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ナーアヴェン~ある雨雲の物語~  作者: シャムローズ
第四章:グレーイの帰還
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~煙雲~

♪ BGM : はじめの一歩 - Imprison

 銀色の煌めく霧は、依然としてグレーイの体から立ち上り続けていた。虹彩が消えてもなお、グレーイの視線はアンシャンバーダルに注がれていた。年老いた雲の体はゆっくりと蒸発し、そして液体になっていった。そう、これが雲の運命。雲の体は死後、大地と空に還るのだ。


 『体はこうして消えていくけど、それじゃあ魂は、どこへ向かうのだろう…』グレーイはそんなことを考えていた。神の元だろうか。確かに世間ではそう語る雲もいる…


 思考の末、グレーイはあることを思いついた。そうだ、長を粉々にした後、神に会いに行って聞けばいいんだ。


 グレーイが考え事に夢中になっている間、デュオルクはまだ呆然としていた。長はすぐに、この黒い雲から発せられる危険な匂いと殺意を感じ取った。こんな感覚を、こんな恐怖を味わうのは、生まれて初めてだ…!


 それでも、デュオルクの「ハルの石」への絶対的な信頼は揺るがなかった。この石の力は、全てを凌駕する!デュオルクは後ろに跳躍し、黒いエネルギーの波を、新たにグレーイに向け放った。それは大きな爆発を引き起こし、数秒間続いていた静寂を打ち破った。


 巨大な暗黒のドームが形成され、その衝撃波で、周囲にいた雲は遠くへと吹き飛ばされてしまった。この破壊的な突風が吹き抜けた後には、巨大なクレーターが出現していた。底がやっと見えるかどうかだったが、一つだけはっきりしているのは、その中には誰もいなかった。


「やったぞ!」自信に満ちた笑顔を浮かべたデュオルクの声が響いた。「ついに、ネフェリアに巣くっていた害虫を、二匹同時に消し去ってやった!」


 しかし、長は即座に、グレーイのジンが消え去っていないことに気が付いた。我らが英雄は、気が付けばネフェリアの町を囲む森の中にいた。先ほどまで居た場所から、数キロメートルも離れた場所だ。


 その腕の中にバーダルを抱え、グレーイは静かに歩いていた。大樹にそっと師の体を寄りかからせた。轟く空から漏れ出た一筋の光が、老人を柔らかく照らした。その光のお陰で、まるで微睡んでいるだけのような、安らかな表情に見えた。


 グレーイはその様子を見て、アンシャンドラクトのことを思い出していた。今頃、同じ場所にいるのだろうか。心の底からグレーイは祈った。どうか、いつか、どこかで、師匠たちに会わせてください、と。場所も時もいつでも構わない。ただ、会えさえすれば、それでいい。


 その時グレーイは、敵が遠くから近づいてくる気配を感じ取った。デュオルクが脱兎の如く、こちらに向かってくる。その巨雲は正直、一刻も早くケリを付けたくて焦っていた。しかし、グレーイは不思議と、デュオルクの動きがスローモーションに見えた。中々こちらに到着しないので、こちらから出向くことにした。


 長が町の上空を飛んでいる最中、突如として目の前にグレーイが現れた。あまりに突然現れたので、まるで瞬間移動でもしたかのように見えた。前に進んでいる勢いをそのまま利用し、デュオルクは躊躇なくグレーイに襲い掛かった。その顔面めがけて強烈な拳が繰り出された。しかし、なんとグレーイはそれを片手で受け止めた。


 黒い雲は力強く、デュオルクの太い手首を掴んだ。すると、ぎりっ、と音がして、悲鳴が上がった。



「お前みたいなザコを倒すのに、能力を使う必要はなさそうだな。」とグレーイは静かに言った。


 それは、神の園での戦いの際に、ザグニがグレーイに言ったのと同じ言葉だった。グレーイは、まるで、飽きたおもちゃを投げ捨てる子供のように、デュオルクを更に上空へと、高く放り投げた。


 轟く雲の中を巨雲が突き抜けて行く。その上空では、既にグレーイが待ち構えていた。空に浮かぶ雲の中で、最も恐ろしいのは、紛れもなくこの黒い雲だ。


 グレーイはデュオルクが来るのを待って、その体に蹴りを入れた。轟音を立ててデュオルクの体は吹き飛ばされ、宙を舞った。気が付いた時には、長はネフェリアの塔の上にいた。そこに、またもや電光石火のごとくグレーイが現れ、再びその体に拳で打撃を食らわした。あまりの威力に、その音は、何キロも先まで響き渡った。巨雲の体はというと、雲の町の反対側まで吹き飛んだ。


 そうして数分間、グレーイはデュオルクを、ネフェリアの町がまるごと運動場になってしまったかのように、ドッヂボールの玉のごとく、一人で町の長をあっちに投げ、こっちでキャッチし、と遊び続けた。


 その一撃ごとに衝撃波が走った。ドスン、バン、と鈍い音が、絶え間なく町にも響き渡った。その音は、まるで梵鐘が空で鳴り響いているかのようだった。デュオルクに休む暇なぞ与えられなかった。何が起きているのか理解する間もない。ただ、一撃ごとに骨が砕けるのを感じ、増していく耐えがたい痛みと戦っていた…


「どうだ、デュオルク。()()に痛めつけられる気分は?」漆黒のグレーイは、雲の長を痛めつけながらこう問いかけた。


 その瞬間、グレーイは自分の中に芽生えた、新たな感覚に気づいた。リズミカルに宿敵を投げ捨てる中で、気付いた感情…それは、『心地よさ』であった。おかしい…もしかして、自分は戦争マシーンなのか?雨雲である自分の存在意義は、破壊することなのか?それは、悪いことなのか…?


 このエルムを罰することが、こんなにも幸せだなんて…アンシャンバーダルを救うことは、単なる口実だったのかもしれない。グレーイは更に深く考え始めた。この世に生を受けた時より、グレーイは人生の意味を必死に探し求めてきたのだ。


 もしかして、自分は…破壊をもたらすために生まれてきたのではないか…?


「デュオルク、お前が俺とアンシャンバーダルに味わわせた屈辱の味を、今度はお前が味わう番だ!生きたまま体を引き裂いてやる!」


 憎しみに飲み込まれたグレーイは、この楽しい時間がもっと長く続けばいいと思った。この快楽をもっと長く味わいたかった。この凄惨な状況を見て、ムーフェは、友を助ける為に動かなければ、と思った。しかし…


「悪魔だ…あれは、()()()()()だ…」ムーフェが、誰に言うとでもなくそう呟いた。「あれは…普通のエルムの動きではない…」


「あんなの、グレーイじゃない…」少し離れたところで、アプルが震える声で言った。「違う……あれが、グレーイであるはずが……」


「本当に殺しちゃう…」ウルナーが、全身を震わせながら、枯れた声で呟いた。「このままだと、本当に、殺しちゃうよ……」


 その通りだった。このままでは、長の命の灯が消えるのも時間の問題であった。

 友の命を救うのであれば、一刻も早く行動しなければ。ムーフェはこの惨劇を止めるべく、行動に出ることにした。グレーイのあの素早い動きを正確に追えなくとも、この将軍には策があった。


 黒い雲の注意を引けばいい。たった一瞬でも、デュオルクがハルの石の力で、グレーイに触れられれば…勝利は我々の手の中だ!ムーフェは静かに待機し、『その瞬間』が来るのを待った。グレーイが上空に現れた瞬間、全力で空へと飛び出した。パリは光景に釘付けで、ムーフェが戦場に飛び立つのに気が付いた時には既に、すぐには追い付けない距離にいた。


 しかし黒い雲は、近付いてくるムーフェの姿をしっかり捉えていた。


 デュオルクが再びグレーイのいる高さまで戻ってきた瞬間、強烈な最後の一撃を加えた。まるで、サッカー選手がするオーバーヘッドキックのように。


 白い鬼は猛烈な勢いで落下し、下から全速力で登ってきたムーフェと、ガツンと激突した。二雲はそのまま、ネフェリアの塔の真ん中に吹き飛ばされ、その勢いのまま全ての階を通過し、一年前にグレーイが裁かれた裁判所の地面にのめり込んだ。


 その衝撃で巨大な塔は、二雲の上に崩れ落ちた。分厚い埃の霧が立ち上り、町の反対側まで、崩壊音が轟いた。


 しばらくして喧騒が収まり、土煙が晴れると、そこには瓦礫の山だけが残されていた。デュオルクは間違いなく命の危機に晒されているはずだ…しかし、まだ息は合った。


「おーい出て来い、雪だるま!」 グレーイの声が、こだまのように響き渡った。 「お前との遊びはまだ終わっちゃいないぞ、クソ野郎!」


 グレーイは、これでもまだ手加減していた。ヤツの誇りごと、時間をかけて破壊していきたかった。そうしたければ、すぐにでも終わらせられたが…… この甘美な拷問を、そう簡単に終わらせる気はなかった。


 グレーイの中に芽生えたこの嗜虐性は、 ザグニの傲慢さよりも遥かに危険だ。 今のグレーイは、もはや英雄とは呼べない。


 好奇心旺盛で、危険を恐れないウルナーが、デュオルクの生存を確認しようと、ゆっくりと塔の残骸に近付いた。その時、グレーイは友の存在にやっと気が付いた。 その姿を見てグレーイは、自分の中に膨れ上がってた怒りが、そっと小さくなっていくのを感じた。溌溂(はつらつ)として無垢なウルナーの顔が、ネフェリアに戻って来た本当の意味を思い出させてくれたのだ。


 そうだ、俺がここにいるのはバーダルのためだったじゃないか!こんな戦いをして何になる?


 ようやく冷静さを取り戻したその時、デュオルクが瓦礫から飛び出してきたかと思うと、ウルナーを乱暴につかみ、喉元にその巨大な腕を回した。そう、ウルナーを人質、ならぬ()()にとったのだ!


「このゲーム、今すぐ終わらせてやる!」 獲物を捕らえた野獣のように、巨雲が吠えた。



ウルナーを雲質に取るという、最後の切り札を切った白い鬼。

再び窮地に立たされたグレーイに、勝機はあるのだろうか?

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