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高嶺の花なんかじゃないんだからねっ!  作者: 日々一陽
第5章 さくらの想い出
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第5章 第1話

 第5章 さくらの想い出



「イラッシャイマセ、ようこそツインフェアリーズへ」


 会員制移行初日。

 朝、店を開けるとステファンさまがご来店。


「あれっ? 何このかぶり物のゆるい子」

「ワタシハ受付のベルでっす。トウテンは本日から会員制に移行しまっす。こちら、ステファンさんの会員カードでっす」

「あれっ? 僕の名前を知ってるんだ。さくらさんももみじさんもあっちにいるし、一平くんはカウンターにいるし、ってことは、中の人はきららさん?」

「バカ言っちゃいけないよ!」

「うわあっ!」


 雑誌の整理をしていたきらら婆さんがステファンの背後から現れる。


「って、きららさん驚かさないでよ!」

「ふふふっ、油断したステファンさんの負けじゃよ」

「もう困った婆さんだ。じゃあこの中の人は誰?」

「ああ、受付のベルちゃんな。中は新人さんじゃよ」

「新人さん?」


 頭にはすっぽりまん丸いかぶりもの。大きなお目々とふたつのえくぼ、キャハハと笑わんばかりの口元。可愛い3歳の女の子をイメージしたかぶり物の首から下は普段の聖佳のままだ。店のメイド服に身を包む聖佳は女性として完璧なシルエットを見せつけていた。勿論、その残念な胸を除いて。


「はい、ベルでっす。仲良くしてくださいね、ステファンさん!」


「あ、うん。宜しくな、ベルちゃん」


 ステファンは聖佳の背後に回ると後ろ姿を確認する。そうしてカウンターへ歩いてくると僕にぽつりと。


「なあ、あれってもしかしてアンドロイド?」

「えっ? わっ、わかりますか? どこで? どうして?」

「いやいや、見ても話しても全然わからないけどさ、一平ちゃんロボコン予選に出たんだろ? 相当優秀なアンドロイドだって言うじゃん。ってことは、彼女がそうかなって思ってさ」

「あ、あはは。正解です。でも、黙っててくださいね。ほら、あんなことがあったから」


 僕の言葉にニコリと頷いたステファンはもう一度聖佳、じゃなかったベルの方を振り返る。


「で、なんであんなかぶり物をさせて受付?」

「いやほら、バグースとダンケンがオープンしたじゃないですか。だからうちもサービス向上しようと思いまして。彼女は僕の自慢のアンドロイドですからね。だけど、あんなことがあったからちょっとかぶり物ををさせて、受付専属にしたんですよ」


 いくら常連のステファンと言えどホントの目的を明かすわけにはいかない。


「じゃあ、中の人、ちょっとだけ見せてくれないかな」

「ダメです。ステファンさんはすぐ口説くから」

「そんなに美人?」

「ええ、美人ですよ、あたしなんかよりずっと」


 お冷やを持って現れたのはもみじさん。


「あ、いや、もみじちゃんより美人なんていないよ」

「まあ嬉しいっ!」

「え、でへへへへへへへっ…………」


 ステファンはだらしなく鼻の下を伸ばし、目尻を下げて、ヨダレを垂らす。

 いつものステファンいつものデレ顔、こうしてツインフェアリーズの朝は始まった。

 しかし、30分も経つと異変が起きる。


「受付のベルちゃん、ヒマそうだね」

「そ、そうですね……」


 受付と新規会員カード作成係のベルちゃんこと聖佳はヒマそうに窓から大通りをぼうっと眺めている。


「ねえ一平くん、やっぱり宣伝が足りないんじゃないの? わたしチラシ作って配りましょうか?」

「そうだね、さくらさん。ごめん、お願いできるかな」


 いつもなら開店から30分もすると半分の席は埋まるのに、まだ店内はガラガラだ。勿論、ダンケンコーヒーとカフェ・バグースがオープンしたからだ。こっちは地道に会員を増やせばいいと思っていた。しかし、昨日あたりから両店は店頭でビラまで配って派手に客引きを始める始末。多分だけど、ダンケンとバグースもお互いライバルになって客を取り合っているのだ。

うちには常連さんが多いからとタカを括っていたのが大間違いだった。

 早足で家の中に消えたさくらさん、ものの3分もしないうちにたくさんのチラシを手に戻ってくる。


「早いね! 爆速だね! もうチラシ作ったの?」

「ふふっ、こんなに早く作るなんて不可能よ。昨晩作っておいたのよ」

「えっ……」


 言うが早いか、その一枚を僕に手渡すと店を飛び出すさくらさん。


「日本初! 「会員制」喫茶店・ツインフェアリーズ誕生! 会員カード(無料)でよりお得に、より快適になりました。か……」


 昨晩さくらさんはチラシを作ってばらまこうと提案してくれた。だけど僕はその必要はないって却下した。まさかこんなにヒマになるとは思ってなかったからだ。でも、さくらさんの予想の方が当たっていたわけで。しかも、ひとりでこんなのまで用意していたなんて。ホント申し訳ない……


「イラッシャイマセ! おふたり様デスカ? お客さまご来店でっす~っ!」


 さっきのチラシを手に入ってきたふたり連れをテーブル席に案内するベルちゃん。


「イラッシャイマセ! 何名様デショウカ?」

「おっ、なんだこの可愛いかぶり物!」


 突然、次々と入ってくるお客さんに急に店内が活気づく。

 そうして。

 もみじさんときららさん、そして店員型アンドロイドのリコとミカもフル回転。

 店の8割が埋まるとふたり連れのお客さんを自らエスコートしてさくらさんが戻ってきた。


「凄いよ、やっぱ凄いよさくらさん」

「ふふっ、さすがは聖佳ちゃんね。呼び込みは100発120中だったわ!」

「追加の20は何! それに凄いのはさくらさんだよ、こんなにお客さん呼んでくれて」

「違うわよ。わたしはただチラシを配りながら「ロボコン決勝出場の可愛いアンドロイドがお迎えしま~すっ」って言ってただけよ。そしたら100発200中でお客さんが入ってきたわ」

「増えてるね、追加の100は何!」

「もう、一平くん細かいわね。100人声を掛けたら200人入ってきた、ってことよ。でもね一平くん……」


 突然彼女は声を潜める。


「バグースは凄いお客さんよ。やっぱり安いからかしら。ダンケンは思ったほど入ってないけど、一番人が来ないのはここよ。やっぱり知名度がないからでしょうね。通りがかりの人は声を掛けない限り来ちゃくれないわ。バグースかダンケンに取られちゃう」

「それは単に目新しいだけだからだろ?」

「そうかしら。バグースって向こうの町にもあっちの駅前にもこっちの駅裏にもあるのよ。それもみんな同じ店の作り、同じ接客マニュアル、同じ味なのよ。それが隣に出来たからって一体何が目新しいの?」

「た……確かに」

「でも、それがブランド力なのよ、きっと」

「……」

「あっ、ごめんなさい、仕事しなくちゃね!」


 顔を上げ、笑顔を弾けさせて客席に向かうさくらさん。

 確かに彼女が戻ってくるなり来店する客足がピタッと止まった。

 やはりこれは、受付の聖佳を外に立たせなきゃダメなのかも……


「どうしたの一平さん、考え込んじゃって」

「いや、別に何も」

「もう、水くさいんだからっ。困ったことは何でもこのもみじに相談だよっ!」

「あ、あはは……」


 その日はさくらさんやもみじさんが時折チラシを撒いてくれて、そこそこお客さんも来てくれたし、来店してくれた人はほとんどが会員になってくれた。ポイント貯めたら景品もらえる会員カード、でも、カードに連絡先や誕生日を登録してくれる人は少数派だった。やっぱり個人情報だから警戒されているのだろう。僕たちはただ、よりハイクラスな接客のために、ご来店の際の会話のネタ使ったり、お誕生日にはちょっとしたサプライズケーキをお出ししたりしたいだけなのに。



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