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高嶺の花なんかじゃないんだからねっ!  作者: 日々一陽
第5章 さくらの想い出
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第5章 第7話

◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 その週末・日曜日。

 もみじが買ってくれた巨大ディスプレイのお陰で客足はずいぶん伸びた。

 予想以上に会員さんも増えたし、会員登録時に書いてくれる情報量も増えた。


「やっぱり会員特典・お誕生日ケーキの映像が効いたのかしら」

「そうかもね。それに設備が近代的になると店の信用も増すんだろうね」

「あ、業者さんもそんなこと言ってた。人の心理は不思議だって」


 お陰でみんな大忙し。

 特に、受付の様子を巨ディスプレイに映し出される聖佳は一時も気が抜けない。


「よっ、一平ちゃん」

「あっ、ステファンさん、いらっしゃいませ」


 聖佳に案内されてカウンターに来たのは陽気なブロンド、ステファン。

 ご先祖様はフランス人だけど、東京生まれの東京育ち。勿論日本語ペラペラだ。


「えっと、今日は暑いしダッチをアイスでもらおうかな」

「はい、アイスダッチコーヒーですね」


 もみじが手渡したおしぼりで額をぬぐうステファン。


「しっかし凄いね、あのディスプレイ。お隣さんより断然目立つじゃん」

「ははっ、そうですね」

「気合い入れて奮発したんだね」

「そうなんですよ。バグースやダンケンには絶対負けられないんだって一平さんが。だからこれからもご贔屓にっ!」


 ディスプレイは店で買ったことにしようともみじは主張した。一介の高校生が三百万もの機材を寄贈するなんて普通あり得ない。そんなことがバレたらヘンな勘ぐりをされるし、ヘンな噂が立つ。


「分かってるんならこんなことするなよ」

「だって効果あったでしょ!」

「そりゃま、そうだけど」

「それに、ねっ! あたしもハッピーだし、みんなハッピーじゃない!」


 そんなもみじさんに、さくらさんは。


「ヒーロー気取りね、もみじっち。アルセーヌルパンかねずみ小僧か?」

「あたしは泥棒じゃないわ! せめて「あしながお姉さん」にしてよ」

「普通に泥棒ネコでしょ?」


 言葉はともあれ、怒った風はない。

 とまあ、そんなこんなで、新しいディスプレイは店で買って導入した、ってことになったのだった。

 ステファンはディスプレイの映像が綺麗だとか、もっとこんな映像を流したらいいとか、そんなことをもみじとニコニコ上機嫌で話していたが、やがて。


「あっ、そうそう、そう言えば一平ちゃんはもう知ってるよね、ロボコンの記念講演」

「えっ? ロボコンの記念講演?」

「そうそう、ロボコンの記念講演」


 ロボコン、即ち全国高校生ロボットコンテストの決勝では毎年、審査の合間に記念講演が行われる。例年、日本を代表するロボット工学の研究者とか、前年度のノーベル賞を受賞した科学者とか、来年ノーベル賞を受賞すると噂されている先生とか、そう言う凄い人が若者に向けて講演を行うのだ。その記念講演がどうかしたのだろうか?


「あれっ? まさかまだ知らないの? もみじちゃんは知ってるよね」

「あっ、えっ、は、はい。今年はパリ第4大学の……」

「そうなんだよ、パリ第4大学の赤月教授。即ち、元マスターが記念講演するんだよね」

「えっ、ええええええええええ~っ!!」


 どういうことだ?

 父が?

 国外追放され、フランスに渡った父が?


 確かにパリ第4大学にいることは知っていたけど、父は国外追放の身だぞ?

 それがロボコンと言う大人気番組での記念講演とか……


「一平ちゃん知らなかったんだ。ほら、ネットにも出てるよ。あの二次元愛禁止法違反で国外追放になった赤月博士が記念講演をするって話題になってるよ。元気かなマスター」

「あ、父はあの通り超絶に能天気ですからね。そりゃ元気だとは思いますよ」

「だよね。楽しみだな! しっかしさ、朝風総理って、こういうとこは粋だよね。国外追放犯でも刑さえ受けてしまえば公平に扱う辺りがさ。こんな英断、彼女以外じゃできないだろ」


 もみじを見る。

 ステファンに相槌を打ちながらチラチラ僕を見ている。知ってたんなら教えてくれてもいいのに……


 しかし。

 もしそうなら。

 僕はカウンターに戻ってきたさくらさんにその話をした。

 彼女も驚いて、次に怒りを露わにした。


「逮捕して国外追放して、名門大学の教授になったと見るや今度は利用するって、ホントあの女は計算高くて汚なくて、無駄におっぱいが大きいだけの女ね!」


 言ってることはアレだけど、ステファンと違って捻くれた捉え方だ。

 でも、僕には全く別の背景があるような気がしてならない。

 そのことを確かめるため、仕事を終えるともみじを駅まで送っていった。

 今日のもみじは来週試験だとかで早めに帰路についた。


「今日の話、知ってたんなら教えてくれればよかったのに」


 店を出て、街灯の下をふたりゆっくり歩きながら。


「あ、あのさ。実はあたしも知らなかったんだ。あ、いや知ってたんだけどさ、その、ネットとかで発表されてることを知らなかったんだ。ごめんね」

「って、それって決定の経緯は知ってるってこと?」

「あっ……」


 もみじは自分の口を手で押さえ、ニタリとわざとらしい笑顔を作る。


「言っちゃいけないことだった。てへへっ!」


 もみじはわざとらしくウィンクをすると夜空を見上げて。


「講演は、最初はノーベル賞を受賞した偉い先生の予定だったんだけどさ、その人、経済学の先生だったしロボコンにはそぐわないよねって、赤月教授なんか適任だよねって母に言ったら、その通りになっててビックリした。あ、でも、絶対言わないでよ。総理が番組に口を挟んだとかになったら拙いでしょ。だから誰にも言えない話……」


 僕はちらりともみじを見て。


「ってことは家族揃っちゃうんだ」

「残念、衛星中継じゃないかな~っ」

「そりゃま、そうか」

「……」

「えへへへっ!」


 もみじはその日が待ち遠しいとばかりに大輪の笑顔を咲かせた。



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