場所があり、その中心に緊張した顔のシェリエが立った。
八芒星の文様をしたそれぞれの角には深淵種が七つと上位種が一つ、計八つの魔石が置かれていた。
そして設けられた祭壇にイシスが一礼した後、シェリエに向き直って羊皮紙に手をかざしたイシスが何かを唱え始めた。
「数多の神々、女神に請願いたします。今ここに……」
唱え始めたイシスの手とスクロールが光を放ち始めると、共鳴するように四つの魔石が光を放ち始め、やがてそれはシェリエの身体に吸い込まれて……。
あれ? 四つだと? どういうことだ?
目を閉じてじっとしていたシェリエが、突然目を見開いて一瞬だけ戸惑ったのち、満足気に笑った。
そしてそのあと、不敵な笑みへと変わった。
ははは、自覚したな? 自身に魔法適性があり魔法士となったことに。
「神々の恩寵により新たに使徒となった者に祝福を示し、その証をここに……」
イシスが再び何かを唱えると、再びスクロールが光を放って何かが刻み込まれているような……。
「シェリエさん、おめでとうございます。これで貴方は今日より魔法士となりました。
恩寵を与えていただいた神々に感謝し、今日から貴方は……、え? うそ、そんな……、あり得ない」
そこでイシスは驚いた表情でスクロールを見つめて、言葉を一瞬詰まらせた。
「し、失礼しました。今日より貴方は……、雷及び風属性のし……、神威魔法、火属性の天威魔法、水属性の地威魔法を操る、四属性として新たな道を歩むことになります」
『えええええええっ!』
俺はなんとか驚きの声を抑えるのに必死だった。
かつては『爆炎の魔女』と呼ばれた三属性のシェリエが、今や四属性となり、しかも雷と風属性はこの世界でも類を見ないとまで言われた、神威魔法の階位なんだから……。
驚くなって言うほうが無理でしょ!
呆然となり、過去と今を照らし合わせて戸惑っていた俺は、突然物理的な何かの衝撃を受けた。
我に返って見ると、シェリエが思いっきり抱き着いてきていた。
「お兄さま! お兄さま! すっごく嬉しいですっ! やっと私、お兄さまの仲間になれました!」
「はははっ、凄いじゃないか。俺もびっくりし過ぎて呆然となったよ」
「これでお兄さまの役に立てます! 大好きなお兄さまの夢を支えていくことができますっ!」
よく見るとシェリエは笑いながら泣いていた。
俺は彼女の頭を撫でながら、喜ぶ妹に笑いかけた。
「伝説にしかない四属性なんて凄いじゃないか。おめでとう」
「でも……、お兄さまやあの男に適わなかったのは、ちょっぴり残念ですけど……」
でもそれは無理な話だ。俺と奴はそもそもチートなんだし。
それを除外すれば、シェリエは本当に凄い存在だからね。
「コホン」
あ、しまった……。
驚きと喜びに溢れるシェリエに釣られ、俺たちは完全に二人の世界に入っていた。
教えてくれたアリス以外は、皆どう対応して良いのか分からず戸惑って固まっていたし……。
妹だからアリスもマリーも変な焼きもちは抱いていないのが救いだけどさ。
「じゃあシェリエ、俺たちもここで新たな仲間の誕生を見守ることにしよう」
「はい、お兄さま」
そして俺たちはその後も……。
かつての俺の記憶にはない、強力な力を備えた仲間たちの誕生を見続けることになった。
そして遂にこの日、俺たちは新たに十二名の魔法士を仲間に加えることになった!
いつも応援ありがとうございます。
次回は11/03に『新たな可能性』をお届けします。
評価やブックマークをいただいた方、いつもリアクションをいただける皆さま、本当にありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いします。




