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ep98 遅れてきた男(すくい)

ルセルに出遅れた俺は急ぎ領都ガデルに向けて走ったが、その効率はすこぶる悪かった。

なんせ街道は往来も多く、力を開放して進むこともできない。

なので急ぐ場合、街道や人が住む地域を迂回しながら進むしかなかったからだ。


そして日が傾きかけていたころにやっと領都ガデルに到着した時には……、全てが終わっていた。


「くそっ、これでは状況がわからないな。どうする?」


どちらの軍勢が分からないが、兵たちが街の鎮火や混乱の終息に当たっていたが、何が起こってどうなったか、それをうかがい知ることは出来なかった。


なので取り敢えず俺は裏路地に入ってゲートを開くと、商会長とバイデルをフォーレから呼び寄せた。


「リュミエールさま、これは一体……」


変わり果てた街の様子を見たバイデルは、思わず驚愕の声を上げた。


「俺も到着してみて訳が分からないんだよね。何らかの戦いがあったようだけど、既に決着が付いているみたいだし……。ガデルは俺も初めてだから要領を得なくて……」


それは事実であって事実ではない。

確かに俺は以前に(二度目の人生で)ガデルに住んでいた。


ただそれは何の力もない幼少期と、辺境伯となった後に住んでいたものであり、どちらも気軽に街に出る立場でもなく、その機会も無かった。


なので住んだ事がないのと同様に、俺にとっては親しみの少ない街だった。


「差し当たり我がアスラール商会の拠点に参りましょう。そこなら配下の者も駐在しており事情も分かるでしょうし、シェリエさまが保護されている場所も確認できます」


商会長の提案に従い、俺たちは街の店舗ではなく街外れに密かに設けられていた商会の拠点へと移動した。


「おおっ、リームさま、会長、バイデル様、お待ちしておりました」


そこに到着すると、俺も見知った顔である商会の支部長が俺たちを迎えてくれた。


「先ずは状況の確認だ。これはどういうことだ?

簡潔に報告を頼む」


「はい、実は……」


商会長の指示により、支部長これまでの推移と現状を説明してくれた。

対立していたはずの陣営の予想外の動きと、それにより本日の戦いが呆気なく決着したことが告げられた。


それは……、余りにも予想外の結果であり、驚愕のあまり俺は言葉を失っていた。


「そんなっ……、既にルーデル様は討たれたと!」


まずバイデルが苦悶の声を上げた。


「次代の辺境伯ブルグ三男レイキーが推されているだって?」


展開が早すぎて俺も理解が追い付いていない。


そもそもルセルが次兄討ったこともそうだし、三男レイキーをブルグに推すこと自体、あり得ない話に思えたからだ。


「はい、ルーデル様を討たれたルセル様は、レイキー様を後継者として推され、後ろ盾になると表明されております。街は今、辺境伯代理としてレイキー様が布告を出され、安定を取り戻しつつありますが……」


これには俺も自身の耳を疑わざるを得ない話だ。

過去を知る俺からすれば、それは最も取りたくない選択肢のはずだ。


三男のレイキーは、二度目の時にルセルを貶めるため巡検使としてトゥーレにやって来たが、結局最後は俺によって追い出された阿呆だ。


あの阿呆をルセルが支持するだと?

奴は本当にそれで良いと思っているのか?


「どうやら我々の想像以上にルセル様は将来を見越して動かれているようです。

我らが考えた工作は既に無用のものとなるでしょう」


そう言ってバイデルは大きなため息を吐いた。

どういうことだ?


「今回の件でルセル様がブルグとなることを望まれたなら、我らにも付け入る隙がありました。

それ以上に混乱に乗じて目先の利を追う方だと言われ、誹りを受けることもあったと思われます」


「なるほど、領主ルセルは単に目先の利を追う小物ではない、そういうことですな?

これで辺境伯の暗殺に関しても、真実はどうあれ彼は無関係であることを示した形になりますな」


そうか! 商会長の理論なら、もし一連の騒動でルセルが最も利を得ていれば、それが真犯人だという推測を呼ぶことにもなる。

まして、仲の良かった次兄を討ってまで利を得れば、手段を選ばない冷酷な男とも言われるだろう。


だが現実はどうだ?


辺境伯家を守るために私情を押し殺してまで『家』に尽くした忠臣、辺境伯家の守護者として家臣たちから絶大な支持を受けることになるだろう。

まして次代のブルグと推されているのはあの阿呆だ。放っておいても三男は家中で求心力を失って自滅するだろう。


その時になって奴が前に出てくれば……。


奴がこの先の歴史を知っているなら、今から九年後に起こることも知っているはず。

それに備えて、より大きくなった権限を背景に力を蓄える。

九年後に初めて、前回の俺のように大義名分を得てブルグとなる予定を立てていれば?


そう考えると俺は身震いした。


「では当面、俺たちは指を加えて様子を見るしかない。そういうことかな?」


「大枠はそうですが、これはリュミエールさまとして辺境伯家中に楔を打つ機会だと思います。

あの計画を実行に移す時かと思いますが?」


あれか……。今がそうなのか?

そろそろ隠れてばかりじゃ済まない、未来の布石のためリスクを取る時期に来ているのか?


「うん、詳細はバイデルの判断に任せるよ。最善と思える道を探ってほしい」


「はっ! それでは事前に手を打っておくため、これより予定通り王都に向かわせていただきます。

目的は……、当初の計画とは異なりますが」


「頼むね。俺はシェリエを保護してフォーレに、バイデルと商会長は予定通りこのまま王都に向かってもらうとしよう。ところでシェリエは?」


そう言って俺は支部長に確認した。


「はい、その件ならばガデルの郊外、男爵屋敷の近くに小さな町があります。そこに我らの商会が運営する宿屋があり、シェリエ様には身を隠していただいております」


「では二人は今から動いてもらうとして、その場所まで誰か案内を手配してもらえますか?」


「では私がご案内させていただきます」


支部長の返答で俺たちの議論は決し、そこからは当初の予定通り別行動に移ることになった。


だがその時、シェリエは俺の知らぬところで窮地に陥っていた。



◇◇◇



案内された俺がシェリエの隠れ家に到着したとき、そこにはシェリエの姿はなかった。


「どういうことだ! 確かにシェリエ様はこちらにいらっしゃっただろう!」


狼狽した支部長が隠れ家の者たちを問い詰めた。


「その……、一時はこちらにいらっしゃったのですが、兄君の敗戦を聞かれると母君をお連れすると仰って再び男爵屋敷に……」


「馬鹿な……、それをお前たちはみすみす許したのか! 何故その件を報告しなかったのだっ!」


まずいな……。シェリエの言い出したら聞かない性格は俺も知っている。

それにあの聡明さと性格だ、彼らでは押し留めることもできないだろう。

支部長は恐縮する配下たちに怒り心頭だが、今はそんな議論をしている場合ではない。


「では俺は急ぎ彼女を追って男爵屋敷に向かうよ。彼女は一人で向かったのかな?」


「目立たない馬車を一台、そして護衛の傭兵を五人ほど付けております」


「どれぐらい前に出た?」


「そろそろお戻りになるころだと思っておりましたので……」


なるほど、片道四十分として彼方の滞在を含めると今から二時間ぐらい前の話か……。

ならば俺一人の方が早いな。


「では支部長はここで指揮を執り更に情報を収集してもらえるかな。俺は彼女を回収したら先にフォーレに戻る場合もあるが、その時には男爵屋敷の庭に合図を残しておくよ」


この支部長もフォーレの開発では第一陣として参加しており、俺の意味する言葉を理解できるはずだ。

彼は何か言いたげな様子ではあったが、敢えてそれを無視して俺は男爵屋敷へと急いだ。


危険は承知しているが一人の方が早いし、身軽に動けるからね。



◇◇◇



俺たちが男爵屋敷と呼んだ屋敷は、もともと先代の辺境伯、俺にとっての父親がお忍びで人と会うために建てた別邸のひとつだ。

なので前回はルセルだった俺自身、そこを『逢引屋敷』と揶揄して呼んでいたこともあり、所在を知っていた。


事態は切迫しているので、俺は遠慮なく魔法の支援を借りて全力で街道を駆け抜け、男爵家屋敷へと急いだ。


が、しかし……。


到着した時点で既に男爵屋敷は炎に包まれ、その周囲を兵たちが取り囲んでいた。


「くそっ! 遅かったか……」


屋敷の周囲に居たのは兵たちだけではない。

遠巻きに近隣の領民たちが野次馬となって集まっていた。


「ちっ!」


俺は心の中で舌打ちせずにはいられなかった。

どうする……?


今の俺なら五芒星ペンタグラムの力で兵士たちを無理矢理押しのけ、水魔法を展開して炎の中に突入することもできる。

あまり目立つ行動は避けたかったが、彼女を救うためならやむを得ないか……。


そう決断した時だった。


「恐ろしいな……、お屋敷の皆様もみな……」

「いや、火をかけられる前に皆様は……」

「ここにいらしたレイキー様が自ら捕らえて……」


周りの野次馬から聞こえた声に、俺は反応した。


「あの……、僕は以前こちらでお世話になった者なんですが、お屋敷の皆様はどうなったのですか?」


「「「……」」」


話をしていた男たちは俺の質問に押し黙り、意味ありげな視線で俺を睨み付けてきた。


どう言うことだ?

そう思っていたとき……。


「アンタ、使いの途中でいつまで油を売ってるんだい!

いいからもう帰るよ!」


俺は突然、そう言って来た恰幅の良い中年の女性に強引に手を引っぱられると、その場から連れ出された。


「???」


そして少し離れたところまで来ると、彼女は小さな声で耳打ちしてくれた。


「アンタ、滅多なことは言うものじゃないよ。

レイキー様は『反逆者の一族は一人残らず処罰する』と仰っているんだよ! お屋敷に仕える者だけでなく関係者は一人残らず捕らえられているって話らしいからね。『お世話になった』なんて言うと、お前さんも捕らえられちまうよ」


あ、そう言うことか。

ここで俺は男たちの訝しげな視線の意味を理解した。

彼らは俺を突き出すかどうか、そんな思いを巡らせていたのだろう。


「先ずは助けていただきありがとうございます。

じゃあ……、お嬢様や奥方様は?」


「捕らえられてどこかに連れ去られたそうだよ。恐ろしいことだよ」


そうか……、今のところシェリエは無事か。


「ご忠告ありがとうございます。では僕も今後は言葉に気を付けますね」


安堵のため息を吐くと同時に、俺は彼女の手を握りこっそり金貨を一枚渡した。

せめてこれぐらいのお礼はしなくては……。


訳が分からず、きょとんとした様子の婦人に頭を下げると、俺は急いでその場を後にした。


シェリエが捕らわれたということは、暴発した兵たちによって直ぐに処断されることはないだろう。

おそらくルセルはそれを絶対に許さない。

なんとなくそれだけは、自信を持って言える気がした。


「ただ、救うにしても情報を集める必要があるな。

先ずは彼女たちが何処に連れて行かれたか、だ」


誰にも聞こえないように小さく呟いた俺は、再びくだんの宿屋に向かって走り出した。

いつも応援ありがとうございます。

次回は9/22に『ルセルとシェリエ』をお届けします。


評価やブックマークをいただいた方、いつもリアクションをいただける皆さま、本当にありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いします。

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