現世にやって来た女神 1
怒涛の告白ラッシュを一通り受け終えた加江須は現在は彼女達とまったりとしつつも余羽と話をしていた。彼女とは同じ転生者であり、そして同じ学園の生徒でもあるにもかかわらず今の今まで全く接点が無かったのでこの機会に互いの情報を交換し合う事にしたのだ。
「じゃあ花沢さんは俺よりも後に蘇らせてもらったのか」
「うん、まぁね。私はあなたの事は氷蓮から一通りに話を伺っていたからあなたの正体を知っていたけど…」
そう言いながら居候である氷蓮を横目で見る余羽。
話し合いの最初は自分の隣に座って居た彼女だが、今は加江須の近くへと陣取っていた。と言うよりもさっきはぐるっと輪になって座っていたが今は自分の向かいに加江須が座り、その彼の両隣りに自分以外の女性陣が座って居る構図だ。
「(体育祭で私が参戦しなかった事を咎められる雰囲気ではなくなったけど…今の空気はこれはこれでなんかヤダなぁ~…)」
明らかに自分とその視線の先に居る彼等との間には目には見えない境界線が引かれており、その境を超えた彼等の空間が甘ったるいもので直視できない。自分の住んでいるマンションであるはずなのに何だか自分がここに居る事が場違いなのではないかとすら思えてきてしまう。
その後、加江須と余羽は一通りの話を終えてとりあえず現状では加江須の方はこれで彼女に対して訊きたい事柄は無くなった。だが彼にはもう何もなくとも余羽にはまだ彼に対して一つだけ引っかかりを感じている事があった。
「ところで久利君さぁ、体育祭で〝変身〟していたけどあれって結局は何?」
余羽はグラウンドで目撃した加江須の人ならざる狐を模した姿について質問をする。最初は彼に対して深く質問などは避けようと思っていた余羽であったが、氷蓮たちと結ばれてからは彼の雰囲気も柔らかくなったので緊張せずに質問が出来た。
そしてグラウンドで見た加江須の変身に関しては余羽だけでなく黄美と愛理の二人も気になっており、二人も加江須の肩を左右から掴んで揺らしながら余羽と同じ質問をして尋ねて来た。
「私も気になっていたんだよねぇ。コスプレとかじゃないんだよねあの姿?」
そう言いながら愛理は加江須の肩を軽く揺すっている。集まった当初は重苦しくい雰囲気の中で話をしていたにも関わらず、怒涛の告白ラッシュの後は皆が肩の力が抜けたかのように日常会話でもしているかのように加江須に質問をする。
しかしこの中で唯一加江須に対して恋愛感情を抱いていない余羽からすれば目の前でいちゃいちゃしている5人が少しだけ煩わしく思えてしまう。
「(とりあえずこの質問が終わったら帰ってくれないかなぁ…)」
ハッキリと口には出さないが少しは自分の目も気にしろと目の前でハーレムを見せつける少年に無言で訴える余羽。
そんな辟易とした余羽とは違い、グラウンドで見た加江須の変身姿を思い出した黄美が頬に手を当てて瞳をキラキラとさせる。
「でも今にして思えばあの時のカエちゃん…少し可愛かったなぁ…♡」
「そ、そうか? まあでも自分の恋人にそう言ってもらえるのは少し嬉しいな」
そう言って照れ臭そうにしながらも喜びを僅かに露わにする加江須。そんな照れている彼の姿に黄美だけでなく他の皆も胸をキュンキュンとさせる。恋人となってからは彼の事が今までの何倍も愛おしく感じて仕方が無い恋人たち。
逆にそんなラブラブっぷりをまざまざと見せつけられている余羽は死んだような眼をしている。
「えーっと…取り合えず質問に答えてくれても良いかな?」
何だか一気にどうでもよくなってきた気もするが、自分から出した質問なので一応はちゃんと答えてもらおうと思う余羽。
「あれは俺の2つ目の特殊能力だよ。『霊獣の力を身に宿す特殊能力』と言って俺は妖狐…確か正確には白面金毛九尾の狐の力らしい。霊獣には他にも種類があるらしいが……」
「え? でも蘇る際に得られる能力は1つじゃないの? 炎を操る能力が久利君の能力じゃないの?」
確か自分がイザナミの力で現世に蘇らせてもらう際にそう言われていた筈だ。転生前にくじで1人1つの能力しか与えられないと。
そんな彼女の疑問に対して加江須は補足を入れる。
「俺はゲダツの討伐報酬で願いを叶える権利を一度貰ったんだよ。それでまた能力を決めるためのくじを引いたんだ」
「えっ、せっかくの願いを叶えられるチャンスにその程度の事しか願わなかったの?」
どうせならもっと他に大きな願いを叶えてもらえばよかったのではないかと思う余羽であったが、彼女とは違い取り立てて叶えたい願いも無かったので彼は特に後悔はしていない。それに彼の手に入れた新たな特殊能力は能力の中でもかなり強力な部類であるとイザナミは言っていた。そう考えると損をしたわけではないと加江須は思っている。
「まあ元々願い事が欲しくて戦っていたわけじゃないからな。それに…」
そこまで言うと加江須は自分の周りに居る恋人たちを見て微笑みながら言った。
「俺が一番欲しい物はついさっき手に入ったんだから…もう願いなんてどうでも良いのさ」
加江須がそう言うと恋人である4人は喜びを顔に表し、全員が加江須との距離を詰めて密着した。
その様子を間近で見ている余羽は思わず口から砂糖を吐き出しそうになる。もういい加減にこの甘々の雰囲気を人の家の中でやらないで欲しい。
「たくっ…あまりそんな恥ずかしい事を言うもんじゃないわよ」
そう言いながら仁乃はふんっと鼻を小さく鳴らすが、その口元は喜びを封じ込めきれずにニヤけている。しかも言葉とは裏腹に加江須の腕を掴んでも居る。
「(あーもー…言ってる事とやってる事がまるで違うんですけど…)」
そう内心で言いながら余羽は他の3人の様子もうかがってみるが、全員が仁乃と同じように表情や仕草、態度などに彼氏からの言葉を喜んでいる事を赤裸々に告げている。あの氷蓮ですら加江須の肩に頭を倒して寄りかかり甘えた姿を見せているのだ。
「(少し前に彼が好きなのかどうか聞いた時は全否定したくせに…はぁ…)」
その後もしばらくの間、加江須たちは見ていて砂糖の塊が口から出て来るかと思う程のやり取りを余羽の前で繰り広げ続け、その光景を見続けるうちに余羽の口から出て来るため息があからさまになり、体育祭で加江須に対して抱いていた恐怖感は完全に消え去ってしまっていた。
◆◆◆
ゲダツの出現が一般人に目撃された新在間学園の付近はパトカーが所々に停車しており、警察も大勢集まっている。
テープで封鎖されている学園の様子を遠巻きに見物している野次馬がそれなりにおり、その中には転生者である武桐白の姿も確認できた。
「……まさかゲダツ関連の問題がこうまで公となるとは……」
周囲には決して聞き取れないほどの声量で独り言を呟く白。
新在間学園で問題が起きた事はニュースにもなっており、学園近くに住んでいる人間は何人か集まっているのだが、それ以上にこの学園に集まってきている野次馬達は〝ある噂〟が気になり集まってきているのだ。
会社帰りのスーツを着ている二人の中年が学園前で一度足を止めて話し込む。その話をこっそりと盗み聞きする白。
「でも本当なのかよ。化け物がこの学校に出たって…」
「俺の同僚の息子がこの学園の生徒でな、その同僚が言っていたんだよ。『息子の体育祭で怪物がでた』って。いい年した大人が言う冗談にしては幼稚すぎるし、それに同僚の顔も真剣だったからなぁ…」
そう、集まっている連中の半分以上が今飛び交っている謎の化け物の噂目当てで様子を窺いに来ているのだ。ニュースでは学園で起きた問題内容を伏せてはいるが、当日に体育祭に来園していた一般人の大勢がゲダツをその眼で見ている。その目撃者から噂が口コミ、ネットなどで広まって行き野次馬がこの新在間学園近くまで興味本位で度々来ているのだ。
白は後ろのサラリーマン組だけでなく、強化されている聴覚を澄まして他の野次馬の話も盗み聞きをしてみると――
――『この学校で怪物が出たんだって…』
――『ネットでも見たけど本当かよ? 集団催眠術にでもかかっていたんじゃないのか?』
周りの声を聴いて内心で白は少し不安を感じていた。
「(この状況はかなり不味いのでは…。ゲダツの存在をここまで公になってしまうと色々と支障が生じるのでは…)」
自分が転生する前、神から事前に聞かされた話ではゲダツに襲われた者の存在に関する記録は消失する。だからゲダツの存在が一般人に知れ渡るとこの新在間学園、ひいてはこの消失市にも何かしらの障害が発生するのではないだろうか?
「(一度この学園の生徒であるあの少年とコンタクトを取れないものですかね?)」
以前墓地で出逢った加江須の存在を思い浮かべる白。
彼女としてもこの学園で起きた出来事の詳細を知っておきたいところであった。とは言え今はこの学園は休校扱いとなっており、白も加江須が何処に住んでいるのかは分からない。
「(今にして思えば墓地で彼と遭遇した時にもう少し親睦を深めておくべきだったのかもしれませんね…)」
そんな事を考えつつ、これ以上はこの学園の前に居ても仕方が無いと悟りこの場を立ち去ろうとする白。
振り向いて歩き出そうとする彼女であるが、傍に居た女性とぶつかってしまった。
「ああすいません。大丈夫ですか?」
「は、はい大丈夫です。こちらこそ申し訳ありませんでした!!」
ぶつかった蒼い髪の女性はペコペコと頭を下げて必死に謝罪をする。たかだか肩が軽くぶつかっただけでここまで謝られると白としてもリアクションに困ってしまう。
「そ、そこまで謝らなくても大丈夫ですよ。それにお互い様ですし…」
「は、はい。どうもすいません…」
去り際にもう一度謝って白から離れて行く女性。
随分と弱気な人間がいたものだと思いつつもその場を離れて行く白。
「(それにしてもあの人…何か妙な違和感を感じたのは気のせいでしょうか?)」
去り際にもう一度だけ背を振り返りぶつかった女性に目を向けると、視線の先では蒼髪の女性は躓いて地面に転んでいた瞬間であった。
「………」
どう見ても間抜けな小心者にしか見えないのだがどうにもあの女性の事が気になる白であったが、だからと言って呼び止めるまでには至らずその場から立ち去って行く。
野次馬の中に紛れている蒼髪の女性は新在間学園の校門を見つめながら周囲には聴こえぬほどの小さな声で呟いた。
「ゲダツの事が広まり始めている。ちょっと不味いですねこれは…」
そう言いながら蒼髪の女性は拳を固く握って体内の〝神力〟を高め始める。
「本来はルール違反なんだけど…今回は特例として女神の力を現世で使う機会が与えられたんだから頑張らないと!」
そう意気込みながら蒼髪の女性――女神のイザナミはふんっと気合を入れるのであった。




