第4章 第8話
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ロボコン予選突破は僕たちの復讐の序曲。
だけど、世間的にそれは大事件だったようで。
「凄いね赤月君に二畳院さん。学校としても全力でバックアップするよ。決勝も期待してるぞ」
月曜の放課後、校長室に呼ばれた僕らは熱烈な激励を受けた。そりゃあそうだろう、出来たばかりの部員4人(うち掛け持ち2名)と言う誰も何も期待していない星ヶ丘高のロボット部がいきなり都内高校80校の頂点に立って、全国中継される決勝戦に駒を進めたのだから。
僕らは社交辞令程度の感謝を述べて校長室をあとにする。
「あんまり期待されちゃ困るよね」
「そうね、決勝戦はとんでもないことになるんだから」
「あの、さ」
今日このあともみじと約束していること、まだ彼女に話せてない。
なんて言おう……
「なに? 一平くん」
「今日はちょっと用事があってさ。あっ、昔の友達から連絡あって、だから先に帰ってて」
「……わかったわ。留守番の聖佳ちゃんと遊んでおくわ」
「晩ご飯もいらないから」
「はい、わかりました」
僕の胸にズキリと痛みが走る。
「じゃあ楽しんできてね」
「あっ、うん。ありがと」
校門でさくらさんと別れた僕はもみじとの約束の場所へと向かった。
約束の6時まではまだ充分に時間がある。
高級ブティックやお洒落な飲食店が建ち並ぶ銀座、東京一の歓楽街だ。昔は環状線の中は至る所が流行っていたらしいけど、今はこことか品川とか、リニア線沿いが中心だ。人口減少に伴い政府の政策で廃止された路線も多く、最近では廃線になった線路跡をジョギングするのが一大ムーブメントになっている。
僕はふらりと本屋さんに立ち寄る。
朝風旋風! ~鋼の女の成功戦略
素顔の朝風明希 ~百戦百勝の手腕を探る~
朝風政権・クリーンな政治はどう実現したか
目に飛び込んできたのは平積みの新刊本。
圧倒的な支持率を誇るあの女をヨイショする本ばかりが目に付く。
確かに。
一時期冷え切っていた経済は立ち直った。
人口は減る一方で職に困ることはないのだが、その待遇もグッとよくなったという。
スキャンダルもなく一切の私利私欲もなく誰にも公平、あの女はそんなイメージで圧倒的な支持を勝ち取った。
しかし、そんな彼女ですら人口減少を食い止めることは出来ずにいる。
今のところ打つ手打つ手どれもこれも効果はなさそう。しかしそれはこの150年、誰も成し得なかったことだ。けれども僕はこの切り口は何か違うように感じる。人口は減ってる。それは事実であり僕たち日本人の選択の結果だ。だったら政府はその変化する世の中に対応する社会設計をするのが第一の任務ではなかろうか。その失策を人口減少の所為にしてきた歴代の政府。しかし、あの女は最初にそこに手を付けた。大金持ちには恨みを買っているという彼女は、しかし庶民の圧倒的な支持を得ている……
「お兄ちゃんっ!」
肩を叩かれた。
「もみじ!」
「何? 母さんの本を見てくれてたの?」
「あ、いや、凄い人気だなって」
「そうよね。増長するからやめて欲しいんだけどねっ」
三つ葉のセーラー服を身に纏う女の子が太陽のように笑っていた。
「偶然だね、あたしも早く来すぎて暇つぶしにここに来たんだ。でもよかったっ! ねえ、あっちのプロムナードに行こうよ! 楽しいお店がいっぱいあるよ!」
嬉しそうに僕の手を取り歩き出すもみじ。
「あっ、そうそう、決勝進出おめでとうっ! 凄いね聖佳ちゃん。うちのロボット部の部長が言ってたよ、胸の大きさ以外は完敗だって。だけど決勝じゃ負けないって」
「悪いけど優勝は聖佳だよ、聖佳だって更に成長してるからね」
「おっぱいが?」
「ロボットとして、だよ」
「はははっ、そうだね。あたしは聖佳ちゃんを応援してるよっ」
日も西の空に沈んでいく。
仕事を終えた大人たちでざわめく繁華街。
ふたりは並んで人混みを抜けていく。
「もみじはこの辺よく来るのか?」
「ぜ~んぜん。普段は学校と家の往復だけ。伝書バトな生活だよ。お兄ちゃんは?」
「僕も全然。アニメショップとかロボット屋とかは近所にあるし。お洒落にはあんまり興味ないしね」
「ダメだよ。高校生だし、お洒落には気をつけなくっちゃ。そうだっ! 今日はあまり時間ないし今度またここで逢わない? あたし夏物欲しいし」
嬉しそうなもみじを見ると頷くしかない。
彼女は上機嫌でファンシーショップへと入っていく。暫く髪留めを物色すると、真っ白い花が付いた小ぶりな髪留めを手にとって。
「これどう? 聖佳ちゃんの黒髪に」
「えっ? 聖佳に?」
「うん。だってあたしも聖佳ちゃん応援したいもん」
髪留めは彼女から聖佳に手渡してもらうことにした。僕が持って帰ったら今日のことがさくらさんにバレるし。
「えっと、そろそろ晩ご飯食べましょうか。あのね、お店予約してるんだ。そこのホテルのレストランだけど」
ファンシーショップを出た僕たちは、大きな通りをゆっくり歩き出す。
「今日は他にもひとり来るんだよね」
「あっ、やっぱりバレてた? てへへっ、黙っててごめんね。でも言ったら来てくれないかなって思って」
「そうだろうと思ったよ。大丈夫だよ、今日はちゃんと大人の対応をするから。でさ、教えてよ。君のお母さんのこと。どんな人なの?」
「あっ、そうだね。えっと、何から話したらいいかな。あのね母はね……」
もみじの話は昔話から始まった。
小さい頃はよく公園に連れて行ってくれたとか、お買い物に行っては可愛いお洋服を買ってくれたとか、浴衣を着てお祭りに行ってリンゴの飴を買ってもらったとか、そんな普通の親子の幸せな想い出話から始まった。
「母はね、すっごく忙しかったはずなの。でもあたしの中の母は普通のお母さん…… ううん、とっても綺麗で優しい自慢のお母さんだった。習い事もたくさんさせてもらった。ピアノでしょ、お茶でしょ、テニスでしょ、合気道でしょ、イラストも習ったよ。でもそれは全部あたしがしたいって言ったから。よく勘違いされるんだけどね、母が無理矢理させたんじゃないかって。でも違う。学校だって中学までは地元の公立校だった。それもこれも全部、あたしの気持ちを大切にしてくれたから……」
彼女の話からは、あの女は(いいお母さん)にしか聞こえない。家の顔と政治家の顔は違うってことだろうか? そんな僕の疑問を見透かすかのようにもみじは言葉を続ける。
「だけどね、少子化対策三法には異様な執着を見せたわね。あのね、母はね、多分だけど…… 男の人が嫌いなのよ。政治の場では決して言わないけど、「男なんて!」って言葉が母の口癖だもの。特に浮気とか不倫とか。そんな記事があるだけで怒って新聞を破っちゃうのよ、アホでしょ。だからね、鳥海大臣の時もそれが爆発したんだと思うの」
「それってもしかして、僕の父の件も関係するのかな?」
「さあどうでしょ。あたしには分からない。でも、こんな話も知ってる。母にはね、お兄さんがいるんだけど、その人が女の人にだらしない人らしいの。政治家だった祖父の地盤を継ぐのはその叔父さんのはずだったんだけど、今じゃ母のお陰で団体役員になって優雅に暮らしてるらしいわ。母はその叔父さんが大嫌いみたい。母に取っちゃお兄さんなのに」
男なんて、か……
さくらさんと同じだ。
さくらさんの場合は、自分のお父さんに対する怒りがその理由。
じゃあ、(あの女)の場合は?
その叔父さんに激烈に怒っているのだろうか。
ニュースを見てたら女癖が悪い男なんて、掃いて捨てるほどいると思うけど……
「ってまあ、そんな感じ。就任以来政策が成功続きでちょっと調子に乗ってるかも知れないけど、基本は案外普通の人よ」
「ふうん…… あ、それでもみじは彼女に、朝風総理に、この前のこと話したの?」
「この前の事って、あたしたちが兄妹だってこと?」
「そうそう」
「言ってない。どう言ったらいいか分からないし、第一、どうしてあたしのお父さんを国外追放にしたのか分からないし。あたし自身もまだ頭こんがらがってて……」
「っ!」
そうだった!
父は、赤月昭一はもみじの父でもあるんだ。
「なあ、もみじ……」
「何、お兄ちゃん、改まって」
32階建ての高層ビル、目的のホテルの入り口で、僕は足を止める。
「僕たちは、僕たち兄妹は、いつまでも仲良くしような」
「あっ、うんっ! 勿論! 宜しくね、お兄ちゃんっ!」




