第6章 第7話
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さあ、いよいよクライマックス!
大観衆が、そして全国中継のTVカメラがあの女に注目する。
手元の原稿に目を落とすあの女は、何を想うのかいつものような堂々たる雰囲気を感じない。だけど傍聴席の僕らはその様子をじっくり眺めている場合ではなかった。
結局、もみじはさっきの「お兄ちゃん」発言をあっさり真実だと認めてしまった。
僕ともみじの関係が、そして僕と朝風総理の関係が、よりによってこのタイミングでさくらさんにバレてしまった……
「どうして黙ってたのよ一平くんっ!」
「あ、いや、ロボコンが終わったら話そうかと……」
「一平くんバカじゃないの! あなたは今、自分が何をしてるか分かってるの!」
「ああ勿論! 作戦は全てうまくいってる。聖佳は立派に最後の仕事をしてくれたよ」
最後の仕事。
それは冠を授かるとき、あの女のおでこに特殊なライトを当てたこと。
人間の目には見えないその光によって、あの女のおでこに貼られた「シミ隠シート」が覚醒し、隠された文字が浮かび上がるのだ。
「だからそれがおかしいのよっ!」
「どうしてだよ。待ちに待った瞬間だろ! 一緒にやろうって約束したじゃないか!」
文字の覚醒は2段構えになっている。最初の文字発現まで約1分半。そしてその2分後には別の文字が浮かび上がる。即ちふたつの言葉が時間差で見える仕組み。化学反応を利用したマジックだ。
「止めてよっ! 今すぐ止めてっ!」
しかし、既に壇上から離れ、人々に混じった僕たちの声は、あの女まで届かない。
「さくらっち、ちょっと静かに……」
「これが静かにしてられますか! あの女は、いいえ、朝風総理は一平くんのお母さまなんでしょ! このままじゃ一平くんの家庭がめちゃくちゃになるわよ!」
「構わないさ」
「構うわっ!」
「ちょっとどういうこと、何を言ってるのよふたりとも」
ざわざわざわざわ……
「何あれ」
「ほら、総理のおでこ」
おお~っ??
人々のざわめきが聞こえ始める。
巨大スクリーンには落ち着きを取り戻し、胸を張りスピーチを繰り広げる朝風明希の姿。そしてそのおでこには黒い文字が大きくハッキリ浮き上がっていた。バストアップの画面でもスクリーンが巨大だからちゃんと読める。
おめんこ
「何? ねえお兄ちゃん、ううん一平さん何あれ? おめんこ、ってなに? 大昔の子供の遊び道具? メンコのこと?」
もみじの言葉に返す言葉を探す。この部分はさくらさんの担当、彼女が書いたはずだけど…… おめんこ?
「おめんこ、って女性の18禁の部分よっ! あそこの隠語よ! 知らないのっ!!」
「さくらさん、そりゃお●んこだ! おめんこじゃない!」
「えっ! じゃあ「おめんこ」って、母の故郷の方言なのかしら?」
「いや、そんな地方はない、と思う」
しかし、そんな僕たちの混乱も知らず、あの女は壇上で熱弁を振るう。
聴衆のざわめきは大きくなる一方、やがてそれはざわめきから爆笑へと変わっていった。
あまりのことに呆然としていた総理の取り巻きたち。壇上の脇でただ総理の姿を見ていただけの側近たちが我に返った。
「あっ、テレビカメラ! テレビカメラを切り替えろっ!」
この映像は場内スクリーンだけでなく全国にも生中継されている。まあ側近として最初にすべき正しい判断だと言えるだろう。先ずは中継を止めてからだ。
「はいっ、中継切り替えます!」
しかし、そんな彼らの思惑むなしく。
次の瞬間、巨大スクリーンに映ったのは総理のおでこのドアップだった。
おめんこ
さっきの文字が太字の巨大フォントで迫ってくる。
替わった「第二カメラ」は総理の額をアップで映していたのだ。
きっとカメラマンの本能が、報道すべき対象を的確にドアップで捕らえていたのだろう。
さすがはカメラマン!
これこそプロ、これこそ報道魂というものだろう。
何だあれ!
ぐひひひひひひひひひひっ!
ぎゃはははははははははははははっ!
「ちょっと何してるの! もみじっちもボケッとしてないで止めなさいよっ!」
「ちょっとこれ、面白いかもっ!」
「面白いかも、じゃないわよ! 一平くん、あなたのお母さんなんでしょ! 何とかしなさいよっ!」
「えっ? だってすべてはさくらさんのためだよ。大丈夫、僕は絶対さくらさんを裏切ったりしないから。約束は最後までちゃんと果たすからさ」
「そうじゃなくって。ええい、命令よっ! 止めなさ~いっ!」
駆け出そうとするさくらさん。しかしそこに聖佳が戻ってきた。
「サクラ姉さま~っ!」
飛びつくようにさくらさんに抱きつく聖佳。
聖佳の体は華奢でもパワーはハンパない。
「せっ聖佳ちゃん!」
「あっ、聖佳! ちょっと聞いていいか?」
「モチロンデス」
「聖佳はどうして朝風総理をお母さんって呼んだんだ?」
「エッ? ダッテあの人はこの髪飾りしてたでしょ! この髪飾りはお母さんのだって設定だから」
「あ、そう言うこと」
どうやら聖佳は朝風総理による表彰も今日の競技の延長だと思い込んでいたらしい。
まあ、この辺は人工知能だし仕方ないか……
壇上では相も変わらずあの女が、額の「おめんこ」を振り乱し、一生懸命聴衆に訴えかけている。いやはや何とも恐ろしい気迫だ…… 舞台袖から側近が声を掛けるが、朝風総理はうるさいとばかりに睨みつけた。
「何が起きても動じない!! わたしたち政治家は、ロボットのその性質に学ぶところがあるようですね!」
さすがである。
朝風総理のこの一言で舞台袖の側近は黙りこくってしまった。
ア~メン……
やがて。
徐々に「おめんこ」の文字が薄くなっていく。
そうして代わりに次の文字が浮かび上がる。
さあ見よ! 新開発の2段あぶり出し技術の成果。
次のお言葉に刮目するのだ!
お願いおなた、帰ってきて!
巨大スクリーンにでかでかと映されたその文字に聴衆は一瞬静まりかえった。
そう、朝風総理の側近さえも。
ついでに言うと、それを書いた僕自身も。
「ねえ一平さん、「おなた」って何?」
「あっ、ごめん間違えた。「あ」と「お」を間違えた! てへぺろっ!」
「一平くん! 自分のお母さんになんてことするのっ!」
「だってほら、シートに書くときは表裏逆だから、間違っちゃったって言うか……」
「わたしが言いたいのはそっちじゃなくって!」
「でもさ、これはこれでなかなかいい味出してるじゃん、おなた、だって。ぷぷぷぷっ!」
「一平さんったら! ぷぷぷぷっ!」
「もみじっちも笑ってないで何とかしなさいよっ!」
見るとさすがの総理の側近でさえ、壇上の隅で腹を抱えている。吹き出すのを押さえるのに精一杯のようだ。日本の最高指導者自らが演じる史上最高のエンターティメントを楽しんでいないのは、発案者のさくらさんだけだった。
「見ろよあれ!」
隣の札幌白峰高の奴らの声が聞こえる。
「なあ、おなた、って何だ?」
「おなた? おなった、の間違いじゃないの」
「イヤ意味通じないよ! 普通に「あなた」の間違いでしょ?」
「いや、僕は「おなった」の間違いに一票!」
「だよな。狙ったんだよ、絶対!」
「いや、ていうかさ、だいたいこれ何のパフォーマンス?」
やがてドーム全体からのざわめきが地鳴りのような爆笑へと変わっていく。
笑い屋のおばちゃんでもこんなに激しくは笑えまい。
いつしか会場は一家、聴衆はみな大爆笑だ。
お願いおなた、帰ってきて!
巨大スクリーンに総理が熱弁を振るう姿が、額の文字が揺れる。
「カメラだっ! カメラ切り替えろ! 壇上を映すなっ!」
我を忘れ自身も爆笑していた側近たちだが、はたと自分の役割に気がついたようだ。気がつくと指示は早く的確だ。さすが総理の側近は優秀だ。
「早く壇上から別のカメラへ切り替えろ!」
「はいっ、カメラを壇上から切り替えますっ!」
そんな声が聞こえたかと思うと、画面が切り替わる……
「……ん、何? おなた、帰ってきて? 明希ちゃんなにしてるんだ? もしかして僕に言ってるの? いやでも国外追放したの明希ちゃんの方じゃん。しかもこんな場でおでこで訴えるのはどうかと思うよ? けどまあ子供たちのこともあるし、僕も少し大人げなかったかな。明希ちゃんさえよかったら僕は戻ってもいいんだけどな。なんだかんだと明希ちゃん可愛いし……」
場内の巨大スクリーンに映し出されたのは父、赤月昭一の姿。
「とっ、父さん何ブツブツ言ってるのっ!! カメラ映ってるって! 全国中継流れてるって!」
記念講演を終えた父は椅子に寛ぎ片手にフランスパン、もう片手にワインを持ったまま余裕の表情で独り言を呟いている。顔もちょっと赤い。さすがはフランスの赤ワイン、ほどよいルビーだ。ってか、その横に朝風明希にそっくりなアンドロイド・晶子ちゃんの姿も見えて、その晶子ちゃんに「明希ちゃん可愛い」を繰り返す父……
映ってるって父さん、映ってるって!
ざわざわざわ……
「何これ? 新種の演出?」
「いまこの人「明希ちゃん可愛い」って言ったよな!」
「お願い帰って来てって、もしかして赤月博士と総理って出来てるとか?」
「子供たちのことって、何それ凄いスクープの予感!」
「フランスパンとワインって合うのかしらん?」
色んな声が会場を縦横無尽に飛び交う。
確かに中継カメラは壇上を映してはいない。カメラを切り替えた放送局のディレクターは何も間違っちゃいない! しかし、よりによって赤月博士の中継カメラにスイッチしてしまったのは、やはりジャーナリストの本能だろうか、ナイスプレイ! 見事なスクープ、といいたいところだが、いい加減やめてよ父さん、明希ちゃん可愛いを連呼するの!
「ねえ一平くん、やっぱりそうじゃない! 赤月博士と朝風総理ってそんな関係じゃないのよっ! それなのに、それを知っててどうして教えくれなかったのっ! 一平くんのバカバカバカバカっ!」
大観衆を前に熱弁を振るっていた朝風明希も、さすがに場内のスピーカーから父の声が流れるに至って異変に気がついた。ってか、よくぞここまで気がつかずに引っ張ってくれた。さすがは一国の総理大臣、その演説にかける集中力と意気込みは感服に値する。ブラボー!
何事かと振り返った彼女に、優秀な女子スタッフが手鏡を手渡す。そしてそこに自分のピエロ姿を見るや、さすがの朝風明希も手で顔を覆い、女子高生バリにキャッっと可愛い声を上げて、その場にうずくまった。




