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高嶺の花なんかじゃないんだからねっ!  作者: 日々一陽
第3章 ふたりの妖精
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第3章 第9話

     ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 


 楽しい時間は矢のように過ぎていった。


 星ヶ丘ロボット部は無事ロボコンにエントリーを済ませた。

 僕らの切り札、アンドロイド・聖佳の開発も順調だし、ツインフェアリーズも繁盛を続けている。

 しかし、両隣の喫茶店の工事も順調で、もうすぐオープンしそうな勢い。

 その対策のためにも聖佳の画期的改良を急がなきゃ。

 中間テストも終わり、さくらさんが作ってくれたお弁当を広げる昼休み。


「おい赤月、今日も自分で弁当作ってきたのか?」

「あ、うん、てへへ…… 節約ってことで……」

「めちゃ美味そうだな。さすが喫茶店のマスターだな」

「そ、そうかな……」


 言えるわけない。

 さくらさんに作ってもらってるとか、まして一緒に住んでる、とか。


「それよりいったいどうしたんだよお前、この裏切り者!」


 岩本の声に顔を上げると、彼は廊下を指さす。


「中間テストの結果出てるだろ! まだ見てないのか?」

「あ、うん、見てない。見たって増えないし美味しくないし」

「くそっ、余裕だな。いつからお前そんな嫌みなヤツになったんだ?」

「えっ?」


 不思議に思い廊下に出ると掲示板に人だかりが出来ている。

 張り出されているのは成績上位者のリスト、学年50位まで。僕はいつも50位圏内に入ったり入らなかったり、なのだが…… って、ないじゃん。40位、30位、20位…… ないじゃん。えっと、さくらさんは学年2位か。やっぱすごいな、クラスじゃトップだし…… って!


「おい赤月、お前いつの間にできる子ちゃんになったんだ? 6位って赤丸急上昇じゃん。何がどうしたらそうなるんだよ」


 後ろから僕をどついてきたのは同じクラスの竹本。


「あっ。ホントだ。スッゲーなオレ」

「他人事みたいに言うなよ」


 まあ、今回は得意な理数以外もそれなりによかった。毎日さくらさんにしごかれたからな。しかしここまで上がるとは僕自身もびっくり。


「しかし英語が今ひとつね。英語さえできればもっと上なのに」

「あ、うん、って、さくらさんいつの間に!」

「わたしは数学がよかったから学年2位は過去最高だわ。だけど、それでもまだ上には上がいるのよね」

「ああ、岡本おかもとか。いつも参考書持ってブツブツ言いながら歩いてるからなあいつ、でも、さくらさん凄いね、クラスじゃトップじゃん。まあ、いつもの事だろうけど」

「ありがとう。でも褒めても何も出ないわよ」


 目だけで笑ってきびすを返す彼女。

 彼女は友達も増えたみたいで、最近本を読む時間が減ったとぼやいている。僕は彼女の唯一の男友達らしく、彼女を紹介してくれと言ってくるヤツが何人も現れた。でも、みんなコクって玉砕しているようだ。男なんて信じないと言う、そんな彼女の過去を知ってしまった僕はさりげなく警告するのだが、恋という乗り物は一度動き出すとブレーキが付いていないらしい。当たって砕けて大破しないと止まらない、それが恋だ。


 昼からは英語と数学、そして体育だ。

 不思議なもので成績が上がると授業も楽しい。まあ、体育が苦手なのは変わらないけど。

 放課後、いつものように運動場横にあるロボット部の部室でさくらさんと落ち合う。


「今日は週末木曜だし早めに切り上げて聖佳と一緒に帰ろう」

「そうね」


 僕らは聖佳のスイッチを入れると、ふたりと1体で並んで帰る。


「さくらさんってホントに賢いよね、英語100点じゃん。あの岡本でさえ88点なのにさ」

「そうかしら、一平くんの数学と物理化学の方がすごいわ、平均点40点なのに、90点越えは一平くんだけでしょ? あとは苦手の英語がもっとよくなれば…… って、そうだわ」


 さくらさん、その切れ長の瞳で嬉しそうに。


「今日から家の中での会話は英語を標準語にしましょう! 日本語使ったら罰ゲーム」

「ちょっ、ちょっと待ってよ。それじゃ僕は何も喋れないじゃ……」

「ただし、数学とか理科とか勉強を教えてくれるときだけは例外。ふふっ、どう? これで一平くんはわたしにもっと理数を教えてくれることになるわ」

「それって日常生活にすごい影響が……」

「やるわよ、これは命令だからね」


 さくらさんの背後からめらめらと赤い炎が燃え上がる。


「何もそこまでしなくても。さくらさんは学年2位だし、僕も6位ってびっくりの成績だったし。このままでも……」

「ダメよ。わたしね、一度でいいから学年トップを取ってみたいのよ。でも今までの最高は3位まで。それが一平くんのお陰であと一息のところまで来てるのよ。次こそ、次の期末こそ一番を勝ち取りにいくわよ」

「じゃあ、ちゃんと数学教えるから英語を標準語にするのはやめない?」

「ダメ。ギブアンドテイクは重要よ。わたし、英語だけは得意だから。知ってるでしょ、元外務大臣の娘だもの。お陰で一時期、母との会話は全部英語だったのよ。ちなみに問題。おっぱいを英語で言うと?」

「ボイン」

「ブブー! 外れです。これで決まりね、今夜から実行よ」


 なんだか嬉しそうなさくらさん。


「分かったよ。やりますよ。あっ、そう言えば! さくらさんって足遅いとか言ってたけど、今日の短距離走2着だったじゃん。凄いね」

「ああ、6人走ってね。あれはメンバーがよかっただけよ。わたしはだいたい6人いたら3番か4番」

「そうか。でもさ、それ、遅いんじゃなくて普通じゃん」

「かもね。一平くんも同じ感じでしょ」

「ははっ、そうだね」

「ワタシなら絶対に一番ですよ」


 その声の主は僕の左隣を歩く、アンドロイドの聖佳だ。


「そりゃ聖佳は100m8秒だもんな」

「アリガトウ、お兄さまのお陰です」

「聖佳ちゃん、最近会話に入ってくるのが自然になったわね。前は空気読まずにいきなり話題変えてたのにね」

「ああそうだね。これも新たに開発した『気持ち推察エンジン・初回限定版』の効果かな」

「ねえその『初回限定版』とか『アフターストーリー付き特装版』とか『フィギュア付きリミテッドエディション』とか言う変なバージョン名付けるのはやめない?」

「やめない」

「ホントに好きね、美少女ゲーム」

「ネエ、さくら姉さま、ソコはもっと、バカなお兄ちゃんをなじってもいいよ」

「そうね、そうよね。分かったわ聖佳ちゃん。今夜一平くんがやりかけのゲームデータを破壊しておくわ」

「やめて! それだけはやめてっ!」


 そんなこんなで地下鉄に乗る。

 聖佳もひとり分の料金を払うとデータが案内する指定席に座る。

 昔は違ったらしいけど、今は通勤電車でも何でも、電車は全て指定席だ。


「聖佳ちゃんも3回目だから、地下鉄の乗り方にも慣れてきたわね」

「ハイ、これもさくら姉さまが丁寧に教えてくれたおかげです」

「だよな。聖佳は最近僕の言うこと聞かないもんな」

「そもそも妹キャラに変更すれば何でも言うことを聞くってのが勘違いなのよ。突然必死にプログラム書き換えて妹ポジションにしたみたいだけど、妹ってお兄ちゃんを見下してナメてるものなのよ」

「そうですよお兄さま、ぺろぺろ」

「その下ネタ風味の軽いノリ、さくらさんが教えたな!」


 電車を降りると家への道を歩く。


「あっ!」

「どうしたの、さくらさん」

「ほらあそこ、新しくできたケーキ屋さん。凄い人気よね。高いけど凄く美味しいんだって」

「ああ、ステファンも言ってたよ。メッチャ高いけどそれなりの価値はあるって。買って帰ろうか? 食べてみる?」

「ありがとう。でもいいわ。高カロリーと無駄遣いは敵だから」


 さくらさんは見た目と違って凄く質素だ。ケチって訳じゃないけど衝動買いとかしないし、僕に物を強請ねだることもない。


「ワタシは食べてみたかったな」

「また今度な」

「ソノ時はいっぱい食べるね。5個くらい」

「ケーキって腹を膨らませるための食べ物じゃないんだぞ」


 聖佳は金銭感覚ゼロじゃん。

 これは経済観念と言うサブルーチンを作らなきゃいけないな。

 そんなことを思っていると。


「ねえ一平くん、店の前に赤毛のツインテが待ってるわよ。こっち向いて手を振って」

「えっ? って、ホントだ、もみじさん!」



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