88話、氷上太郎
大寧寺・大内義隆の陣
返り血を浴びた大内義隆が床几に腰をかけている。その傍らには、冷泉隆豊も控える。この男も義隆以上に朱に染まっている。
「御屋形様、よくぞご無事で。」
「儂の命などはどうでも良い。大内の支柱の1つを失ってしまったのじゃ。」
「ここに大黒柱が立っておられるでは無いですか。そしてこの藤三郎、陶当主となりましてございます。父上に変わって主家をお支えしまする。」
「大黒柱か、、、。」
「にございまする。」
やはり、重臣の死は、戦国武将にとって痛いものなのだな。
「御屋形様に会っていただきお方がおられまする。」
「会わせたき者とな。通せ。」
「ははっ。氷上太郎様、お入りなされ。」
「この者は?」
「大内氷上太郎様にございまする。御屋形様の従弟様にあたられまする。 」
「大内氷上太郎隆弘にございまする。兵部卿様、お初にお目にかかりまする。」
「もしや、我が叔父上・大護院尊光の遺児か。」
「如何にも。」
「大友の、将の1人として敵本陣前におられまして、唐菱を旗印としておられまして、まさかと思いお声をおかけしましたら、氷上太郎様にございました。」
「ほう。しかし、何故儂の前に?」
「兵部卿様、この氷上太郎は、大友の元で誰からも忘れ去られ、唯食客として、生きておりました。然し、ここにおられる藤三郎殿に声をかけられ、大内の血を引く者として生を成したならば、兵部卿様、並びに大内の御家のためにこの氷上太郎の命を尽くすべきと考えまじでございます。どうか、この氷上太郎を郎党の末席に。」
「その方、幾つになる?」
「齢、27にございます。」
「一門衆の末席として励め。そして、次代の一門衆筆頭の1人として、我が嫡子、亀童を支える将となるのじゃ。」
「我が父は、1度大内の御家に背いた身にございまする。大内の名をこの氷上太郎が名乗るのは憚りまする。」
「であれば、長門の滅びた名族、厚東氏の名跡を継ぐがよい。厚東氏の通字は、武であったな。今日より、厚東氷上太郎隆武となのれ。直に大内一門衆として相応の官位も与えよう。」
「い、一門衆、、、。さらにこの氷上太郎に官位を、、。」
氷上太郎は、ド肝を抜いている。この男、本当に末席で満足だったのか?いや、豊後で貧乏暮らしだったという事だ。大内の直臣となれただけでもこの男からすると、、。
「厚東氷上太郎隆武、、兵部卿様、亀童丸様、そして大内の御家にお仕えしまする!」
「一門衆氷上太郎、期待しておるぞ。」
「ははっ!!」




