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第1章ー3

 ともかく1930年1月当時、実は世界経済は好況に向かいつつあると思われており、世界大戦後の反動からくる平和の配当要求は、むしろ世界的には強まっていた、という状況があった。

 第二次世界大戦後、更に世界大恐慌後の後知恵から、何故、1930年当時、ロンドン海軍軍縮条約を日英米は最終的に締結してしまい、更なる軍縮をして、独ソ中の暴走を食い止める機会を失う大失敗を犯したという批判が吹き荒れるが、当時、日英米の各国の世論の大勢が、緊縮財政万歳、軍縮大賛成と言う状況にあったということを見過ごしてはならない。

 そのために、日本海軍の軍縮条約ギリギリを衝くような軍艦の建造は、英米のみならず、実は当時の日本の世論からも受けがあまり良くなかったという現実があった。


 確かに、ロンドン海軍軍縮条約締結後、ロンドン海軍軍縮条約で更なる日本の軍縮が決まったのは、日本の国辱である、と主張する日本の国粋主義者による濱口雄幸首相の暗殺未遂事件(最終的に濱口首相の命は奪われることになる)が発生しているが、これも当時の国民世論からは冷ややかに受け止められ、一部の国粋主義者が行った、濱口首相暗殺未遂犯は、憂国の想いから義憤の余りに行動したのであり、寛大な刑に処すべきであるという運動は、当時の世論からはほとんど無視され、犯人は死刑に処せられた。


 だが、第二次世界大戦後、日本の一部の国粋主義者は、ロンドン海軍軍縮条約締結は、日本の世論からは大反発を産むことになり、そのために濱口雄幸首相暗殺未遂事件が発生し、テロの広まりを怖れた政府により、日本中で行われた助命運動にも拘らず、暗殺未遂犯は死刑に無理に処された、という主張をしている。

 歴史の真実と言うのが、見る人によって違うという一例である。


 ともかく、ロンドン海軍軍縮条約も、ワシントン海軍軍縮条約と同様に、各国の事情に応じた反発を産みつつ、進まざるを得なかった。

 日本(それも政府と言うより海軍)としては、補助艦艇の質的向上をさらに進めていきたかったが、英米に言わせれば、程々にしてくれ、もう止めてくれ、というのが本音だった。

 

 日本海軍の建造した夕張級軽巡洋艦、古鷹型(青葉型)重巡洋艦、妙高型重巡洋艦、吹雪型駆逐艦全てがひとかど以上の性能を持っていた。

 例えば、吹雪型駆逐艦は、ある米国海軍軍人の1人に言わせれば、

「第一次世界大戦の際に建造した我が国の平甲板型駆逐艦6隻と、吹雪型駆逐艦1隻とを交換したい」

 と羨望の眼差しが寄せられるくらいだった。


 そして、そんな軍艦を他国が持っていては、自国も欲しくなるのが当然である。

 英米仏伊の海軍は、日本海軍と同等の質を持った新型軍艦の建造を自国政府に求めた。

 だが、生憎と第一次世界大戦後の反動からくる軍拡拒否感情は、各国政府内にはびこっており、自国の軍拡を認めるのではなく、日本の軍拡制限に各国政府を向かわせることになった。


 だが、空母問題等をとっても、日本の軍拡制限は、単純にできるものではなかった。

 何故なら、平和を謳歌している欧米とは違い、日本は中ソとまともに対峙しており、下手に日本の軍縮を進めることは、中ソが中国における英米の利権を侵害した時に、日本が英米の用心棒の役割を果たせないという結果をもたらすからである。


 特に満州において、日本と満鉄を共同経営している米国にとって、この問題は自国政府の悩みを深くする問題だった。

「空母の建造を日本に認めるとともに、それなりに日本の軍拡を認めないと、中国の利権を日本は守れないだろうが、かといってそう単純には日本の軍拡を認めるわけにもいかない」

 日本の軍拡について、米国政府の悩みは、極めて深かった。


 

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