第5章 第9話
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さくらさんと聖佳、3人で家路を歩む。
「おめでとう! やっぱり凄いわね一平くんは」
「あ、いやその。さくらさん、ごめん」
「えっ? 何言ってるの? 謝ることないでしょ?」
放課後、まるで自分のことのように僕の快挙を喜んでくれるさくらさんに、僕は申し訳ない気持ちで一杯になった。そもそもさくらさんがいなけりゃ僕の成績がこんなに伸びることはなかった。彼女が霜降りステーキなら僕はその横の人参、彼女がダイヤの指輪なら僕はその保証書を入れる素っ気ない封筒、彼女が一億円の当たりくじなら僕はその5番後ろにある200円の当たりくじ、頑張ったのは全部彼女で僕はそのついでだったのだ。それなのに……
「ホントごめん」
「もう、さっきから何回言わせるの? わたしより一平くんが出来た。それだけのこと。だからもっと喜んでよ、ねえ一平くん!」
「いや、でも」
「あっ、そうだ。ちょっとこっち行きましょ!」
駅を出て、家への道から脇へ逸れる。
そんな彼女に聖佳が駆け寄る。
「ドコヘ行くんデスカ、さくら姉さま?」
「ほら、あそこよ。店の外まで人が並んでるわ!」
真っ直ぐ彼女が向かう先には10人ほどの行列が見える。
パティスリーマルセイレ。
凄く美味しいと誰もが口を揃えるけれど、値段も相応に高いと評判のケーキ屋さん。僕らにはちょっとやそっとじゃ手が出せない、まさに高嶺のケーキ。
そう言えば中間試験でさくらさんが自己最高の順位だった時、美味しそうだし買おうかって誘ったら「高カロリーと無駄遣いは敵だから」って断られたよな……
「えっとね、今日はわたしのおごり! ただしひとりひとつよ、聖佳ちゃんも」
「ウレシイです~っ! 聖佳悩んじゃいますよぉ」
「って、こら聖佳ダメだぞ! ねえさくらさん、おごりなんて悪いよ。僕と聖佳の分は……」
「だーめ。これは命令!」
「はあっ? おかしいよ。ここは割り勘で……」
「あのね一平くん。一平くんはお誕生日のプレゼントを断る? バレンタインの義理チョコを突き返す?」
「いや、それとこれとは……」
「一緒よ! わたしは今そんな気持ちなの。だからこれは命令。絶対!」
「でも」
「だ~め」
さくらさんの微笑みに、僕は何も言えなくなって。
そして、その夜。
みんなでケーキを食べた。
僕のチーズケーキはベリーのソースが見た目も艶やかで口に入れるとチーズの濃厚な旨味が華やかに広がる。さくらさんが淹れてくれた紅茶が抜群に合う。目の前でシンプルないちごショートに顔をほころばすさくらさん。あんなに一番が取りたいと言っていたのに、こんなに喜んでくれて、気を使ってくれて……
「スッゴク美味しいデスネ、さくら姉さまのいちごショートも美味しそう!」
「聖佳ちゃんも一口食べる?」
「エエッ、いいんデスかっ! じゃあ聖佳のも一口どうぞっ! チョコがすっごく香ばしいですよっ!」
「ありがとう……………… って、ホント美味しいっ!」
「このいちごクリームも絶品ですよっ!」
さくらさんは一生懸命頑張った、それなのに……
いよいよ今週土曜はロボコン決勝。
試験が終わって、さくらさんは自分の部屋の整理を始めた節がある。
「どう、一平くんもひとくち?」
「僕はいいよ。あっ、このチーズケーキもめちゃ旨だよ。食べてもいいよ」
「バカね、こういうのはギブアンドテイクが絶対条件なのよ。はい、あ~んっ!」
「ちょっ、ちょっとさくらさん、なに悪ノリしてるの!」
「悪ノリじゃないわよ、ここは甘えてお口を開けるところよ、ねえ一平くん!」
「ソウデスヨ、お兄さまっ!」
「こら聖佳ふたつ同時に突っ込もうとするなっ! 味が混ざるっ!」
「イインデスヨ!」
「そうね、ふふふっ!」
「ああもうっ、んぐぐぐぐっ!」
…………
「どう、いちごチョコ味は?」
「…… んぐっ…… それでも美味しいや!」
「ふふふふっ、でしょう! 一平くんならそう言うと思ったわ」
「サスガハお兄さまでっ!」
「たははははっ……」
「あのね一平くん。わたしね……」
「……?」
僕と目があったさくらさんの、その魅惑的な瞳がふわりと優しく緩んだ。
「ヘンだって笑わないでね。あのね、わたしね、一平くんが一番で嬉しかった。ヘンよね。どうしてこの二畳院さくらさまが憎き男どもに負けて喜ぶのかって。わたしってM? わたしって一平くんの僕? 違うわよね絶対に。でも、一平くんにだけは伝えておくわ。それがわたしの素直な気持ちなの。どうしてかしらね、自分でも不思議よ……」
「さくらさん……」
「本当にいい想い出が出来た気がするのよ、ありがとう一平くん」
僕にぺこりと頭を下げるさくらさん、返す言葉を探しているうちに、彼女は視線をすっと聖佳の方へと向けた。
「さあ、ケーキを食べたらお買い物についてお勉強しましょうね、聖佳ちゃん!」
「アッ、ハイッ、さくら姉さま!」




