ep106 業火に沈む町
深夜になっても専用区画から漏れ出る酒盛りの喧騒は収まることなく続いていた。
だが、貧民街に設けられた特別区画を取り囲む柵の周囲には、どこからともなく兵士たちが現れると大きな道路を挟んで一帯を取り囲み始めた。
その数は実に四百名!
その中には、今やルセルの懐刀となった二人の魔法士たちも含まれていた。
彼らはかつてリームが、獄炎のゴラム、雷獣のラルスと呼んだ者たちだった。
「お前たちは先に行け! 成功させたら昇進と金貨十枚の褒美だ。上手くやり遂げろよ」
そう言って指示する男の前には、ここ最近で召し抱えられた元流れ者の兵たちが並んでいた。
その数は二十名。
彼らは欲望に目を輝かせて、ひとり、またひとりと、目立たぬように柵の中に忍び込んでいった。
「ところでラルス、奴らは与えられた任務をどこまで知っているのだ?」
柵の中へと走り去る男たちの背を見つめながら、一人の男が先ほど指示を出していた僚友に向かって話しかけた。
ただその口元は歪み、まるで彼らを嘲笑っているかのようだった。
「途中迄は知っているさ、奴らが今回の獣退治では引き金を引くことになるからな。だからこそ口火を切ったのちは獣と一緒に死んでもらう」
「ははは、死人に口なしと言うことか?」
「その通りだ。本来なら兵士として採用されることのない屑共だが、使い捨てなら話は別だからな」
「はっはっは、哀れな奴らだな。死ぬことが任務とも知らずに」
「奴らも町の掃除に役立つんだ、本望だろうよ。自身も掃除される側の人間だとは知らずに、な」
二人がそんな話をしている間に、伝令が彼らに駆け寄ってきた。
「獣人掃討作戦の指揮官殿にご報告します!
各部隊の兵士は所定の配置に着きました。反乱を起こした不逞な獣人共の残党を討伐する準備、全て整っております!」
皮肉なことにルセルは、ゴロツキと獣人を討伐する汚れ仕事を、この二人のゴロツキに与えていた。
自らの手は汚さず、いつでも切り捨てれるように。
彼らに指揮を任せた理由はもうひとつあった。
それは……、彼らなら一般の指揮官が躊躇するような非道なことも、何の躊躇いもなくむしろ嬉々として取り組むと分かっていたからだ。
「合図送れっ!」
その言葉と同時に、獣人街の特別区画と呼ばれた一帯を取り巻く道路には一斉に篝火が灯され、柵の向こう側まで煌々と照らしだした。
それを見た指揮官の二人は、残忍な笑みを浮かべると共に手を振り下ろした。
「作戦開始っ! 先ずは中の獣人たちを救うため、警告を発しろ!」
兵士たちは所定の作戦手順に従い動き始めた。
もちろん彼らは、当初は言葉通り救出作戦と伝えられていた。
それが殲滅作戦であるとは知らずに……。
そして……、殺戮の夜が始まる。
◇ 専用区画 リーム
「報告ですっ! どうやら柵の向こう側に不穏な動きがあります。どうやら相当数の兵が潜んでいる模様っ」
「報告っ! 夜闇に紛れて密かに柵を越えて来た者たちがいますっ! その数、およそ二十名っ!」
「奴ら、遂に正体を表しました! 柵の外周に篝火が焚かれ、兵たちが臨戦体制を取っております。その数……、およそ四百!」
各所から矢継ぎ早に報告が入り、状況は刻々と悪化しているのがよく分かった。
「ガルフ、やっぱり来たね。待ち兼ねていたよ」
「各員、所定の行動に入れっ!」
そう指示を出してから、ガルフは向き直ると不敵な笑みを浮かべた。
「リーム殿に掛かれば絶体絶命のピンチもまるで、遠来の客を待っているかのようですな。
では、参りましょうか」
「いや、餓狼の里の時もそうだけどさ、かく言うガルフも笑ってるけど?」
「私もどなたかのせいで、本物の修羅場というものに慣れてしまったようですね。
ご本人は気付かれていないでしょうけど、修羅場ではいつも、ぞっとするような不敵な笑みを浮かべていらっしゃいますよ」
誰のことかな?
俺はそんな人を知らないけど……。
そんな会話をしながら移動している間に外が一層に騒がしくなった。
何やら大きな声で呼びかけているが……。
「不逞の反乱を企てた獣人共の残党に告ぐ、同胞を人質にして抵抗するとは不届千万! 諦めて仲間を解放し大人しく縛に付け!
また、反乱軍と共謀する盗賊共に告ぐ、お前たちは完全に包囲下にある。無駄な抵抗は止めよ!」
「……」
はいはい、筋書きの説明をありがとうございます。
反乱分子の残党と盗賊は人質を巻き添えにして無駄な抵抗を試み、共に壮絶な最後を迎える訳ですね?
なんともまぁ……、見えすいた演出だな。
「お前ら……、馬鹿か?」
思わず俺が言葉を放ったのは、包囲してわざとらしい警告を発する兵士たちではない。
むしろ警告を受けて、絶体絶命の立場にあるが者たちに、だ。
ルセルの軍が動き出し、俺は避難を促すためにゴロツキ共がたむろしている場所に来たが、外があれほど騒がしいのに彼らは未だに酒盛りをして騒いでいたからだ。
「あ? 威勢のいい小僧だな。後ろに獣を連れているからといって調子に乗るんじゃねぇぞ。痛い目に遭いたいのか?」
ゴロツキの一人はそう言って俺に凄んできた。
せっかくの酒盛りに水を差されたとでも思ったのか?
「やはりお前たちは大馬鹿者だな。外で兵士たちが『盗賊であるお前たち』に、何を言っているか理解しているのか? 間もなくこの場に居る全員が死ぬことになるぞ?」
「野郎っ! 俺たちを舐めるんじゃねぇぞ!」
「ふん、それじゃあ俺たちが返り討ちにしてやるよ」
「ちっ、折角の酒が不味くなるだろうが……」
はいはい、威勢だけはいいよな。
全く根拠のない威勢だけどね。ホント……、ますます助けようとは思わなくなるよな。
「頭が悪過ぎて話にならないな。この人数で四百名もの正規軍を相手にするのか? もちろん剣や弓などの武器は十分に整え、戦う準備はできているんだよな? 奴らはすぐに攻撃してくるぞ?」
「「「「……」」」」
半信半疑のようだったが、俺の言葉を受けて何人かの男は外の様子を見に出ていった。
「この場で死にたくない奴だけ、俺たちの案内について来てくれ。獣人たちが用意してくれた抜け穴を使って全員を安全な場所に逃してやるよ」
「野郎っ、ガキが偉そうに調子乗りやがって!」
「景気付けにやっちまえ!」
「その抜け道は使ってやるよ、だがお前は死ねっ」
イキリ立った三人が飛び掛かって来たが、すぐに奴らは盛大に吹き飛んだ。
因みに俺は何もしていない。
ガルフとレパル、ウルスの三人が一瞬で前に出ると、体当たりで奴らを吹き飛ばしたからだ。
「今更だけど言っておくぞ、ここの10人だけでお前ら全員を叩きのめせるからな。
俺は警告をしたし手も差し伸べた。後は生きるも死ぬもお前らの自由だし、俺たちも付き合ってはいられないからな」
「「「「小僧っ!」」」」
俺の言葉に全員が立ち上がった、その時だった。
先程外の様子を確認に出た男たちの一人が、血だらけになって転がり込んで来た。
「ダメだ、全部囲まれてるぞ! それに……、暗闇に潜んでいた奴らがいきなり矢を放って来やがった!
もう何人かは柵の中に潜んでいるらしく、他の奴らは全員やられちまった!」
ほらね、だから言ったじゃないか。
俺は無表情に聞き流していたが、騒然としていたゴロツキ共は予想外の事態に唖然として鎮まりかえっていた。
始まったな……。
そう思って俺は淡々とガルフたちに話し掛けた。
「先ずは女子供が先だ、取り敢えずトンネルに入れば攻撃はかわせるから誘導を頼む。俺は仕掛けを発動させてから……」
「おいっ! 敵討ちだっ、ついて来い!」
「囲んでいるなら一点を突破したのち、町に火を付けて回れっ。その隙に逃げるぞ!」
「「「「応っ! 皆殺しだぁっ!」」」」
俺の言葉が終わらないうちに、百人近いゴロツキたちは武器を取って動き出した。
「待てっ! 今外に出れば助からないぞ!」
そう言った俺の言葉を聞く耳すら持たず……。
獣人たちは黙々と周りに居た女子供たちや、飛び出して行かなかった男たちの誘導を始めていた。
◇ 専用区画の外
ルセルの密命を受けて展開していたゴラムとラルスは、目の前に展開された光景に口元を歪めて笑った。
「ははは、アイツら死にに来やがった」
特別区画の中からゴロツキ共が、自ら進んで襲いかかって来たのだから。
これで反撃の口実はつき、大義名分も成った。
「ありがとよっ!」
そう言って二人は、待ち兼ねていたかのように、雷撃と業火を放った。
「ぐがががががっ」
「うわぁっ! ひ、火がぁっ!」
「ひっいいいっ!」
雷撃はゴロツキたちが壊そうとしていた柵ごと薙ぎ払い、その後ろに続いた者たちに業火が降り注いだ。
僅か一瞬、それだけで打って出たゴロツキの半数近くが討たれ、残った者たちは腰を抜かして一目散に逃げ戻り始めた。
「ちっもう終わりかよ? さっさと本命を片付けるか?」
「待てラルス、次に捨て石とした奴らが動く。手筈を間違えるなよ」
ゴラムが間違えるなと言ったのは、もちろん次に狙う相手を意味していた。
「そうだったな。派手に葬ってやるか」
その言葉と同時に、柵の内側にある二箇所からは包囲した軍を目掛けて一斉に矢が放たれ始めた。
「申し上げます! 奴らが矢を!」
「暗闇の中にも賊が潜んでいる模様です!」
それを受けてラルスとゴラムは落ち着いて命を下した!
「全軍に伝えよ! 中から獣人の反乱軍残党と盗賊どもが攻撃して来た! 説得は諦めて総攻撃を開始しせよ!」
「いいか、奴らは全て領主様に刃向かい反乱を起こした大罪人、一人たりとも逃すことなく殲滅しろ!
一切の容赦なく、だぞ」
命を受けた伝来が一斉に攻撃開始を触れ回り始めたとき……。
「ゴラム!」
「ああ、潮時だな。これより盛大に焼き殺してやる」
醜悪な笑みを浮かべた二人は、それぞれ矢が放たれて来た場所に魔法攻撃を加え始めた。
「ま、待てっ! こっちじゃない!」
「やめろっ! 俺たちは味方っ……」
「な、ななな、何故だぁっ!」
双方からは不思議な悲鳴が上がったが、二人は攻撃の手を緩めることはなかった。
しかも更に攻撃の手を強めると、業火の雨と雷撃はゴロツキ共が逃げ込んだ先へと広がり、二人は左右に分かれて柵に沿って移動しながら魔法による攻撃を加え続けた。
それはまるで、獲物を周囲から内部へと追い込むかのように……。
同時に命令を受けた兵たちも、柵の向こう側に向けて火矢を放ち、いつしか専用区画の周囲は激しい炎を上げ、それは更に内側へと燃え広がりつつあった。
◇ 専用区画内 リーム
外に出た者たちが血相を変えて戻って来たのを確認した俺は、最後の仕上げに入った。
「ガルフ、残りの誘導を! 俺はトンネルに移動しつつ、仕掛けを発動させる」
そう言うと同時に予め定めた順番に走りながら、火属性天威魔法を開放して各所に炎を放って回った。
やがて外の魔法士が放つ魔法とは比べ物にならない業火が各所で巻き起こり、それが事前に置かれていた可燃物に引火し、全てを灰燼に消すべく猛威を振い始めた。
それらは建物の内部から発生した突風(風魔法)によって煽られ、特別区画全体を包むように一気に燃え広がっていった。
◇
この日トゥーレの貧民街で起こった火災は夜空を焦がしながら猛威を振るい、翌朝まで燃え続けた。
幸いにも貧民街の外縁は今後の工事に備えて建物が取り壊されており、不必要なまでの広い道路が取り囲んでいた。
そのお陰で火は他の部分に燃え広がることは無かったが、貧民街の中に潜んで居た賊たちは炎にまかれ運命を共にした。
彼らは投降を呼びかける兵を無視し、専用区画に滞在していた者たちを人質にして最後まで抵抗を続けたため、全てが焼け死んだと言われている。
余りにも火の勢いが強く、賊や犠牲者も亡骸を残すことなく、数カ所で僅かに炭化した骨片が残されていただけだった。
貧民街での一連の事態を知った領主は軍を率い、未だ残党が潜んでいる可能性がある裏町を急襲した。
それにより全ての賊が討伐されたが、裏町一帯もまた徹底的に破壊し尽された。
この日の夜、トゥーレに潜んだ賊は全て討伐され、町は安寧を取り戻すことになった。
彼らの根拠地となっていた貧民街と裏町は消滅し、そこに住まう人々は住処を追われた。
トゥーレに住まう領民たちの多くは犠牲者を憐れむと共に、町の安寧を損なう賊たちを憎んだ。
そして……、領主の身を切る『英断』に賞賛の声を上げた。
いつも応援ありがとうございます。
次回は10/16に『抱え込んだ火種』をお届けします。
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