表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ナーアヴェン~ある雨雲の物語~  作者: シャムローズ
第四章:グレーイの帰還
50/51

~五朶雲~

♪ BGM : RAINBOW 二舎六房の七人 - 哀しみの燈

 ネフェリアを襲った大災厄から、丸一日が経った。まるで長を追悼するかのように、街は静寂に包まれていた。町の誰もが、デュオルクのジンが突然消えたことを感じ取り、訃報は瞬く間に広まった。


 それにも関わらず、誰一人として声を上げる雲はいなかった。町は静まり返っていた。負傷した雲はみな、ヒーラーたちが甦りの水を作っている貯蔵庫に集められた。崩壊してしまったネフェリアの塔に次いで、この町で二番目に大きい建物だったからだ。


 塔の方で救助が必要なのはムーフェだけだった。幸いなことに、ウルナーは応急処置で事足りた。だが、城壁方面に配置されていた戦士たちはそうもいかなかった。


 パリがグレーイの危機を察知し、アプルを連れて塔へと急いで飛び立ったその隙に、あろうことかザグニが『鬼の居ぬ間に』ならぬ『フクロウの居ぬ間に』洗濯、とでも言わんばかりに、大暴れしたのだ。見張りがいなくなった途端、石炭は敵に襲い掛かり、しかもおまけに、城壁付近の大部分を破壊してしまった。


 ザグニは大多数の戦士を完膚なきまでに焼き尽くし、更には取っ組み合いの殴り合いまでしていた。この痛々しい出来事を、雲の戦士たちは死ぬまで忘れないだろう。


 命を取ることまではしなかったものの、ザグニは手心を加えることを知らないエルムだ。どれほどの重傷を負わせたかというと、可哀そうな戦士たちの傷は、甦りの水をもってしても、完治までは至らなかったと言う。ヒーラーたちは完全に手一杯だった上に、こんな重度の火傷に対処する経験が浅かった。当たり前だ。火のエルムにお目にかかれる機会など、滅多にあるものではない。


 だから、というわけでもないが、アプルが我先にと動いた。最初は『反逆者』の一味であるりんごの存在に、誰しもが恐れおののいた。しかしウルナーのお陰で、間もなくその恐怖心と緊張は、皆の中から少しずつ消えていった。そうでなくても、これだけの負傷者が一堂に会している光景は、あまり見ていて気持ちのいいものではない。緊張と恐怖と不安な気持ちが生まれるのは、至極当然なのだ。


 軽いけがで済んでいるほとんどの雲には、分厚い藁の敷物が用意され、重傷者たちはベッドへ運ばれた。


 警戒心の塊だった住民たちの心を最終的に奪ったのは、アプルの懸命さだった。一エルムたりとも残さず助ける為に、建物中を駆けずり回る姿を見れば、雲のために全力を尽くしてくれていることに、気付かないわけにはいかなかった。そうしているうちに、ものの数時間で、ネフェリアのヒーラーたちからさえも信頼と尊敬を勝ち得た。そればかりか、ヒーラーたちがアプルのアシスタントとして動く、異例の光景が広がり始めた。


 アプルが甲斐甲斐しく働いている時、パリはと言えば、まだエルムの姿のまま貯蔵庫の入口の見張りをしていた。アグニズが何度も、中に入って皆に謝罪すると言ってきかなかったが、白の貴婦人は全力でそれを阻止した。そんなことをすれば、中が大パニックになるのは火を見るよりも明らかであったからだ。今、面倒事を起こされるのは御免こうむる…


 戦いが終わって2日後の夜になっても、アプルは一向に貯蔵庫から出てこなかった。ヒーラーたちは薬草を探しに何度も外に出ていた。その様子を見ると、治療行為は際限なく続いているようである。


 実は、一番の重傷者はザグニの『やんちゃ』の犠牲者ではなく、ムーフェだった。深い昏睡状態だ。デュオルクと共にネフェリアの塔を突き抜け、全ての階を貫通した後、崩れ落ちてきた塔の下敷きになっていた。鬼と化した長はそれにも耐えたが、強くてもただの雲であるムーフェには、耐えられなかったのだ…


 かなり深刻な状況であったが、アプルは希望を捨ててはいなかった。いや、捨てられなかった。多くの住民がアプルを信じ、彼らからの期待と希望を、一身に背負っていたからだ。


 その晩、不思議なエルムがパリの元に現れた。遠くの方から近付いてくる不審なエルムの影を、パリは捉えた。頭から被った大きなケープの陰に隠れて、顔は見えない。だが、それでもその顔の白さは見て取れた。雲だ。そのジンは非常に弱弱しく、敵だとしてもすぐ倒せそうであったが、パリは警戒を解かず、こう尋ねた。


「何の用?」


「夫に会いにきました。」雌の声で返事があった。声が震えている。


「生憎だけど、中は満員なの。治療の邪魔になるから、みんなと同じようにもう少し辛抱して待ってて。」


 その瞬間、パリは確信した。このエルムは嘘をついている。突如、そのエルムはパリに向かってツを放った。しかし、あまりにも弱弱しく、白の貴婦人のバリアにぶつかり、鈍い音を立てて消えた。そして、そのエルムは膝から崩れ落ち、泣き始めてしまった。


 パリはそっとそのエルムに近付き、そっとフードを引き下ろした。そこに現れたのは…ヌベだった。その顔は悲しみゆがみ、涙と鼻水とでぐちゃぐちゃだった。


 最初から、ヌベの行動原理はたった一つだけだった。ネフェリアの長、デュオルクへの愛。生まれて間もない頃、デュオルクに温かくこの町へ迎え入れてもらってから、心を奪われていた。


 ヌベにとって、デュオルクは決して悪人ではなかった。恋は盲目、というが、そのせいもあったのだろう。デュオルクが狂気に満ちた行動をとり始めても、まったく気付くことがなかった。現実から目をそらし、『全ては町の平和のためだ』と盲信してしまっていた。バーダルを投獄し、孤立させたことにすら、疑問を抱かなかった。


 パリは泣きじゃくるヌベの姿を見つめたまま、どうするべきかと戸惑った。慰めるべきか、追い返すべきか。思い迷っていると、虫の知らせでも聞きつけたのか、ウルナーが貯蔵庫から出てきて、突然ヌベを抱きしめた。その姿はまるで母と娘のようだ。ウルナーが耳元で何かを囁くと、驚くべきことにヌベはそのまま帰っていった。


 どちらにせよ、ヌベはここにいても出来ることはなにもない。パリのような強者に太刀打ちできないのは明白だが、アプルにさえ適わないかもしれない…ウルナーが恩師に囁いた言葉は、ごく簡単だった。『先生には、ここに来るよりも大切にしなきゃいけないことがあるでしょ?』


 ヌベの息子、ツィムは家で母の帰りを待っている。ヌベは返事の代わりにしゃくり上げ、声を詰まらせ、頭を前に何度も倒した。憎しみの気持ちは簡単には消えないだろうが、時がきっと解決してくれる。


 自分の横を通り建物に戻るウルナーの姿を、パリは目を細めて見ていた。ちっちゃなエルムが、ちょっと大きくなったように見えたのだ。


挿絵(By みてみん)

道はこれからも続き、交わり、離れていくのだろう。

だが全て、運命という鎖で一つに繋がっている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ