~雲集~
♪ BGM : デス・パレード - Anxiety
空に星が瞬き始めた頃、パリはウルナーを麓の野営地に降ろした。それに気が付いたグレーイは慌てて立ち上がり、数秒かかってようやく昔の友達の姿に気が付いた。
「ウルナー!?」雨雲が歓声を上げた。「本当に君なの!?なんていうか…見違えたよ!」
「そうだよ、うちだよ!でもグレーイはちっとも変ってないね!」
「当たり前よ。」とパリが言った。「子供のエルムはあっと言う間に成長する。まあ、大人の姿になってからは、全然年を取らないけど…」
その通りだった。グレーイもアグニズもアプルも、既に大人の姿に達していたが、ウルナーのような子供として生を受けたエルムは、子供として過ごせるのは数年、せいぜい10年くらいだ。その後は非常にゆっくりと年を取っていく。アンシャンになるのには、何世紀も何世紀もかかることもあるのだ。
「君は色々知ってるんだなあ!」と、アグニズは、パリに言わせれば『バカっぽい』笑顔で感心した。
「ま、マジマルも同じようなもんだからね。」と白の貴婦人が答えた。「アタシたちが雛鳥でいられる期間なんて、エルムより短いのよ。ま、せいぜい5、6年ってとこかな。」
確かにパリはこの件については詳しいようだった。父親であるロカルンのお陰だ。ウルナーはこの話には興味がないらしく、グレーイの横にいるエルムたちを見るのに気を取られていた…
「ねえ。このエルムたちが、グレーイの新しい友達なの!?」と目をキラキラさせながらウルナーが聞いた。「わーかっこいい!!!信じられない…うちも旅してみたくなっちゃった!」
「うん、そう。俺の旅仲間なんだ。」と、少し戸惑いながらグレーイが答えた。「紹介するよ、アプルとアグニズだ。それで、迎えに行ってくれたのが…」
パリは既に、ここで見つけたお気に入りの木の方に向かって歩いていた。突然羽が爆発して、普段の巨大なフクロウの姿に戻ってしまい、そのまま高いところにある枝の一本に腰を落ち着けた。これは『アンタらの再会シーンなんか、どーでもいいわ』という意味だ。
その光景を見ていたウルナーは、その場で思わず立ち尽くしてしまった。目の錯覚ではないことを確かめる為に、少し前に進んでみたが、よろめいてしまった。今見た光景に戸惑い、眩暈を感じたのだ。
「パリ!」グレーイが叫んだ。「何してるの!?」
「自己紹介なんてどーでもいいわ。」と冷たく言い放った。
それに返事する気力はなかった。まあ、放っておこう。しかし、ふとある疑問が頭をよぎり、ウルナーの方に振り向いて尋ねた。
「それよりウルナー、なんでこんなところまで来たの!?」
「それより、さっき起こったことを説明してよ!」とウルナーが返した。
「パリはマジマルなんだよ。二つの姿に変身できるんだ。」とグレーイが説明し始めた。「動物の姿と、エルムの姿とね。それだけだよ。」
「それだけ!?」ウルナーが叫んだ。「じゃあ、あの時グレーイを助けてくれたのは…」
「そう、デュオルクと戦士たちに囲まれた時に助けてくれたのが、あのパリだよ。」グレーイが言葉を引き取って続けた。「それより俺の質問にも答えてよ!なんで来たの?危険だって知らなかったの!?」
「そんなことより、会いたがってた神には会えたの!?」
「…」
グレーイはばつの悪そうな表情をした。体の色は濃くなり、視線が泳いでいる。
「今はその話をしたくないんだ。」結局こう答えた。「さあ、次はウルナーが答える番だよ!」
「えーそんなの!」笑いながら答えた。「グレーイはうちの友達だよ!?会いたいに決まってるじゃん!」
5秒はあっただろうか、しーん、という音さえ聞こえそうなくらいの静寂が訪れた。しかし、それは突如、アグニズのはじけるような笑いによって破られた。
「なんだよグレーイ、モテるじゃんか!」と大声で笑いながら言った。
「ちょっと!バカなこと言わないでよ!」ウルナーがすかさず、恥ずかしさに体の色を濃く、眉を吊り上げながら大声で反論した。
「え、モテ…?」グレーイがぽかんとした顔で尋ねた。「それってどういう意味?」
またしても静寂が訪れた。しかし今度は、『こんな説明が難しいこと、このグレーイにどう説明しよう』とみんなが考えている為に訪れた、戸惑いの時間だった。
「はあ、誰に向かって話しているのか、ってことを忘れていたよ。」とアグニズが溜息をついた。「ねえ、それってさ、生まれつき知ってるものじゃない!?全く、グレーイ…君の師匠たちは、一番大事なことを教え忘れちゃってるみたいだね!ロマンチックの欠片もないなんて、それじゃあ真の雄とは言えないぞ!」
「おい、燃え頭!あまり調子に乗るなよ!」とグレーイが返した。「師匠たちがたった数日で俺に教えてくれたことは、お前は千年かかったって教えられないようなことだぞ!だから言葉には気をつけろよ、さもないと俺が真の雄であることを見せつけてやる!」
「ありがとう、でも遠慮しておくよ。」とアグニズが目をキョロキョロさせながら言った。「あいにく、俺は雌にしか興味がないのでね!」
このエルムたちが揃うと、言い争わずにはいられなかった。ところが、『師匠』という言葉のお陰で、自分が何をしにここに来たのかを思い出した。
「ところでウルナー、バーダルがどこにいるか教えてくれない?元気なの?」
「えっと…実は…分からないんだ…」
ウルナーの様子が急に変わった。視線が彷徨い、頭を下げて、言葉を探すように口ごもった。
「どうして?」とグレーイが聞いた。
「グレーイが行っちゃった後、本当に色々なことがあったんだよ。」と悲し気な目でウルナーが答えた。「バーダルおじさんはね、まずみんなの前で裁判にかけられたの。多分…見せしめのために…」
「恐れていたことがやっぱり起こってたのか…」とグレーイは憤慨した。「捕まってたことは知ってるけど…でも理解できない!あの後町を出ることだって、バーダルになら出来たはずなのに!」
「おじさんはね、自首、っていうんだっけ、したんだよ。」とウルナーが唇を噛みながら言った。
グレーイはアンシャンドラクトと会った時に見た、あの幻影のことを思い出していた。そこで、暗い場所に閉じ込められたバーダルの姿を見た…今バーダルがいる場所はあそこに違いない!
「つまり、今牢屋にいるんだね?」とグレーイが尋ねた。
「そうだよ。町を破壊しようとし、ネフェリアの住民も殺そうとした罪で、残りの生涯を牢屋で過ごすことになっちゃったの…」
「何だって?」驚きのあまり声がかすれた。「何言ってるの!?そんなことしてないのに!!!」
「知ってるよ!でもね、長を攻撃しちゃっただけじゃなく、評議会にも逆らって、おまけに敵を…つまりグレーイを逃がして、町を危険に晒したんだよ…」
グレーイの表情を見て、ウルナーは一瞬恐怖ですくんだ。歯をあまりにも強く噛みしめており、今にも折れそうだった。
「言っとくけど、これうちの言葉じゃないからね!デュオルクが言ったの。」とウルナーが慌てて付け加えた。「でね、ほとんどの住民は、うちの両親もだけど、それにデュオルクに賛成したの。でも、みんなを許してあげて、グレーイ!みんなのせいじゃないの!評議会が、おじさんやグレーイが悪者だ、ってみんなに信じ込ませるような言い方をしてたの。うちだって、もしグレーイのことを知らなかったら多分信じてた…それに、ネフェリアは昔ね、おじさんのせいで破壊されかけたことがあるらしくて…」
「なるほどね。」グレーイが拳を固く握りしめて言った。「それはアロイってやつのことだ…パリが俺に教えてくれたんだ。その雲は手に負えるやつじゃなかった、って。あの一件でバーダルがどれだけのものを失ったか知ってるはずなのに、どうして未だにヤツらはバーダルを責めるんだ!?これは全部、バーダルを攻撃するためのただの口実だ!」
「うちはその話知らないの…両親がその話をしてた時、自分の部屋に逃げちゃってたから。聞きたくなくて…。覚えてる?最後にバロネロした時のこと。デュオルクは、グレーイがうちを殺そうとしたって言ってるの。しかもうちらの先生のヌベもそれを認めてて…うちらが話をしに行こうとしても、あなたたちには関係ないことよ、って!」
「あの性悪雌雲め!!!」
グレーイのオーラが不安定になり始めたので、パリがすぐに声をかけた。
「誰かに見つかりたくなかったら、今すぐ落ち着いて!」
雨雲はアプルとアグニズの隣に座り、イライラした様子で額に手をやって頭を抱え、そして黙り込んだ。そして、自分の指を噛み始めた。罪悪感に押しつぶされそうだった。アプルが近寄り、グレーイの肩に手を置きながら言った。
「心配しないで、一緒にそこからあなたの恩師を助け出しましょ!少なくとも、今どこにいるかは分かったんだから!」
ウルナーが短く息を吐いた。何かを言おうとしたようだが、結局口を真一文字に結んでいた。
「恥ずかしがらなくていいのよ。」にっこりとアプルが言った。「気になったことがあれば、なんでも教えてちょうだい。」
ウルナーは、この緋色のりんごが発している、大きな温もりを感じた。それはヌベのものよりもはるかに大きな、母性的な温もりだった。このエルムは他のエルムとは違っていた。何か秘められた力を持ってるような気がした…このことに若い雲のエルムは戸惑ったが、つっかえながらもこう言った。
「えっと…ちょっとそれは無理だと思うんだ…」
「どんな情報でも嬉しいわ。とアプルがさらに促した。「緊張しないで。ここに会いに来てくれたことが、一番勇気のいることだったんだから。そう、敵である私たちにね。」
「別に怖くないよ!それに悪いことしてるわけじゃないし!」とウルナーは軽く笑いながら言った。「本当のことを言うとね、バーダルおじさんに会いに行くことは出来ないの。メンカイシャゼツ?って言うんだっけ?それに、おじさんがいるはずの牢獄は何年も空っぽだったから、誰もそこに行くことがないんだって。判決が下されてから、色んな噂が飛び交ってるよ…」
「どんな噂?」とグレーイが冷静に尋ねた。
「えっと…バーダルおじさんは牢獄から逃げ出して行方不明になった、って言ってる雲もいれば、ずっと前に死んでいるって言う雲もいるし、評議会がおじさんを実験に使ってる、って主張する雲もいたり…」
グレーイは注意深くウルナーの話に耳を傾けたが、何も言わなかった。グレーイには、これらの噂が、単なる子供じみた空想だとは思えなかった。面会を一切禁じているということは、何かを隠している可能性がある…
「権力を持ってる気違いには慣れてるよ。」とアグニズが口を挟んだ。「ああいうヤツらは何だってやるさ。」
「パリなら牢獄にいるかどうか確認しに行けるんじゃない!?」とグレーイが提案した。
「それはちょっと難しいかも…」ウルナーは下唇を噛みながら言った。「地下牢への仕掛け扉はネフェリアの塔の裏にあるんだよ。うちと友達で行こうとしたことがあるんだけど、見張りの気を引くことは出来ても、それ以上先には進めなかった。入口のところに、何で出来ているかも分からない黒いバリアがあってね。あんなの見たことないよ…しかも、誰もそれが何なのか知らないの…」
「もう我慢できない!」グレーイは急に立ち上がりながらこう叫んだ。「君たちの長は精神病だよ!とにかく、色々策を講じてるってことは、きっとアンシャンは生きてる!必要とあれば俺がそのバリアを壊してやる!」
「落ち着いてよ、グレーイ。」パリは木の上から繰り返した。「確かにあんたはすっごく成長したけど、その怪しげなバリアを壊せる程の力あるの?それにあんたが町に近付けばあっと言う間に見つかって、計画が全部おじゃんになっちゃうじゃん」
「でも、パリなら誰にも気付かれずにバリアを通り抜けられるんじゃないの?」
「そんなわけないでしょ。もし精霊を呼び出してバリアを壊したら、あたしも見つかっちゃうわよ。攻撃しながら姿を消すことは出来ないの。少しは頭を使ってよね。」
パリの言う通りだった。しかし、パリは顔には見せなかったが、とあることを心に秘めていた。もしウルナーの言う通りそこにバリアがあるならば、それが意味するのはたった一つ…マジマルが共犯者としている。エルムたちは自分たちが持つ元素からしか、バリアを作ることしか出来ないはずだからだ。
どうにもきな臭くなってきたな、と白の貴婦人は思った。
グレーイはふぅ、とため息をついてからウルナーの方を向き、控えめに微笑んだ。一見落ち着いたように見えるが、その目には怒りと苛立ちがはっきりと滲んでいた。
「分かったよ。」雨雲は言った。「それなら、選択肢は一つしかない…ウルナー、お願いがあるんだ。俺たちに、甦りの水が入った水筒を4本用意してくれないかな?まだ前の戦いでのダメージを回復し切れていないんだよ。次の戦いには万全の状態で臨まないと!」
「戦い?」と、ウルナーが繰り返した。「ねえ、デュオルクはね、すっごく大きい大砲を城壁のところに設置してるんだよ!町の周りぜーんぶ!しかも軍隊も今までにないくらい強化してるんだって!」
「心配しないで。デュオルクは俺たちを自分の盤上に引きずり込もうとしているけど、今から始めるこの物語の結末は違うよ。戦争をしに行くわけじゃなくて、ただアンシャンバーダルを救いに行くだけ、って約束する。でも、何が起こっても不思議じゃない…だから水筒は、俺たちがいつも遊んでたあの場所に置いておいてくれる?」
「なるほど、そういうことか!」と突然アグニズが言った。「お気遣いは嬉しいけれど、俺にはそのなんちゃらの水、ってやつは効かないんだよ。俺は火のエルムだからね。他のエルムには効果があっても、俺には効かないんだ。」
「そうなの?」グレーイが頭の後ろを書きながら言った。「それはなんて残念!」
「はあ、やれやれ。」ウルナーの方に向き直り、アグニズはこう尋ねた。「ねえ、君の町には質のいい木って生えてるかな?」
「えっと…分からないけど…」ウルナーが答えた。「何に使うの?」
「もちろん食べるんだよ!」と石炭のエルムが叫んだ。
ウルナーは戸惑った様子でアグニズをじっと見た。また面白くない冗談かと思ったがどうやら本気らしく、今までにないくらい真剣な顔をしていた。ウルナーはそれ以上は何も聞かず、ごく自然にこう尋ねた。
「ただの普通の木の端切れでいいの?」
「この燃え頭が木を食べることに、びっくりしなかったの?」とグレーイが皮肉たっぷりに笑った。
「おい、くそ雨雲!」体中に炎を燃え広げながら石炭が叫んだ。「さっきまでのいい子ちゃんでいねぇと、お前のくそ生意気な連れの目の前で、てめぇをボコすぞ!」
突然炎が三倍の高さに燃え盛った。アグニズはザグニに主導権を譲ったらしい。ウルナーはアグニズの態度が突然変わったことに驚き、混乱して僅かに後ずさりした…
「は?」グレーイがザグニの方に詰め寄りながら言った。「もっぺん言ってみろよ!」
その時、パチーンという音が空気を震わせた。アプルがアグニズに平手打ちをしたのだ。その音の余韻の中、アグニズが戻ってきた。
「ごめんね。」と片手をアグニズの頬に当て、痛みを癒しながら言った。
グレーイが吹き出すのは予想通りだったが、一番の大声で笑ったのは、なんと木の上にとまったままの大きな白フクロウだった。アプルにこの『芸』をしこんだのはパリの仕業だったのだ。披露したのはもちろん今日が初めてだったが。アプルは純粋に、グレーイとザグニの『痴話ゲンカ』からウルナーを助けたい一心だったのだろう。
「大丈夫だよ。」アグニズが答えた。「俺のせいだ…おチビちゃんごめんよ。えっと、説明すると、火っていうのは、強くなったり回復したりするのに、燃料が必要なんだ。逆に水分はダメで、果物も食べる前に乾かしておく必要があるくらいなんだ。そういうわけで、俺は効果的に細胞に作用する、高貴な木が必要なんだよ。例えばマホガニーとか黒檀とか…」
「ごめん。」ウルナーが謝った。この辺にあるのはポプラか、クルミか…」
「クルミだって!?母さんが俺が怪我した時とか病気の時に、それでシチューを作ってくれたんだ!シナモンパウダーもあれば完璧なんだけど!」
グレーイはこっそり吹き出したが、アプルがお得意の、あの殺し屋のような目線を向けてきたのですぐに止めた。
「シナモン?」戸惑った様子でウルナーが答えた。「ごめんね、聞いたことないや…」
「まあ、藁か乾燥させた茎でもいいよ!もしあれば…」少し失望したような声で言った。
「それなら簡単だよ!」ウルナーが大声を上げた。「明日学校が終わったら、今頼まれたもの全部、バーダルおじさんの小屋の後ろに置いておくね!」
「君ってやつは最高だよ、ウルナー!」とグレーイが満足げに言った。「一日は消化する為欲しいから、二日後にアンシャンバーダルを救いに行こう。誰も傷付けないと約束する!でもデュオルクになら、一発お見舞いしてもいいよね…」
「グレーイったら!」こういう類の冗談が好きではないアプルがたしなめた。
「分かってる、分かってるよ、我慢するから!」主人公が嘲笑した。「心配しないで。絶対に全て上手くいくよ。デュオルクのジンがどんなものかは覚えてるし、もう怖くない。それよりウルナー、そろそろ帰った方がいいんじゃない?ご両親が心配するよ!」
「大丈夫だよ、門限を守らなかったのは今日が初めてじゃないし!もう慣れてるよ。まあ、めっちゃ怒られるだろうけど、でもいいアイデアがあるの!マジマルを見たって言えばいいんだよ!嘘じゃないしね!」
パリはその場にいた全員に聞こえるくらいの、大きなため息を木の上でついた。ウルナーを家まで送るのは自分の役目だと分かっているからだ…
冒険者たちは待ちに待った捜索への準備を進めていた。
しかし、ある些細なことがきっかけで、全ての計画が崩壊しようとしていた…




