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ep97 真の策謀が示すもの

ガーディア辺境伯の領都ガデルは、ブルグの突然死という異常事態に、収まることのない混乱状態となっていた。

ただその混乱を大きくしていたのは、他にも理由があった。


確かに辺境伯ブルグは不審な突然死により身罷みまかった。

ただそれが……


・病による発作にも似た症状で亡くなったこと

・後継者として名乗り出た三名が暗殺を声高に叫ぶ割に、確たる証拠もなかったこと

・彼らが犯人とした人物も三者三様であったこと


このような事情により辺境伯家に仕える家臣たちもまた、未だに去就を決めかねていた。

ただ、そんな不毛な論争に業を煮やしたのか、遂に当事者たちが動き始めた。



先ず動いたのは男爵家出身の母を持つ次男だった。


「亡くなった辺境伯には後継者たる男児がおらん、ならば継承順位からみても先々代の次男たる我が立つのは当然のことである! まずはガデルの混乱を収拾し統治の安定を取り戻すことだ!」


そう言って三百の手勢を引き連れ、強引に辺境伯の居館と行政府を占拠する動きに出ると、この事態に驚いた四男は震えあがり、刃を交えることなく母親の実家である伯爵家を頼り屋敷から逃げ出した。



「武力を以て占拠するとは何事か! それこそが叛意の表れではないかっ! 過ちを正し正当なまつりごとを行うのは我が使命である! 真にガーディア辺境伯家の行く末を憂う者は、我が元に集えっ」


遅れを取った三男レイキーも手をこまねいていた訳ではなかった。

彼は去就を決めかねていた辺境伯の家臣たちには早々に見切りを付け、母親の実家である子爵家から兵を借りて立ち上がった。



本来なら倍する六百余名の兵を率いた三男の軍勢は、劣勢である次男の軍勢を一蹴するはずだった……。


だが、事態は三男の思っていた通りに進まなかった。


一時は長男ブルグの右腕たる才覚を期待された次男と、ただ腰巾着こしぎんちゃくとして長男に迎合げいごうするしか能のなかった三男では、将としての才覚にも明らかな差があった。


両者はガデルの街で壮絶な市街戦を行い、街を戦禍に巻き込みつつも一進一退の攻防を続けたが、最終的には数に劣る次男の軍勢が優勢となり、三男の軍勢は街を追い出されてしまった。


街の郊外で軍を再編し態勢を整え始めた三男に対し、これに呼応するように次男の軍勢も街を出ると、三男の布陣する軍に対抗するかの如く陣を張った。


ガデルの街での戦いは終息したが街は未だに至る所で火に包まれ、多くの領民たちは混乱しただ逃げ惑いつつも怨嗟えんさの声をあげていた。


ここに至り、混乱を収拾すべく新たな勢力がガデルに到着した。



◇◇◇



倍する敵軍に対し互角以上の市街戦を展開していた次男は、一旦軍を引き街の郊外に布陣して陣容の再編成を行っていた三男の軍勢と睨み合った。


「ルーデル様っ、当面の危機は脱しましたが我らも寡兵、このままでは先がありませんが……」


配下の兵がそう進言した際も、次男ルーデルは落ち着いていた。


「心配ない、男爵家からの増援も間もなく到着するだろう。それに加えて我らには……。

それにしても見ろっ、阿呆(三男)は俺に倍する兵を擁しながらあのざまだ。それこそが奴の無能を示すものだとは思わんか?」


そう言って敵陣を指さし、不敵に笑っていた。

この時彼の手勢は最初とほぼ変わらず三百名弱、だが敵軍は四百名前後にまで大きく数を減らしていたからだ。


「口先だけの腰巾着など恐るるに足らんわ!

間もなくすれば我らに正義があることは明らかになる。絶対的な力によって、な」


言葉にするのを避けていたが、ルーデルにはもうひとつ秘策があった。

それは密かに結ばれた盟約、それこそが彼に挙兵を促し、大胆な行動に走った最大の要因であった。


『兄上が立たれる際には、私は喜んで後詰めいたします。兼ねてから申し上げている通り、私は兄上こそがブルグに相応しいと思っています』


この末弟からの言葉は、彼の心を危険な方向へと導いており、事実この好機にあたって末弟は真っ先に使者を送ってきていた。


『私自身は動けませんが、兄上を支援するための精鋭を差し向けます。先ずは邪魔者を駆逐し領都の支配権を確立してください』


だからこそ彼は、この無謀ともいえる挙兵を行ったのだ。


「申し上げます! 我らの後方より新たな軍が到着したとの報告が入っております!

急ぎ迎撃の準備をっ!」


「心配するな、それは我らの援軍。これで今回の騒動も一気にカタが付くというものよ」


「ですが……」


「くどいっ! 彼らの到着に呼応して直ちに正面の敵軍に総攻撃を行う。急ぎ準備を整えよ!」


この次男ルーデルの命に兵たちはしぶしぶ応じ、正面に対峙する三男の軍勢に対し総攻撃の準備を整え始めていった。


「結局はルセルの力を借りることになってしまったな。まぁ良いわ。

俺がブルグになった暁には、奴には褒美として倍程度の領地に加え……、シェリエも与えてやらねばならんだろうな」


そう言って不遜に笑った彼の興味は、既にこの先の未来、ブルグとしてガーディア辺境伯となった自分自身を見据えていた。


「てっ、敵襲っ!」


その無粋な言葉に、彼の甘美な妄想は中断させられた。


「落ち着け、どこの新手だ?」


「新手ではありませんっ! 既に報告した後方の騎馬隊が襲い掛かって来ております! 

こ、これでは支えきれませんっ!」


「な、なんだとっ!」


ルーデルは信じられない思い出いた。

平素からもっとも親しくしていた男、今回の挙兵に当たり誰よりも信頼していた男の裏切りに愕然とするしかなかった。


「な、何故だぁっっっ!」


ルーデルの陣地には断末魔ともいえる絶叫が響き渡っていた。



◇◇◇



一方、長躯してガデルまで駆け付けたルセル率いる騎馬隊五百は、まるで討ってくださいと言っているように無防備に背中を晒していた反乱軍の背後から一斉に襲い掛かった。


「良いか! 奴らはブルグを暗殺するだけでなくガデルを戦火に包んだ反逆者だ! 

一切容赦するな、踏みつぶせ! 全軍、突撃っ!」


陣頭で騎馬を駆るルセルは、剣を掲げて命を発した。

突入と同時に彼の手からは神の力の顕現、神威魔法の業火が敵陣に向けて発せられた。


このたった一撃で次男ルーデルを始め多くの者たちは業火に包まれ、戦場には絶叫と恐怖の声がこだました。

そこに容赦ない騎馬の突撃が敢行された。


ここ十年近く平和な世に甘んじていた辺境伯の軍勢と、常に魔の森の最前線で魔物たちとの戦闘を繰り返して来たトゥーレ駐留軍では、そもそもの練度と士気、そして経験に格段の差があった。

しかも全てが騎兵であり、奇襲を受けて混乱する半数以下の歩兵など、たった一撃で粉砕できてしまうだけの力があった。


ほんの一瞬の出来事、まさにそう表現しても差し支えないほどの圧倒的な形で、次男ルーデルが率いた三百の軍は全滅した。

誰一人、逃走することすら叶わず……。


こうして先代辺境伯の次男であったルーデルは、リームの知る歴史よりも二年早く世を去った。

味方と信じていた弟の手によって……。



「ふふふ、本来ならば自身に未来のないことを呪い、心の奥底まで腐り果てながら疫病で死んでいたんだ。

一瞬とはいえ甘い夢が見れたこと、僕に感謝してほしいぐらいだよ」


ルセルはそう呟いて、戦場に散乱する焼け焦げた死体を見つていた。

ぞっとするような冷たい笑みを浮かべながら。


「兄上はそこそこ優秀ですからね。それでは困るんですよ。いずれ僕が正当な理由(・・・・・・)でブルグを継承する日まで、その地位は無能者に預けておくことが一番です。

それに……、いくら阿呆でもこれを見れば僕の力を理解することでしょう。この先で色々とやり易くなる程度には、ね」


一瞬で戦場を支配し、敵軍を全滅させた彼は次の行動に移った。

事前に彼が描いていた『絵』の通りに。


「事態を解決できなかった無能者レイキーに、僕からの伝言を携えた使者を送ってくれるかい?

『戦いは終結し今は不名誉な事態を収拾する時である』とね」


「はっ、事態を収拾……、ですか?」


「そうだよ。戦いは終わった。なので次の動きは、

『次代のブルグを担う者として、反逆に加担した者たちを生かしたまま捕え、ブルグの器量を見せて今後の裁きを行う』ことだよ。

ただ奴は阿呆だから、『勝利者としての立場をわきまえ、無闇に次兄の家族を殺さないように』と念を押してくれるかな?」


そう、ルセルが現時点でほしいものは二つだった。


・将来を見据え、辺境伯家中で他の外戚たちを封じ込めるだけの揺るぎない発言力と実績

・反逆者の眷属として捕らわれたシェリエを救い、彼女を手中にするための大義名分


「王法に則って対処すれば彼女も反逆者の一族としていずれ死罪。それを僕が救うとなれば……。

彼女も涙を流して僕に感謝し心を開くだろうよ。万が一そうならなかったとしてま、彼女を僕の人形どれいとして使い潰せばいいことだし」


目の前で展開された圧倒的な戦いを見て、三男の軍勢はただ呆然としており、未だ何も動いていない。

機を見て友軍に呼応することすらできない阿呆だ。


「ははは、この程度の指揮も出来ない阿呆だからこそ『つなぎ』に相応しいのさ。

一時的にブルグは君に預けておくよ、僕が引き取りに行く日まで、ね」


阿呆と呼んだ三男の軍勢に対し派遣した使者の背を眺めながら、ルセルは自身の描いた未来図に満足していた。



この日、領都を混乱させていた一連の騒動は終息した。

反逆者を一瞬で殲滅したルセルの名声は、これ以降ガーディア辺境伯の家臣や領民たちのなかで絶大なものとなっていく。


辺境伯家を混乱から解放した英雄として……。

潔く身を引き、兄(三男)を立てることで後継者争いの混乱を防いだ、思慮深き者として……。

いつも応援ありがとうございます。

次回は9/19に『遅れてきたすくい』をお届けします。


評価やブックマークをいただいた方、いつもリアクションをいただける皆さま、本当にありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いします。

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