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現世にやって来た女神 2


 彼女達を全員無事に送り届けた加江須はもう間もなく自分の家にたどり着こうとしていた。

 そろそろ周囲も暗くなり始めて来て早く戻った方が良いと思う彼であったが、もう間もなく自宅に到着しようとするその手前で脚を止めて顔つきが変わる加江須。


 自分の少し前方、自宅付近から何か強力な気配を感じるのだ。とても力強く、一般人でないことを一瞬で理解できてしまう程の気配を……。


 「(何なんだこの感覚。でも悪い気配はしない…)」


 大きな力を感じはするがゲダツの類ではないと直感する。感じ取れる力からは邪悪な気配をはらんでいないからだ。


 「しかし何者かが俺の家の近くに居るのは違いないからな…」


 全身に神力を纏ってゆっくりと再び脚を動かし始める加江須。

 家の傍にいる人物が何者なのかは現段階では全くの不明だ。感じられる気配から邪悪な存在ではないと思ってはいるがそれは自分の触感から物を言っているにすぎない。


 警戒をしながら曲がり角の手前で一旦停止する。この角を曲がればもう自分の家は視界に入る。つまり自分の家の傍にいるであろう人物の姿も同時に視界に入るという事だ。


 「(しかし何で俺の家の傍に…待ち伏せ?)」


 そこまで思考が行くと加江須は墓地で出逢った転生者、白の存在と彼女から聞いた話を思い出した。


 「(転生者狩り…確かそんなヤバいヤツも居たんだったな。まあ武桐もこの町に居るかどうか分からないとは言っていたけど…)」


 それにもしそんな奴が待ち伏せしているとしたら感じる気配も醜悪なものだとも思う。

 一度大きく深呼吸をし、ゆっくりと角を曲がってその正体を確かめる加江須。


 「――……え?」


 曲がり角から姿を晒して気配の正体を確認する加江須であったが、自分の家の傍に居た人物を見て驚いた。その人物は彼がこの〝現世〟には絶対に訪れないと思っていた人物だったからだ。

 相手の方も加江須の存在に気付き目的の人物に遭えたのでこちらへと手を振って呼びかけて来た。


 「お久しぶりでーす久利加江須さーん!!」


 「…イザナミ。な、何でここに……」


 家の近くに居たの自分を生き返らせてくれた女神、イザナミであったのだ。




 ◆◆◆




 もう外も暗くなり始めていたのでどこか適当な場所、例えば喫茶店などに向かう訳にもいかずにイザナミを家の中へと招き入れる加江須。

 本当に運がいいことに父は残業、そして母は今週は夜勤のシフトで家には誰も居ないので両親に変な誤解を与える状況にはならずに済んだ。


 「それで、何であんたが居るんだ?」


 居間の方に移動して何故この現世に降り立ってきたかを質問する加江須。

 家の近くに居た人物が敵でない事は安堵したが、神である彼女がこちらに来るとは全く予期してもいなかった。


 加江須に出されたお茶を啜りながらイザナミはこの現世に訪れた経緯を説明し始める。


 「じ、実は少し特例で今回はこの地に降り立ったんです。基本的に神が地上に舞い降りる事は禁止事項なので……」


 神々の世界にはルールはちゃんと存在する。その項目の中で神は基本的には現世の地に降り立つことを禁じるルールもある。だが今回イザナミがこの地に降り立ったのは特例で早急に対策を打たなければならない緊急の事態が発生したからだ。


 「私が今回この地に降り立ったのはこの消失市に出現したあるゲダツが原因なんです」


 「そのゲダツってもしかして……」


 イザナミの指しているゲダツについて凡そではあるが察しのついた加江須。

 

 「加江須さんはもう察しているみたいですね。そう――あなたの体育際で出現した亜種のゲダツです」


 イザナミの言葉に対して加江須はやっぱりかと思った。

 正直なところ加江須としても今後、自分の学園がどうなるのか不安はあったのだ。何しろ普通の人間には視認できないゲダツが堂々と姿を一般人たちに見せつけたのだ。そのせいで現在は学園も休校となっており、野次馬だって大勢集まっている始末だ。どう収集を付けたらいいのか内心では新在間学園の生徒である加江須と仁乃も悩んでいた。


 加江須のその不安を拭うかのように、イザナミは普段の慌てている姿は一切見せずに真剣な眼で加江須の事を見つめて自分がこの現世にやって来た詳細を詳しく話し始める。


 「私がここに来た理由は現在でこの消失市で起きている混乱の鎮圧を目的としています。その具体的な方法としては加江須の学園で起きたゲダツ出現の事実を改ざんすると言うものです」


 「それは…皆の記憶を一部書き換えるという事か?」


 「はい、正確に言うのであれば体育祭でゲダツが現れた事実を消し去ります。そうすることで体育祭でゲダツを見たと言う人々の記憶が改変されるという事になりますかね」


 「そんな事が出来るのか? ゲダツが現れた事実を消しても見た事には変わりないと思うんだが…」


 「問題ありません。例えばゲダツに襲われた人間の記録は世界から消失しますよね。原理はそれと少し似たようなものです。ゲダツの出現を無かった事にし、そこから情報を修正して現世で起きている混乱を治めます」


 イザナミにそう言われてああ確かにと思う加江須。そもそも転生前にゲダツに襲われた人間に関する記録が消失されて辻褄合わせが自動的に行われる事は聞いていたのだ。それを納得していたのだからその逆、ゲダツの記録を消す事も可能だろう。それに頼りない振る舞いをしているとは言えイザナミは神様なのだ。そう考えれば何が出来てもおかしくは無いだろう。

 それにこの提案は加江須にとってもありがたかった。正直いくら高い戦闘力を有しているからと言ってもこの混乱を終息させる術など自分や仁乃にはない。


 「兎にも角にもそれなら安心でき……どうした?」


 加江須は一瞬だけ事態の解決に安心しかけたが、目の前で湯呑を持ちながら目を逸らすイザナミの姿を見て一気に不安が押し寄せて来た。

 

 「大丈夫なんだよな? 神様なんだからちょちょいのちょいで今の消失市の混乱をどうにかできるんだよな?」


 「あー…それは大丈夫なんですけどぉ。そ、そのー…」

 

 どうにも歯切れの悪い返答に嫌な予感がドンドンと強まってしまう加江須。その不安がイザナミにも伝わったようで彼女は慌て気味にちゃんと対処の方はできると答える。


 「だ、大丈夫です! 先程の方法で消失市から加江須さんの母校に出現したゲダツの記録は消せますから! も、問題はその為の時間なんです」


 「時間…?」


 加江須が聞き返すとイザナミは無言で頷いた。


 「何しろゲダツは大勢の人間に見られ、それに関連情報だって様々な経由で消失市の外にまで広がっています。その事実を完全に改善するとなるとそれなりの時間が掛かります。そうですね…大まかに考えて一週間は掛かるかと……」


 「ああなんだ、その程度か」


 てっきり1年や10年は掛かると言い出すのかと思っていたが、たったの1週間でこの混乱をどうにかできるなら特に問題は無いように思える。

 しかし加江須にとっては問題なしでもイザナミにとっては違うのだ。


 未だにモジモジとしながら俯いているイザナミに首を傾げる加江須。

 

 「どうしたんだ? まだ何か問題があるのか」


 「そ、そのですね……住む場所が……」


 「うん?」


 「い、今から1週間の間、住む場所がない状態なんです」


 なんとも現実的な問題に少し肩の力が抜けてしまう加江須。


 「そ、それくらいはどうにか出来るんじゃないのか? 神様なんだろ…」


 「そ、そうは言っても問題解決を達成するまではこの地に留まり続けなければならないんです! そ、それに地上のお金なんて私持っていません。だから宿を取ることだって……ご、ご飯の方も……」


 「金銭面なんてどうにでも出来るんじゃ…。願いを叶える力があるんだから紙幣を創造する事も出来るんじゃ……」


 「そ、そんな犯罪チックな事は神として出来ませんよぉ! 真面目にお給金貰っている人々に悪いじゃないですかぁ!」


 何もそこまで真面目に考えなくても良いのではないだろうか…。いや、まあ物騒な考えを持っている神に比べればこちらの方がマシなのだろうが……。


 そんな事を考えているとイザナミが加江須の腰に抱き着いてきて涙ながらに懇願して来た。


 「お願いします加江須さん! どうか問題を解決する間、私をここに置いて下さい!!」


 「……はあッ!?」


 「本当に行く当てがないんです!! お願いしますぅぅぅぅ!!!」


 腰にしがみついて涙を流しながら懇願するイザナミに慌てる加江須。

 

 「ちょっ、離れろ!」

 

 「嫌ですぅ!! 置いてくれると誓ってくれるまで離しません!!」


 「(ぐっ…なんつー怪力だよ!?)」


 一度引っぺがしてしまおうと力を籠めて引きはがそうとするが、まるで接着でもされているかのような力で全く離れないイザナミ。見た目は華奢な女性であるにも関わらず割と本気で力を籠めている加江須の力でもビクともしない。

 

 「(マジか…神力を腕に籠めても離れねぇ!?)」


 とにかく一度離れてもらおうと腕に神力まで籠めたにもかかわらず、それでもまるでビクともしないイザナミに軽く恐怖すら感じる加江須。腰のあたりに泣きながら駄々っ子の様に抱き着いているとはいえ、やはり相手が人間とも転生者とも違う、次元の異なる女神である事を改めて再認識させられた。


 「と、とにかく離れてくれ! まずはお互いきちんと話さない事にはどうにも言えん!」


 「は、離した途端にダメだなんて言いませんか?」


 目尻に涙を溜めている情けない表情とは裏腹に万力の様な力でしがみ続けるイザナミ。

 あまりのアンバランスさに少し戸惑ってしまうが、なんとか冷静さを取り戻してようやく彼女を引きはがせた。


 「たくっ…どういう力してるんだよあんた…」


 「す、すいません。これでもかなり力を抜いていたのですが……」


 神力を籠めた状態でも引きはがせなかったにも関わらず、アレでまだかなり加減をしていたと知り思わず冷や汗が流れる加江須。


 ――そしてその直後、家のインターホンが鳴り響いた。


 


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