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高嶺の花なんかじゃないんだからねっ!  作者: 日々一陽
第3章 ふたりの妖精
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第3章 第6話

     ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 


 からんからんころん……


「いらっしゃいませ~っ、てっ、岩本さん、いらっしゃいっ!」


 翌日、土曜の夕方。


 いつものように賑わうツインフェアリーズにふらりときたのは岩本だ。


「どうぞどうぞお好きな席へ!」

「あ。ありがと、もみじさん。ぐへへっ。カウンターいいかな?」


 髪に手をやり、ヘコヘコしながらカウンターの前に立つ岩本。


「デレッと締まりない顔して立ってないで座れよ。で、今日は何にする?」

「ぐへへへ…… チャーシュー麺大盛り」

「ねえよ」

「でへへへ…… パンケーキセット大盛り。アイスも3個つけてね」

「勝手にメニュー作んなよ」

「いいじゃん、こちとら部活帰りで腹減ってんだ。ところでさ……」


 岩本は急に声を潜める。


「さっき見たらとなりにカフェ・バグースができるのか? 大変じゃねえか」

「ああ、反対のビルにはダンケンコーヒーもできるんだ」

「ええっ! 一大事じゃん! 店大丈夫なのか?」

「大丈夫じゃねえよ。困ってるんだ…… なあ、何かいいアイディアないか?」


 うう~ん、とうなった岩本はしかしすぐさま。


「ラーメン屋になっちまうってのはどうだ? 大盛り専門店とか」

「無理だって。そこの駅地下に(神々のラーメン)とか(中華そば・天下統一)とかもあるし」

「だな。じゃあ…… 回転カフェ!」

「なんだそれ?」

「コーヒーが回ってくるんだよ、どれも一皿100円。コーヒーカップを積みあげて、その数で会計するんだ。あとクリームソーダとかパンケーキとかも100円」

「却下。みんな一皿で粘って帰るじゃん」

「あっ、そっか。じゃあ……」

「真面目に考えろよな」


 苦笑した岩本は店内を見回すと。


「この店には二畳院さんともみじさんがいるじゃん。まあ、別の言い方をすると、二畳院さんともみじさんしかいないわけだが」

「ひどいな。僕とかきららさんは」

「だからさ、二畳院さんともみじさん。この二人を思いっきりクローズアップするしかないんじゃないのか?」


 僕ときららさんは思いっきりスルーされていた。


「クローズアップって?」

「う~ん、握手券配るとかサイン会するとか、指名料10分5000円とか」

「暴利だな」

「いやマジもみじさんが俺だけに10分付いてくれるんだったらそれくらい出すぜ」

「さくらさんだったら?」

「出す出す。妖精さん召還料って思えば安いもんだ」

「あらっ、そうなの? 嬉しいわ岩本くん」

「ぎゃっあっ!」


 カウンターに戻ってきたさくらさんが笑顔を見せる。


「でもわたし、メイド服着てるのよ、どうして妖精なの?」

「だってさこの店は(ツインフェアリーズ)だろ。ふたりの妖精さんがいるわけじゃん」

「ああ、そう取るわけね」

「そう取るって、この店の名前ってそう言う意味じゃないの?」

「さあ? ねえ、そうなの、一平くん?」

「違う違う」


 入り口の『ツインフェアリーズ』と書かれた木の看板には、背景に赤と青、ふたりの妖精が描かれている。父の自筆らしく、デフォルトされた幼児が互いに手を繋いで無邪気に笑っている絵なのだが、ふたりには白い羽が生えている。どう見ても天使にしか見えないが父は妖精だと言い張った。この店は僕が物心ついた時からあったわけでツインフェアリーズの名前の由来がさくらさんやもみじさんに関係ないことは明白なのだが。


「じゃあどういう理由だ?」

「実は知らない。親父が決めたんだけど、どうせ自分が好きなアニメからでも取ったんだろ」

「ああ、盗賊天使ダブルエンジェルとか、か?」

「まあそんな感じ」


 あの能天気な父のことだ、どうせ軽いノリで付けたのだろう。


「ともあれ、わたしともみじっちが由来でないことは確かよね。わたしが来る前からこの店名だったし、それに、ツインフェアリーズって(ふたりの妖精)じゃなくって(双子の妖精)、じゃないのかしら」

「まあどっちにしても、だ」


 岩本はさくらさんをじっと見たまま。


「ふたりをデビューさせてアイドル喫茶にするしか、生き残りの道はないと思う!」

「アイドルは絶対無理ね、少なくともわたしなんか……」

「ええっ? どうしてだよ? 絶対いけるって! 俺、リアルでもテレビの中でも二畳院さんより綺麗な人って見たことないよ!」

「ありがとう岩本君。でもそんなにおだてても何にも出ないわよ」


 彼女の笑顔はどこか寂しそうで、その目はきっと自分の過去を見てるんだと思う……


「煽ててなんかないって、ホントに二畳院さんは……」

「はいはい、お客さん。ご注文の極めて普通のパンケーキセットだよ」

「ええ~っ! 大盛りは? 特盛りは? 真面目に考えてやってるのにい!」

「ねえ一平くん、大盛りって何のこと?」


 僕が岩本の無理な要望を伝えると。


「じゃあ、特別にクリームで絵を描いてあげるわね。さっきのお世辞のお礼よ。妖精さんの絵でいいかしら?」


 さくらさんは細口の絞り器で器用に店の看板の絵を描く。メイド喫茶の頃にはうちのメイド絵師さんの定番だった天使のような妖精の絵だ。


「うわっ、すげえっ! めっちゃ上手いじゃん! 大盛りよりよっぽどいいぞ! 写メ写メっ!」

「おい岩本、他のヤツには言うなよ。言ったら二度とサービスしないからな!」

「えっ、ケチだな赤月」

「違うわよ、岩本君、それは『岩本君だけに特別に』、ってことだからよ」

「あ、そうか。でへへっ! そう言われると、照れるな」


 岩本君だけに、か。

 やっぱ接客上手だな、メイド喫茶で人気があったのも頷ける。


「なあ赤月、お前も二畳院さんを見習えよ」

「何のことだ? 僕にも萌え絵を描けと?」

「バカ言うな、ちゃんと俺だけにチャーシュー麺大盛り用意しておくとか、俺だけに大盛りパンケーキ作るとか、俺だけはコーヒー1皿100円とか……」

「しねえよ」


 俺だけメニューなんて。

 岩本だけならまだしも、たくさんいるお客さんの顔と名前、全部覚えられるわけないし。

 確かに、それが出来れば店の強力な武器になるんだろうけど……


 ……ん?

 いや待て。

 人の顔と名前を全部覚えるだけなら、案外簡単かも……



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