第4章 第3話
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頭の整理が追いつかない。
いや、理解はしている。
でも、納得が追いつかない。
どうして、なんの恨みがあって、どんな悪戯で、あの女が母、なのだ。
あのあと、少し休んで持ち直した僕は、店のお客さんに頭を下げて回った。さくらさんも一緒に頭を下げてくれた。きっと僕を心配してくれたのだろう。と言うか、不安に思ったのだろう。
情けない。
ロボコンの時のことを考えても大失敗だ、やりにくくなった。どんな顔して会えばいいんだ……
「過ぎたことは気にしても仕方ないわ。さあ食べましょう」
「ごめんなさい、突然母が来たりしたから……」
店を片付けてさくらさんともみじさん、そして聖佳と4人で晩ご飯を食べる。
「違うよ、取り乱した僕がいけないんだ……」
考えれば考えるほど、大失態を演じたと分かる。
「ともかく今晩は鰻丼よ。すっごく美味しそうよ」
お母さんと一緒に店を抜けたとき、もみじさんが買ってきたというその鰻の蒲焼きはどこかの名店の高級品らしく、香ばしくてほくほくで、確かに凄く美味しいと思う。こんな気分でなかったら……
「たくさん食べてね! 買い過ぎちゃったから。たははっ」
「そうね、きららさんにも持って帰ってもらったてもこんなにあるんだものね。しかしもみじっち、いくら金に困ってないと言っても、これは買いすぎでしょ!」
「たははっ、今日ばかりはあたしがバカだったわねっ、あっ、お代わり装うね」
「ちょっと、それはわたしの仕事よ」
「どっちでもいいじゃん。ね、聖佳ちゃん」
「ソウデスネ、妹であるワタシの仕事カモ、ですけどね」
聖佳は初めて鰻を食べるのだが、凄く気に入ったみたいだ。
「ううん、聖佳ちゃんは妹なんだから、もっと一平さんに甘えたらいいのよ、ねえ一平さん!」
「あ、うん。そうかもな」
「ジャア、ワタシがお兄さまに食べさせて上げますネ。ハイ、あ~ん」
「違うわよ、聖佳ちゃん。それは(甘える)じゃなくって、(甘やかせる)よ。(甘える)は食べさせてもらうのよ」
「ワカリマシタ、さくら姉さま。じゃ、あ~んっ!」
可愛らしいくちびるを開いて目を閉じる聖佳。
ああ、なんか、聖佳の人工知能がどんどん壊れていく気が……
「ネエお兄さま、あ~んっ」
「もう、勝手にしやがれっ!」
……
とまあ、そんなこんなで。
わいわいガヤガヤ、きゃっきゃうふふの夕食を終えると、僕はもみじさんを見送りに店を出た。夜道だからと口実を付けふたりで駅までの道を歩く。
「今日はごめんね、母が突然来たばかりに……」
「ううん、あれは僕が悪かった……」
「そんなことないよ。わたしだってあんな事が起きたら、きっと怒ると思う。生まれて初めて目の前に現れた母親が帽子にサングラスをして他人行儀に挨拶したりとか……」
「ありがとう、そう言ってくれて」
そう、僕はあの女が酷いことをしたから怒ったんじゃない、苛立ったんだ。だって、受け入れるなんて無理だ……
「あのね、あたし悩んでるんだ。お母さんに言うかどうか。多分、なんだけどね……」
曰く、もみじさんがツインフェアリーズに来ていることを知って、あの女の態度がちょっとヘンらしい。そりゃそうだろう、ここには僕や父という、自分の秘密が隠されているのだから。だから今日来たんじゃないかって言う。店の前にSPまで引き連れて。
「だからね、あたしが知ったこと、言うかどうか迷ってるんだ。きっとね、きっとだけど、母はあたしが気付くことを期待していると思う。自分の口から言えないことに気がついて欲しいんだと思う。そんな気がするんだ、だから……」
「あのさ、それは待って欲しいんだ。言うのは」
「………… うん、わかった」
彼女は何も言わず、僕の言葉を受け入れてくれた。
「ありがとう、もみじ」
「あはっ! もう一回言って!」
「ありがとう、も…… もみじ」
「どういたしましてっ、お兄ちゃん」
「はははっ」
「ふふふっ」
街灯りの中、駅へと続く地下道の入り口が見えてくる。
もみじは道端にある自販機を指さす。
「今日は僕が奢る番だからな」
「うん」
チャリン
「何がいい?」
「じゃあ、おしるこ!」
「僕はコーラ」
ふたりは街灯の下に立ち、また立ち話を始める。
「あのね、お母さんはね、悪い人じゃないんだ。あたしが小さいときは色んなところに連れてってくれた。明るくて優しくて楽しくて…… でも、あんな仕事だからかな、昔とだいぶ変わっちゃった。独善的と言うか、わがままになった。あたしの言うことなんか聞かないしね。でもね、あたしはお兄ちゃんにもう一度、母に会って欲しいんだ……」
「どうして?」
「だって、今のままなんてイヤだもん。せっかくお兄ちゃんがいて、お父さんも誰か分かったんだよ。それなのにバラバラなんてイヤだもん。一緒にいたいもん。だからさ……」
彼女の言うことは正論だ。それはきっと人として当然の気持ちなのだろう。それを願わない、いや願えない僕の方がおかしいのかも知れない。今までそのために努力してこなかった僕の父やあの女の方がイカレているのかも知れない。缶おしるこを手にじっと僕を見つめるもみじの瞳はどこまでも真っ直ぐで、彼女の言葉に僕は小さく頷いた。
「嬉しいっ! その時はちゃんとした格好させるねっ。どこがいいかな? 母は総理大臣だから人目に付かないところじゃなきゃいけないし、それだけは勘弁してね。何だかあたし急に楽しくなって来ちゃった。ありがとうお兄ちゃん!」
一口、缶のおしるこを啜ると、とっても美味しいと笑うもみじ。
そんな彼女のおしるこに、僕は手に持つコーラ缶で乾杯をした。




