恋人たちと過ごす屋上の一時
互いに所々肉体から赤い鮮血の花を咲かせている二人の少女は向かい合いながら相手を見つめる。1人は明確な敵意を宿した瞳で、そしてもう1人は目の前の少女をまるで愛おしい恋人でも見るかのような潤んだ瞳をしている。
互いの手には刀とナイフが握られており、切っ先からは相手の肌を傷つけて付着した赤い血液をポタポタと地面に滴らせている。
『本当にどうかしているのではないでしょうか。はぁ…はぁ…』
汗と血の入り混じった液を拭って荒い呼吸で目の前の戦闘狂である転生戦士を睨みつける白髪の少女。
その視線を受けている相手の少女はその怒気を心地よく感じているのか、頬を赤く染めて睨んできている相手の少女を熱視線で見つめている。
『本当に力強い視線。でもそれだけじゃない。怒りを灯しながらも冷静さも兼ね備えているイイ瞳よ』
そう言いながら手に持っているナイフをクルクルと手で弄びながら、彼女は額から垂れている自らの血を拭う事もせずに、口元まで垂れて来た血をペロリと舐める。
『それにしても面白い能力ね。次から次へと色々な物を…まるでマジシャンみたい♪』
少女の視線の先では対面している刀を持った少女、その周辺にはいくつもの刀、拳銃などが散乱している。あれらは全て彼女が自身の〝特殊能力〟で作り出した物だ。
『ここまでゾクゾクさせてくれて嬉しいわ。あそこの愚図とは違うわね』
そう言いながら少女はナイフの先を自分よりも右後方へと向けた。
彼女が向けたナイフの先には血みどろとなった1人の男性が倒れていた。見た印象では二十代後半と言った風貌だろう。
『あの愚図は中々に強い能力を持っていたにも関わらずソレを使いこなせずアッサリと殺せた。せっかく転生の際にランクの高い能力をくじで引けたって言うのに宝の持ち腐れもいいところ』
そう言いながら彼女はもう動かぬ躯をまるで壊れた玩具でも見るかのような眼で見つめる。それは彼女がつい先程に狩った転生戦士、彼女の手で殺されたのだ。
『さあ…もっともっと満たしてよ♪』
そう言いながらナイフを構えた転生戦士、仙洞狂華は目の前で刀を構える同じ転生戦士の武桐白へと嬉々とした貌で突っ込んでいった。
そこまでで一度映像は途切れ、現実世界で瞼を上げて目が覚めた白。上半身を起こして小さく息を吐いた。
「………ふぅ」
彼女は加江須とイザナミに転生者狩りの件について話を終えた後はそのまま自宅まで帰宅した。そしてやるべきことを済ませるとそのまま就寝したわけだが、夜中に過去の出来事が夢として流れて起きてしまって今に至る。
「彼女の話をした後だからですかね。悪夢として彼女との過去の戦いが映し出されるとは…」
時計を見るとまだ夜中の3時、早起きと言うには早すぎる起床だ。必然的に布団を被って再度眠りつこうとする白であったが中々寝付けなかった。
「……」
すぐ傍に置いてあるスマホを手に取って電源を入れる。
適当にニュースを流し見していると新在間学園の話題も取り上げられている。
「(新在間学園で謎の怪物が出現!? 果たしてその正体は…か…)」
テレビなどでははぐらかした内容で取り上げていたがスマホのニュースでは堂々と化け物を見たと掲示されている。
「(少なくともこの件はあのイザナミ様がどうにかしてくれるとして…問題はこの噂を聞きつけてこの消失市に訪れた人物達の方ですね…)」
自分の様に事実を確かめようと他の転生戦士が何人かこの新在間学園、ひいては消失市に集まっているかもしれない。特に一番気がかりなのは戦闘に魅入られた転生戦士の仙洞狂華の存在。彼女がこのニュースを拝見して干渉してこないとは考えにくい。いや、この事件抜きにしても彼女がこの消失市に居る可能性は高いだろう。
「(やれやれ…せっかく殺伐な町から抜け出れたと思った矢先に……)」
スマホの電源を落として布団を頭から被り、今はもう何も考えず眠ってしまおうと決めた白。
それから数分語、全身を布団で覆っている彼女から規則正しい寝息が立てられ始めた。
◆◆◆
「ええ、じゃあ今あんたの家に居るの!? あんたを蘇らせてくれた神様が!!」
「ああ…もう参ったよ…」
学園の屋上での昼休み、加江須たちいつものメンバーが揃って昼食を取っていた。
各自持参した、加江須の食べている弁当に関しては今日は愛理が作って来た物を口にしながら加江須は昨日の皆と別れた後の自宅での出来事を話していた。皆を送り届けた後にイザナミが自宅へと押しかけて来た事。そして今は自分の家で1週間の間は泊めてあげる事になったことを。
加江須から事情を全て聞いている黄美と愛理の2人にもイザナミの正体を含め昨日の事を全て話しておいた。
「神様かぁ~…。信じられないけどもうその信じられない事を何度も見てきているから本当なんだろうねぇ」
愛理は箸を咥えながら加江須の話を聞いており、そんな彼女に行儀が悪いと注意をする仁乃。
「でも神様ってどんな風なの? もしかしてあのゲダツみたいに人間とは異なる姿とかしてるの?」
黄美は頭の中でイザナミの姿をいくつか想像しているが、そのどれもが人間とはかけ離れた姿をしている。しかし実際にはとても美しい女性なのでとりあえずは訂正しておく。
「神様って言っても見た目は普通の人間と変わらないよ。まあ俺たち転生戦士よりも遥かに強大な力は持っているけどな」
昨日にイザナミが自分に抱き着いてきたとき、神力を籠めても引き剝がせなかった事を思い出す加江須。
「でもさぁ、そんな凄い人…いや凄い神様ならこの町のゲダツを一気に消し去ったりできないのかな?」
愛理が未だに箸を咥えて上下に揺らして遊びながら首をひねって呟いた。
「ソレに関しては俺も聞いてみたよ。でもそう都合良く神様に頼れないらしくてな…」
イザナミ曰く現世でのゲダツの討伐は現世に蘇った転生戦士に任せるべき事らしい。ゲダツとは元々は人間の悪感情から生み出されている。それ故に元凶が人間であるならばその解決も人間が行うべき事らしい。確かにイザナミを始め神々の力ならば現世の地上に蔓延しているゲダツを一掃する事も出来るらしい。しかし人間と言う生物を育てる、成長させる為を想うなら人間自身の手で解決させて成長させるべきであると言う意見が神々では大多数であり、人間がそれ相応の知能を持ち始めた時代からそう決定づけられたらしい。ただし今回の様に世界各地にゲダツの存在が広まり、それを放置しておけば世界そのものが混乱に陥りかねない。そうなれば世界が消滅しかねない事態にまで発展する恐れがあり、そう言った場合は特例としてイザナミの様な神が現世に降り立ち被害を防ぐために協力する事が許されるらしい。
加江須がイザナミから聞かされた話をそのまま伝えると、大人しく話を聞いていた仁乃が何かに気付いて慌てて加江須に詰め寄る。
「ちょっと待ちなさいよ。黙っていたけどその女神様は今はあんたの家に居候しているのよね? あんたの両親は納得しているの?」
「それなら大丈夫だ。イザナミが両親に特殊な催眠を掛けてな…彼女は遠縁の親戚だとウチの親は思っているよ」
神様が催眠を使って自分の両親を騙しているのは少し複雑だが、そうでもしなければイザナミをウチにしばし置いておくことが出来ない。
白が帰った後、またしてもイザナミは自分に抱き着いてきて泣き落としてきたのだ。引き剥がそうとしても引き剥がせず、半ば強引に彼女が現世に滞在している最中は家に置くことになってしまった。
しかし仁乃が気になっているのはそちらの方ではなく、その女神が加江須と同じ屋根の下で過ごしている事の方が気がかりであった。
「で、でもあんたと同じ屋根の下なんて……」
少し不安そうな表情で俯いている仁乃を見て普段は鈍い加江須も彼女が何を言いたいのか理解した。
恋人がいるにもかかわらず、女神とは言え異性と一緒の家に居る事が不安で仕方が無いのだろう。そんな不安と小さな嫉妬を抱いている仁乃の姿に小さく笑みを浮かべた後、加江須は仁乃の頭を優しく撫でる。
「ちょ…か、加江須…」
「心配しなくても俺の心はお前たちのもんだよ」
我ながら臭いセリフを吐いている自覚はあるのだが、それでも自分がこの場に居る恋人たちに心を奪われているのも事実だ。周囲に他の人間が居れば流石にこんなセリフは控えるが、恋人たちの前ぐらいではこうやって素直に振舞う事に躊躇いが無くなって来た加江須。
頭を撫でられている仁乃は恥ずかしそうにしながらも、大きくて温かな加江須の手のひらが心地よく思わず目を細めていた。
「ああいいなぁ。私も私も~」
「私にもお願いカーエちゃん♪」
仁乃だけずるいと加江須に頭を寄せる愛理と黄美。その姿は何だか飼い主に甘えるペットの様で少し可愛いと感じる加江須。
こうしてしばし屋上には誰も居ない事をいいことにイチャイチャする4人。もしもこの場に他の男子が居ればいつもの10倍以上の嫉妬に満ちた視線が加江須には向けられる事だろう。
「ああそうだ。もう1つ言っておいた方が良い事もあったんだ。特に仁乃には聞いて欲しい」
「私には特に? 何か嫌な予感が…」
わざわざ名指しで呼ばれまた厄介な話を聞かされるのかと思い少し疲れたような表情になる仁乃。
今回のイザナミの滞在の他、昨日に自宅へと押しかけて来た白から聞いたある大学生グループの殺人があり、それがもしかすれば自分たちと同じ転生者であるかもしれないと加江須は白から聞いている。
その話を仁乃にも話しておく加江須。
「戦闘狂の転生者…前にあんたから聞いた例の転生者ね。それがこの町に居るかもしれないの?」
「確証はまだないけどな。昨日の夜に前に話した武桐ってヤツが訪ねて来て話してくれたんだよ。相手は戦いに飢えた獣だからもしこの町にその戦闘狂が潜んでいるなら気をつけてください、だってよ…」
「も~…物騒な話だなぁ…」
加江須の肩に自分の頭を寄りかかりながら愛理がはぁ~っと長い溜息を吐いた。特に狙われる可能性のある仁乃は不安も混じった顔をしているが、そんな彼女を安心させようと加江須は仁乃を抱き寄せて自身の温もりと言葉を伝える。
「いざとなれば俺が守る。だから安心しろよ」
「ばか…」
そう軽く罵声を飛ばしながらも、仁乃の表情は裏腹に嬉しそうであった。




