第5章 第4話
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期末試験が終わった。
手応えはあった。
と言うか、ちゃんと勉強したからちゃんと書けた。
そしてそれはさくらさんも同じだったようで。
「わたし史上最高に出来たかも。これも全て一平くんのお陰ね。ふふっ、見てなさいガリ勉岡本くん、今度こそわたしが天下を戴くわ!」
彼女が言うには今回の数学は難しくて特に最後の大問は岡本ですら解けてないらしい。しかし彼女は解けたと自信満々。
今日の部活、即ちロボット部はお休みにしてふたりは早々に帰路についた。
ロボコンの主役、我らが聖佳は家で留守番中だからだ。
スーパーで昼ご飯の材料を買っているとスマホからSNSの通知音が鳴った。
【紅葉ちゃん】
試験終わったんでしょ?
夕方行くね!
いつも急だし強引だな、あいつ。
けど、今日はどこに行くつもりもなく、家でロボコンの準備をする予定だったから、OKの返事をする。
【紅葉ちゃん】
よかったでござる!
サプライズでがあるでござる!
何だ、サプライズって。
まあ、あいつはいつもサプライズなヤツだから気にしないでおこう……
「あのさ、今日夕方、もみじさんが来るって」
乾麺のコーナーに立つさくらさんに報告する。
「ええっ? またあの泥棒ネコが来るの? ホントにもうお邪魔ネコなんだから。ところでお昼はそうめんとお蕎麦、どっちがいいかしら」
「えっと、蕎麦かな」
「じゃあお蕎麦を5人前…… っと」
「えっ? 5人前? もみじさんが来るのは夕方だよ」
「分かってるわよ。一平くんも聖佳ちゃんも2人前はぺろりと平らげるでしょ。だからよ」
そうか、聖佳の分か。忘れてた。あいつ大喰いだからな。燃費が悪いとも言うが。
ちなみにアンドロイドである聖佳の場合、カロリーを摂取しすぎても太ることはない。無駄に捨てるだけだ。だから胸が小さいのは全て僕の設計、僕の責任、いや僕の趣味なのだ。
買い物を済ませて家に戻ると、その聖佳が飛んでくる。
「オカエリナサイマセ、ご主人さま、お嬢さま!」
「おい聖佳、そのセリフどこで覚えた?!」
「オニイサマの部屋にあったビデオを見て覚えマシタ」
「なに勝手に見てるんだ!」
「カッテじゃないデスヨ。貸してください、って言いましたよ。デモ返事がなかったので」
「僕がいない間に何してるんだ」
「ヘヤノカギを掛けないお兄さまが悪いです」
僕は自分の部屋に入ると、他に荒らされたものがないかをチェックする。
しかし、ビデオも本もフィギュアも全て綺麗に整理されていた。
「オソバ出来ましたって、さくら姉さまが呼んでマスヨ」
「なあ聖佳、お前この部屋掃除してくれたのか?」
「ハイ、ソウデスヨ。それでビデオも見ちゃいました。えっと、ベッドの下にあった本は……」
「まさか、ベッドの下まで掃除したのか!」
「ハイ。デモ本はそのまま置いてますヨ。さあ、早く食べましょうヨ」
部屋を出ると聖佳と一緒に居間へ戻る。
「ありがとうな、聖佳」
「ドウイタシマシテ」
そうして。
こんもりと盛られたざるそばと天ぷらを前にみんなで手を合わせる。
ずずずずずっ
うん。やっぱ蕎麦はうめえ!
「いい喰いっぷりね。ところで一平くん、お部屋は綺麗になってた?」
「うん、ピカピカだよ。出しっぱなしの本も全部片付いてたし」
「全部?」
「あっ、えっと……」
全部じゃなかった。ベッドの下の写真集二冊だけはそのままだったから……
「ゼンブじゃないデスヨネ。ワタシハちゃんとさくら姉さまの言うとおりにしましたカラネ」
「さくらさんの言うとおり?」
「ぷっ、ふははははっ! もう、一平くんのエッチ!」
「な、なんだよさくらさん。もしかして、さくらさんが僕の部屋を掃除しろって聖佳をそそのかしたの?」
「そうよ。だけどベッドの下だけは整理しちゃダメとも教えといたわ」
「……」
「いいじゃない。ホントはわたしがやってもよかったんだけど」
「だっ、ダメだよ。もう、今度から部屋の鍵、掛けなきゃ」
「酷いわね。わたし一回も鍵なんか掛けたことがないのに」
「えっ?」
つつつつつ……
さくらさんは上品に蕎麦を啜ると茄子の天ぷらを天つゆに漬ける。
聖佳は僕とさくらさんの顔を交互に見ながら。
「エット、キョウハワタシ、開発の部屋でひとりで寝ますネ」
「そ、それどういう意味だ聖佳!」
「ワカラナインデスカ? はあ~っ!」
「聖佳ちゃん、今のため息凄くいいわよ!」
何だかもてあそばれてるな。
まあ、いいか。
蕎麦を食べ終わると聖佳にお使いのミッションを与えた。
ロボコンの決勝戦は、指示されたお買い物をする、と言う課題だからだ。
勿論、その指示というのが曲者と思われるのだが。
「じゃあ聖佳、甘くて柔らかいものを買ってきてくれ。はいお金」
僕が千円札を手渡すと聖佳はそれをじっと見つめながら、やがて笑顔を残して出て行った。
「ねえ一平くん、今の課題は簡単すぎない?」
「まあ最初は簡単でいいんじゃないかな。それにさくらさんもプリン食べたいだろ?」
「答えはプリンなのね。わたしは杏仁豆腐かと思ったわ」
「ああ、そういうのもありか……」
「ソフトクリームってのもありね。でも、持って帰ってくるのが難しいかしら」
「はははっ、そんなの溶けてドロドロになっちゃうよ」
「そうね、それはそうと……」
さくらさんは真顔に戻ると、一枚の薄いシートを取り出した。
「あの女への復讐方法だけどね、このシミ隠し化粧シートに一平くんが考えてくれた特殊インクを塗るまではいいんだけど、それをどうやってあの女のおでこに貼るかで悩んでるのよ」
「ああ、僕もずっと考えてるんだけど……」
あの女のおでこにXXXな言葉を書いて、全国ネットの前に晒して大恥を掻かせてやる…… この目的を達成する方法がなかなか難しい。期末試験も終わったことだし本腰を入れて考えないと間に合わない。
「あの女は入賞したロボット開発者に賞状を手渡しするでしょ。そして優勝したロボットへの戴冠式。ここがチャンスだと思うのよ」
なるほど、確かに去年の大会もそんな流れだった。
ってことは……
「いやその前に展示の閲覧もあっただろ。そのときもあの女に接近できるはずだ。ねえさくらさん、ここは2段構えの作戦でほにょほにょほにょ……」
「なるほどっ、ほにょほにょほにょね! その手があるのね!」
僕らは作戦について具体的かつ詳細にほにょほにょと話し込む。
こう言う面白いことをしていると時間は矢のように過ぎるようで。
「タダイマッ! 買ってきましたよ、甘くて柔らかいもの!」
振り返ると右手にひとつ、左手にふたつ、ドロドロに溶けて流れるソフトクリームを手にする聖佳が胸を張って立っていた。
「チャントみんなの分も買ってキマシタヨ! すっごく柔らかいですよっ!」
僕はさくらさんと同時に盛大なため息をついた。




