~対峙~
♪ BGM : ナルト疾風伝- 千夜
カザンの発した火球が唸り続けている。帝王は動かず、片腕をアグニズに向かって突き出していた。青い小さな球が、手のひらの真ん中で揺れ、今にも打ち出されそうだ。
その球には、少なくとも千のエルムの力が込められていた。この攻撃を受けて、生き残れるものはいないだろう…
奇跡的にアグニズは、手負いで重圧に押しつぶされそうになりながらも、まだ立っていた。パリを救うために無意識に飛び出してきたが、無謀な行動の代償に何を払うことになろうとも、一歩も譲るつもりはなかった。
パリは自分のことを顧みず、ハルの石がアルドン帝国の手に渡るのを阻止したのだ。しかし本来、これはアグニズの戦いだ。成り行きを傍観しているつもりはなかった。アグニズは、自分の筋肉が割けていくのを感じた。体が今にも崩れ落ちそうになりながら、なんとか立ち続けた。
数メートル離れたところでは、グレーイがまだ見えない圧力に押しつぶされ、床に突っ伏していた。グレーイの目には全てが絶望的で、もう戦う意味など無いように思えた。もう未来は閉ざされた。出口のない運命の中で逃げ惑うくらいなら、逃げたい。勇気を出す事を誓ったはずなのに、今は逃げることだけを考えている。この恐ろしいジンが感じられなくなるまで、遠くへ。
一方アプルの視線は、一点に注がれていた。大きいヤクだ。上に乗っているエルムを見るために、目をあげることも出来なかった。というより、その覚悟が出来なかった。生まれ故郷を滅茶苦茶にした犯エルムが、すぐ、そこにいる。家族、おじ、兄、そしてこの世界で愛していた全てのものを、死に追いやった首謀者。
憎しみが湧泉のように、ゴボゴボと腹の底から湧いてくるのを感じた。抑えつけようとしたが、鋭い痛みは消えてはくれなかった。この痛みがアプルを狂気に引きずり込む可能性を秘めている。
「アグニズ、お前なのか?」突然嬉しそうな声でカザンが叫んだ。
「今になってようやく気付いたってのかよ…親父。」石炭が答えた。
「おぉ、嬉しいぞ、息子よ!」アーティシュで出来た球を消し、腕を下ろしながら騎士が言った。「まさかこんなところで会えるとは、想像もしていなかったぞ!俺より先に石を見つけたんだな?なんて凄いんだ、誇りに思うぞ我が息子よ!」
「黙れよ。」とすげなく答えた。
グレーイとアプルの耳に、この会話はとても奇妙に聞こえた。カザンはまるで、思いやりのある父親のように話している。それどころか、少し抜けている性格のようにも思える。その口調と話し方は…想像を打ち破った!
「俺がお前に好き勝手させると思ってるのか?」アグニズが続けた。「諦めろよ!」
「聞いてくれアグニズ。後ろにいるそのエルムのせいでたった今、何年も何年もしてきた努力が全て水の泡になってしまったんだ。分かってくれ。俺は…」
「黙れ!」石炭が、少しかすれた声で叫んだ。
アプルは、アグニズの突然の怒鳴り声に驚き、体がびくっと震えた。そのお陰でハッと我に返り、未だにピクリとも動かないパリのことが心配になった。
グレーイは恐怖の檻に閉じ込められたままだ。アグニズが何をしようとしているのか理解できなかった。そこにいる戦士たちは、まるでほかの惑星から来たようで、灰色の雲が持っていた全ての勇気は、彼らのオーラを感じた瞬間に逃げ出していた。
「アグニズ、何を言いたい?」とカザンが言った。
「ここから出て行ってくれ。」とアグニズは答えた。「このマジマルは俺の友達だ。もしお前が彼女に指一本でも触れたら、絶対に後悔させてやる!」
「分かった。どのみち触れる必要はないしな。」カザンは嘲笑った。「ここから一歩も動かず消すこともできるぞ?」
勇気を見せたはいいものの、アグニズからはいつものような、決然たる態度が消えていた。ザグニも出てこない。石炭はどうやら、この状況に異常なまでのストレスを感じているらしい。心臓がまるで、これが最後だから今のうちに打っておこう、と言わんばかりにドクドクと異常な速さで鼓動していた。
「さあ、俺を殺してみろよ!」とアグニズが叫んだ。「どうせ他にも後継者がいるんだろ、違うか!?」
「なんだ、嫉妬か?お前は本当に可愛いやつだな!でも、お前が最初の息子であることは分かってるだろ?誰よりもお前のことを大切に思ってることを覚えておきなさい。」
カザンは穏やかで静かで、とても悪行を働いているようには見えなかった。グレーイもアプルもこのやり取りを目を白黒させながら見ていた。本当にこの小柄なエルムが混沌の騎士?火の破壊の民の帝王?アルドン帝国の指揮官?とても信じられない!しかし、ジンだけは嘘をついていなかった…
「最初の息子!?」アグニズが怒りで炎を燃え上がらせながら怒鳴った。「最初の息子だと!?馬鹿にしてんのか!?俺の父親だって自覚あったのかよ!?」
「アグニズ、聞きなさい。俺は民を束ねる帝王だ。お前の父親でもあるが、カルシネ大陸全員の父親なのだ。それに、お前は俺なしでも十分やって来ただろ、違うか?若き王子よ!」
「二度とその呼び方で俺を呼ぶんじゃねぇ…俺のことなんか何も知らないくせに。俺たちのことを見捨てたくせに、このクソ野郎!!!」
「俺たち」という言葉を聞いて、カザンが口をつぐんだ。アプルは帝王が付けているマスクの目が細くなったような気がした。でも…本当に気のせいだろうか?
帝王の従者たちは一切反応しなかった。まるで動かないロボットのようだ。おそらく彼らは、帝王からの命令されるまでは動かないのだろう。通常、このように侮辱した『犯エルム』は即刻死刑にされるはず。しかし、そうなってないことをみると、どうやらアグニズは例外らしい。
「アグニズ。頼むからやめてくれ。」とカザンは冷静に言った。
とうとう堪忍袋の緒が切れてしまうのだろうか?パリが、カザンが何年もかけて追い求めていたハルの石を壊してしまった。そして今は、息子が火に油を注いでいる。これから何が起こるのか想像するだけで、胃が落ち込む。
「驚いたぜ、親父。」アグニズは挑発的な口調で続けた。「世界中を征服し、打ち倒す力を持っているのに、俺を動かすことは出来ないのか?」
「なんて可哀そうな俺の王子…」
「お前からの同情なんていらねぇ!!!」体中に炎を燃え広がらせながら石炭が叫んだ。「母さんに何が起こったか知ってんのか!?いいや知らないだろ。お前はあの場にいなかった!最初から何も気にしてなかった!お前にとってはただの遊びだったんだろ!母さんのことなんて、とっくに忘れっちまったんだろ…だけど俺は何も忘れてない…俺を見ろ、親父!お前が作った後継者がこれだ!!!」
「アグニズ…」
「まだ俺を誇りに思うか!?もし出来ることなら、俺はお前をためらわずぶちのめしてやりたい…聞こえたか!?ぶちのめしてやりたいんだよ!!!」
黒の石炭は今までにないほど燃え上がった。その声は力強く、山全体に響き渡った。その言葉が、グレーイの魂に火をつけた。アグニズが見えた勇気に触発され、グレーイはゆっくりとであるが起き上がり、なんと座ることにも成功した。独りじゃないぞ、ここにも戦う準備が出来てるヤツがいるぞ、と示したかったのだ!
それに自分自身とした約束を破りたくはなかった。どうせ今日死ぬなら、名誉ある死を遂げよう。不思議なことに、再会を誓った友である幼きウルナーと、アンシャンバーダルのことが脳裏をよぎった。残念ながら、こっちの約束は守れそうにない…
残っている全ての力を振り絞り、立ち上がることに成功した。向かいにいるアルドン帝国の戦士たちは、雨雲に一瞥さえくれてやらなかった。お前のことなんてどうでもいい、と言わんばかりだ。彼らにとってグレーイは、羽のない蠅と同じくらいの無価値な存在なのだ。
たっぷり1分以上の沈黙。しかしまだカザンは口を閉ざしたままだ。その気になれば一瞬で終わらせることのできた会話だ。しかし、ただ黙って立ち尽くし、息子の駄々にどう対処すればいいのか考えているように見える。怒っているのか、悲しんでいるのか、誰にも分からなかった…
突然帝王は、ヤクの手綱を力強く引っ張り、ヤクは急に回れ右をした。立ち去るようで、立ち止まり、ほとんど聞き取れないほどの音量でこう呟いた。
「シタリアのことは、永遠に忘れない…」
従者である内の片方が驚いた顔をした。カザンの横にいて、体が灰で溶岩の涙を流している方がカザンの方を向き、ためらいがちに口を開いた。
「しかし…わが君…」
それが彼が発した唯一の言葉だった。
次に起こった出来事は、カザンが、その名を口にするだけで世界中の生き物が身震いする存在であることを証明するのに十分だった。騎士はゆっくりと頭を回し、そのエルムを見た。その瞬間オーラが変わり、千倍も凶暴なものになった。体から飛び出して周囲のものをすべて灰に変えてしまいそうだった。
もちろんアグニズもグレーイも、すぐさま地面に再度伏せた。このジンは、エルムから発せられる類のものではない…これは怪物、もっとも恐ろしく、もっとも巨大な…そう、怪物の王が持つ力に似ている!
意表を疲れた戦士は、よろよろと前に進み出て素早く頭を下げた。あまりにも素早いので、首が折れるのではないかと思ったほどだった。この粗野な謝罪では不十分だと思ったのか土下座をした。カザンは満足そうに見えた…ジンが静まり、もう一度出口へと体を向けた。
自分の中で様々な感情が渦巻き、抑えきれなくなったアグニズが父親を引き留める為に声をかけようとした。しかし、アグニズが何か言う前にカザンが指を鳴らした。
その瞬間、巨大な青い火柱が現れた。まるで山の下から吹き出してきたかのようだ。この地獄の泉が引き起こした爆風によって、三度主人公たちは洞窟の壁に叩きつけられた。
グレーイとアプルは、自分たちが溶けているのではないかと思った。その熱波に焼かれ、あまりの痛みに叫び声をあげた。
「親父ぃぃぃぃぃ!!!!!!」アグニズが力の限り叫んだが、全てこの巨大な死柱に飲み込まれていった。
少しずつ炎の勢いが弱まり、やがて完全に止まった時には、巣穴は太陽の光にすっかり包まれていた。カザンは指を一度鳴らしただけで、山の半分を消し去ってしまった…
山の麓には空間が出来ていた。地下数百キロに及ぶ深さの穴だ。これが『太陽の力』と呼ばれるものだった。
出発前、カザンは最後にもう一度息子に話しかけた。
「気にするな。」そう静かな声で言った。「自分と、友達のことを大切にしなさい。お前がどう言おうと、お前はいつでも、俺の大事な王子なのだから。」
そして瞬く間に一行は目のくらむような爆発の中に姿を消した。彼らは、こうして去っていった。
アルドン帝国の一行は、現れた時と同じくらいあっと言う間に姿を消した。
愕然とし、戦いに敗れた主人公たちだけが残された。
次は何が彼らを待ち受けているのだろう?




