第6章 第2話
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ベージュのスーツに真っ赤なリボン。
ぞろぞろと案内人やガードマンを引き連れた朝風明希が歩いてくる。
その風格はまさに総理に相応しく、いつか会った彼女とはまるで別人のよう。
「いよいよね」
「ああ」
彼女が隣の展示を見ている間に、僕らの展示に最終チェックが入る。係員が展示内容を確認したり、不審物がないかをチェックする。勿論危険物なんかここにはない。僕らは暴力に訴えたりしない。そんな野蛮なことはしない。そんな卑怯なことはしない。そう、総理のおでこにちょっと落書きするだけだ。
やがて。
「こんにちは赤月さん、二畳院さん」
赤いショートボブには年齢不相応に可愛らしい白い花の髪留め。
笑顔を浮かべたあの女は僕らのコーナーの前に立つ。
「あ、はい。ようこそ星ヶ丘高校ロボット部へ」
自分の名前を呼ばれて一瞬驚いた風なさくらさん。見ると付き人が何やら名簿を持っている。きっと全ての説明員に名前で声かけするとか、細かい配慮してるんだな、と少し感心。
「あらっ?」
朝風総理はさくらさんの顔を数瞬じっと見るとやおら。
「あなた、もしかして」
「はい、もみじさんと一緒にバイトしてます」
「いいえ、そうじゃなくって、まさか……」
それまでの堂々たる彼女の態度が一瞬変化する。
と、それを見たさくらさんの、彼女の不敵な瞳が光った気がした。
「はい、わたしは二畳院さくら。3年前までは鳥海さくらという名でした」
「っ!」
「本校ロボット部のエース、聖佳号についてわたしからご説明します。こちらをご覧ください……」
明らかに驚いた顔でさくらさんと僕の顔を交互に見る朝風明希。
しかし、そんなことはお構いなしに、さくらさんは展示物の前に立つと説明用の指示棒を伸ばす。
「我が聖佳号には他にない3つの特徴があります。ひとつめに、彼女は我々人間と同じものを食べてそれをエネルギーに動くという画期的なシステムを持っています。食事の際には味や香りまで判別し、栄養が不足すると動作に支障を来すというこだわりの一品です」
「す、すごいわね」
「はい、彼の父、赤月博士の成果です。そして次にこの人工知能は…… あっ! ごめんなさいっ!」
さくらさんが持つ指示棒があの女のおでこに当たる。
一瞬の出来事。
あの女の広いおでこが黒いインクで汚れる。
「あっ、どうしましょう! 汚れてしまって。これっ!」
さくらさんは真っ白なハンカチを取り出し総理のおでこにあてがう。しかし、インクは油性だ、そう簡単に取れるわけがない。そう、全ては計画通りだ!
「なっ、何をするんだ!」
横にいた側近らしき男が慌ててさくらさんからハンカチを奪い取り、朝風総理のおでこを入念に拭く。しかしインクは取れない。取れるわけがない。だってそう言うインクなのだから。
「なんてことをしてくれるんだ! このあと総理はTV中継もあるんだぞ!」
「ご、ごめんなさい総理! あのもし良かったらこれ……」
「もういい! 総理、ここはひとまずあちらに行って……」
「待ちなさい。今は彼女が喋っていたのでしょう? 何かしら、えっと、二畳院さん」
「はい、これをお使いください。肌の汚れを完璧に隠すシミ隠しシートです」
「あらっ、これ知っているわ。いいもの持ってるわね。いつも持ち歩いてるの?」
「ええ、ニキビも隠せるんですよ」
「二畳院さんにはニキビなんてないみたいですけど」
さくらさんの白く細やかな肌にニキビなど想像するのも不可能だ。
「えっと、突然の虫さされも隠せるんですよ」
「そうなの。それは知らなかったわ」
さくらさんは薄い薄いシートを彼女に見せると自分が貼ると申し出る。総理の付き人らしき男が何かを言おうとするが、あの女はそれを制止する。
「じゃあお願いするわ、二畳院さん」
「はい」
僕は心の中でにやりと笑う。
うまくいったぞ。
この『安心の極薄0.01ミリ 究極の復讐シート』さえ貼ってくれれば。
貼る人間は誰でもいいのだが、さくらさんが貼るのが一番だ。
彼女は総理に一礼すると作業を始める……
シミ隠しシートの効果は絶大だった。あの女のおでこは元通り、いや元以上にスベスベと綺麗な肌色を見せている。そもそも女優のように美しいあの女だが、流石にお肌は16歳のさくらさんに敵う由もない。手鏡を取り出し朝風総理に手渡すさくらさん。その可愛らしいピンクの手鏡を覗き込むと朝風総理はにこり微笑んだ。
「元通りね。いいえ、それ以上だわ。ありがとう二畳院さん」
「あ、いいえ、こちらこそご迷惑をおかけして……」
「じゃあ説明の続き、お願いしていい?」
「あっ、はい」
化粧道具を仕舞うさくらさんを見て、僕は説明を引き継ぐ。
「それで我ら星ヶ丘のエース聖佳号、その二つ目の特徴は、彼女の知性、即ち人工知能です。彼女は人の心をシュミレートした「気持ちエンジン・ファン謝恩特装バージョン」と人の気持ちを読む新開発のソフトウェア「分かって一平くんリミテッドエディション」を搭載しており……」
僕の説明にツッコミを入れることもなく、朝風総理は説明に頷くと僕らの労を労う言葉を残して隣の展示へと去って行った。




