第5章 第10話
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「イラッシャイませ~っ! ようこそツインフェアリーズへ!」
ベルちゃんこと聖佳の声が明るい店内に響く。
「いらっしゃいませ~っ!」
さくらさんも満面の笑みを振りまく。
今日は週末の金曜日。
からりと晴れた夏空に、窓の外を行き交う人もいつもより多いよう。
「ねえ、金曜ホントに店を開けるの?」
先週日曜、今日の営業を知ったもみじの言葉だ。
ついに明日・土曜日は、待ちに待ったロボコンの決勝。
その前日は準備とかで忙しいんじゃないかと心配してくれた。
僕も最初は店を閉めようと考えた。
考えて、考えた上でさくらさんと一緒に出した結論が「開店する」だ。
と言うか、さくらさんのたっての希望だった。
僕とさくらさん、ふたりでこうして店に立てるのはきっと今日が最後…… そう思うと僕も店を開きたかった。明日も頑張らないといけない聖佳には申し訳ないけど、パティスリーマルセイレのケーキひとつで頑張ってもらうことにした。
「もみじっちは昼からだったわね」
「ああ、午前はどうしても抜けられない生徒会の用事があるって。三つ葉ロボット部の出陣式らしいよ」
「やっぱり彼女も敵ね。あの女の娘だものね。だけどいないと忙しいわね」
巨大ディスプレイの威力もあってバグースコーヒーやダンケンカフェと十二分に張り合えている。お客の入りも順調でバグースには敵わないけどダンケンには勝っている。名のある喫茶店が集結したことで人の流れが出来たらしく、この辺に来る客数自体が増えている。
「今日は忙しくなりそうじゃのう……」
いつもの笑顔でカウンターに戻ってきたのはきらら婆さん。
「ごめんなさい。でも明日と明後日はお休みですから頑張りましょう」
「わかっとるよ。明日はゆっくりさせてもらうよ」
昨晩、日曜も休みにすることをもみじさんにも伝えた。
ロボコンは土曜日、だから日曜は営業可能だ、普通なら。
だけど僕らは明日、一世一代の大勝負に出る。
きっと無傷で済ますことは不可能だろう。
そもそもさくらさんは全ての罪を被るつもりだ。
だから昨夜、僕は全てを聖佳にも伝えておいた。
「ワルイヒトですね、そのソウリダイジンってヒトは!」
さくらさんの家族が受けた酷い仕打ちを話して聞かせると、聖佳は明日は絶対優勝すると誓ってくれた。
「ねえ一平くん、聖佳ちゃんにそこまで話をする必要があるのかしら」
「聖佳も僕らも仲間だろ、だったら知る権利はあると思うんだ」
「それはそうだけど…… 一平くん、まさか変なこと考えてないでしょうね?」
「変なこと?」
「考えてなかったらいいけど……」
惚けてやり過ごしたけど、さすが、さくらさんは鋭い。
今回の復讐劇はハッキリ言って犯罪だ。
だからさくらさんは全ての罪を被ろうとしている。実際、実行に直接関与するのはさくらさんと聖佳だけ。けれども僕だって計画も道具作りも一緒にやってきた。同罪だ。さくらさんだけに罪を被せるなんてできっこない。だから僕は聖佳に全てを教えた。いざという時にふたりが共犯であることの証拠になるように。
昼を過ぎるともみじも店に来てくれた。
この店は今日までかも知れないのに、立派なディスプレイを調達してくれたもみじ。
いつもの笑顔で「また来てください」と頭を下げるもみじ。
「なあもみじ、僕らが全て知ってること、お母さんに言ってないよな」
「うん、言ってないよ。約束したじゃん」
「ありがとう」
僕らが秘密に気付いたことはお母さんに言わないで欲しい…… さくらさんの気持ちも考えて、彼女は約束を守ってくれている。
だけど、それは別の意味でも重要になってきた。
いざという時、もみじに疑いが掛からないようにするために。
もみじは何も知らないし、何の罪もないのだ。
「明日頑張ったら日曜はお休みね。あのさ、日曜日に会えないかな? 1時間でもいいんだ。ちょっと相談したいことがあるんだけど」
「例のことか?」
「あ、うん、まあね」
そのくりりと大きな瞳で僕の顔を覗き込むもみじ。
きっとまた家族のことだろう。彼女の家族は即ち僕の家族でもある。当然僕はもみじに協力しなくちゃいけない……
しかし、僕は誘いを断った。
「日曜はちょっと……」
「ダメなの?」
「あ、ほら、このところ僕もさくらさんもロボコンの準備で忙しかったしゆっくりしたいかなって」
「あ、ああなるほど。分かったわ、ごめんね」
本当は、ロボコンが終わったら、もう会うなんて約束果たせないかも、だから……
「ごちそうさん! 勘定宜しく!」
「あ、ステファンさん、ありがとうございます! 本当にありがとうございました! ツインフェアリーズは明日明後日とお休みですけど、本当にありがとうございました!」
「ん? どうしたの一平ちゃん? 今生の別れじゃあるまいし、そんなに丁寧に頭下げられると気味悪いよ」
「ははっ、ごめんなさい。じゃあ…… また」
「ステファンさん、ありがとうございましたっ!」
さくらさんも同じ思いなのだろう、いつもよりお辞儀が深い。
そうして。
ちょっとした感傷にも浸りながら僕らは「ツインフェアリーズ最後の営業」を終えた。




