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久々更新です。短いです。

「今回の代議会親睦旅行への同行、お疲れ様でした。報告レポートも拝読させていただきましたし、生徒アンケートの結果も見ましたが、生徒会への評価も概ね好評のようで何よりです」


 桜花学園生徒会会長、篠谷しのや侑李ゆうりが眩しくて後光が差すかのような笑顔で言う。実際窓を背に会長の椅子に座ってこちらを見下ろしているので、絶賛逆光だ。後光は特殊効果ではなく晴れ晴れとした初夏の日差しである。目に悪いからカーテンを閉めてほしい。そうは思っても現状言える状況に無かった。

 椅子に座った篠谷に見下ろされる位置に私と小林はいる。正確に言うと、床に正座だ。ちなみに何故か私の方にだけ座布団が用意されている。ありがたいが、その優しさを別の部分で発揮してほしい。


「さて、我が生徒会副会長殿に於かれましては、旅行前に僕とした約束を覚えていらっしゃいますでしょうか?」

「……『篠谷君に定期連絡をする』…だったかしら? ちゃんとメールとお電話をしたと思うのだけれど………」


 目を逸らしながら答えたのは逆光が眩しいからで、決してやましい気持ちがあるわけじゃ……ない…。


「正確には、『1日3回、メールで状況報告をすること、緊急の場合は定期時間以外でも即連絡を入れること』……ですよ。それで、ここに僕の携帯のメール履歴があるわけなんですが……」


 差し出された画面には、旅行初日の夜と、二日目の夜の2回分、私からのメールが届いていた。そっと目を逸らす。約束を忘れていたわけではないが、取り立てて報告するほどの事もないと後回しにしているうちに夜になってしまっていたのだ。


「…便りがないのは元気な証拠って言うでしょう?」

「誤魔化しても駄目です。しかも元気な証拠と言いつつ、旅行中毎日何かしらの騒動に巻き込まれていたじゃないですか!? その中でちゃんと報告があったのは白樺先輩たちとのひと悶着のみで、写真の件や茶会の件もメールに記載がなかったのですが、どういうわけですか?」

「最後にまとめて報告したわよ?」

「緊急の場合はすぐに連絡をと言っておいたでしょう?!」

「それほど緊急性はないと思ったんだもの。犯人は捕まったし、白樺先輩たちの一件も最終的には何もされずに済んだんだし、報告書はどうせ登校してから作ることになるんだから急ぐ必要もないでしょう?」

「何かされてからでは遅いから言ってるんです!!」


 ドンっと机に拳を叩きつけて篠谷が怒鳴った。その剣幕に驚いてしまって、反論を呑み込んだ。篠谷自身、激昂してしまった事を恥じるように咳払いをして、目を逸らす。


「…とにかく、今後は一人で突っ走るような無茶は禁止です。必ず僕か梧桐君、最低でも役員の誰かには行動前に相談する癖を付けてください」


 まるで躾のできていない子供に言い聞かせるように言われてしまった。篠谷は少し心配性の度が過ぎていると思う。


「…わかったわよ。善処するわ」

「……『善処する』はこの場合素直に受け取っていいんですかねぇ…? 日本人特有の誤魔化しのお返事でないことを祈りますよ」

「はぁい」


 そうしてやっとのことで正座から解放された。曲がりなりにも武道を習っていたので、正座自体は苦痛じゃないけれど、お説教付きだと気疲れがする。

 強張った身体をほぐしながら副会長の椅子に座ると、加賀谷かがたにそうがお茶を持ってきてくれた。


「ありがとう。…加賀谷君にも心配をかけたわね。ごめんなさい」

「いえ、僕よりどちらかと言うと嘉穂かほが毎日のように先輩から連絡はないのか、無事に過ごしているのかと問い詰めてくるので…」

胡桃澤くるみざわさんにもよろしく伝えて頂戴」


 薫り高いお茶を口に運びながら書類を手に取る。次の生徒会の大仕事は体育祭だ。実行委員会の招集やその活動の補助、学園理事会との折衝など、やることは多い。特に運動部とは連携を取らなくてはならない場面も多い。間接的とはいえ、津南見と接する機会も増えてしまうだろう。そう考えて溜息が零れる。

 旅行最終日の夜の事は全く持って不覚としか言いようがなかった。いや、それ以前に、あれだけ道場で出会わないように気を配っていたのに、知らない間に出会っていた挙句、弱みを知られていたという事の方が衝撃的だ。津南見は誰にも言わないと言っていたが、他ならぬ彼に知られているという事が何より気になる。落ち着かない。


「……はぁ…」

「何かお悩みですか?」


 不意に間近から聞こえた声に顔を上げると、篠谷が目の前に立ってこちらを覗きこんできていた。


「あ、いえ…体育祭まで、忙しくなりそうだなってちょっと憂鬱になってただけよ。…何か書類に不備でもあったかしら?」

「いえ、連休中に家族で祖父の所に行ってきたのですが、お土産を預かったのでお渡ししておこうと思いまして」

「預かった……?」

「ええ、祖父からです。新入生歓迎パーティーですっかりあなたの事を気に入ってしまったみたいで、必ず渡すようにと厳命されました」


 差し出されたのはリボンの掛けられた薄い箱。目線で促されたのでその場で開けると、出てきたのはハンカチだった。一目で上質なものと分かる白く滑らかな生地に、縁には繊細なレースがあしらわれている。


「…綺麗ね。えっと…本当にいただいてもいいのかしら?」

「ええ、ぜひ使って下さい。…祖父も喜ぶと思います」

「そう、それじゃぁありがたく頂くわ。すごく綺麗なレースね…。私こういうの好きだわ。お祖父さまにお礼をしたいけど…伝言では失礼かしら? お手紙とか…」


 貰いっぱなしは気が引けるけど、篠谷のお祖父さまにお礼の贈り物をしようにもフランス語はわからないし、何を贈ればいいのかも思いつかない。レースの縁を指先で撫でながら呟くと、篠谷がコホンと咳払いをする。


「…祖父には僕から伝えておきますよ。気に入って下さったようで良かったです」


 そう言って席に戻っていく篠谷の頬が少し赤く見えたのは西日の所為だろうか。

 手の中に残されたハンカチを見ていると、どうしても津南見のハンカチを思い出す。結局今回も洗濯し、アイロンをかけ、ちょっとしたお菓子を付けて返したのだが、目をキラキラさせながら前のブラウニーも美味しかったと礼を言われ、なんと返していいか分からなくなった。この調子では本当になし崩しに交流が続いてしまいそうだ。…やっぱりあのハンカチ呪いのアイテムなんじゃないだろうか…?


「うっかり事故を装って処分してしまうべきだったかしら…?」


 しかしそれでは代わりのハンカチを私から津南見に贈らなくてはならなくなる…それはそれでややこしい。最近癖になりつつあるため息をそっと吐いて、津南見の事を頭から追い払うと、目の前の仕事に集中することにした。



 その週末の朝、私は練習試合に向かうため朝早くからバタバタとしている桃香の為にお弁当を作っていた。そこへあくびをしながらお母さんが入ってくる。バリバリのキャリアウーマンである彼女は休みの日は大概昼間で寝ているのに珍しい。


「ふぁ…朝から良い匂いがすると思ったら…。美味しそうねぇ…」

「多めに作ったから残りはお母さん昼に食べてね。私は午前中から出るから」

「ああ、デートだっけ?」


 ニヤリと笑う母の言葉に持っていた菜箸から肉団子が落ちそうになる。


「違うわよ! 知り合いと買い物に行くだけ!!」


 たしかに小林は冗談でデートなどと言ってはいたが、あくまで買い物だ。ただ買うのが互いに母の日の贈り物であるため内容を詳しく説明できない。結果としてほんのりやましい事があるような態度になってしまう。


「ふ~ん……。でも相手、男の子なんでしょ?」


 何で知ってるのかと問いただしたい気持ちをぐっと抑える。お母さんの事だからカマをかけられている可能性がある。


「誰がそんなこと言ったの? ……生徒会の後輩よ」

「ちっ…引っかからなかったか……」


 舌打ちしつつも特に悔しそうではないお母さんは皿の上から肉団子を一つ摘まむと口に放り込んだ。


「ん! 美味しいわ。いつでも嫁に出せるわね!」

「はいはい…。つまみ食いは一個までだからね」


 適当におかずをかすめ取ろうとするお母さんをいなしつつ、桃香のお弁当箱におかずを詰め、手早く包む。そこに制服姿の桃香が入ってきた。


「桃香、はい、お弁当。今日は応援に行けないけど頑張ってね」

「うん。お姉ちゃんこそ、はい、これ」


 そう言って渡されたのは掌サイズの防犯ベルだった…。


「……桃香?」

「いざって時はこれを鳴らして、小林君がひるんだすきに逃げてね!」

「…………桃香さん…?」


 どうも旅行最終日の夜の一件以来桃香の過保護に拍車がかかっている気がする。ぐいぐいと防犯ベルを私の手に握らせながらまくし立てると、お弁当を持って飛び出していく。時間的にギリギリらしい。


「それじゃあいってきまーす!!」

「いってらっしゃ――い…」


 弾むような動きで出ていった桃香を見送っていると、肩にぽん、と手が置かれた。振り返らなくても分かる。ここぞとばかりに狐スマイルを全開にしたお母さんだろう。


「ふ~ん…小林君って言うんだぁ~~~??」

「ぐっ……」


 やっぱり桃香が来る前に台所から追い出しておけばよかった。


「ただの買い物だから! 変な笑い方するの止めて!!」

「生徒会の子ってことは~、この前のハンカチの子とは違うのね~~?」

「!!!?」


 その後しばらくいじられ続け、出かける準備をする頃には幾分疲れ果てていた。


「真梨香、ちょっと待ちなさい」

「何? 本当にただの買い物だから、夕飯作る時間までには帰ってくるし、お母さんはお休みなんだから二度寝でもなんでもして…」

「アンタその格好で行くの?」


 言われて己の姿を見下ろしてみる。黒のスキニーとオフホワイトにプリントの入ったTシャツ、袖なしの丈の長いパーカー。髪はサイドで緩くまとめている。


「……? 普通だと思うけど…??」

「……却下。何で桃香いもうとと遊びに行く時より明らかに手抜きスタイルなのよ! ちょっと来なさい」

「え? ちょ?! お母さん??!」


 深々と溜息をついた母に部屋まで連行され、クローゼットの中身をひっくり返す勢いで漁られた。これ帰ってきてから片付けるの私なんだけど……。


「ほらぁ~ちゃんと可愛い服持ってるじゃない!! 桃香と遊びに行くって時はちゃんとめかしこむ癖にそんな男の子みたいな恰好でデートだなんて駄目よ! 絶対!!」

「だから別にデートじゃないって…」


 まったく聞く耳を持ってもらえないお母さんにあーでもないこーでもないと改造され、家を出られたのは待ち合わせに間に合うかどうかギリギリの時間になってしまっていた……。




 駅前は休日という事もあって結構人がいて、ざわめいている。こんなに混雑していては小林を探すのが大変かもしれないと一瞬危ぶんだが、実際は全くの杞憂だった。なにせ道行く人、特に女の子がある一定方向を見て目を輝かせて頬を染めている。その方角に目をやれば、人込みからにょっきり突き出した赤みを帯びた黒髪が見えた。


「……わぁ………」


 見えたはいいけどこの視線の集中する中央に入っていくのは正直勇気がいるな……。戸惑っていたら向こうもこちらに気づいたらしい、飼い主を見つけた犬のような勢いで駆け寄ってきた。


「真梨センパ~~~………ぃ…?」


 近付いてくるのに何故かその声は小さくなっていって、目の前に立った時、小林は無言で固まってしまった。理由は多分私の格好の所為だろうなと思うと恥ずかしくなってくる。

 お母さんに選ばれたのは細かな襞を寄せたブルーの花柄のミニスカートにオフホワイトのレースのトップス、スカートと同じ色のサンダル、髪は下ろして小ぶりなストローハットを乗せられた。ついでにほんのり薄くであるが化粧もされた。

 ただの買い物だからと訴えても全く聞く耳を持ってくれなかった母の手によって、今の私は友達同士の買い物に異様に気合を入れてきてしまった痛い子に成り果てている気がする。無言でこちらを見つめる小林の反応がすべてを物語っている。

 そう言う小林はと言えば適度にダメージの入ったデニムのパンツに相変わらずどこで誂えてくるのかという袖の余った黒地に赤のロゴの入ったパーカー、赤い縁の伊達眼鏡で、ラフと言えばラフな姿だが、モデル並みの身長とスタイルの所為でオシャレに見えるという世の不公平を体現した出で立ちだ。

 しかしそんな長身イケメンは私を見下ろしてぷるぷる震えていたかと思うとその場にしゃがみ込んで盛大な溜息を吐き出した。


「………っ…はぁ~~~~~………ヤバい…」

「…ちょっと、開口一番がそれはあんまりじゃないかしら…? 確かに似合ってないかもしれないけど」

「そうじゃなくって!! センパイ可愛すぎ!! おれ我慢できるかな~~?? なんかやったら妹ちゃんに今度こそ殺されるよ~~~」


 頭を抱えてブツブツ言う様子は傍から見るとちょっと異様で、さっきまでとは別の意味で注目を集めてしまっていた。慌ててその肩を揺さぶって正気に戻す。


「ね! もう行きましょう? 急いできたから喉も乾いたし、お茶でもしながら何を買うか相談しましょう?」


 ね、と重ねて言えば、小林は呆けた顔でこちらを見上げて、こくこくと頷いた。


「……行く。もうどこまでも行く。俺もう今なら妹ちゃんに木刀で殴られても笑って頑張れそう」

「…うちの妹をおかしな特殊プレイに巻き込まないで頂戴」


 5月にしては珍しい夏日だったから暑さで頭をやられたのかもしれない。とりあえず冷たいものでも飲ませて正気に戻そう。小林の手を引いてとりあえず目の前の駅ビルに入る。店内の涼しさにほっと息をついていると、聞き覚えのある声が聞こえた。


「あれ?! 真梨香先輩と小林君??!!」

「ちょ…いちご…」


 目を丸くして叫んだのは桃香のクラスメイトの倉田くらた苺さん。その横で気まずそうに彼女の袖を引いていたのは生徒会書記、香川かがわ茱萸ぐみさんだった。

お母さん、ぐっじょぶ。

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