第3章 第11話
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その日は3人プラス1体で夕食を食べた。
もみじさんが一緒に食べようと新鮮な食材を買ってきてくれたのだ。
彼女の夕食はほとんど毎日ひとりなのだという。
「メイドさんが美味しい食事を作ってくれるんだろ?」
「でも、食べるときはひとりだよ。メイドさんと一緒の時もあるけど、だいたいひとり」
「それは寂しいわね。でも、だからって、ここじゃなくても? 他に友達とかいないの?」
「毎日毎日晩ご飯食べようって押しかけられる友達なんているわけないよ」
「まあ、普通そうでしょうね」
「んっ、天ぷらサクサクですごく美味いよ!」
「ありがとっ。天ぷら鍋が家のと違ったからちょっと不安だったけど」
今日は和食だ。
刺身と天ぷら、味噌汁と純和風料理だ。
「刺身も新鮮で歯ごたえがあって美味しいし。もみじっちって魚が捌けるのね、意外だったわ」
「へへへっ、珍しいでしょ!」
「ほんと凄いよ。魚って捌いて売るのが当然だと思ってたよ」
「へへっ、魚釣ってきたらいつでもやったげるよ!」
「そっか。懐かしなあ、魚釣り。小さい頃は父に連れられてよく行ってたっけ」
「お父さまって魚釣り好きだったの?」
「うん、よく海に行ってよ。釣った魚はアンドロイドが捌いてたけどね」
「サカナツリって何ですか?」
「そうか、聖佳は知らないか。あのね、魚釣りってのは……」
かくかくしかじか聖佳に魚釣りを説明するけど、彼女は分かったような分からないような反応だ。
「ねえ一平さん。昔のアルバムに魚釣りの時の写真もあるんでしょ? 見せてあげたら」
「また僕のアルバム?」
「そうね、それがいいわね」
「さくらさんまで! はいはい分かりましたよ。どうせ2対1ですよね」
かくして。
ふたりは僕の昔のアルバム映像を再生させながら食事を続ける。
「なあ、そんなに面白いか、僕のアルバム」
「はい、面白いですよ。他人の不幸は蜜の味、って」
「不幸なのかよ!」
「てへへっ! ごめんなさい。でも、どうして一歳より前の映像はないんですか?」
「さあ、知らない。その頃の事なんて覚えてないし」
「あの、失礼ですけど、一平さんのお母さまは?」
「母はアンドロイドの晶子ちゃん」
「またまた~っ」
「いや、かなりマジで」
ってか、父はいつも真顔でそう言い続けたんだけど。
「じゃあこれは?」
「ろうそくが三本って、三歳の誕生日かな」
「可愛いわね、一子ちゃん!」
「……10月10日が誕生日、なんですね」
「あ、そうそう、前に履歴見たとき気がついたけど、僕ともみじさんって同じ誕生日なんだね。奇遇だね」
「ホントね。光栄ですっ!」
ま、誕生日が同じってヤツは中学の時もいたし、別に光栄って事もないだろうに。
「羨ましいわね、もみじっち。たったそれだけの偶然で、誕生日を覚えていてもらえるんだもの。ねえ、一平くん、わたしの誕生日、知ってる?」
「ごめん知らな…… いっ!!」
突然、足に激痛が走った。
「聖佳は知ってますよ。1月ですよね」
「ありがとう聖佳ちゃん。わたし聖佳ちゃんが大好きよ。その長い黒髪も、切れ長の瞳も、さりげなく控えめなおっぱいも」
「ワタシもさくら姉さまのぬばたまの髪もクールな瞳も、魅惑的な貧乳もダイスキです!」
「ふふふっ!」
「はははっ!」
ふたりは、精一杯のドヤ顔で、ペッタンコな胸を張る。
「あの~、さくらさん、もしかして聖佳に間違った常識を教えてないだろうね? 小さいことはいいことだ、とか」
「ふっ、よくわかったわね。その通りよ!」
「……」
「いいじゃないの一平くん、些細なことよ。彼女にはこの二畳院さくらこそが理想の女性像だって教えてるんだから、当然胸だって小さい方が素晴らしいって洗脳しているわ!」
「さくらっちってアホなの? アホの子なのっ? 嘘はいけないよっ! あのね聖佳ちゃん、大は小を兼ねるのよ! 大きいことはいいことなんだよっ!」
「ものには程度ってのがあるわ!」
「文化的最低限の大きさ、ってのもあるわ!」
「もみじっちには温情ってないの? いいから勝者は黙ってなさいよ!」
「わかったよっ。黙っててあげるよっ」
「……」
「…………」
「ふふふっ!」
「はははっ!」
「ふふふふふふっ!」
「ははははははっ!」
さくらさんともみじさん、笑い出したふたりをじっと見つめるのは聖佳。
「ねえ、何が面白いんですか? 喧嘩してどうして笑ってるんですか?」
「ああ、これはね…… その、なんて言うか……」
人間の笑いって難しい。面白いとき、楽しいとき、何をやってもダメなとき、そうして、どこかで心が通じ合ったとき……
「あのね、実はね……」
やがて、ひとしきり笑ったもみじさんは、誰に言うともなく。
「バレちゃった。ここで働いてるの、母に」
「えっ!、それってまずいんじゃ? もみじさん怒られたんじゃないの?」
「ううん、怒られはしなかったよ」
あの女は、朝風総理はツインフェアリーズの閉店を喜ぶコメントを出した。そんな店で自分のひとり娘がバイトしてるとか、バレたらまずそうだけど……
「だからあたし、どうしてツインフェアリーズの周りにライバル店が出店してきたのかって、どうして一平さんを虐めるのかって、直接ハッキリ聞いてみたんだ。開き直ったとも言うんだけどね。そうしたら……」
「「「そうしたら?」」」
なんか、息合ったな。
「虐めてなんかいない、って。母は最高の提案をしたはずだって。それなのに、わざとすぐに店を再開させて、あたしの顔に泥を塗った。だから、この店を、ツインフェアリーズを閉めさせるんだって……」
「やっぱりな」
「だからね、言ってやったんだ。そんなことしても無駄だよって。この店は絶対閉店しないって、あたしもツインフェアリーズの味方に付くってね。そうしたら母は暫く考えていたんだけどね……」
言葉を止めたもみじさんは、テーブルに置かれた魔法少女・彩華ちゃん(かわいい)の頭を撫でながらちょっとだけ思案げに。
「母にも体裁があるって言うんだ。ツインフェアリーズの看板さえ下りれば新規の店はよそに行くかも知れないって」
「ふざけたことを言う女ね。こっちは何一つ悪いことをしていないのに、どうして看板を下ろさなきゃいけないのよ。ねえ一平くん」
「……あのさ。それ、信じていいんだよね」
ふとテーブルの、もみじさんに買ってもらった彩華ちゃん(らぶりい)の2.5頭身フィギュアと目が合う。なぜか彼女が笑った気がした。
「ちょっと待ってよ一平くん、あの女の軍門に下るつもり?」
「うん。前にきららさんが言っていただろ。弱者には弱者の戦略があるって。もみじさんの情報を活用しない手はないよ」
一瞬もみじさんの大きな瞳がきらり光を宿す。
「言いたいことはそう言うことだよね、もみじさん」
「はいっ! あの、勿論店の名前には想い出とか、お父さまとのお気持ちとか、愛着とか、色々あると思うんです。だからそこは一平さん次第です。でも、母があたしに嘘を言ったことはありません」
「ダメよ一平くん! このお店にはお父さまには思い入れがあるのよ。お客さまへの認知度ってのもあるわ。それをたかがあの女の言葉ひとつで……」
「ううん、違うんだ。会員制にしたらさくらさんともみじさん、ふたりの負担も重くなるだろう? だって接客するのはふたりだもん。いくら聖佳が情報を流すと言っても、その情報を元にお客さんを接客して気持ちを掴むのはふたりの仕事になる。お客さんの目当てもさくらさんともみじさんに決まってる。分かってるよ、会員制が成功するかどうかは全てふたりにかかってるってことくらい。僕はただ頼ってばかり。だけどこの決断はふたりに迷惑を掛けないはずだ。確かに長年親しんだ店の名前には愛着もある。だけど、それがどうしたってんだ。たったそれだけのことでこの店が助かって、ふたりの負担も減るんだったらお安いもんだよ。ツインフェアリーズという看板は下ろそう。店名を、変えよう」
「「一平くん(さん)!」」




