第6章 第8話
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さっきまで人で埋め尽くされていたスタンドはガランとして、清掃スタッフがせっせせっせとゴミを集めている。場内のステージも機材もたくさんのスタッフによって手際よく撤去されていく……
計画は全てうまくいった。
そう、寸分違わず100%計画通りに!
あのあと、額のシートを剥がし、最後まで総評を述べた朝風明希。
さすがは総理だ、仕事を途中で投げ出したりはしない。しかし、それはいつものあの女の熱弁ではなく、手元の原稿を所々間違えながら読むだけと言う体たらくになった。
一方、朝風明希の優秀な側近は誰が「シミ隠シート」を彼女に貼り付けたのかしっかり覚えていた。
だから、彼女のスピーチが終わる頃には、僕らを数人の警備員たちが取り囲んだ。
「全てわたしがやりました」
黒い服を着た側近の男に毅然と言い放ったさくらさん。
「いいえ、僕がやりました」
当然さくらさんだけに罪を着せるつもりはない。
「何言ってるのよ一平くん! あなたバカじゃないの! 彼女にシートを付けたのはこのわたしでしょ!」
「指紋を採れば僕のも出てくるよ」
「ばかっ! 何言ってるの! これはわたしの復讐よっ! ええ、鳥海さくら、わたしの復讐なのよっ!」
想定外の展開だったのか黒服の男は暫く黙っていたが、やがて僕たちをふたりとも連れて行くように警備員に命令する。
さくらさんも僕も、がっしりした男たちに腕を捕まれる。
これでいい。
これが「捨て駒」の宿命なのだ。
相手は日本の総理大臣、敵に不足はない。
そしてさくらさん、聖佳、僕たちは見事に仕事をやり遂げたんだ。
あの女を相手に、僕らは必勝の一手になったんだ。
満足だ、悔いはない。
あとは、なるようになる。
ままよ!
「連れて行け!」
僕の腕が強く引かれるのを感じたその瞬間だった。
「お待ちなさいっ! その子たちから手を放しなさいっ!」
予期せぬ声が毅然と命じる。
それはさっきまで聞いていた声。
「そっ、総理!」
「手を放しなさい! 今回の件は全て私自身でやったこと。その子たちは一切関係ありません!」
「何を仰います。証拠はちゃんと……」
「お黙りなさいっ! わたしの言うことが聞けないのっ!」
「はっ!」
総理のあまりの剣幕に、側近の男は敬礼し、僕らは解放された。
が、しかし……
「何言ってるのよ朝風! わたしがやったのよ! さあ捕まえなさいっ! わたしは鳥海さくら! 父の、鳥海翔一郎の恨みを晴らすため、貴女に無茶苦茶にされた家族の恨みを晴らすため、このわたしがやったのよ! ほら動機も十分じゃない! さあ捕まえなさいよっ、わたしを捕まえなさいよっ!」
「あの、総理……」
「この子たちは無関係です。次の予定があります。さあ行きますよ!!」
「しかし総理……」
「黙りなさいっ!」
結局。
僕らは何のお咎めもないままここに残った。
一部始終を見ていた札幌白峰高校の連中も、掛ける言葉がなかったのか、僕らに頭だけ下げて去っていった。
「敵は敵のままで、悪役は悪役のままで、ラスボスはラスボスらしく、最後までそうあって欲しかったのに……」
もう2時間は経つだろうか。
俯いたまま椅子に座り込んでいたさくらさん。
流す涙も涸れ果てたのか、嗚咽の声も止まっていた。
ぽろろろろん!
着信音にスマホを取り出したのはもみじ。
暫くその画面を見ていた彼女は、さくらさんの肩にそっと触れる。
「あなたの勝ちよ、さくらっち」
「えっ?」
ようやく顔をあげたさくらさん。
その目は真っ赤に腫れて、いつもの気高き高嶺の花の威光は見る影もない。
「母が今晩9時から緊急の会見を開く、ですって」
「「緊急の会見?」」
「ええそう。ああ、きっと失業だわ! このタイミングで他にないでしょ?」
晴れ晴れとしたもみじの表情とは対照的に、さくらさんはまた僕を向いて目を伏せる。
「あの、ごめ……さい」
かすれた声はほとんど聞こえない。
だけどその気持ちは痛いくらいに伝わってくる。
「何言ってるんだ! よかったんだよ、これですべて」
それから3時間後。
僕らは丁重に扱われ、無数のフラッシュが飛び交う記者会見の場に立っていた。




