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高嶺の花なんかじゃないんだからねっ!  作者: 日々一陽
第5章 さくらの想い出
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第5章 第6話

◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 その夜。


 トントン


「ハイリマスよ、お兄さま」


 電気も消してベッドに横たわっていた僕の部屋を開けたのは聖佳だった。


「どうした聖佳? 今日はさくらさんと一緒じゃなかったのか?」

「チガイマス。今日はロボット部屋でひとりです」

「何だ、トイレに行くのが怖いのか?」

「チガイマス」

「ゴキブリが出たか?」

「デテマセン」

「じゃあ……」

「オニイサマはさくらお姉さまをどう思っているんですか?」

「えっ?」


 暗がりの中、聖佳の様子はよく見えない。

 僕は手元のスイッチを操作して部屋の灯りをつける。


 立ち居振る舞いまでもさくらさんに教え込まれた聖佳は、彼女のように美しく立っている。彼女の髪には白い花の髪留め、もみじに貰ったプレゼントだ。聖佳はこの「女の子らしいアイテム」をとても喜んで大切にしている。アンドロイドでも女の子なんだなと思う。


 そんな聖佳が寂しそうな顔をして。


「どうした。まあそこに座れよ」


 ベッドから身を起こした僕は彼女に椅子を勧めると、僕もベッドに座った。


「サクラネエサマ、ロボコンが終わったら死んじゃうんですか?」

「えっ? 誰がそんなこと」

「ダッテ、さくら姉さまはいつもワタシに「ロボコンまで一緒に頑張ってね」って言うんです。サイショはロボコンが目標だからって思ってました。デモ昨日寝ている時にさくら姉さまは「ロボコンが終わったらわたしも終わり。でも、よかった」って言ったんです。どういうことって聞いたら、お姉さま寝てました。ネゴトってヤツです」

「そんなことがあったんだ……」

「ハイ、だから」

「大丈夫だよ。さくらさんは死んだりしないよ。そんなことあるわけないよ」

「ホント? ヨカッタ!」


 聖佳は椅子から立ち上がると僕の手を取る。そして、アンドロイドならではのバカ力で僕を立ち上がらせた。


「サア、サクラネエサマのお部屋へ行きましょう」

「えっ、ふたりで?」

「イイエ、お兄さまだけで」

「な、なんで?」

「サクラネエサマ、いつもひとりって寂しいわよね、って言うんです。ダカラです」

「だからって」

「ハイ、サクラネエサマ、絶対待ってます!」

「ちょっ、ちょっと!」


 聖佳はその可憐なルックスに似合わず、100メートルを8秒で駆け抜け、片手でタンスを持ち上げる超人アンドロイドだ。勿論、人に危害を加えたりとか悪いことはしないのだが、今日の彼女は僕の言うことを聞かない。彼女に押されて僕はさくらさんの部屋の前に立たされる。


「サア、オニイサマ」

「いや、ここはさくらさんの部屋だよ。もう12時前だよ。こんな時間に……」

「サクラネエサマはもうパジャマですよ。昼とは違う美しさですよ。さあ」

「って、そんな」



 コンコンコン



「はい、聖佳ちゃん? 開いてますよ」


 ドアをノックした聖佳は僕を残してササッと自分の部屋に消える。


「はい…… って、一平くん!」

「あ、いや」

「な、何かしら」


 さらりと長い黒髪に、絹のような光沢のパジャマ。学校の制服も、店のメイド服もすっごく似合うし綺麗だけど、この透けそうに薄いピンク色は別格の破壊力だ。一瞬で鼓動が狂ったように騒ぎ立てる。


「あ、いやその、聖佳が……」

「聖佳ちゃんが?」

「その、さくらさんが寂しがってるって」

「聖佳ちゃんったら……」


 さくらさんはドアを開けたまま部屋の中に戻るとベッドに腰掛けた。


「どうぞ、何もない部屋ですけど」

「えっ」

「初めてね、一平くんがこのドアをノックしてくれたの」

「あ…… そうかな」


 ノックしたのは聖佳なのだが、言える雰囲気じゃない。

 僕は彼女に勧められるままに、机の椅子に腰掛ける。


「言っとくけど、わたし寂しくなんかないわよ。悲しいだけ」

「悲しい?」

「だって…… 一平くんわたしのこと、綺麗って言ってくれるのに、一度も来てくれないし……」

「そっ、そんなの無理だって! さくらさん綺麗すぎるから、だから……」

「ありがとう」


 彼女はふっと寂しげに微笑んだ。


「さては聖佳ちゃんに無理矢理連れてこられたのね。もう、一平くんには喋っちゃイヤだって言ってたのに。わたしの言いつけも守らないなんて聖佳ちゃんも悪くなったわね、わたしに似て」


 そう言う彼女の切れ長の瞳が妖しくて、僕の理性が麻痺していく。


 いけない!

 いや、いいのか?

 これはやっぱり、ここはいくべきなのか……


 僕があれこれ思案していると、彼女の瞳は寂しげに。


「娼婦って心は奪われないし、男なんて物にしか見てませんよ」


 どういうことだ。彼女は何を言いたいんだ……


「……」

「……」


 しばらくの沈黙の後、ふっと微笑むとポンと膝を叩いたさくらさん。


「さ、もう夜も遅いし一平くんもお部屋に戻りますか? 悪いけど部屋を出るときは電気を消してくださいね。じゃあ……」

「…………」


 椅子から立ち上がった僕は……

 …………


「おやすみ」


 電気を消すとさくらさんの部屋を後にした。



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