第3章ー14
姜大佐は、有能であると共に、李提督と同じ全羅道出身ということもあり、李提督から引き立てを受けたことから、海軍で出世ができていた。
どちらかと言えば、陸上勤務が多かった李提督に対し、姜大佐は海上勤務をずっと続けてきていると言っても過言ではない存在で、韓国総艦隊の旗艦、「乙支文徳」の艦長に就任できたことは、自らの海軍勤務のある意味、集大成ともいえることだった。
そのため、「乙支文徳」の乗組員の間でも、海の事を熟知しているとして、姜大佐の人気は高い。
そして、李提督から姜大佐は今回の満州事変の謀略に誘われたのだが、一度は姜大佐は拒絶している。
姜大佐にしてみれば、そのような謀略を断行することは、却って祖国、韓国の立場を損なうものに思われてならなかったし、本当に戦争になっては、韓国の国民の多くも亡くなるという危惧を覚えたからだった。
だが、李提督の再三にわたる説得を受け、これまでに李提督から被った恩義も考えあわせた結果、姜大佐は、最終的に謀略に加担することに決めたのだった。
だが、今になって、姜大佐はあらためて躊躇いを覚えていた。
姜大佐も、日本の海軍兵学校に留学して、海軍軍人の素養を叩きこまれたという点では、李提督と似たような経歴を持っていた。
そして、1890年生まれであることから、東学党の乱の際には生まれていたとはいえ、自らの記憶の中で鮮明に覚えていることでは無かった。
逆に、事実上の開発独裁政権であったとはいえ、日本(それから英米)の後見による金弘集政権による恩恵を受けたことにより出世したこともあり、内心ではかなり親日的なところがあった。
「江田島で共に学んだ同期生の内、過半数が世界大戦のために既に亡くなっている。同期生の名を思い起こしても、あいつも戦死している、あいつも、と思い起こしてしまう有様だ。今回の謀略を発動させたら、韓国の国民も亡くなるだろうし、更に同期生も戦死するだろう。本当に良かったのだろうか」
姜大佐は顔に出さないようにしながら、懊悩していたが、時刻は容赦なく過ぎていた。
そろそろだな、李提督は、鴨緑江の河口付近を双眼鏡で探った。
予定通り(?)、軍服らしいものを着込んだ10人余りの人間が乗った小舟が1隻、中国領から韓国領内へと向かっている。
李提督は、姜大佐に目くばせした。
姜大佐は(内心では不承不承)、その合図に気づき、自らも双眼鏡で鴨緑江の河口付近を探った。
姜大佐の目にも、その小舟が目に入った。
仕方ない、もう引き返せない、姜大佐は決断した。
「李提督、不審な小舟が1隻、中国領内から韓国領内に向かっています」
姜大佐は、李提督に報告した。
「何、本当か」
李提督は、自らも双眼鏡で、その小舟を偶然、見つけたかのように装った。
「本当に韓国領内に着岸するか、監視を続けろ。もし、着岸したら、探照灯を照射し、軍服を着ていた場合は主砲を撃て」
李提督は命令を下した。
「いきなり撃っていいのですか」
「どう見ても、侵攻前の潜入部隊だ。今からでは、臨検を行う前に、奴らは韓国領内に入り込んでしまう。わしの判断で撃たせてもらう」
姜大佐の問いかけに、李提督は命令を下した。
「分かりました」
その間にも、小舟は韓国の領海内に入り込み、韓国領に着岸した。
「よし、やれ」
「乙支文徳」は探照灯を照射し、それらしき姿を見張員は確認した。
そのために主砲が、一斉に轟き、現場を地獄に変えた。
「動く者がいないか、監視を続けろ。陸戦隊を編制、現地に向かい、潜入してきた者を拘束しろ」
姜大佐は、(表面上は)てきぱきと命令を下した。
潜入してきた不審者(?)全員が、戦死していた。
李提督は思った。
謀略の第一段階は成功だ。
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