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高嶺の花なんかじゃないんだからねっ!  作者: 日々一陽
第3章 ふたりの妖精
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第3章 第8話

 きゃああああああああああ~っ!


「あっ、ああっ、ごめんっ!!」


 慌てて胸を隠したさくらさんは生まれたままの姿で。

 キュッと締まったお腹、見事な腰の曲線、キュンと上を向いたお尻、いけない! でも、一瞬見えた張りがあるおっぱいはピンクの乳首がツンとワガママに僕の目に飛び込んで焼き付いて、小さいとか大きいとか関係なくって完璧な女体ってこういうものなのかなって……


 バタン!


「みっ、みっ、見たわね一平くんっ」


 閉まったドアの向こうからの声。


「み、見てないっ。色白でキュッとしてツンとバンとピンクとか見てないっ!」

「すっごい見てるじゃないっ!」

「ごっ、ごめんっ!」

「ごめんで済んだらエロ本はいらないわっ!」

「……」

「すっ、数学は終わったの?」

「あっ、うん終わった」

「そっ、そうなの…… だったら…… きゃうう~っ」


 ドアの向こうから可愛らしい嘆息が聞こえる。


「やっぱり凄いわね一平くんは。あの問題をこんなに早く終わらせるとか。わたしなら一時間はかかるのに……」

「いや、ごめん。急に開けて」

「ううん、終わったらお風呂に入ってって言ったのはわたしだもの。こちらこそごめんなさい、こんなに情けない貧相な体で」

「なっ、何言ってるのっ! 凄いよ、凄すぎるよっ! ってか、鼻血がっ……」

「だっ、大丈夫、一平くんっ? ちょっと待っててねっ!」

「あ、あわわわわっ……」

 ……

 …………

 ………………


 数分後。


 鼻にティッシュを詰め込んだ情けない姿の僕は、なぜかさくらさん部屋のベッドに横たわる。僕の横にはさくらさん。ピンクの水玉のパジャマを着て頭の横にちょこんと座る。


「大丈夫? なかなか止まらないわね」

「ははっ、あはは」


 そりゃさくらさんがこんな近くにいたら止まる鼻血も止まりませんよ。それに、荷物は少ないはずなのに、壁に制服が掛けてあるだけですっごく女の子の部屋らしくて、こんなの免疫無いよ……


「はい、新しいティッシュ。どう、まだ止まらない?」


 シャンプー後の長い黒髪から香るさくらさんの甘い匂いは僕の鼓動を激しく突き動かして、鼻の毛細血管もうさいけっかんを次々と破壊するばかり。


「あははは…… あのさ、ちょっと自分の部屋に行くよ。その、さくらさんと一緒にいたら…… 止まりそうにないんだ」

「えっ? どうして?」

「……思い出すから」

「もうっ! 一平くんのえっちいいいいい~っ!」

「ごめんっっ……」


 殴られるかと身構えた僕に、しかし彼女は立ち上がり。


「ううん、ごめんなさい。謝るのはわたしね。わたしリビングへ行って予習しておくから、落ち着いたらお風呂に入ってね。あの……」

「ん?」

「ありがとう。わたし、毎日が楽しい」


 そう言い残し部屋を出て行くさくらさん。急に頭が現実に戻っていく。その後鼻血はすぐに止まった。

 入浴を終えるとリビングに戻る。さくらさんは紅茶を入れて待っていてくれた。


「ねえ、さっきの続き。どういうこと、毎日が楽しいって。さくらさんはアパート追い出されただろ? ここってさくらさんには窮屈じゃないの? 自分の家じゃないのに? 朝早くからご飯作ってくれたり僕に気を遣ってくれてるのに?」

「ううん、とても楽しいわ。あのね、わたし、中学の時に転校したの。例のおっぱいスキャンダルがあったからね……」


 父・鳥海翔一郎のスキャンダル発覚後、学校に居場所をなくした彼女は転校を余儀なくされたと言う。そりゃ、お父さんが「顔よりおっぱい」とか「朝までおっぱい」とか「三度のメシよりおっぱい」とか言われたら、居づらくなるのも当然だろう。しかし、転校してからも親しい友達を作ることはなかったと言う。友達はできても、決して親しくはならなかったと……


「だって、わたしってば(おっぱいスキャンダル鳥海翔一郎)の娘だものね。中学の時はホントに嫌だった。勿論、優しく声を掛けてくれた友達もいたわ。でも、わたしが心を閉ざしちゃった。学校でのわたしを見てたら分かるでしょ。高校に入ってからはだいぶ吹っ切れたけど、それでも親友なんていなかった。あのね、わたし……」


 彼女は珍しくしばらくの逡巡ののち。


「あなたのお父さんには、赤月先生には大変お世話になったのよ。ホントは言うなって言われてたんだけど喋っちゃうね。だからお願い、これから話すこと、お父さんには絶対言わないでね。約束ね」

「ああ、勿論」


 彼女の小指に僕の小指が絡まる。


「あのね、父が失踪しっそうして、母がおかしくなって、でも学校の関係で東京に残ったわたしの身元を引き受けてくれたのは赤月先生だったのよ。どういう経緯かはわたしも知らない。でも、母もこの人ならって言って。中学の間は赤月先生がわたしの生活費とか出してくれた。何か母と約束があったのかも知れないけどね。赤月先生はとっても優しくて、学校に居場所を無くしたわたしに転校を勧めてくれた。わたしね、中2なるまでは三つ葉だったのよ。もみじっちは高校からだから、お互い知らないんだけどね」


 なるほど、だから彼女は三つ葉の制服を知っていたんだ。そして三つ葉の生徒に対して凄くネガティブな印象を持っていたのも、その所為せいかもしれない……


「だから高校になってすぐにここでバイトを始めたの。勿論自立するためでもあったけどね。赤月先生はわたしにバイト代をとても奮発してくれた。だからわたしも頑張った。いつもお礼を言うわたしに、しかし先生は、時々ごめんって謝ってくれるの。不思議だった……」


 言葉を止め、どこか遠くちゅうを見つめる彼女は、やがて思い出したように微笑んで。


「だからわたし、ここにいると凄く楽しい。一平くんと一緒だととても楽しい。わたしのこと、昔のこと、隠していたこと、何でも隠さず喋ることができるなんて、まるで夢のようだもの……」

「辛かったんだね」

「ううん。わたしの場合、悪いのは父。だからわたしの家族の問題。だけど一平くんのお父さんは何も悪くない。悪いのはあの女。だから一平くんの方が辛いはず」

「ううん。僕は辛くなんかないよ。だってさくらさんがいてくれるから」

「えっ?」

「あの日、店を尋ねてくれて本当に嬉しかった。僕ね、あのまま死んじゃうんだと思ってたんだ。いやマジで。父が連れ去られ、お店の人にさよならって言って、僕に声をかけてくれる人なんてもういないと思った。だってさ、彩華ちゃん(かわいい)も話しかけてくれないんだぜ! 静かで、時間が止まって、ひとりで、心細くて…… でも君が来てくれた」

「そうなの…… わ、わたしはただ雇用継続を主張しに来ただけだけどね」

「はははっ、そうだったね。あのね、思ったんだけど」


 少し冷めたミルクティーをゴクリと飲み込む。


「んんんっ…… はあっ。あのさ、もっと昔に出会えてたらよかったなって思う。さくらさんと」

「え、どうして? 幼馴染みがよかったとか?」

「あ、うん。それもあるけどさ。もし、もしもだよ、もっと昔に出会えていたら、寂しいときのさくらさんに声を掛けられたかも知れないだろ。そうしたらお互いさまだったのに」

「……ありがとう一平くん。もしそうだったらわたし、こんなにひねくれてなかったかもね」


 ごめん、さくらさん。

 僕はウソを言いました。


 本当は、幼い頃のさくらさんの姿を見てみたくなっただけ、なんだ。



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